第165話:VS.【冒涜】レイズ=ネクロヅマ 〜Resurrection of Raise〜
「エルフさん、運転出来るんですか……!?」
「多分……とほほ〜……なんで聖剣の疑似人格である私がこんなことしているの〜……」
「不安……」
幻影未来都市【カル・テンポリス】高速道路――――世界樹へと向かう俺たちと、それを追いかけるネクロヅマとの一戦は夜風を切りながら開幕する。
禍々しい病馬に跨り、歪に輝く大剣を構えるは【冒涜】のレイズ=ネクロヅマ。対するはスレイプニルを後ろ向きに走らせながら後方へと視線を向ける俺。
これ以上、ネクロヅマの『人形遊び』に付き合うのもウンザリだ。二度と俺の顔を拝めないように完膚無きまでに叩きのめしてやる。
「――――いでよ死霊……! “アーティファクトの騎士”を呪い殺しなさい……!!」
「Mr.ラムダ、死霊系の魔物を弾丸に見立てた攻撃です!」
「分かっている! 武装展開、超電磁回転式多銃身機関銃――――発射ッ!!」
ネクロヅマの周囲に現れた青白い焔から放たれる大量の幽霊の弾丸、それを迎撃するためにスレイプニルの両脇に備え付けられた多銃身機関銃から放たれる“光”の弾丸。
霊魂の弾丸と“光”の弾丸は俺とネクロヅマの間で幾重にもぶつかり合い、小さな青白い発光を放っては消滅していく。
「相変わらずアーティファクトまみれの男ね……その奇っ怪な馬は何なのかしら……?」
「えっ……“馬”認識なんだ、Ms.ネクロヅマ……!?」
「e.l.f.、前方に治安維持部隊の姿は!?」
「――――無いです!」
「なら後方武装も回すぞ! 撃って、撃って、撃ちまくる!!」
牽制の撃ち合いは互角――――ならばと駆体後方の二連砲を前方へと向けてさらなる射撃を試みる。
スレイプニルの前後左右から雨あられのように撃ち出される弾丸の数々。消し飛ぶ霊魂、弾けて砕ける地面、肉片を欠損させて苦痛に喘ぐ病馬、弾丸を受けて黒い血を流すネクロヅマ。
「ぐっ……まだまだ……! あなたに首を斬られたレイズの痛みに比べれば……この程度の痛みなんて……!!」
「Ms.ネクロヅマ……まったく怯んでいないなんて……!?」
「痛みは感じている……けど、痛みよりも俺への憎悪が勝っているのか……!」
されど屍人たちの“妻”は止まること無く俺たちを追い立て続ける。
憎悪に燃えるネクロヅマの金色の瞳、なおも燃え盛る死者たちの怨念、振られる度に断末魔のような音を奏でて斬撃を放つ“冥王の剣”。
一つ一つは大した脅威にも威力にもならないが、それが何度でも蘇る屍人のように無尽蔵に繰り出されていく。その悍しき光景はさながらゾンビパニックの一幕、たったひとりで数多の“死”を冒涜し眠れる死者を叩き起こした不死者の妄執。
「うふふ……いつ死ぬの? どうやったら死ぬの? 何をしたら死にたくなるの? ラムダ=エンシェント……あなたの恐れる“死”はなぁに……??」
「――――お前には教えない。ひとりで腐って死に絶えろ、ネクロヅマ!」
「あらそう……? なら――――わたしの好みの殺り方で死なせてあげるわ!!」
「Mr.ラムダ! Ms.ネクロヅマ、加速してきました!」
「分かっている、アスハ! 固有スキル【煌めきの魂剣】――――受けろ、“蒼穹百連”ッ!!」
永遠を生きる孤独な少女は不気味に笑い、弾幕に身体を削がれながらも病馬を加速させて徐々に距離を詰めてくる。
俺に出来る手段は反撃あるのみ――――スレイプニルから撃ち出される射撃に加え、固有スキルによる蒼い魂剣による攻撃も次々と飛ばして迫るネクロヅマに負傷を与えていく。
「ぐぅ……っ!? 相変わらず厭らしい蒼い剣ね……! 死になさい――――“黄泉比良坂”!!」
「Mr.ラムダ、Ms.ネクロヅマの大剣から巨大な斬撃が……!!」
「うふふ……地を這う『横一閃』……その鋼鉄の馬……上下に分割してやるわ……!!」
だが、それでもネクロヅマは止まらない。
胸元に突き刺さった魂剣を苦悶の表情を浮かべながらも乱暴に引き抜いたネクロヅマは反撃とばかりに、病馬の鞍の上に立ち上がって両手でしっかりと握った“冥王の剣”を振るい道路いっぱいに広がった白い斬撃を放ってきたのだ。
撃ち出され、地を這うように俺たちへと迫りくる怨念のような不気味なうめき声をあげる斬撃。受ければ如何に鋼鉄の駆体を誇るスレイプニルであっても損壊は免れないだろう。
「どうするのですか、Mr.ラムダ!? ここで足を失えば治安維持部隊にも追い付かれて……」
「ご主人様、高速道路の隧道に入りました!」
「――――スレイプニル、反重力走行形態発動!!」
「――――何……!? 壁を走ってわたしの“黄泉比良坂”を回避したの……!?」
しかし、簡単に捕まる訳にもいかない。
偶然にも突入した隧道の地形を利用してスレイプニルを弧状の壁を駆け上がるように走らせてネクロヅマの斬撃を躱し、そのまま天井に張り付いて地面を見下ろすような形で愛馬を走らせる。
「お、落ちる……!? Mr.ラムダ、助けて……!」
「アスハ、俺の鎧の肩から伸ばした“錨”で身体を固定する! 絶対に放さないから、しっかり捕まってて!!」
「…………うん、分かった……!」
「逃さない……天井を駆けなさい……我が愛馬……!! 怨霊よ……怨嗟を奏でろ……!!」
「――――ご主人様、スレイプニル周囲に高密度の霊体反応です!」
その光景にすぐさま順応したネクロヅマも病馬を跳躍させて、愛馬の胴体を翻させて天井へと脚を着けさせて再び俺と目線を合わせて、再び距離を詰め始めてくる。
そして、ネクロヅマの指揮と共に俺たちを囲むように現れたのは白い焔に包まれて不気味に嗤う無数の髑髏の霊魂。
「さぁ……生者を喰い殺しなさい……!」
「Mr.ラムダ!」
「アスハには手は出させないぞ! 魂剣よ――――彷徨える魂に救済を!!」
不気味に焔を揺らめかせて突撃する霊魂、それを蒼き魂剣で斬り落とす俺、白銀の鎧に懸命にしがみつきながら手にした杖から魔法を撃ち出すアスハ、そして一瞬の隙を突いて天井の中へと潜行して消えたネクロヅマ。
打ち砕かれた髑髏はすぐさまに爆発を起こし、スレイプニルから放たれた弾幕は周囲を破壊して、隧道と言う閉鎖空間で繰り広げられる戦闘は徐々にいま居る空間を崩壊へと導いていく。
「ネクロヅマ……何処に消えた!?」
「Mr.ラムダ、トンネルが崩壊します! 急いで脱出を!!」
「分かった! スレイプニル、通常走行へと以降!!」
後方から音と土埃を上げながら崩壊を始めていく隧道――――道を塞ぐように崩れていく瓦礫、スレイプニルの駆体の真下にも広がっていく亀裂。
その崩壊から逃げ切るためにスレイプニルを向きを再び正常に戻して、反重力を解除して地面へと降りた俺はアクセルを全力で回して愛馬を加速させていく。
「アーティファクト【ルミナス・ウィングⅡ】起動! 一気に突っ切るぞ!!」
鎧の背中に格納していた翼を展開して出力を上げて、隧道の崩壊よりも疾くスレイプニルは駆け抜ける。
そして駆けてから数十秒もしない内に頭上を覆っていた孤状の長い長い隧道から俺たちは飛び出して――――
「待っていたわ……ラムダ=エンシェント……!!」
「――――ネクロヅマ!? いつの間に追い付いたんだ……!?」
――――その瞬間に上から強襲を仕掛けて来たネクロヅマと遂に剣と剣で斬り結ぶ距離にまで接近してしまっていた。
「“冥王の剣”……生者を死者へと変えなさい……“黄泉戸喫”……!!」
「反生命術式!? Mr.ラムダ、あの剣で斬られたら即死して、そく死霊の仲間入りです!!」
「――――破邪の聖剣【シャルルマーニュ】抜刀!!」
左腕を警戒して俺の右側に着けたネクロヅマから放たれた断末魔を奏でた斬撃。
その悍ましい冥界からの呼び声を纏った斬撃を聖剣で受け止めて、斬り結んだ剣越しにネクロヅマを睨み付ける。
「あはは……あはははは……!! いいわ……いいわ……良いわぁ……!! わたしの攻撃をここまで凌いで……生き長らえるなんて……あなたは最高だわ……ラムダ=エンシェント……!!」
「ネクロヅマ……!!」
「もっと生きて……もっともっと生き長らえて……わたしを見て……わたしを想って……わたしを愛して……!!」
「Ms.……ネクロヅマ……何を言って……?」
そして俺は気付いた――――ネクロヅマが俺へと向けた感情が。
屍人に囲まれて、屍を“夫”に見た立てて、骸を友とした不死者の少女の哀しき運命を。
「独りぼっちは寂しいの……誰かに愛して貰わないとつまらないの……死なないで……死なないで……わたしの側から居なくならないで……!!」
「お前は……俺と同じ……」
「ラムダ=エンシェント……一緒に生きましょう……あなたも不死者に……わたしの眷属になって……永久に生きましょう……!!」
わたしの側から居なくならないで――――俺がノアやオリビアに吐露した弱音と同じ、喪失に苦しむ者の嘆き。
あぁ、レイズ=ネクロヅマ、俺は君を理解してしまった。
不死者であるが故に、君は愛し愛された全ての者に先立たれたのか。だから、半永久的な不滅の存在たる屍人を使役して手元に侍らせたのか。
誰かと一緒に居たいから。
例えそれが死者であったとしても。
逆光時間神殿での闘いで俺は髑髏の老父を討ち破り、ネクロヅマはその瞬間に永遠の愛を失った。
「グラトニス様も……ストルマリアも……いつかは死んで……わたしの前から居なくなる……! それがわたしは怖い……怖いのよ……!!」
「俺だって……いつかは死ぬ……!!」
「そんなの許さない……!! わたしから“夫”を奪ったあなたを……わたしは許さない……!! 罰として……あなたは永遠に生きなさい……!!」
感情を吐き出して、がむしゃらに大剣を振り回して、俺を屍人にせんとネクロヅマは荒ぶる。
ぶつかり合う度に飛び散る霊魂、剣を振るう度に目減りしていく生気、目の前で腐敗する病馬に削がれていく精神。
怒り、憐れみ、哀しみ――――俺と同じ『孤独』を嫌い、『喪失』を恐れた少女の悲壮な凶刃は徐々にその偏愛を増長して俺へと牙を剥く。
だけど――――
「この世界に『永遠』などあってはならない……我々はいつか死ななければならないのですよ――――Ms.ネクロヅマ!!」
「ハーフエルフが……偉そうに……!!」
――――そんな不死者の少女に、アスハは『言葉の剣』を手に抗い始めた。
「私も、Mr.ラムダも、いつかは死なないといけない……!」
「それがわたしには耐えられない……! またわたしを置いて冥界へと旅立っていくんでしょ……!?」
「いいえ、あなたもいずれ死にます――――その不死性すらも打ち破って!!」
生きとし生けるものは皆、いつかは“死”を愛しき隣人として迎え入れる。俺が躍起になってノアを生き長らさせたとしても、ノアもいつかは再び棺で眠りにつく。
そして、俺は永遠の生なんていらない。
愛する人と生きて、次代を『未来』へと送れれば満足だ。
だから今を懸命に生きて、生に必死にしがみついて、迫りくる“死”に抗い続けている。
「Mr.ラムダを死なせはしない! 彼には生きて果たすべき役目がある――――それはMs.アウラと子づくりすることよ!!」
「もっとやる事あるわ!! 俺をただのスケベと思ってんのか!?」
「子づくり……!! くそ……くそ……くそ……わたしには子孫を創る権能は無い……ラムダ=エンシェント……わたしは子孫を残せるあなたに嫉妬するわ……!!」
「アスハの煽りがネクロヅマに効きまくっている!!」
生に執着するか、死に執着するか、それが俺とネクロヅマの決定的な『違い』なのだろう。
だから、俺は死の【冒涜者】とは相容れない。
俺が欲しいのは限りある、光り輝く命の灯火なのだから。
だからネクロヅマ、俺は君の“夫”にはなれない。
「ご主人様、まもなく世界樹へと到達します!!」
「――――うぉおおお!!」
「きゃあっ!? わたしの“冥王の剣”が弾かれた……!?」
聖剣に力を込めてネクロヅマの大剣を打ち払い、スレイプニルを再び加速させる。
もうすぐ世界樹へと到達する。
その前に何としてでもネクロヅマを撃破する。
彼女の永遠の孤独に決着をつける為にも。




