第18話:騎士の誓い
「う~んとう~んと……七式観測眼、光量子展開射出式超電磁左腕部、第十一永久機関……全て正常稼働……っと。調子はどうですか、ラムダさん?」
「……うん、大丈夫! ありがとう、ノア。これで俺の身体に組み込んだアーティファクトの調整は終わり?」
ゼクス兄さんを叩きのめしてから数時間後、俺とノアはオトゥールの街にある宿屋の一室を借り、そこで一泊することになった。
ギルドに属する冒険者なら割安で使える宿屋。質としてはまずまずだが、先の食堂での一件で思わぬ出費をする羽目になった俺にとってはまさに渡りに船といった好条件の宿屋だ。
「まぁ、いまの私の手持ちの道具で出来る応急処置ですけどね。ゆくゆくはちゃんとした設備でしっかりとした処置を施したいところなのですが……」
「困らない程度に動かせたらそれで良いよ。さぁ、もう陽も暮れたし、さっさと寝て、また明日も依頼に行こう!」
「はい、そうですね♪」
太陽は沈み、窓の外はすっかり暗くなって、夜の静寂と魔石によって灯された照明の光に包まれた部屋に俺とノアの声だけが響き渡る。
「まぁ……新しい装備とか、アイテムとか買いまくったせいでお金がもう無いだけなんですけどね……」
「ゼクス兄さんと喧嘩しなかったらなぁ……」
部屋の隅に置かれた買い物袋には俺の新しい衣服と、ノアが購入した回復薬や食料品などの消費アイテムが詰め込まれている。そこそこの出費だ。
それに加えての俺とノアの飲食代、ゼクス兄さんとの決闘の巻き添えで壊れた食器やら床材やらの修繕費、合わせて4900ティア。まぁまぁの大金だと喜んでいたゴブリン討伐依頼の報酬は僅か半日で消え去ってしまっていたのだ。
「でも、いくら素寒貧だからって、部屋を同じにしなくても良かったんじゃない? しかもシングルベッドだし……」
それをノアは気にしたのか、宿屋の受付に宿泊の申込みをした際に相部屋で良いと言い出したのだ。
「まぁまぁ♡ そこは〜私とラムダさんのあつ~い信頼関係があっての事なので」
「いや……まだ出会って一日しか経ってないんですけど……」
「まぁ、ラムダさんにとってはそうかも知れませんが、私にとっては十万年ぶりの出会いなんで……少し感慨深くて……」
正直に言って、異性と寝屋を共にするなんて幼少期にツヴァイ姉さんとしたぐらいだし、ノアは黙っている分にはこの世の者とは思えない程の可憐な容姿をしている。気が気じゃないと言えば、気が気じゃない。
「そ・れ・にぃ〜、私はこのとーりパーフェクトな身体の持ち主ですのでー、ラムダさんがついつい欲情しちゃうのも想定の範囲内です!」
「それが駄目だから言ってるんですけど!?」
胸に手を当てて偉そうに踏ん反り返るノアはどこか誇らしげに自画自賛をしている。まるで自分こそは『美の化身』だと言わんとするその自己肯定感の高さは羨ましい限りだ。
「でも……ラムダさんは紳士ですからね〜。ぶっちゃけ、私が隣で寝ていても、絶対に手を出さないでしょ?」
「それは、俺を信頼しているってこと?」
「はい、私はラムダさんを信頼しています♪ あっ、でもでも~ラムダさんなら、手を出されるもの吝かではありませんので〜もしもの時は遠慮なく♡」
「はぁ~、信用しているんだか、してないんだか……。ほらほら、灯りを消すからさっさと寝よう」
「はぁーい♪」
俺の合図と共に照明の灯りは消えて、部屋を包むのは静寂と窓から射し込む月の光だけ。
本来は一人用のベットに俺とノアは背中合わせでぎゅうぎゅう詰めになりながら床に就く。
「ラムダさん、私……やりたい事があるんです」
「やりたい事? 見知らぬ時代でか?」
横になってから暫くして、不意にノアは俺に語り掛けてきた。いつになくしおらしい声色に、どうしてか俺は気になってしまい返事を返す。
十万年前の生き残り、現在に蘇った生きる『遺物』、世界の仕組みも知らないノアが“したいこと”とは何だろうか。
「アーカーシャに会うこと。会って、彼女に問いただしたいんです。『どうして私たちの世界を滅ぼしたのか?』……って」
「………………」
女神アーカーシャ――――俺たちの世界を創造して、ノアの世界を滅ぼした人工知能。
友人も、兄弟も、両親も、親戚も、知り合いも、見たことも会ったこともない他人も、全てを殺されたノアにとって、人類全てを虐殺したアーカーシャはさぞ許せない存在なんだろう。
「どこにアーカーシャがいるかは知っているの? 悪いけど、俺はアーカーシャがどこにいるかなんて知らないよ?」
「それは、私にも分かりません。そもそも元がデータだから、物理的に存在しているかも……」
いつになく自信なさげなノアの霞むような声、恐らくはこれが『ノア』と言う少女の本来の性格なのだろう。
不安、憤り、そして孤独。見知らぬ時代、見知らぬ世界にひとり放り出された少女の本心。
そんな負の感情を精一杯隠そうと普段は明るく気丈に振る舞っていたのだろうか。いや、にしては余りにも振り切っている気もしなくはないが。
「それで、ノアはこれからどうするつもり? 当てもなく彷徨う訳にもいかないだろ?」
「一旦は各地を回って、どこかに埋もれてる『遺物』を探していこうかなって。そうしたら、何かアーカーシャに繋がる手掛かりが見つかるかも知れませんし……それに、探し物もあるので」
各地に眠る『遺物』の捜索、それが女神アーカーシャに繋がるとノアは言う。
理知的な彼女にしては些か抽象的で根拠の無い行動指針。それだけ、今のノアには“あて”が無いのだろうと言うのは俺でも容易に把握できた。
「そ、それでですね! もし、もし……よかったら……ラムダさん……あの…………」
俺に何かを伝えようとして、ノアはそこで言葉に詰まってしまっていた。
言いたいことは分かる――――『付いてきて欲しい』、たったそれだけの事。
それでも、ノアがしようとしていることは当てもない放浪の道。今を生きるラムダ=エンシェントにとってはなんの価値もない無意味な旅だと、彼女は気を使っているのだろう。
何とも不器用な天才少女だ。
「付いて行くよ、俺も当ては無いしな」
「ラムダさん……」
「それに……騎士に成りたかった俺に【ゴミ漁り】の職業と【ゴミ拾い】のスキルを寄越したアーカーシャには抗議しようと思っていたからな……!」
昨日の神父の言葉を思い返す――――『女神アーカーシャに感謝して、慎ましく行きなさい』。
全くもって納得できない。
何が嬉しくてゴミを拾い続ける人生に感謝しなくてはならないのか、考えるだけで無性に腹が立つ。
「ノアに付いて行けば、女神アーカーシャに会えるんだろ? なら、俺にとっても好都合だ! 会って、一発ぶん殴ってやる!」
「そうですね、アーカーシャに合って一発ぶん殴ってやりましょー!」
旅の指針、その終着地点――――世界の何処かに座す女神との邂逅。
その目的が一致した瞬間、俺とノアは『運命共同体』となった。
「そうと決まれば、ギルドの依頼をこなしつつ、各地に眠るアーティファクトの捜索をしないとな……! なぁ、ノア…………?」
「すー……すー……Zzz」
「なんだ……寝ちゃったのか……」
灯りを消してからどれぐらい喋っていたのだろうか。ノアはすっかり眠りに落ちていて“すーすー”と寝息をたてていた。
「眠っていると本当に“人形”みたいなんだな……」
月の光に照らされたノアの顔は、絵本の中のお姫様よりも綺麗で、まるで地上に遣わされた天使の様に美しく、人ではない何か別の存在であるかのような神秘さを纏っている。
だからからか、ゼクス兄さんはノアの事を“人形”と揶揄した。
それが、ノアの容姿に関しての事か、ノアの“在り方”に関してかは分からない。ただ、俺にとってノアは、俺のことを必要としてくれた人である。
「俺を助けたんだ。だから、俺は君の“騎士”になる。たとえ誰も彼もが認めてくれなくても、女神までもが俺を見放したとしても、ノアが認めてくれるなら――――俺は“騎士”として君と共に」
昔、父さんが言っていた――――『騎士とは守る者。自らの命を賭して、主の、人々の、命を守る者』であると。
与えられた職業は【ゴミ漁り】であったとしても、15年間、俺は【騎士】になるべく育てられてきた。
だから、覚悟はある、矜持がある、誇りがある、女神に否定されても、俺は騎士であると自分を鼓舞する。
俺がノアを守る騎士になるんだと。
「よし! 明日からまた頑張るぞー……」
誓いを新たに、俺は明日からの日々に思いを馳せて眠りにつく。
夢破れた少年の再起、全てを失った少女の目覚め――――出会ったふたりは、当てのない旅路へと赴く。
その先にいる“女神”を目指して。
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