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第163話:闇夜を切り裂く騎士


「――――アスハ! 居るか、アスハ!!」

「…………お待ちしていました、Mr.ラムダ」



 ――――幻影未来都市【カル・テンポリス】中央区画セントラル・セクション、アウラ=アウリオン記念図書館、時刻は夜。


 世界樹へと向かったノア達と別れた俺は、この図書館の館長室でデスクに広げた古びた書物に目を通していたアスハと対面していた。



「街中であなた方が手配されています。“虐殺聖女”トリニティを匿った大罪人だと……」

「…………トリニティ卿にはまだ果たすべき使命が残っている! それを果たして全ての『罪』に決着を付けるまで、俺は彼女をインヴィーズ総督に渡すなんて出来ない……!!」

「それではインヴィーズ総督の目の敵にされても仕方が無いですよ? Mr.ラムダはエルフ族との戦争を臨んでいるのですか?」

「…………それは…………」



 俺たちが地下区画アンダーグラウンドに潜んでいる間に事態は大きく進んでいた――――トリニティ卿を匿った影響で手配された俺たちダモクレス騎士団、“嫉妬の魔王”討伐の誤報で浮かれ気分になった【カル・テンポリス】のエルフ達、そして総督府から姿を消したインヴィーズ総督。


 街の各所に潜伏した第六、第十師団の報告で、街には大量の治安維持部隊や無人偵察機が配備され、街の正門も各種トラムも封鎖されてしまったらしい。


 つまり、俺たちはこの街に閉じ込められた事になる。



「インヴィーズ総督の狙いは一体……?」

「Ms.トリニティ、Ms.ネクロヅマを引き摺り出して、もう一つの【時の歯車(クロノギア)】を持つあなたを始末することではないですか……?」

「“未来観測”で俺たちの動きを観測した訳か……! 聖女ティオを殺めた時にラナに『遺物を操りし騎士』と言ったのも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのか……!!」



 ようやく合点がいった――――インヴィーズ総督の目的はトリニティとストルマリアへの報復と、俺たちの持つ【時の歯車“古”クロノギア・エンシェント】を奪うことだったのか。


 そして、インヴィーズ総督の準備は整って、いよいよ彼女は行動を起こしたことになる。


 即ち“嫉妬の魔王”インヴィディアへの覚醒――――トリニティ卿とデスサイズ卿の証言が正しければ、前回と覚醒条件が同じであれば大量のエルフの生贄が必要になるに違いない。



「この街全体に強い魔力の『綻び』が感知されています、Mr.ラムダ……」

「…………どう言う事?」

「恐らくは炎属性の魔法術式――――発動すればこの街は即座に火の海と化して、多くのエルフが“薪”のように燃やされてしまうでしょうね……!」

「生贄か……! 街に何度か出没してたのは仕込みの為って事だったのか……!」



 そして、アスハの解析で既に街中にインヴィディアが仕掛けたと思われる魔力の“綻び”が発見されていた。


 街中を大火で包み込む超大規模な炎上術式――――恐らくはその術式でこの街のエルフ達を一気に喰らうつもりなのだろう。今度こそトリニティ卿に邪魔されないように。



「…………で、こんな非常事態中に私に何用ですか、Mr.ラムダ?」

「――――力を貸して欲しい、アスハ……!」



 だからこそ、残された時間が少ないからこそ、アスハの助力が俺は欲しい。


 彼女は時を止める“時紡ぎの巫女”としての時間魔法の才覚がある。きっと、『未来』を操るインヴィディアへの対抗策になるはずだ。



「この危険な中、あなた達の戦いに協力しろと? 気は確かですか? 私に、長年住み慣れたこの街を裏切れと言うのですか……!?」

「ちゃんと責任を取る! 頼むアスハ……俺を信じてくれ!!」

「…………行き摺りの女性を身籠らせた私のお父さんと同じような安い決意表明を……!!」

「頼む、俺にはアスハが必要なんだ! ってかアスハの親父、ひでぇな……!?」



 怪訝な表情かおで俺を睨むアスハに必死に頭を下げ続ける。このままだと俺たちはインヴィディアに全滅させられて、ノアもオリビアも死んでしまうかも知れない。


 それだけは、俺は絶対に許せない。


 アスハをないがしろにする訳じゃないが、彼女がいればきっとノア達を護り抜く事が出来る。



「腰が直角に曲がるぐらいの深い礼、懸命に私を必要だと言い張るその必死さ、そして『必ず勝つ』と言う【傲慢】にも似た不遜な態度……本当に、何もかもお父さんにそっくり……」

「アスハ……お願いします……俺の大切な人を一緒に護ってください!!」

「やめて……! 私にかしこまらないで! お父さんは私にそんな腑抜けた台詞なんて吐かなかった!!」

「…………俺は君の父親じゃ無い。ただの他人だ……」

「…………はぁ、なにやってるんだろう私……分かってる筈なのに……お父さんはもう死んだ筈なのに……」



 諦めの悪い俺へと浴びせられるアスハの罵声――――俺を父親と見立て、俺の態度に怒りを露わにしてハーフエルフの司書は激しく言葉を荒立てる。


 この先は“嫉妬の魔王”との死闘、本来なら俺はアスハを安全な場所に逃さないといけない。でも、俺の直感が言っている、アスハが居なければ魔王を倒しきれないと。


 だから、なりふり構わずに彼女に頭を下げ続ける。

 この街に充満した“幻影まやかし”を祓うために。


 ノアたちと生きる『未来』を勝ち取るために。



「アスハ……」

「…………分かりました。この街にあなた達を招き入れた責任を取るためにも……私も最後まであなた達に付き合います……!」



 そして、アスハは覚悟を決めて、俺たちへの協力を受諾してくれた。


 呆れたように笑って、近くに待機させていた『機械梟ミネルヴァ』を手拍子で招き、デスクに立て掛けた杖を手にしてアスハは身支度を整える。



「Mr.ラムダ、行き先は?」

「世界樹【ルタ・アムリタ】――――そこで傷付いたオリビアを【聖女】に覚醒させて、インヴィーズ総督を捕縛する! 既に仲間が先行しているから、一緒に向かってくれるか?」

「承知しました。貴方の判断に任せます……!」



 行き先は世界樹――――そこでオリビアを救い、そのままインヴィーズ総督を捕らえる。


 間もなく始まる“嫉妬の魔王”による【カル・テンポリス】炎上の時。その前にインヴィーズ総督を無力化しなければ、この街は炎の渦に包まれる事になる。


 急がなければ。



「では、早速向かいま――――」

《登降せよ、反逆者共! 我々は【カル・テンポリス】治安維持部隊である! 繰り返す――――武装解除して速やかに登降せよ!!》

「な、何だ!? 窓の外に武装ヘリが……!?」



 だが、相手もいよいよ手札を切ってきた――――アスハの背後にあった窓から差し込んだ照明ライトの光、そして図書館を囲むように聞こえる複数の武装ヘリの回転翼ローターの駆動音。


 この街を防衛する治安維持部隊が駆る武装ヘリコプターによる包囲作戦だ。



「しまった……治安維持部隊に囲まれたの……!?」

『アウラ=アウリオン記念図書館の司書・アスハに告げる。速やかにラムダ=エンシェントの身柄を引き渡せ! その男は大罪人であるトトリ=トリニティを匿った我々への反逆者だ!』

「冗談……! Mr.ラムダは絶対に渡しません……この人は私の……!!」



 要求は俺の身柄の拘束――――トリニティを匿った、インヴィーズ総督の孫であるルチアを害したなどと適当に罪をでっち上げて俺を拘束して、アーティファクトを奪う気なのだろう。


 だが、大人しく捕まる訳にもいかない。

 協力してくれたアスハを傷付ける訳にもいかない。


 俺が取るべき選択は反逆――――アスハを連れて治安維持部隊の包囲網を破り、そのまま世界樹へと向かわなければ。



「ミネルヴァ、時間結界を発動――――」

「待て、アスハ! ここで無駄な魔力を使うな!!」

「ではどうしろと……!?」

「任せろ――――e.l.f(エルフ).、【スレイプニル】の準備を!!」

「もう準備していまーす♡」



 その為の秘密兵器の出番だ――――俺の指示とe.l.f(エルフ).の合図と共に館長室の扉を破壊して現れたのは白銀の機体ボディが印象的な大型駆動二輪【スレイプニル】。


 ノアが俺の為に開発してくれた騎馬きば……を模した大地を疾走するアーティファクト。



「なにどさくさに紛れて扉を壊しているのですか……!!」

「ごめん……って違う、急いで後ろに乗って!」

「このバイクに乗るのですか……!?」

「コイツは――――馬だ!!」

《ヒヒーン!(※電子音)》

「嘘つくな!!」



 唸るモーターの駆動音、鈍色にびいろに輝く武装、蒼い光を放って疾駆しっくの時を待つタイヤ――――風除けのバイザーを装着し、アスハを後ろに乗せて、“神の馬”と銘打たれた俺の愛馬は窓に向かってその車体を構える。



《ラムダ=エンシェント、逃亡の意思を確認! 迎撃用ミサイルランチャー準備!!》



 俺とアスハがスレイプニルに跨ったのを確認し、攻撃の準備を整える武装ヘリ。その漆黒の機体の両脇に備え付けられた赤い弾頭のミサイルが屋内に居る俺たちへと向けられている。


 もはや一刻の猶予も無さそうだ。



「ち、ちょっと待ってください、Mr.ラムダ! 貴方、運転免許証ドライバー・ライセンスは持っているのですか!?」

「ライセンス……? 大丈夫だ、アスハ! 俺のライセンスは――――“A級”だ!!」

冒険者そっちの許可証(ライセンス)の話じゃ無いんですけどぉーーッ!? なにドヤ顔してるんですか、このスケコマシ!!」



 握ったハンドルを捻って駆体にエネルギーを送り込む――――白煙を上げて高速で回転するタイヤ、爆音を響かせていななく騎馬が()()()を待ち侘びて。



「まさか……窓から……!? ここ、地上十一階ですよ……!?」

《ミサイルランチャー……撃てーーッ!!》

「しっかり俺の背中に捕まってろよ、アスハ! スレイプニル――――発進ッ!!」

「い、いやーーーーッ!! お母さん、助けてーーーーッ!!」



 武装ヘリから撃ち出されたミサイルが着弾するよりも僅かに早く窓から俺たちは飛び出して、光輝く夜の摩天楼の宙を舞う。


 その姿はさながら闇夜を引き裂く“純白の騎士(ホワイトナイト)”――――アスハの情けない絶叫を背後に俺と愛馬は地上に向けて勢いよく落下する。


 ミサイルを撃ち込まれて爆発する図書館、武装ヘリから『えっ、ここ地上十一階ですけど……?』みたいな驚愕の表情で俺たちを見つめるエルフのパイロット、動揺し過ぎて何を言っているのか分からないアスハの悲鳴、全てを白銀の駆体で受け止めてスレイプニルは地上へと軽やかに着地する。


 ノアお手製の耐衝撃吸収素材で造られたタイヤによる高々度からの着地、そしてそこからの高速機動で俺たちは武装ヘリの包囲を破り夜の街を疾駆する。



「先ずは追手を引き受けて、ノアたちが世界樹に潜入し易くするか……!」

「死ぬ……死ぬかと思った……! お母さん……この人怖いよ……」

「ちょっと散歩ドライブに付き合ってもらうぞ、アスハ!」

《敵、アウラ=アウリオン記念図書館から逃走!! 至急追跡を開始します!!》



 俺たちを追って動き始めた治安維持部隊、緊急警報が響き渡る摩天楼、ざわめきだすエルフ達。


 遂に始まった最後の夜――――“嫉妬の魔王”を巡る決戦の火蓋がいま切って落とされた。

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