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第160話:VS.【嫉妬の魔王】インヴィディア


「…………よくもオリビアを!!」

「ラムダさん、落ち着いて!」

「黙っててくれノア! あいつは今から始末する!!」

「冷静さを欠いたら、相手の思う壺だよ!!」

「分かっている……! けど、大事な婚約者を傷付けられて黙っているなんて俺には出来ない……!!」



 燃える魔女・インヴィディア、俺の後ろで血塗れで倒れたオリビア、俺を怯えた表情で見つめるノア――――もう少し早く異変に気付けていればここまでの惨事にはならなかった筈なのに、自分の行動の遅さに苛立ちを覚えてしまう。


 けど、後悔するのもオリビアに謝るのも後回しだ。

 今は目の前の“嫉妬の魔王”を討つことだけを考えろ。


 それに、ノアに諭されたように、今の俺は冷静さを欠いている。そんな状態で、怒りに満ちた顔だけはオリビアには見せられない。



「ラムダ……様……」

「ごめん、オリビア……来るのが遅くなった……」

「…………いいえ…………最高……の…………登場……です……よ…………」

「オリビア様、喋ってはいけません! 今、わたくしが回復させますから!」



 コレットに抱えられて治癒を受けるオリビア。治癒を司るコレットの焔で傷口を塞ぎ、奪われた魔力と生命力を狐火を通じてオリビアの衰弱した身体に注ぎ込んでいく。


 けど顔色はかんばしくない――――コレットに抱き抱えられてグッタリと横たわったオリビアの呼吸は浅く弱く、今にも途切れそうな意識を懸命に保って持ちこたえている状態だ。


 恐らくは相当量の生命力を魂喰い(ソウル・イーター)で奪われたのだろう。端的に言えば『体力(HP)』を減らされたのでは無く、体力の()()()()()()()()状態だ。


 生気が無く、虚ろな目で俺に笑い掛けるオリビアの痛々しい姿を見せられて、どうしようもない程の黒い衝動が精神ココロの奥から湧いてくる。



「コレット、オリビアは助かるよな……?」

「助けます、このわたくしの命を賭けてでも……!」

「頼む……! 俺は、俺の使命を果たす!」



 あの日の母さんのように、死に瀕したオリビアが心配ですぐさまにでも彼女に縋りたい。けど、俺がインヴィディアを止めなければ、今度こそ死人が出る。


 それだけは許さない。


 大丈夫、今の俺たちには命を救う手立てがある。コレットの治癒もある……きっとオリビアは大丈夫だ。



 だから――――


「【オーバードライヴ】発動――――死ね、インヴィディアーーーーッ!!」

「――――“未来観測”!!」


 ――――俺は、ここで“嫉妬の魔王”を仕留める。



 心臓(λドライヴ)を限界まで駆動させて発動する【オーバードライヴ】で一気に出力を上げて、瞬間移動ワープで一気にインヴィディアへと距離を詰めて攻撃へと移行する。


 追加装甲を纏い“光の化身”のかいなと化した左腕セファールを思いっきり振りかぶり、眼前の敵の顔面を殴打する体勢を取る。


 慈悲などくれてやらん――――相手が死ぬまで、致死(レベル)の攻撃を見舞ってやる。



「包み込め――――“至天の鉄槌(ヘブンズ・ナックル)”!!」

固有ユニークスキル簒奪さんだつ――――“焔光放出(フレア・バースト)”!!」



 放たれた“光の化身”の鉄槌とインヴィディアから放出された朱い“光”が激突し、一面をホワイトアウトさせる激しい閃光とホテルの窓を木っ端微塵にふっ飛ばした爆発を一帯に響かせて戦闘は開幕する。


 俺の殴打を受けてホテルから街中へと弾き飛ばされたインヴィディア。だが、直前の防御で俺の攻撃を凌いだのか、負傷ダメージは特には見受けられない。


 これが『魔王』の実力――――同じ攻撃で腕を失ったガンドルフや封印で大きく弱体化したアワリティアとは比較にならない耐久性。女神アーカーシャが代行者として【勇者】を派遣する程の実力者……まさしく世界最高峰の強者の一角。



「ふふっ、軽い軽い……! “アーティファクトの騎士”とは所詮“雑魚狩り”特化のガキ大将か?」

「抜かせ!! 胸部装甲展開――――【相転移砲アイン・ソフ・アウル】発射ッ!!」

「クククッ……消し飛べ――――“緋ノ焔光(プロミネンス・ビーム)”!!」



 敵を追い街の上空へと飛び出した俺の二撃目、胸部より放たれた相転移砲を両手に集束させて撃ち出した“光”で相殺するインヴィディア。


 空中で激しくぶつかり合い、弾かれるように周囲へと散らばった攻撃の余波が建物を次々に破壊していく。



『――――こちらは中央区画セントラル・セクション治安維持部隊だ! 直ちに戦闘を中断せよ。繰り返す、直ちに戦闘を中断せよ!』



 俺とインヴィディアを囲むように出動する複数機の武装ヘリ、眼下には戦闘で炎上した街から避難するように逃げ惑うエルフ達の姿、そして、遠くに見える総督府からは事態に気付いてこちらに視線を向けるインヴィーズ総督の姿が見えた。



《ラムダ=エンシェントさん! そのまま戦闘を行えば市民に甚大な被害が及びます、直ちに戦闘を中断しなさい!!》

「インヴィーズ総督……!? じゃあ目の前にいる魔王は一体誰なんだ……!?」

《治安維持部隊、わたくしが許可します! ラムダ=エンシェントごと“嫉妬の魔王”へと攻撃を……!! エルフ達は我々エルフの手で守るのです!!》



 “嫉妬の魔王”インヴィディアの正体はインヴィーズ総督だと思っていた。街へと侵入した俺たちを欺くために咄嗟に自作自演を思い付いただけだと錯覚していた。


 だが、現にインヴィディアとインヴィーズ総督は同じ空間に存在している。では、目の前の“嫉妬の魔王”正体は誰なのか。


 しかし、それを悠長に考えている暇は俺には無かった。インヴィーズ総督の命令でインヴィディアへの攻撃準備を進める治安維持部隊の武装ヘリ――――機体の両脇に備えられたミサイルランチャーやガトリングが一斉にこちらを標的に備える……俺自身も標的ターゲットと見据えて。



《――――ラムダさん、すぐに退いて!! このままじゃ貴方まで巻き込まれてしまう!!》

「上等だ! 治安維持部隊の攻撃も利用してインヴィディアを今度こそ確実に仕留めてやる!!」

《駄目だったら! やめて、やめてったらーーーーっ!!》

『全機、“嫉妬の魔王”目掛けて一斉攻撃、巻き添えは考慮するな――――発射ファイア!!』



 武装ヘリから一斉に放たれたミサイルの雨と機関銃による弾幕――――対するインヴィディアは両手から“光”の弾幕を撃ち出して、俺はすかさずウィングの出力を上げて“嫉妬の魔王”へと突貫する。


 機銃の弾丸が頬を掠め、インヴィディアの“光”とミサイルがぶつかり合って激しい爆発を次々と巻き起こし、そのまま貫通した“光”に撃ち抜かれた武装ヘリが瞬く間に爆発炎上して市街地へと墜落していく。


 魔法障壁を展開するも墜落したヘリの爆発に巻き込まれて負傷する治安維持部隊のエルフ達、戦いの巻き添えになって死んでいく罪も無いエルフ達、爆発と共にズタズタになっていく【カル・テンポリス】の街並み。


 あぁ、本当なら俺は罪なき人々を護らないと駄目なのに、相手が圧倒的すぎる。俺では全てを護れない。


 それでも、ここでインヴィディアを止めなければもっと多くのエルフ達が犠牲になってしまう――――許してくれ、あなた達を護りきれない未熟な俺を。


 せめて、仇だけでも討ってみせる。



「アッハハハハハハ!! 雑魚が何匹群れても同じよ、同じ!! 死ね、死ね、死ね……キャハハハハ!!」

「貴っ様ぁ……!!」

「――――アグッ!? ち、違う……! あたしは……そんなこと……思ってない……!!」

「――――っ? なんだ、インヴィディアの様子が……!?」



 そんな折にインヴィディアに現れた異変――――何かに苦しむようにもがき始めた“嫉妬する魔王”は頭を抱えて狼狽え始めたのだ。


 先程までの何もかもを蹂躙せんとした悪辣な性格とは違う、内に湧いた感情を必死に抑え込めようとするような少女の声。



「違う……違う、違う、違う!! あたしは“嫉妬”なんてしてない……!! お母さんが……あたしに構ってくれなかった事なんて……気にして無い……アァ……アァァァアアア!!」

「なんだ……? 何がどうなって……??」

《ラムダ=エンシェントさん、今が好機チャンスです! インヴィディアに止めを刺すのです!!》



 纏わりついた悪夢を振り払おうと無差別に“光”の弾をバラ撒いて周囲を破壊し始めるインヴィディア――――その眼に俺は映っていない。


 その事に、突然の変調に違和感を覚えるが、今はそんなこと考えている余裕は無い。インヴィーズ総督の言葉に促されるように俺は一気に距離を詰めてインヴィディアの眼前へと翔ぶ。


 無防備な間に相転移砲を撃ち込めば確実に倒せる。

 そう思って深く考えずに俺は胸部装甲を開く。


 コイツさえ倒せば約束通りアーティファクト【時の歯車“来”(クロノギア・カミング)】が回収でき、後はストルマリアとネクロヅマさえ倒せば全てが終わる筈だと考えていた。



「違うの……寂しかっただけなの……ティオ……お母さん……」

「まさか……ルチア……!?」

《さぁ、ラムダさん! 悪しき魔王に正義の鉄槌を下しなさい……!!》

「――――くっ、“至天の鉄槌(ヘブンズ・ナックル)”!」



 目の前で苦しむ燃える魔女の正体に直前になって気付くまでは。


 咄嗟に相転移砲の攻撃を中止して代わりにインヴィディアへと見舞った左腕セファールによる鉄拳。その攻撃を無防備な状態で受けた『彼女』は激しく吹っ飛び、巨大なビルを二棟にとう貫通してそのまま地面へと叩きつけられた。



《治安維持部隊、“嫉妬の魔王”が倒されました。急ぎ墜落地点へと向かい、インヴィディアが生存している場合は速やかに処分しなさい!》

「…………何かがおかしい? 治安維持部隊より先にインヴィディアの元へと向かわないと!」



 俺の勝利を確信して地に墜ちたインヴィディアの処分を進めようとするインヴィーズ総督。だが、もしインヴィディアの正体が『彼女』なら、辻褄が合わない事になる。


 倒された“嫉妬の魔王”に、功を焦ったインヴィーズ総督の行動に違和感を感じながら、全てが手遅れになる前に俺は急いでインヴィディアが墜ちた場所に向かう。



「――――そこまでですよ、ラムダ卿! この子を殺しては、ディアナに渡してはいけません……!!」

「…………トリニティ卿………」



 そこに居たのは、地面に大きな陥没クレーターを作り大の字で倒れた燃える魔女と、彼女を護るように大太刀を抜いて俺の前に立ちはだかったトリニティ卿の姿だった。


 そして、俺の攻撃で再起不能になった“嫉妬の魔王”の禍々しい魔力は剥がされて、そこから見えた素顔は…………ルチアの顔だった。


 俺の攻撃でズタボロにされた華奢な身体、血塗れになった綺麗な素肌、はだけた胸元で妖しく輝く朱い烙印、両眼からとめどなく涙を流しながら沈黙した“朱の魔女”の凄惨な姿に俺は言葉を失ってしまう。


 アーティファクト回収の為に共に【サン・シルヴァーエ大森林】へと乗り込んだ筈の【王の剣】の無惨な姿に、さっきまで溢れていた“怒り”の感情はいつの間にか消え失せていた。


 お陰で、ルチアを殺さずに済んだことは幸いなのだろう。



「ルチア卿……どうして……?」

「ヘキサグラム卿は胸に刻まれた“魔女の烙印”で操られていただけですよ、ラムダ卿……」

「まさか……そんな……!?」



 トリニティ卿の口から語られた事実――――ルチアは胸に刻まれた“魔女の烙印”を通じて操られて、偽りの“嫉妬の魔王”を演じさせられていただけだった。



「アウラ=アウリオン記念図書館の司書であるアスハさんの協力を取り付けています。ラムダ卿、大きな爆発を起こしてインヴィディアの死を偽装して、ヘキサグラム卿を匿いましょう!」

「あなたを信じろと……トリニティ卿……!?」

「信じてください……! お願いします……!!」



 今にも泣き出しそうな表情かおで俺に協力を懇願するトリニティ卿、徐々に近付いてくる治安維持部隊の足音、このままルチアを見られれば俺たちダモクレス騎士団の立場も危うくなる。


 今はトリニティ卿の提案に乗るしかない。


 ルチアをトリニティ卿に預けて、俺はインヴィディアの死を偽装するために何もない地面へと向けて一斉攻撃フルバーストを放って大爆発を巻き起こした。



「この街には秘密の地下区画アンダーグラウンドが存在します……! そこにある古びた教会で落ち合いましょう……!」

「分かりました……! 私はインヴィーズ総督に“嫉妬の魔王”を討伐したと()()()()()をすれば良いのですね、トリニティ卿?」

「頼みます……! それと、あなたの仲間も念の為に避難を……!」

「伝えておきます……」



 そして、トリニティ卿達をアーティファクト【ミラージュ・ジャマー】で姿を隠蔽してこっそりと逃し、駆け付けた治安維持部隊と通信越しのインヴィーズ総督に俺はこう伝えたのだった。


 ――――婚約者フィアンセを傷付けられて怒りのあまり“嫉妬の魔王”を塵一つ残さずに消し炭にしたと。



《そうですか……! 流石は“アーティファクトの騎士”、見事な働きでしたよ……ウフフフ!! 後は……何処かに隠れたストルマリアお姉様とトリニティお姉様を引き摺り出せば……!!》



 不敵に笑うインヴィーズ総督、その歪んだ笑みは隠し切れない程の“狂気”を孕み俺の精神へと突き刺さる。


 まだ何も終わっていない。

 いや、遂に動き出したのだ……因縁が絡んだ時の歯車が。


 “嫉妬”に歪んだ女の狂気、“嫉妬”で狂った女の怒り、“嫉妬”ですれ違った女の後悔――――エルフの里に燃え残った“嫉妬の焔”が遂に噴き上がり、俺たちを巻き込み始める。


 止まったままの“運命の歯車”を完全に壊そうとして。

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