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テレシアの記憶:ある死神の悲劇


「お願いです、世界樹の果実をお分けください!! 主人が――――わたくしとテレシアの大切な家族が死にそうなんです!!」

「身の程をわきまえよ、死神……! そなたの夫は間もなく大地へと還る……それが『運命』、何故受け入れんのだ……メメントよ?」

「嫌よ、嫌よ、嫌よ!! 生き永らえさせる方法があるのに、助ける方法があるのに、何故諦めないといけないの!? 答えなさいよ!!」



 ――――事の発端は三千年以上前にさかのぼる。


 エルフ族の聖地【サン・シルヴァーエ大森林】の奥深く、世界樹の根元に築かれたエルフ族たちの村を訪れたある人間と死神の家族を襲った悲劇から始まった。



「ゲホッゲホッ……良いんだ、メメント……! 族長様の言う通りだ……もうこれ以上……私の為に頑張らなくて良いよ……」

「だめ、だめ、だめ!! 死なないで、あなた! わたくしとテレシアを置いて逝かないで……!!」

「ママ……パパの顔色……悪いよ……? パパ……病気なの……??」

「あぁ、テレシア……! 大丈夫、パパはわたくしがきっと助けてあげますからね……!!」



 死者を冥界へと送る責に就いていたある死神はふと興味本位で人里に降りて、そこである人間と恋に落ちた。


 今にも死にそうな病弱な、けれど懸命に短い生を謳歌した輝かしい“魂”を持った墓守の男。散々くすんだ“魂”を事務的に処理した死神にとって、死に瀕してなお力強く輝く“魂”はさぞ魅力的に映ったのだろう。


 峰麗みねうるわしき死神と儚げな墓守の男は身分も種族も越えて愛を紡ぎ、やがて一人娘を授かって暖かな家庭を築いた。


 だが所詮、人間と死神の恋は塵芥ちりあくたのように簡単に散りゆく運命さだめ――――テレシアと名付けられた人間と死神の混血ハーフの娘が四歳になった頃、遂に墓守の男の『寿命』が来たのだ。


 だが、墓守の男の“死”を受け入れれず、死神として彼の“魂”を刈り取る事を拒否した妻は延命の方法を求めて放浪し、やがて世界樹のあるエルフ族の聖地へと辿り着いた。



「族長……この人たちが可哀想なのだ……! 助けてあげて欲しいのだ……!」

「うぅ……あなたはわたくしの主人を助けてくださるのですか……?」

「任せるのだ! このアウラ=アウリオンが世界樹の果実でもなんでも持ってきてあげるのだ♪」

「あぁ……アウラ様……! お願いします、主人を助けてください! 彼が居なくなるなんて、わたくしには耐えられない! お願いします、お願いします!!」


「おねーちゃん、パパの病気を治してくれるの?」

「あたしに任せるのだ! あぁ、良いなぁ……あたしも好きな人との間に子どもが欲しいなぁ……」

「おねーちゃん、ママになりたいの? あのね、わたしのママ、パパとラブラブで毎日幸せなんだよ!」

「おおーーっ♪ 羨ましいのだ、あたしも早く恋人出来ないかな〜?」



 だが、エルフ達は死神を冷たく突き放した。


 病に伏せって、死して“魂”は天へと召され、亡骸は大地へと還る――――これがいつか死ぬ生物の持つ『運命』であり、その摂理を捻じ曲げる事はあってはならない事だと。


 そして、永遠の命を持つ死神はそれを理解できず、みっともなくエルフ達に懇願し続けた。


 唯一、彼女に救いの手を差し伸べたのは次代の“時紡ぎの巫女”として里で丁重に育てられていたアウラと呼ばれたエルフの少女だけ。



「アウラよ、安請け合いはするな! あの人間の“死”は避けてはならぬ運命……分かったら二度と『助ける』などと身勝手な事を言うな、分かったな……?」

「ひぅ……!? ご、ごめんなさいなのだ……族長……」

「お前は“時紡ぎの巫女”としての責務だけを考えれば良い……! 少し身体に分からせる必要があるな……!!」

「いや……やめて……やめてよ……!」



 だが、ただひとり死神に手を貸そうとしたエルフの少女も、エルフ族の言う『運命』に雁字搦がんじがらめにされてまともに動くことすらままならなかった。


 お前の使命は“巫女”となって女神アーカーシャ様から与えられた『務め』を果たすこと――――その事を忘れ、たったひとりの人間を救うためにエルフ族の秘宝である『世界樹の果実』を分け与えようとした少女は厳しい折檻せっかんを受けてしまった。


 他ならぬ死神たちの目の前で、彼女たちの心を折る為の見せしめとして。



「もういい……もういいのです、アウラ様! 主人の為に貴女が傷付いてはなりません! 別の方法を考えますから……」

「ごめんなのだ……あたし……何にも出来なかったのだ……!」

「テレシアが……泣いてしまいます……もうわたくしに関わらなくて良いのです……どうか我々の事は忘れてください……アウラ様……」



 雑念を捨て去りただ“時紡ぎ”の儀式、白亜の神殿に眠る『怪物』を永遠に封じ込める為の祈りを捧げ続ける――――それは、ささやかな人助けすら『雑念』と掃き捨てなければならない事を意味していた。


 長寿が故に“魂”の持つ輝きを理解せず、一秒一秒と過ぎ去る時間に価値を見出さないエルフ達。


 傷付いた巫女の少女の献身と受けた仕打ちに一縷の望みを断たれた死神は愛する人を連れて森を後にするしか無く――――そして、間もなく墓守の男性はその短い生涯を終えた。


 愛する娘に手を握られたまま、愛した死神の腕に抱かれたまま。



「うふふ……なんて輝かしい“魂”なのかしら……! あぁ……どうしてあなたの“魂”はわたくしの手から溢れて逝くの……?」

「ママ……?」

「美しい“魂”をみすみす冥界に送るなんて勿体ないわ……! その美しい“魂”は永遠に保存されるべきだわ……!!」

「…………それは違うよ、目を覚まして……ママ……!」



 死が二人を分かち、喪失を知った死神は道を踏み外した。


 死に逝く“魂”を奮い立たせて、愛を紡ぎ、子を成して、生きる意味を見出して、その死に意味を持たせたある男性の最期。


 だが、その輝かしい生涯は死神に大きな歪みを生じさせてしまい、人間を愛した死神は“魂”をもてあそび、“死”を愛でた怪物【死の商人】へと変生へんじょうしてしまったのだ。



「“魂”の輝きを理解できないエルフ……価値なき魂の蛆虫め……!! 主人を見殺しにして、手を差し伸べてくれたアウラ様を虐げて、何が賢人よ……!! 許さない、許さない、許さない……必ず復讐してやる……!!」

「ママ……止めてよ……パパの事は仕方ない事なんだよ……!!」

「うふふ……クフフ……アッハハハハハハ!! そうよ、お前たちに“死”を齎すわ! わたくしは死神――――生者に遍く“死”を与える商人!!」

「…………ママ…………」



 後にエルフ族を襲った悲劇のささやかな引き金――――悪しき【死の商人】の誕生。己の美学、美しく輝く“魂”を切り取って永遠に保存すると言う狂気に取り憑かれたある母の末路。


 悪に染まりきった母の姿に深い失望を抱いた娘は【死の商人】の前から姿を消して孤独な人生みちを歩み始めて、やがて成長した彼女は母の凶行に苦しむ王国を救うべく正体を偽って王立ダモクレス騎士団へと潜り込んだ。


 全ては、母の過ちを清算して償わせる為に。

 だが、死神の娘が母と再会を果たす事はついぞ無かった。


 愛娘が王立騎士団に属している事を知った死神は必要以上に騎士団を避けるようになったから。その理由を娘は知ること無く、悪しき【死の商人】は俺の手で討ち取られてその生涯に終止符ピリオドを打った。



「――――お久しぶりです、アウラ=アウリオン様。わたくしの名はメメント……今はただのしがない商人にございます……!」

「久しぶりなのだ、メメント! 逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】にようこそなのだ♪」



 テレシア=デスサイズが最後に母を見たのは白亜の神殿で――――白い仮面を外した母と、彼女がただひとり信頼した“時紡ぎの巫女”たるエルフが穏やかに談笑する光景だった。


 その死神、メメント=デスサイズが討たれるほんの四年前の出来事――――俺の人生が狂う直前の話、デスサイズ卿が記憶している母親との思い出の全てだった。

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