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第167話:“彼岸の勇者”ミリアリア=リリーレッド 《SIDE:ミリアリア》


『治安維持部隊に告げる――――中央区画セントラル・セクション、アウラ=アウリオン記念図書館に潜伏していたラムダ=エンシェントが南区画サウス・セクション方面へと逃走を開始しました。至急、逃走した反逆者の追跡を開始しなさい! ラムダ=エンシェントの生死は問いません、必ず始末しなさい!』



 ――――幻影未来都市【カル・テンポリス】、中央区画セントラル・セクション総督府、時刻は夜。


 わたしたちダモクレス騎士団の一行は総督府の敷地の側に建っていた軍事施設内に潜伏して突入の機会を伺っていた。


 既に都市中でわたしたちは手配されて、堂々と正面から世界樹へと乗り込むのは不可能。ともすれば、強襲をかけて無理やり突入するしか無い。



「ハァ……ハァ……ハァ……」

「しっかりして、オリビアさん! 貴女が死んだら、誰がラムダさんを支えるの!」

「ノア……さん……」

「ラムダさんの一番の女は……貴女なんだよ……!!」



 オリビアさんの状態もかんばしくない。“嫉妬の魔王”に限界まで寿命を奪われたのだろう。


 ジブリールさんに背負われたオリビアさんは肩で息をし、全身から尋常じゃない量の汗を流しながら、苦しみに喘いでいる。



「わ、わたくしが魔力を送り続けるです! オリビア様、お気を確かに!」

「事態は一刻も争うわ……急いで世界樹に突入を……! 聖堂まではわたしが案内します! 一度、あの聖堂には行ったことがありますので……!」

「気絶したままのラナっちとヘキサグラム卿の看病はあーしとリヴっちに任せて!」

「お二人が意識を取り戻して、かつ“魔女の烙印”の支配下に無ければ我々も合流します!」



 わたしたちが潜んでいる地下の空き部屋――――そこに備え付けられた小さな液晶に映るのは、アスハさんを駆動二輪オートバイの後部座席に乗せて街を駆けるラムダさんを犯罪者として扱った緊急速報。


 どうやら彼も行動を始めたらしい。


 わざと目立つように行動して敵を引き付ける。そういう算段で彼は危険な賭けに売って出た。



「トリニティ卿、デスサイズ卿、総督府に待機していた治安維持部隊が次々と発進していきますわ!」

「恐らくはラムダ団長を追ったのだな……! シャルロット、総督府の警備が目一杯手薄になったら合図を!」

「了解ですわ、アンジュさん! わたくしの“眼”があればその程度朝飯前ですわーーッ!!」



 地下にも響くヘリコプターの回転翼ローターの轟音が、地面を揺らす装甲車の走行音が、重武装で固めたエルフ達の走る音が我々に決戦の時を報せていく。


 相手はディアナ=インヴィーズ総督、“嫉妬の魔王”の疑いの強い人物だ。


 如何にトリニティ卿、デスサイズ卿、ふたりの【王の剣】の助力があったとしても苦戦は必至、そしてまだ街には魔王軍幹部がふたりも残っている。


 正直に言えば心細い――――けれど、わたしは【勇者】としてみんなに“勇気”を魅せなければならない。もう、臆病風に吹かれるのはやめだ。



「第十一師団、戦闘準備……! ここからはラムダ団長に代わって僕が指揮する……!」

「トトリ=トリニティ、勇者ミリアリアの指揮に従います……!」

「テレシア=デスサイズ、勇者ミリアリアの指揮に従います……!」

「合図と共に突撃。第六、第十師団はデスサイズ卿と共に総督府の制圧を! 第十一師団はトリニティ卿の案内の元、世界樹にある女神アーカーシャの聖堂へと……!! そして、ラムダ団長が合流し次第、ディアナ=インヴィーズを捕縛する!!」



 徐々に動く情勢、止まれと願っても終わらない戦い、諦める事も躊躇う事も許されない使命。


 刻一刻と変化していく【幻影未来都市カル・テンポリス】の戦場が、わたしの『覚悟』を問い質してくる。


 わたしに【勇者】を名乗る資格はあるかと。

 わたしに聖剣を握る資格はあるかと。


 まだ分からない。

 けど、それを悩んでも仕方が無い。


 今の今までラムダさんの影に隠れて楽をしていたのだ、今度はわたしがあの人を支える番だ。



「治安維持部隊の動き、止まりましたわ……! 総督府と世界樹の防衛に回ったとおもわしき戦力の数……1000!」

「総員……作戦開始ッ!! ラムダ団長が作った好機チャンスを逃すなッ!!」

「地下から一気に道をこじ開けるッ!! 奥義――――“流星爆撃メテオバーン”ッ!!」



 そして、シャルロットさんの合図と、アンジュさんが地上に向けて放った爆撃攻撃によって、わたし達の作戦も開始された。


 地下室から地上に向けて爆撃で掘られたトンネルを潜り、わたし達は地上へと駆け上がる。



「――――敵襲っ!! 総督府の敷地内にグランティアーゼ王国の騎士団が侵入したッ!! 防衛部隊は直ちに応戦せよーーッ!!」

「出てきなさい、ディアナァァーーーーッ!!」

「【永久少女・(エターナル・)時間矛盾領域(タイムパラドックス)】――――遠慮は無しなのだ!! 出てくるのだ……インヴィディア!!」



 其処は総督府のすぐ近く、世界樹へと続く施設へと続く広大な敷地――――『立ち入り禁止』と書かれた柵を越えて、地面から突如現れたわたし達に狼狽し、慌てて戦闘準備を整える治安維持部隊のエルフ達。


 隙を突くなら、この瞬間しか無い。


 総督府へと駆け込んだデスサイズ卿率いる第十師団と別れて、わたし達は兵士達を薙ぎ倒しながら世界樹へと向けて突き進む。



「オリビア様を救う邪魔を……するなぁーーーッ!!」

「コレットさん、怒りすぎだ! 治安維持部隊のエルフ達を殺しちゃ駄目だからね!!」

「黙っていろ……()に指図するな!!」



 コレットさんの焔が燃え上がり、アンジュさんの爆撃が辺りを崩壊させ、トリニティ卿の斬撃が兵器を細切れにして、群がるエルフ達は瞬く間に吹き飛ばされていく。


 待ってて、ラムダさん。

 あなたの護りたい人、わたしも一緒に護るからね。


 充填チャージした脚で力強く地面を蹴って瞬時に敵の元へと駆け寄って、剣を振るって治安維持部隊のエルフが持つ重機を切断して、最後に相手の顔面を殴り飛ばして無力化させる。


 ラムダさんに比べれば地味だけど、わたしにだってやれば出来るんだ。けど……まだ足りない、勇者ストルマリアを倒すには、まだわたしの実力レベルは届いていない。



 だけど――――


「そこまでよ、止まりなさい……トリニティ!!」

「――――ストル……マリア……お姉様……!!」


 ――――もうその時は来てしまった。



 世界樹へと続く機械式の巨大な“ゲート”の前で、大量のエルフ達を打ち破って佇むは魔王軍最高幹部【大罪】の一角、麗しきダークエルフの“元勇者”エイダ=ストルマリア。


 込み上げた憎しみを顔に浮かべて、トリニティ卿に向けて聖槍の刃先を向けたストルマリアは立ち塞がるように対峙する。



退いて……お姉様……! わたしにはオリビアさんを救う使命があるの……!!」

「ハッ……私たちの大事な同胞を皆殺しにした女が、今になって死にかけの女ひとりを救う気!? そんな事で贖罪をした気になっているの、トリニティーーッ!!」


「やめるのだ、エイダ!! トトリにはやむを得ない事情があった、お前は本当にトトリが望んでエルフ達を殺したと思っているのか!?」

「黙れ……黙れ、黙れ、黙れ!! 如何にアウラ様のお言葉だろうと、如何なる事情があったとしても……私は貴女が許せない……ッ!!」



 愛する者を失い、絶望からダークエルフに堕ち、本来倒すべき魔王の配下へと下ってしまった勇者の末路。故郷を焼かれて、自暴自棄になって、『覚悟』を持たぬままずるずると此処まで来たわたしによく似ている。


 エイダ=ストルマリアはきっと、わたしが堕落した先の『未来』を映す鏡なのだろう。


 わたしが『勇者』の使命を果たさずに、ラムダさんの『女』で満足していたら、いつかはわたしは全てを失うのだろう。


 それは嫌だ。

 わたしは、もう何も失いたくない。


 何も出来ずに、何もしようとせずに、仲間を、愛した人を失えば……きっとわたしは壊れてしまう。それは……絶対に嫌だ。



「剣を抜きなさい、トリニティ……! 此処で決着を付けるわよ!!」

「皆さん、オリビアさんを連れて世界樹へ! わたしは――――お姉様を下してから合流します……!!」



 大太刀を構えてストルマリアとの決戦に望むトリニティ卿。だけど、彼女には世界樹内を案内する役目がある。


 それにわたしには分かった。

 トリニティ卿はストルマリアには勝てない。


 実力が肉薄しても、トリニティ卿はストルマリアに向けた僅かな愛情に足下をすくわれて負ける。



「トリニティ卿、あなたではストルマリアには勝てない……!」

「勇者ミリアリア……わたしを見くびっているのですか!? わたしは――――」

「ストルマリアに抱いた“後悔”と“愛情”……その感情があなたの刃を鈍らせて、そしてあなたは聖槍に貫かれる……!!」

「――――クッ!? 知ったような口を……!!」

「お前の相手は僕だ――――勇者ストルマリア!!」



 だから、ストルマリアはわたしが倒す。


 わたしが『勇者』として在るために乗り越えないといけない『壁』。堕ちた勇者を越えてこそ、わたしは真の『勇者』としてラムダさんと肩を並べれる。


 それがわたしの『覚悟』だ。



「…………良い眼ね、ミリアリア……! ようやく決心が付いたようね……!!」

「あなたのお陰だ……お人好しのダークエルフさん……!!」

「お姉様……ダークエルフになってもまだ……優しさを捨てては……!」



 そのわたしの眼を観て、『お人好し』だと言われた自分自身に呆れたように笑い、ストルマリアの視線はわたしへと移る。


 その眼は全てを辱める【凌辱】の二つ名とは程遠い、優しさに満ちた勇者の眼。エイダ=ストルマリアが持っていた本来の性格なのだろう。


 そんな優しい彼女を失墜させた“嫉妬の魔王”の存在がわたしは無性に気に食わない。



「けど、私はあなたに言ったわよね? 私と一戦交えたかったら、『聖剣』を見つけなさいと?」

「あぁ……言われた!」

「見つけたのかしら、あなたの聖剣を……?」

「ミリアリアさん……」



 くすくすと厭味いやみったらしく笑うストルマリア。まぁ当然だ――――決闘の取り決めをしてまだ時間はさほど経っていない。


 けれど、わたしの『覚悟』は決まった。

 そして、わたしの『夢』が見つかった。


 その『夢』を叶える為に、わたしは【勇者】になる。

 いつか、故郷ラジアータを再興する『夢』の為に。


 お父さん、お母さん、わたしは【勇者】になります。彼岸より来たる厄災を討ち、使命を果たしてみせます。



「我が血を啜って花咲け、朱き彼岸花よ!!」

「何……あれ……!? ミリアちゃんの身体から血が溢れ出て……血の彼岸花になったの……!?」



 わたしの意志に従って身体から排出されていく血潮ちしお――――血の気を失い白くなっていくわたしの素肌、朱く染まる髪と瞳、まるでわたしをさいなむ悪夢の中の“彼岸花の亡霊”のように、わたしの身体は朱く染まっていく。



「ノア様……あの姿は……!!」

「アリア……リコリス……!! あぁ……あぁぁ……!!」

「その姿……私を苦しめた悪夢の……“彼岸花の亡霊”そのものじゃないか……!!」



 そして、わたしから抜け出た血潮はわたしの眼前に落ちて焔を灯しながら花開き、燃え盛るような朱い彼岸花となる。


 その燃える彼岸花から顕れるは一振りの朱い剣――――我が血潮を啜り顕現した我が聖剣。



『キャハハハハ♪ 覚醒おめでとう、ミリアリア=リリーレッド……()()()()()()!! さぁ、手にしなさい、のが使命を果たし、偽りの世界を壊し、新たなる世界を創り出す為の――――“再世さいせいの聖剣”を!!』



 頭の中で響く少女の言葉に従って、わたしは聖剣を握り締める。


 冷え切った身体に熱を伝える朱きつるぎ、わたしの『覚悟』の具現化、ありふれた『幸せ』を取り戻す為の……わたしの聖剣。



「“再世の聖剣”【リーヴスラシル】――――抜刀ッ!!」

『私の名前はリーヴスラシル……! 勇者ミリアリア=リリーレッドが振るう聖剣なり……!!』

「それが……あなたの聖剣なのね……!! 起きなさい、“因果断の聖槍”【クー・フーリン】――――久々の強敵よ!!」

『…………らしいな。へへへっ……腕がなるってもんだ!!』



 抜刀と共に火の粉になって霧散する朱い彼岸花、煌々と輝く刀身に映る朱い髪のわたし、聖槍を構えて舌なめずりするストルマリア。


 動乱の摩天楼の中で切られようとする決闘の火蓋、わたしが前に進むための大事な一戦。



「ストルマリアはわたしが抑える! 行って、トリニティ卿!!」

「でも……わたしは……!」

「あなたが居なきゃ、オリビアさんは救えない! さぁ、早く!!」

「――――っ!! ミリアリアさん……お姉様を……深い闇から救ってあげて……!!」

「――――必ず!!」



 わたしの言葉を受けて立ち止まっていたトリニティ卿やノアさんたちは駆け出し、ストルマリアの脇を駆け抜けて世界樹の“ゲート”へと向かっていく。


 だだっ広い敷地に残されたのはふたりの勇者。

 エイダ=ストルマリアとミリアリア=リリーレッド。


 遠くから治安維持部隊の増援が迫りくる中で、わたし達は互いの『信念』を掛けてぶつかり合う。


 地面を蹴って跳躍し、わたしに向けて一気に距離を詰め、聖槍を振りかざしたストルマリア。そして、その槍を聖剣で防ぎ、決闘は始まる。



「我が名はエイダ=ストルマリア! 彼岸より来たる厄災を討つ者なり!!」

「我が名はミリアリア=リリーレッド! 同じく彼岸より来たる厄災を討つ者なり!!」


「「いざ尋常に――――勝負ッ!!」」

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