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第157話:忘却の彼方に使命を隠して


「お帰りなさい、ラムダ様……! トリニティ卿は見つかりましたか……?」

「…………見つからなかったよ、オリビア。それと、今度は北地区ノース・セクションで“嫉妬の魔王”が出たって……」

「はい……ショッピングモールが狙われたらしく、死傷者も大勢いると……」



 ――――南区画サウス・セクションでの戦闘の翌日の深夜、中央区画セントラル・セクションホテル『レヴィアタン』上階。


 第六、第十、第十一師団総出で【カル・テンポリス】の各区画で“嫉妬の魔王”や魔王軍、トリニティ卿を捜索したがめぼしい成果を得ることが出来ず、俺は焦燥感に駆られたまま拠点ホテルに帰還する事になってしまった。


 魔王との接敵で意識を失ったシスター=ラナの看病の為に残ったオリビアと情報交換を行いつつインヴィーズ総督から提供してもらった部屋へと戻ったが、気持ちはざわついたままだ。



「俺たちの捜索が及ばない範囲を的確に襲撃してやがる……インヴィディアめ!」

「わたし達の動向が知られていると言う事ですか……?」

「…………否定はできない。魔王の“器”だったインヴィーズ総督はデスサイズ卿が監視して怪しい動きは無いと証言しているし、念のために彼女には俺たちの動きは報せていないけど……」

「じゃあ……他に誰かが内通しているのでしょうか……?」



 俺たちの動きを完全に予測した行動、あたかも『未来予知』のようなインヴィディアの動きに俺たちは翻弄されている。


 その動きがアーティファクト【時の歯車“来”(クロノギア・カミング)】の効果による可能性もある。ノア曰く、あのアーティファクトには『未来を観測する』機能があるそうだ。


 俺たちの行動の“未来”が分かれば、俺たちを躱すように動くことは容易い。



「ノアの言う通りアーティファクトによる『未来視』を使われていたら、俺たちは完全にインヴィディアの手のひらで転がされている事になる……!」

「…………それは…………」

「そうだったら俺たちは遠からず全滅させられる……! できれば……内通者が居てくれた方がまだ対処出来る……」

「…………」



 彼女の顔が浮かぶ――――ハーフエルフの司書、幻影のような少女。


 アスハは図書館に居て俺たちの動きを補佐サポートしてくれているが、彼女がインヴィディアと内通して俺たちの情報を流している可能性も否定は出来ない……そう、否定出来ない。


 その事実が、今の俺には堪らなく苦しかった。



「…………焦っていますか、ラムダ様?」

「…………今頃、不毛地帯【テラ・ステテリス】で魔王軍と王国軍の戦闘が始まっている筈だ……! アインス兄さんとツヴァイ姉さんが前線で命を懸けているのに……俺はこんな所でインヴィディアに弄ばれているなんて……!!」



 既に“暴食の魔王”グラトニスによる宣戦布告から14日が過ぎて、不毛地帯【テラ・ステテリス】を進軍する魔王軍とそれを食い止める王国軍との全面衝突が始まっている筈だ。


 その事を思うと余計に焦燥感を煽られしまう。


 リリィの予測が正しければ魔王軍が大きく進軍することは無い。けれど、もしもを考えるのなら俺たちもアーティファクト捜索を急いで終えて前線に合流したい。



「アインスさんもツヴァイさんもきっと大丈ですよ! だって……あなたのお兄さんとお姉さんなんですよ?」

「…………そうだね。ごめん、オリビア……恥ずかしいところを見せちゃった……」

「ラムダ様の気持ちは分かります…………けど、今は目の前の事に集中して……ね?」

「ありがとう……今日はもう休むよ……ラナの事をお願い……」

「はい、後の事はわたしに任せてください♪」



 そんな俺の焦りを見抜いて、的確な言葉で気持ちを和らげてくれたオリビアには感謝の気持ちしか無い。


 本当は一夜を寄り添いたいけど、シスター=ラナの看病もある手前、今の彼女の手を引くことははばかられる。


 だから、最後に口づけだけを彼女と交わして、俺は自室に戻る事にした。



 〜〜〜〜



「誰が“嫉妬の魔王”なんだ? アスハ……けれど彼女自身もインヴィディアの標的にされていた……あり得る筈が無い……ならストルマリアかトリニティ卿が内通者……それとも本人の宣言通りインヴィーズ総督がそのまま魔王なのか……??」



 自室のベットに潜ってから暫くしても俺は寝付けずにいた。


 頭の中では『誰が“嫉妬の魔王”で、誰が内通者か?』で堂々巡り。一度でも疑えば全員が怪しく見えてしまう……敵の正体は分からず、身内すら信用できない。


 今の俺の精神状態は最悪の状態に陥っていた。



『だ〜か〜ら〜! あのアスハとか言う、なのだ口調の巫女ガキの互換コンパチみてぇな奴が怪しいって俺様はずっと言ってるだろうが!』

『いいえ、怪しいのはあのストルマリアとか言う勇者失格ダークエルフよ! わたしとマブダチのトリニティ卿は絶対違うし、あのアスハちゃんも怪しくないわ!』

『そりゃオメェの感想だろうが! もっと客観的に考えろや、このド天然が!!』



 脳内で繰り広げられる天使と悪魔の口喧嘩――――仲間を信じたいと思う気持ちと、客観的観測から真実を整理しろと警鐘を鳴らす理性とのせめぎあい。


 考えれば考える程に脳は覚醒して、俺の目は冴えていってしまう。


 忘れろ、忘れろ、忘れろ――――そう念じて邪念を消そうともがいても、疑念は消えることなく浮かんでは俺を蝕んでいく。



 そんな折だった――――


「くそ……くそっ……クソッ! 全然落ち着かない……」

「――――ラムダさん、入っても良い?」

「…………アリア?」


 ――――部屋の扉をノックして、ミリアリアが俺を訪ねてきたのは。



 昨夜、復活したリリエット=ルージュ姿に恐怖を覚えて動揺し、ストルマリアに不覚を取った彼女は『頭を冷やす』としばらくホテルの自室に引き篭っていた。


 そんな彼女の訪問――――きっと気持ちの整理がついたのだろう。



「アリア……!? な、なんだその格好は///」

「なんだって……ただの寝間着だよ……///」

「けど……そんな色っぽい服なんて持って無かった筈だろ……??」

「…………ルチアさんに勧めて貰ったの///」



 扉に施錠ロックを解除して入って来たミリアリア――――その姿はいつもの活発な少年の様な姿では無く、女性らしさを強調した薄いピンク色の、下着が薄っすらと透けて見えてしまうような寝間着だった。


 思春期の少年には少し刺激が強い『大人アダルト』な装いに顔を赤らめるミリアリア……どうやら彼女もそんな衣服を着るのは不本意なようだ。


 けれど、それでもそれを着て来た以上、ミリアリアには何かしらの『覚悟』があるのだろう。



「ねぇ、ラムダさん……少しだけ話がしたいんだ……」

「…………分かった…………」



 ベットの縁に座る俺へと近付いて、俺の真横に腰を落としてベットへと身体を預けて、勇者の重荷を背負った少女は俺の身体へと肩を預ける。


 ミリアリア=リリーレッドが見せた“年相応の『少女』としての振る舞い”。


 故郷であるラジアータ村では、ミリアリアには同世代の同性も異性も居なかった。居たのは大人達と年下の子ども達だけ――――わんぱくな子ども達の『姉貴分』をしていたミリアリアは同性の友人と『女』を磨き上げる事も、異性に惹かれて『女』を自覚する事も無く、初心うぶな『子ども』のまま成長したらしい。


 そして、『大人』になる前に『神授の儀』で【勇者】の重荷を背負わされて、村から半ば見捨てられるような形で旅に出たらしい。


 迷宮都市で俺たちと出会って【ベルヴェルク】を結成して以来、ミリアリアは周囲から【勇者】の期待を背負わされ続けて、ダモクレス騎士団でも“アーティファクトの騎士”に並ぶ『希望』の御旗シンボルにされてしまった。


 ついぞ彼女は、『ひとりの少女』としての立場を享受する事が出来なかったのだ。



「……ごめんなさい……昨日……迷惑掛けて……」

「アリアは悪くないよ? 言っただろ、アリアが側に居てくれるだけで俺は満足なんだ……だから……そんなに気負わないで……」

「…………それじゃ駄目なんだ」



 だから、俺はミリアリアに気負わずに『ミリアリア=リリーレッド』として自由に振る舞って欲しかった。本当の自分を偽って、望まない道を歩かざるを得ない彼女の気持ちを考えると……自分も苦しかったから。


 けれど、ミリアリアは俺が望む『ありのままのミリアリア』では駄目なんだと、そう自信なさげに口に出した。


 本能と理性のせめぎあい――――ミリアリアは今、『勇者』と『少女』の間で板挟みにされて苦しんでいる。



「あのストルマリアって勇者に言われたんだ……『私だって勇者はしたくなかった、けど諦めた』って……」

「…………」

「僕はただラジアータで平和に暮らせれたら満足だったのに……もうあの頃には帰れないのかな……?」

「…………俺には分からない…………」



 俺が騎士になる『未来』を夢観たように、ミリアリアにも夢観た『未来』があった。けれど、ミリアリアの思い描いた『未来』はもう手に入らないのだろう。


 彼女は女神アーカーシャの代行者として、彼岸より来たる厄災の討つ【勇者】として生きていかねばならない。


 ただ普通の女の子として生きてはいけないのだろう。



「僕は……わたしは……どうしたら良いのかな? あはは……わたし……勇者なのに……『勇気』が無いんだ……」

「無いなら無いで良い……! 無理に持たなくて良いんだ……いつか、大切なものが出来たら……きっと『勇気』だって湧いてくるさ!」

「…………そうだね………」



 誰も彼もがミリアリアに【勇者】の役割を求める。

 他ならぬミリアリア自身ですら。


 けれど、彼女には【勇者】の重荷に耐えれるだけの強い精神ココロはまだ育まれてはいない。



 だから――――


「アリア……俺といる時は【勇者】じゃ無くても良いんだよ?」

「…………お願い…………全部忘れさせて…………」


 ――――俺だけはミリアリアをひとりの『女性』として見てあげたかった。



 俺の前では勇者を演じなくても良い――――その言葉を聞いた瞬間、ミリアリアの心につっかえていた枷は外れ、表情を蕩けさせた『少女』は俺の唇に自分の唇を重ねてきた。


 彼女の求めていたもの、それを理解して俺は舌を絡めたまま彼女を抱き締めてベットへと共に倒れていく。


 色を知らずに育った無垢な少女のささやかな『勇気』――――ただひとり知った『男』へと向けられた感情を一身に受け止めて、俺はミリアリアの衣服に手を掛けていく。



「頑張るから……明日から……勇者としてちゃんと頑張るから……だから……!」

「アリア……」

「ラムダさんと居る時だけ……ふたりっきりの時だけで良いから……!」



 ミリアリアの瞳から流れる涙、彼女の口から漏れた本音、その全てが俺の彼女に対する認識を塗り替えていく。


 あぁ、俺にとって君は【勇者】じゃ無い。

 きっと、俺にとって君はもっと単純な存在なんだ。



「わたしを――――ただの『女』にして……」

「アリア……」

「あなたといる時だけは……『勇者』である事を……忘れさせて……!」



 そして――――灯りの消えたベットの上で、俺はただの『男』になって、ミリアリアはただの『女』となった。


 お互いの重荷を忘却の彼方へと押しやって、ただひたすらにお互いの身体を貪り合って、俺たちは“幻影”から目を背けるように一つになって、ただ本能のままに求めあった。


 それこそが、ミリアリア=リリーレッドの『勇気』になるとも気付かずに。

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