第164話:摩天の“追跡者《チェイサー》”
《反逆者ラムダ=エンシェント、現在南区画を逃走中! 駆動二輪部隊による追跡支援を要請する!!》
――――爆破された図書館から脱出し、愛馬スレイプニルに跨って【カル・テンポリス】の夜を俺とアスハは駆ける。
たったふたりの敵を追い、続々と集まって来る治安維持部隊の兵士たち。武装ヘリ、走行車両、駆動二輪、戦力が割かれれば割かれる程に世界樹に向かったノアたちの負担は減るだろう。
だから、ここで俺が引っ掻き回して少しでも手勢を割く。その意気込みでアクセルを回し続け、愛馬もそれに応えて馬力を上げて加速していく。
「お母さんが集めた貴重な書物が……! ディアナ=インヴィーズめ、アウラ=アウリオン記念図書館をなんと心得ているのかしら……!?」
「すまないアスハ……俺のせいでアスハのお母さんの苦労を……」
「――――いいえ、今は書物よりも護らないといけないものがある……! きっとお母さんも笑って許してくれるはず……!!」
「もし怒っていたら俺が責任を取る! ごめん……アスハ……」
街に吹く夜風を切って疾走するスレイプニル、爆破された図書館に振り返り憤慨するアスハ、複雑に入り組んだ摩天楼を右に左に舵を切っていく俺。
背後には無数の追跡者、前方には行く手を阻む大量の車――――ノアの造ったスレイプニルの性能なら追手に捉えられる事は無いだろうが、運転する俺が事故を起こせばその限りでは無い。
「追手を追い払うぞ! e.l.f.、後方超電磁式砲撃機構――――準備ッ!!」
「了解、ご主人様! 超電磁式砲撃機構――――機動開始!!」
「アスハ、あの武装ヘリに安全装置は付いてるか!?」
「ヘリコプター自体には安全装置は付いていませんが……一応、搭乗員には非常用の魔力障壁発生装置が支給されている筈です……」
「聴いたな、e.l.f.――――派手に撃ち落とすぞ!」
「――――承知しました、ご主人様♪」
安全を確保するのなら反撃を――――e.l.f.に火器管制を任せ、スレイプニル後方に備え付けられたキャノン砲を起動させる。
狙うは上空から探照灯を照らして俺たちを追跡する武装ヘリ。砲身を上方へと傾けて、電子の妖精は静かに狙いを定める。
狙うは動力炉、機体が爆発しても魔力障壁発生装置のお陰で搭乗員の安全が保証されているのなら遠慮はいらない。
《魔力感知式誘導ミサイル――――撃てーーッ!!》
「Mr.ラムダ、誘導ミサイルが来ます!」
「――――脚部電磁パルス展開ッ! スレイプニル、加速ッ!!」
武装ヘリから撃ち出されたミサイルの誘導機能を脚部装甲に内蔵した電磁パルスで無力化させ、明後日の方向へと着弾したミサイルの爆風を勢い良く突き抜けて、反撃の一手を整える。
爆風に煽られて僅かに跳ねる駆体、一瞬素肌を炙った熱波、纏った白銀の鎧に当たった鉛の破片、それらをものともせずに愛馬は加速して夜を駆けて。
《爆風で視界が……! 急いで魔力感知を――――》
「今だ、e.l.f.……撃てーーーーッ!!」
「超電磁式爆裂徹甲砲――――シューーーートッ!!」
《――――なっ、砲撃!? 機体が……うわぁーーーーッ!?》
スレイプニル後方に二門備え付けられた二連砲身から超速で放たれた徹甲弾が武装ヘリの動力炉を精確に撃ち抜いて、空を舞う機械の怪鳥は激しい爆発と共に四散する。
「障壁を纏った搭乗員の脱出と地表への生還を確認。ご主人様、やりました♪」
「油断するな、e.l.f.――――まだ追手は残っているぞ!」
「…………武装ヘリを一撃で…………!? これが在りし日の“アーティファクトの騎士”……」
「背後から敵影多数……ご主人様!!」
「撃って、撃って、撃ちまくれ!! 世界樹に辿り着くまでに一騎も残さずにブッ壊すぞ!!」
だがまだ油断は出来ない――――武装ヘリの爆炎を吹き飛ばして現れる後続の武装ヘリ、地上からは装甲車と駆動二輪が尽きること無く追走する。
こちらも負けてられない、e.l.f.に操作されて休むことなく撃ち出される砲撃――――下部砲身から撃ち出された徹甲弾でタイヤを撃ち抜かれて横転する駆動二輪、上部砲身から撃ち出された炸裂弾の爆風で打ち上げられて半回転しながらひっくり返る装甲車。
俺たちの後方で次々と爆発が巻き起こり、【カル・テンポリス】の夜は次第に喧騒とした雰囲気を呈してくる。
「Mr.ラムダ、このまま騒ぎが大きくなれば治安維持部隊に進行経路を先回りされて挟み撃ちにされます!」
「――――何か手は無いか、アスハ!?」
「この先に高速道路が……! そこに乗り込めれば進路の封鎖は困難になる筈です!!」
「分かった! 高速道路への案内を頼む!」
ふと、摩天楼を見上げればビルに埋め込まれた大型スクリーンに映るスレイプニルに跨った俺たちの姿が。どうやら街中に俺の行動が報じられているようだ。
そして、アスハの忠告通り、徐々に行く手を阻み始める治安維持部隊の姿が。アスハの案内で路地裏や商業施設内を走って回避しているが、いずれは完全に包囲されるだろう。
その前に高速道路へと合流したいが。
「――――まずい! 高速道路への入口が封鎖されている!!」
「なんだと!? 強行突破出来ないのか!?」
「ゲートを対魔獣用の魔力結界で塞がれています! それにゲート前には複数の装甲戦車も……!!」
「あわわわ……!? もし一発で突破できないと私たち袋の鼠ですよー!」
生憎とそう思い通りにはいかないらしい――――高速道路へと続くゲートには既に強固な結界が張られ、複数の戦車が俺の到着を今か今かと待ち構えていた。
スレイプニルの武装で突破出来なくは無いが、万が一にも遅れを取って捕まれば一大事だ。
「アスハ……近道するぞ……! 壁走りからの超大ジャンプは好き?」
「何を言って……? あっ……目の前に丁度いい高さの電波塔…………まさか!?」
「前方武装展開……対物無反動粒子砲――――発射ッ!!」
俺はここで立ち止まれない。
必ず世界樹へと辿り着いてオリビアを救い出す。
駆体前方に備え付けられた大型キャノン砲を展開し、ハンドルに備え付けられた引き金を押し込んで、前方にそびえ立つ巨大な電波塔の根元へと向けて高エネルギーで精製された弾丸を射出する。
激しい爆発と共に基礎を破壊されて眼前の高速道路に向けて傾き始める電波塔、そこに向けて俺はスレイプニルを加速させていく。
無論、無策でない。
「スレイプニル、反重力走行形態――――発動ッ!!」
「ふぁぁ……!? 今度はほぼ垂直の電波塔を駆け上がり始めた……!? Ms.ノア……なんて物を造ったのですか〜〜!?」
「ヒャッホー♪ これ最高ーーッ!!」
「何はしゃいでいるんですか、Mr.ラムダ!?」
ノアの贈ってくれたスレイプニルは垂直な壁も天地逆転の天井を走行する事も出来る――――重力の影響を無くし、走行したい箇所への強い引力をタイヤから発生させて、俺たちは倒れつつある電波塔を駆け上がっていく。
さながら落下地点へと登って行く古代文明のジェットコースターのように、俺の心は高揚していき、俺の鎧にしがみついてアスハは震えた子猫のように怯えていく。
あっという間に離れていく地表、どんどんと近付く摩天楼の空、そして遠くに見える世界樹から上がる黒煙。どうやら俺たちの映像を観たノアたちも世界樹への突入を始めたらしい…………急いで合流しなければ。
「飛ぶぞ、アスハ! カッ飛ばせ、スレイプニル!!」
「ギャーーッ!? お母さん、助けてーーーーッ!!」
ほぼ斜めに傾いた電波塔の頂点から高速道路に向けて飛び出したスレイプニル――――その一瞬の空中浮遊、下腹部が寒くなるようなマイナスの重力をその身で堪能しながら、俺と死にそうな声のアスハは高速道路へと侵入する事に成功する。
そしてそのままアクセルを回して勢いを落とすこと無く駆体を走らせて、世界樹へ向けてハンドルを切っていく。
「おぇぇ……吐きそう……! うぅぅ……お父さんがスピード狂だったのを思い出しましたぁ……!」
「あっはははは! このスレイプニル最高ーー♪ 今度、これにオリビアを乗せてデートしよーーっと♪」
「Ms.オリビア……お労しや……」
包囲網を予期せぬ形で破られたのか、前方にも後方にも追手の姿は無く、封鎖の影響からか一般車も無く高速道路は静寂に包まれて、スレイプニルが切り裂く夜風の音だけが俺の耳を劈いていた。
後ろで嗚咽に苦しんでいたアスハも少し落ち着いたのか、俺の背中に寄り掛かり、非常事態でありながらも俺たちはさながらドライブのような気分を味わっていた。
「いでよ……“死せる病馬”……!!」
「――――Mr.ラムダ、後方より高魔力反応が接近してきます!!」
「…………レイズ=ネクロヅマ…………!!」
だが、そんなささやかな安息を堪能出来る程、事態は穏やかじゃ無い。高速道路を高速で駆け、後方から俺たちを追い上げる存在が一つ。
レイズ=ネクロヅマ――――魔王軍最高幹部の不死者が、再び病馬に跨って現れたのだ。
「さぁ……いよいよ最後の夜よ……! わたしの“夫”になる覚悟は出来たかしら……ラムダ=エンシェント……!!」
「いい加減、お前の復活戦法にもウンザリだ!! 今日こそ引導を渡してやる――――レイズ=ネクロヅマ!!」
巨大な大剣を構えて、狂気にも似た笑顔をこちらへと向けるネクロヅマ。
逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】から続いた不死者、屍人たちの“妻”との雌雄を決する時だ。
「スレイプニル、反転走行形態へと以降! e.l.f.、運転は任せた!!」
「し、承知しました、ご主人様……!!」
「アスハ、俺が盾になるから安心していてくれ……!!」
「Mr.ラムダ……!!」
「行くぞ……スレイプニル反転!!」
ネクロヅマとの戦闘の為に俺は大きくハンドルを切って、駆体を半回転させる――――スレイプニルの回転に依存せずに進行方向を向けたまま回転するタイヤ、速度を落とさず進行方向を変えずに躯体の前後を入れ替える機構で俺は後方から迫るネクロヅマと向かい合う。
こうすれば後方からの攻撃で背中にいるアスハとe.l.f.が攻撃を受ける心配はいらない。
「これで思う存分、死会えるぞ――――ネクロヅマ!!」
「くすくす……上等……!! さあ……殺すわ……ラムダ=エンシェント……!!」
高速道路を舞台に始まった高速の追走戦闘――――相対するは【冒涜】レイズ=ネクロヅマ、迎え撃つは“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント。
逆光時間神殿から続いた両者の因縁、いま決着の時。




