第166話:死者たちの妻よ、安らかに 〜Rest in Peace〜
『彷徨える死者は何処へ逝く〜? 消えた死神、消えた導きの星、消えた水先案内人〜♪ 黄泉へと逝けない屍人の御霊、寄り添い慰めるは“死の妻”〜♪ 幽世遠く、現世彼方、生死の狭間で揺蕩う微睡む死人よ、共に歌って踊りましょう♪』
――――遠い昔、寝る前に母さんが歌って聞かせた埃まみれの子守歌。冥界へと逝けずに彷徨える死者たちの魂を誘った『ある存在』を歌ったおとぎ話。
そんなおかしな人なんて居るわけが無い――――そう、当時の俺は母さんの歌を小馬鹿にしていた。
だけど、確かに『彼女』は此処に居た。
死者たちの永遠の“妻”たる不死者、ネクロヅマ。
願わくは、“死”に忘れられた彼女に永久の安らぎを。
「――――e.l.f.、壁を打ち破って高速道路から直接、世界樹内部へと突入するぞ! スレイプニル主砲――――超重力波干渉砲【ヴァルハラ】展開ッ!!」
「了解ッ! スレイプニル、第十一拘束術式解放、多重次元干渉方陣展開、λドライヴ接続――――完了ッ!!」
「Mr.ラムダ……!!」
「しっかり掴まっていろよ、アスハ! かなり派手にぶっ放すッ!!」
高速道路での闘いは終幕へと差し掛かり、徐々に近付いてくる世界樹【ルタ・アムリタ】。そその麓ある総督府から上がる赤々と燃え盛る炎。
ノア達による突入作戦――――俺が治安維持部隊を揺動し、警備が手薄になった所で突入して“迷宮”となっている世界樹内部へと向かう電撃作戦。
激戦区となった世界樹に、まもなく俺も合流する。
「――――逃さない……ラムダ=エンシェント……!!」
「良いだろう――――決着を付けるぞ、レイズ=ネクロヅマ!!」
正面機構を観音開きのように展開して現れるスレイプニルの主兵装【ヴァルハラ】、俺の真横で病馬に跨り剣を振り続けるネクロヅマ、そして右手で剣を振りながらスレイプニルをなんとか操縦する俺、それぞれの追跡戦は加速し続けて、やがて終着点へと到達する。
世界樹を迂回する為に大きく曲線を描いた高速道路の一画、そこが俺たちの進むべき道。
「スレイプニル、超重力波干渉砲【ヴァルハラ】――――発射ッ!!」
その世界樹に向けてスレイプニルから放たれた眩い白光、瞬時に分解されて消滅する防護壁、攻撃の余波で砕けていく道路、足下が見る見るうちに崩壊していく中で更に加速していく機械の騎馬と死せる病馬。
それでもお互いの剣をかち合わせながら、俺とネクロヅマは互いの信念をぶつけ合い、そして、加速した愛馬たちは勢いよく高速道路から飛び出して、スレイプニルの砲撃が貫通してできた世界樹の孔へと吸い込まれるように向かっていく。
「ギャーーーーッ!? Mr.ラムダ、もっと安全運転を心掛けてぇぇぇーーーーッ!!」
夜風を切り、摩天楼を横切り、到達するは世界樹。
世界に惑星のエネルギーを供給し、新たな魔素を産み出す循環器。聖女へ至る為の試練の地、女神アーカーシャの聖堂がある古の大樹。
だが其処は、既にエルフ達によって機械化された機械仕掛けの機構として再構築が成された空間と化していた。
「あれは……ラムダさん!? どうしてスレイプニルに乗って世界樹に突っ込んで来たの……!?」
「下に居るのはノアか……!! 良かった無事だったんだな……!!」
「Mr.ラムダ……吐きそう……あと恐怖で漏らしそう……」
世界樹に食い込んだ機械、根っこから魔素を吸い上げる巨大なエネルギーパイプ、未来都市によって徹底的に管理された神聖なる大樹の姿に俺は息を呑むしか無かった。
だが、思慮を巡らしている暇は無い。
俺の隣で凶刃を振るうネクロヅマを倒さないと。
ノアたちと合流した以上、ネクロヅマは彼女たちも標的にする。それだけは絶対に阻止しなければ。
「アスハ、このまま下に降りてノアたちと合流を!」
「えっ……どう言う意味ですか……!?」
「俺とe.l.f.は空中でスレイプニルを乗り捨ててネクロヅマを討つ!! 自動操縦で安全に降りれるから安心して……じゃ!!」
「『じゃ!!』――――じゃありません!! って、イヤーーーーッ、落ちるぅぅぅーーーーッ!?」
スレイプニルから手を放して、なんか喚いてるアスハを愛馬に預けて下へと降ろし、輝く翼を広げて、両手に聖剣を握って、俺はネクロヅマとの最後の一戦へと望む。
空間を引き裂いて這い出るように現れる死霊たち、空を蹴り此方へと迫る病馬、そしてその上で“冥王の剣”を構えるネクロヅマ。
「死んで……蘇って……そして不死となりて……共に生きましょう……! 死を乗り越えて……分かたれること無く……永遠の愛を……わたしに捧げなさい……!!」
「残念――――俺が愛するのは、共に生きると誓った人たちだけだッ!!」
ネクロヅマの剣から放たれた“死”の斬撃を飛び越えて、周囲に群がった死霊を翼から放った光球で消し飛ばして、腰に携えた可変銃で病馬を撃ち抜いて、聖剣を振り抜く。
斬り裂かれるネクロヅマの胴体、傷口から噴き出す黒い鮮血、されど“死の冒涜者”の瞳から輝きは損なわれること無く、歪んだ金色の瞳は妖しく光りながら俺を見つめ続ける。
ラムダ=エンシェントが欲しいと訴えかけるように。
「あなたはわたしの屍人を……わたしの大切な友だちを全て奪った……! だから……あなたは……わたしの新しい『家族』になりなさい……!!」
「――――ならない! 安心しろ……キーラ、アシュリー、そして……レイズが居るあの世に俺が送ってやるよ!!」
「――――傲慢……!!」
だが、俺の心はネクロヅマを欲していない。
俺には、俺の愛する人がいる。
そして、俺には生きたい理由がある。
共に生きたいと思える人がいる。
「破邪撃滅の聖剣よ、彷徨える不死者に安らかな眠りを与えたまえ!!」
「黄泉比良坂の魔剣よ……輝ける生者に逃れられぬ眠りを与えなさい……!!」
だから俺は剣を振るい、迫りくる“死”に抗い続ける。
再生したネクロヅマが薙ぐように振った魔剣を聖剣で受け止めて、鍔迫り合いながらネクロヅマを至近距離で捉える。
不死の特性【不死者】――――肉体を喪っても、精神を壊しても死なず、瞬く間に復活するインチキスキル。これを打破しなければ、ネクロヅマは倒せない。
まだ活路は観えない。
けれど、ここで負けるわけにはいかない。
俺が斬ってもネクロヅマは死なず、ネクロヅマに斬られれば俺は即座に死に絶える――――だが、絶体絶命にこそ、死中にこそ、活は開かれる。
「うぉぉぉーーーーッ!! 斬り裂け、シャルルマーニューーーーッ!!」
「――――ガ……ァッ!? わたしの……腕が……っ!?」
左腕に渾身の力を込めて聖剣を震わし、弾かれて姿勢を崩したネクロヅマの右腕を魔剣ごと斬り上げて切断する。
吹き飛ばされた青い右腕、舞い上がった“冥王の剣”、苦痛に顔を歪めるネクロヅマ、俺たちの間で舞い散る黒い血飛沫。
そして、武器を奪われたネクロヅマが体勢を立て直そうと病馬ごと後方に飛び退いた瞬間――――彼女の命運は決した。
「ネクロヅマ、貴様の魔剣を使わせて貰うぞ! “超電磁聖剣砲”――――準備!!」
「――――ッ! まさか……わたしの……“冥王の剣”を……!!」
聖剣を右手に持ち替えて、左腕に“巨人の腕”を装着して、渾身の鉄拳を放つ体勢へと移行する。
“超電磁聖剣砲”――――左腕について内蔵した電磁石の力で聖剣を超高速で撃ち出す必殺技。だが、今回撃ち出すのは勇者クラヴィスの聖剣【シャルルマーニュ】では無い。
俺の頭上でくるくると回りながら重力に引かれて落ちてきたネクロヅマの魔剣“冥王の剣”。この禍々しい魔剣を撃ち出して、俺はネクロヅマに引導を渡す。
「一度ならず二度までも……このわたしが……! ラムダ=エンシェント……ラムダ=エンシェントォォーーーーッ!!」
怒りを露わに、残された左腕に魔力を込めながら、鬼気迫る形相で俺の名を叫ぶネクロヅマ。その荒ぶる死者たちの“妻”に向けて必殺の一撃を構える俺。
生を望む騎士と、死を望む不死者の決着は――――“冥王”の剣に託される。
「終わりだ、ネクロヅマ! 黄泉へと還れ――――“天沼矛”!!」
「――――ガッ、アァァァーーーーッ!!」
構えた左腕の目前に落ち、ネクロヅマに向けて切っ先を向けた“冥王の剣”は俺の鉄拳に押し出されて音の壁を越えながら射出され、病馬の上に居たネクロヅマの心臓を貫いて彼女を世界樹の内壁まで吹き飛ばしていった。
世界樹の壁面に大きな窪みを作りながら串刺しにされるネクロヅマ。口と傷口から夥しい量の黒い血を吐き出して、ようやく因縁の相手はその動きを止めたのだ。
「ぐっ……あぅ……! お、おのれ……ラムダ=エンシェント……だが……このわたしは……死なない……何度だって再生し――――ッ!?」
「なんだ……? ネクロヅマの様子が……?」
「再生……出来ない……!? なんで……どうして……わたしの身体に……何が……あぁ……あぁぁああ……!?」
そして、不死たるネクロヅマに“死神”の誘いは来たる。
心臓を穿たれ、世界樹に串刺しにされてもなお俺への憎悪を燃やして再起しようとするネクロヅマを襲った異変。【不死者】の特性で再生する筈の右腕は再生せず、空中に置き去りにされた病馬も何故か粒子になって消滅していく。
「あぁ……あぁぁ……わたしの身体が……樹木になっていっている……!?」
「まさか……世界樹に取り込まれて……!」
その不可解な現象の理由は、ネクロヅマの末路にあった。
世界樹に張り付けにされた部分から徐々に樹木へと変えられていくネクロヅマの身体――――そう、彼女は世界樹に取り込まれていたのだ。
その影響でネクロヅマの特性は発揮されず、逆に彼女の魔力は世界樹に奪われ続け、その身体すら大樹へと還らんと変質していた。
「いや……いや……いやぁぁーーーーッ!! こんな最期……いや……! 世界樹に取り込まれて……永遠に大樹として生きるなんて……いや……!!」
世界樹に身体と意識を取り込まれても【不死者】の特性でネクロヅマは死ぬことも許されず、永遠に世界樹の中で虚無に揺蕩う。
それがレイズ=ネクロヅマの歩む末路。
死を冒涜した少女に送る、永遠の“生”の罰。
既に下半身まで樹木に変えられたネクロヅマは残された左腕を懸命に前に伸ばしながら助けを懇願する。
「助けて……ラムダ=エンシェント……助けて……お願い……お願いぃぃーーーーッ!!」
「ネクロヅマ……!!」
「こんなの嫌だ……永遠に独りぼっちになるなんて嫌だ……お願い……たすけてよぉ……」
涙を流して懸命に命乞いをするネクロヅマにほんの少しだけ情が湧いて、無意識の内に身体は彼女の方へと向かってしまう。
独りぼっちが寂しいと言った彼女の気持ちは分かる。
そして、ネクロヅマの姿は俺の『未来』の可能性だと気付いて。
分かっていた筈なのに、既にネクロヅマの身体は顔以外変質している。今さら助けたってどうにもならない。
「あぁ……誰か……わたしと……生きて……――――」
「…………さようなら…………レイズ=ネクロヅマ…………」
そして、俺が辿り着くよりもほんの少しだけ早く、レイズ=ネクロヅマは完全に世界樹に取り込まれて、青い肌の少女の身体は物言わぬ樹木へと完全に変質してしまった。
俺が彼女に掛けれたのは別れの言葉だけ。
死力を振り絞って伸ばされた彼女の左腕を自分の左腕で優しく握って、俺は死闘を繰り広げた冒涜者へと最後の挨拶を交わす。
魔王軍最高幹部【大罪】が一角、【冒涜】レイズ=ネクロヅマ――――世界樹に取り込まれて死亡。
それが、死者たちを墓から暴き、自身の孤独を紛らわすために“生ける死者”へと変えていた不死者の少女の最期であった。




