第158話:勇者の覚悟《SIDE:ミリアリア》
「待っていたわ、ミリアリア=リリーレッドちゃん♪」
「――――いきなり呼びつけてなんのつもり、エイダ=ストルマリア?」
――――“幻影未来都市”【カル・テンポリス】中央区画、高級ホテル『レヴィアタン』屋上、時刻は明朝。
第十一師団用に支給されたグランティアーゼ王国の紋章入りの衣装に着替え、屋上に上がったわたしを待っていたのは――――落下防止用の柵に座っていた魔王軍最高幹部のひとり、エイダ=ストルマリアだった。
「あなたとラムダ=エンシェントがよろしくヤッていたからこうして屋上で大人しく待っていてあげたのに……」
「う、うるさい/// せっかくの余韻が台無しじゃないか……!」
「くすくす……あの坊やに抱かれて『女』になったみたいね……昨日会った時よりも色っぽくなったわよ?」
「〜〜〜〜///」
ラムダさんと肌を重ねて、ふたりで寄り添って甘い眠りに微睡もうとした時だった……窓の外から彼女がわたしを呼んだのは。
隣で眠るラムダさんに気取られないように身支度を整え、ストルマリアが消えた屋上に出てみれば、薄やけの空を眺めながら風を感じていたダークエルフがひとり。
エイダ=ストルマリア――――わたしと同じ【勇者】の職業を女神アーカーシャから与えられて、わたし達と敵対した魔王軍の配下。
「それで、僕に何のようだ? まさか、昨日の続きをしに来たんじゃないだろうな……!?」
「うふふっ……だとしたらどうするの? あなたに勝ち目は無いわよ? それとも……愛しい『ダーリン』に泣きつくつもりかしら……ね~、かよわいかよわいリリーレッドちゃん♡」
「…………お前ェ……!!」
悪戯に笑い、豊満な身体を見せつけるような官能的な仕草でわたしを挑発して主導権を握ろうとするストルマリア。
わたしがラムダさんに“心の拠り所”を求めて、見返りとして純潔を捧げた事を茶化すように嘲笑った彼女に思わず拳を強く握ってしまう。
初めての『恋』を嗤われるのが、こんなにも苛立つなんて知らなかった。
「くすくす……そう起こらないで? 今日は『魔王軍』としてではなく、『勇者』としてあなたに会いに来たの……ミリアリア=リリーレッド……!」
「…………ッ!? どういう意味だ!?」
「そのままの意味よ……! 今の脆弱なあなたを見かねたから……私はあなたに今から『覚悟』を問うのよ……!」
「…………覚悟…………」
屋上のフェンスから華麗に飛び跳ねてわたしの前に立ちはだかったダークエルフの勇者は、右の人差し指で服の上からわたしの下腹部から胸元をなぞって、最後にわたしの顎に指を引っ掛ける。
男性を迎え入れた身体を刺激して、意中の人に埋めてもらった精神の隙間を指摘して、まだ弱い自分を自覚させるように顎を乱暴に引いて、堕ちた勇者はわたしを艷やかな瞳で視姦する。
怖い、怖い、怖い――――今のわたしは喉元に刃物を突き付けられた弱者も同じだ。ストルマリアの気紛れでいとも容易く命を奪われてしまう。
「脚――――震えているわよ?」
「う、うるさい……!」
「ふふっ……『恋』を自覚して、死ぬのが怖くなったの? それとも……『勇者』の使命を忘れて、ただの『女』になって……過酷な運命から逃げ出したくなったのかしら?」
「黙って……黙って……黙って!! 僕は……わたしの心に入って来ないでよ!!」
「くすくす……涙目で凄まれても怖くないわよ♡」
ストルマリアの言葉の一つ一つがわたしの心を暴いて裸に剥いていく。わたし自身が自覚しないようにと着込んだ『心の鎧』が、妖艶な魔女によって乱暴に破られていく。
まるで暴漢に暴行を受けている気分だ。
今すぐにでも逃げ出したい。
けど、ここで逃げて、またラムダさんに泣き付けば、今度こそわたしはただの腑抜けになってしまう。自分の『女』を盾に男性の影に隠れる卑怯者になってしまう。
それは、わたしが目指す“勇敢なる者”にはほど遠い。
「――――っ!!」
「…………ふぅん、少しは『覚悟』が決まったみたいね…………」
「負けない……負けたくない……!! わたしは……こんな『運命』に負けたくない!!」
「…………」
脳裏によぎったラムダさんみたいに、わたしだって強くありたい。
顎に掛かったままだったストルマリアの人差し指を強引に薙ぎ払って必死に自分の意思を示す――――わたしはもう負けたくない、もう後悔したくない、もう失いたくない。
お父さん、お母さん、助けてあげれなくてごめんなさい。村のみんな、わたしの『運命』に巻き込んでしまってごめんなさい。
あなた達の“死”に怯えて、ラムダさんの影に隠れていたわたしを……どうか許してください。
「わたしは……僕は……【勇者】ミリアリアだ!! お前なんかに――――僕は負けないッ!!」
「…………生意気♡」
もう、わたしは逃げません。
わたしをただの『女』として愛してくれる人が居るから。その人と一緒にいれるのなら、わたしはどんな辛い『運命』だって乗り越えてみせます。
だから、さようなら――――ラジアータの『思い出』よ。わたしは『未来』に向けて歩いて行きます。
「僕はあなたを、魔王グラトニスを倒す!!」
「…………倒してどうするの?」
「倒して……平和な世界に戻りたい……! だから、僕は――――『勇者』としての責務を果たすっ!!」
心臓が熱く鼓動を始める、心の奥底から力がみなぎってくる、生きたいと強く思う。
そして、今ならハッキリと言える。
ラムダさん……わたしはあなたが好きです。
わたしの大切な友だちを守って、わたしの両者の敵を討ってくれて、わたしの手を取ってくれて、わたしの『弱さ』を愛してくれて……ありがとう。
わたしは、ラムダさんともっと生きていたい。
あなたの『夢』の果てを見届けて、わたしの『夢』の果てを見届けて欲しい。
その為にわたしは戦います。
「魔王軍最高幹部【大罪】がひとり、エイダ=ストルマリア!! 僕はお前に決闘を申し込む!!」
「…………へぇ」
「お前を倒して、僕はラムダさんの『夢』への道を切り開く!! それこそが――――僕が護りたいものだ!!」
「くすくす……それがあなたの『覚醒の階』……! 彼岸花に選ばれし勇者の少女……!!」
薄ら笑いを浮かべるストルマリアに拳を向けて、わたしは『決闘』を申し入れる。
相手は魔王軍最高幹部――――わたしが心の奥底から恐れた【吸血淫魔】リリエット=ルージュと同格以上の相手。
そんな強大な相手を倒してこそ、我が『覚悟』は確固たる信念へと覚醒する。
「逃げる事は許さない……! 受けてもらうぞ、エイダ=ストルマリア!!」
「うふふ……うふふふふ……あっはははははは!! 良いでしょう……その決闘、受けてあげるわ――――【勇者】ミリアリア=リリーレッド!!」
怖い、怖い……けど、もうわたしは逃げない。
蛇のように鋭く細まったストルマリアの金色の瞳孔をしっかりと見据えて、わたしは己のが『覚悟』を示す。
静寂の朝焼け空に響くストルマリアの笑い声、そして、わたしを確かに【勇者】だと認めた上で彼女は決闘を快諾した。
勇者と勇者の命を賭けた果たし合い。
わたしが『勇者』として、ラムダさんと肩を並べた“希望”の旗印としてあるための最後の試練。
「ただし、私と死合うには“条件”があるわ……!」
「…………条件?」
「勇者の武器――――あなただけの『聖剣』を手にしなさい!」
「……聖……剣……!!」
「聖剣を手にしたのなら、私と同格の『勇者』だと認め――――決闘をもってその息の根を止めてあげるわ♡」
そして、ストルマリアがわたしに突き付けた『条件』――――わたしの、ミリアリア=リリーレッドの『聖剣』を手に入れること。
クラヴィス=ユーステフィアの【破邪の聖剣】、エイダ=ストルマリアの【因果断の聖槍】、アインスさんの【救国の聖剣】に並ぶ至高の武器。
その武器の獲得をもって、わたしはストルマリア同じ土俵に立つことが許される。
「わかった……必ず、僕だけの聖剣を手にお前に会いに行く!!」
「愉しみにしているわ……【勇者】ミリアリアちゃん……!」
わたしの『覚悟』を受け取って不敵に笑ったストルマリアは、わたしの顔を見つめたまま後ろへと大きく跳躍してホテルから飛び降りて姿を暗ませた。
そう遠くない内に訪れる『決闘』の時を心待ちにしながら。
「ふぅ……ここで決闘にならなくて良かった〜……! さっきラムダさんに処女を奪われてまだお股が痛いから、すぐさま決闘だとヤバかった〜……!」
「…………でしょうね…………ちょいちょい下半身をモジモジさせてたから空気読んだのよ…………」
「ギャーーッ/// ストルマリア、なんで戻って来るんだよーーーーッ///」
「あなたに忠告……! 総督府のディアナ=インヴィーズは信用しないで……」
「どうしてだ……!? インヴィーズ総督はあなたが溺愛した妹でしょ?」
「ええ、溺愛していたわ……でもあり得ないの……! だって――――彼女は300年前にトリニティに殺されたのだから……」
「…………それって……!?」
そして、この街に焼き付いた“嫉妬の焔”に哀しさを滲ませながら。




