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第156話:未来都市に蔓延る嘘


「――――以上が“嫉妬の魔王”インヴィディア出現の顛末となります、インヴィーズ総督……」

「報告感謝致します、ラムダ=エンシェントさん」

「いえ、私が居りながらこの街に甚大な被害を被らせ、多数の死傷者を出してしまいました。この不始末、なんとお詫びすれば良いか……」



 ――――魔王軍との戦闘、“嫉妬の魔王”インヴィディアとの邂逅、そして大罪人であるトリニティ卿の登場。


 多くの犠牲を出した歓楽街での戦いから一夜明けた朝、俺たちダモクレス騎士団の団長は総督府に赴き、執務室で業務に追われるインヴィーズ総督への報告を行っていた。


 ルチア率いる第六師団、デスサイズ卿率いる第十師団は満足のいく結果を得られずに夜を明け、俺たち第十一師団のみが魔王軍と“嫉妬の魔王”との三つ巴の戦闘に巻き込まれた――――それが昨夜の出来事。


 幸いな事に俺たちの撤退後、魔王軍もインヴィディアもトリニティ卿も忽然と姿を暗ませて戦闘は終わり、駆けつけた治安維持部隊によって歓楽街から脅威が去った事は確認されていた。



「トリニティ……あんのババア! フレイムヘイズ卿の命令を無視しての単独行動とか処罰の対象よ!? 分かってんのかしら……?」

「ト、トリニティ卿の侵入を警戒した……ア、アラート……よ、よほど警戒されているようですね……イ、インヴィーズ総督……?」

「ええ、何しろ我らの同胞を殺して回り、妹である私にも刃を向けた女ですもの……警戒しないほうがおかしいわ……!」



 だが、問題は山積みのままだ。


 デスクに座るインヴィーズ総督と俺たちの間に表示された立体映像ホログラムに映し出された四人の画像――――トトリ=トリニティ、レイズ=ネクロヅマ、エイダ=ストルマリア、そしてインヴィディア。


 既に協力を取り付けた俺たちと敵対した魔王軍、この街の治安を脅かすインヴィディア、そして罪人であるトリニティ――――この四名はインヴィーズ総督の権限によって手配される事になった。



「しかし……昨夜の南区画サウス・セクションでの混乱に乗じてこの四名は姿を暗ませた。現在、治安維持部隊に捜索させていますが、未だ発見には至ってはいません……」

「あたし達の部下にも捜索させているけど進展は無いわ、お祖母様……」

「クヒヒ……ち、地下に逃げたとか……?」

「いずれにせよ、街に災いを持ち込んだのは我々です! 申し訳ございません、インヴィーズ総督……」


「…………“嫉妬の魔王”に関しては、あなた方が到着する前から発生していた事象ですのでお気になさらず。ですが、魔王軍とのいざこざや、トリニティの侵入に関してはあなた方にも相応の責を負っていただきます!」

「…………承知しております、インヴィーズ総督……」

「では私の前にエイダ=ストルマリア、トトリ=トリニティ――――ふたりの姉を拘束して連行して頂けますか?」



 魔王軍との戦闘、身内であるトリニティ卿の侵入に関して俺たちが負う責任――――それはストルマリアとトリニティ卿を拘束してインヴィーズ総督へと引き渡す事。


 300年前に決裂した姉妹の“絆”を清算する事をインヴィーズ総督は望んだのだった。



「承知しました、インヴィーズ総督……! ふたりを捕らえてあなたの前に引き摺り出します……」

「どのみちトリニティ卿は命令違反で処罰は免れない。そのままふん縛って王都へと連れ帰ってやるわ!」

「……決まりですね。魔王討伐とあわせて、期待していますね……ダモクレス騎士団の皆さま?」



 断る理由は無い。


 そも、俺としてもトリニティ卿には追及しないといけない事が出来たから。


 アーティファクト回収の為の『魔王討伐』と、昨夜の始末をつける為の『トリニティ、ストルマリアの捕縛』――――今日以降はその二つを主軸に動く必要が出てきた。


 だが、その前にインヴィーズ総督にも聞くことがある。



「一つよろしいでしょうか、インヴィーズ総督?」

「…………何でしょうか、ラムダ=エンシェントさん?」

「あなたと“嫉妬の魔王”インヴィディアとの“関係”が知りたい……!」

「…………」



 ディアナ=インヴィーズと“嫉妬の魔王”との因果関係だ。



「ちょっとラムダ卿! あたしのお祖母様を疑ってんの!? ふざけないでよ!!」

「昨夜、ストルマリアとトリニティ卿は“嫉妬の魔王”に向けて激しい殺意を剥き出しにして、魔王へと攻撃を仕掛けていた……」

「…………それが?」

「トリニティ卿が魔王降臨を目論んだ、と言うあなたの証言とは食い違います……! 説明していただけますか、インヴィーズ総督?」



 祖母を疑われて激昂したルチアに胸ぐらを掴まれても、俺は言葉を言葉を紡がなければならない。


 誰かが“嘘”をついている――――エルフ族の故郷に焼き付いた“嫉妬”の怨念。俺が観た限り、ストルマリアとトリニティ卿の態度に偽りは感じられなかった。


 なら、問いただすはもう一人……眼前で悠然ゆうぜんと構えるインヴィーズ総督だ。



「ラムダ卿、あんた……!!」

「インヴィーズ総督……あなたの知っている事を教えてください……!」

「ふふっ、簡単な話ですよ? 私は――――“嫉妬の魔王”インヴィディアの『依代』だったと言うだけの話です……」

「…………えっ…………どう言うこと、お祖母様?」

「依代……!」



 魔王の依代よりしろ――――それがインヴィーズ総督の口から語られた彼女自身の正体。


 前例は有る――――“強欲の魔王”アワリティアがリティアやアンジュの意識を乗っ取った状態。あれが『依代』の状態なのだろう。



「300年前、“時紡ぎの巫女”の候補だった私は当時の族長との間にティオを授かりました。けれど、夫であった彼が()()()()と結託して私を“嫉妬の魔王”にしようと画策……」

「お母……死神メメント……!」

「そして、エルフの里【アマレ】に住むエルフ達の“魂”を生贄に“嫉妬の魔王”インヴィディアの降臨が実行に移されたのです……」


「その内容ではインヴィーズ総督自身の身の潔白を証明出来ない……! あなたはそれで良いのですか?」

「お祖母様……」

「ええ、私も当初は自身を“器”にインヴィディアを降臨させる事を了承していましたから……あのを身籠るまでは……」


「…………お母さんを…………」

「そも、里に住む多くのエルフが“嫉妬の魔王”降臨の賛同者でした。計画に賛同――――いえ、計画自体を知らされていなかったのは『神授の儀』を受けていない子ども達だけでした……」

「なっ……!? エルフ族が何故!?」

「理由は――――復讐」



 ディアナ=インヴィーズから語られたのは300年前の事の顛末。


 文明から離れ自然の中で静かに暮らし、世界樹【ルタ・アムリタ】の管理を行っていたエルフ族だったが、彼らの生活を脅かす脅威が発生した。



「【世界樹戦争】――――この言葉に聞き覚えはありますか、ラムダ=エンシェントさん?」

「確か……世界の何ヶ所かにある“世界樹”の所有権を巡って世界各国が戦争を行ったって言う千年前の戦争でしたか? すみません……今日こんにちに文献があまり残っておらず私も詳しくは……」


「概要は合っています――――女神アーカーシャ様がこの『地球ほし』のエネルギーを循環させる為に造った機構システムである世界樹を各国が狙った事が“引き金”となった史上最悪の戦争です……!」

「ま、魔王も勇者も不在の『正義なき戦い』――――ア、アーカーシャ教団の聖人聖女達の……け、賢明の呼び掛けで戦争は一応の終結を迎えたと……き、聞き及んでいます……」


「ですがその戦争で世界樹の守り人だったエルフの多くが人間や魔族達の犠牲になりました……」

「その復讐が……“嫉妬の魔王”の降臨……!?」

「ええ、その通り……アーカーシャ教団は我々エルフ族を救わずに身勝手な人間を許した……! そんな横柄な話、許せると思います?」

「そ、それは……」

「もちろん、当時を知らないラムダさんを責める気は毛頭ありません……」



 世界樹戦争と呼ばれた戦争の発生――――無限のエネルギーを供給する“世界樹”を欲した人間の欲望が引き起こした戦争で、争いを好まないエルフ族の多くが死んでいったそうだ。



「そして、その戦争で財を築き、各国の権力者の懐に食い込んだ最大の悪こそが――――【死の商人】メメント!」

「…………あの死神が…………!!」

「その【死の商人】によってエルフ族にもたらされた()()()()()こそが“嫉妬の魔王”の降臨でした……」



 戦争で一方的な犠牲者とされ、アーカーシャ教団からも捨て置かれたエルフ族たちの怒りの矛こそが『魔王降臨』だった。


 そして、その手引きを【死の商人】が行ったこともデスサイズ卿の口から語られ、俺たちの前に過去の秘密は徐々に明かされていく。



「次代の“時紡ぎの巫女”として神授を授かり、けれどアウラ様の壁の前に使命を果たせずに彼女への身勝手な“嫉妬”に狂った私は、族長の口車に加担して魔王の依代になる事を一度は了承してしまった……」

「けれど……お母さんを身籠って気が変わった……?」

「そうよ、ルチア。あの娘を身籠って……出産して……気が付いたら心に渦巻いていた“嫉妬”は消え去っていたわ……」



 ディアナ=インヴィーズは自らの“時紡ぎの巫女”としての使命を果たさせなかった『アウラ=アウリオン』への嫉妬心を利用されて魔王の“器”にされかけた


 だが、族長との間に授かった娘の影響で態度が軟化、計画に難色を示すようになった。



「けれど、一度動き出した計画は止まらない……! 計画の賛同者だったトリニティお姉様によって同胞たちは生贄として焚べられて“嫉妬の魔王”は降臨しかけた……けれど……!」

「勇者ストルマリアが既のところでトリニティ卿を止めて魔王降臨を阻止した……?」 

「ええ、ストルマリアお姉様によってトリニティお姉様は討たれ、魔王降臨は失敗に終わった……」

「いや、でもトリニティ卿はインヴィディアに殺意を……それに生贄にされた同胞を『救った』と……?」



 そして、始まった魔王降臨の儀式――――トリニティ卿によって殺されて“薪”として焚べられたエルフ達、それを食い止めんとたったひとり抗ったストルマリア、ティオをエリスに託して滅びゆく里と運命を共にしたインヴィーズ総督。


 何かがおかしい?


 やはりインヴィーズ総督の証言とトリニティ卿の言動には齟齬そごがある。



「デスサイズ卿、インヴィーズ総督から魔王の気配は感じますか?」

「…………いいえ、ラムダ卿。インヴィーズ総督からは魔王の気配は感知できません……」

「ラムダ卿、デスサイズ卿、今の話を聞いてまだお祖母様の事を疑ってんの!?」


「よしなさい、ルチア……! ラムダさんの疑念はごもっともです……!」

「こ、今後は……わ、わたしがあなたを監視します……!」

「監視の元、インヴィディアの出現が確認出来ればインヴィーズ総督への疑念は解消します……」

「構いません……! それで身の潔白が証明出来るのなら……」



 俺の右眼による“ステータス閲覧”でもインヴィーズ総督に不審な点は無い……だが、不信感が拭えない。


 トリニティ卿に信を置いているのが原因だろうか?


 やはりストルマリアとトリニティ卿からも証言を聞き出す必要があるな。



「私とルチア卿で必ずやストルマリアとトリニティ卿の捕縛、インヴィディアの討伐を成します!」

「任せます……あぁ、ラムダさん……よろしいですか?」

「…………何でしょうか、インヴィーズ総督?」

「私を疑うのは構いませんが、この街にはもう一人“時紡ぎの巫女”候補……『アウラ=アウリオン』に“嫉妬心”を抱く者が居ますよ? あなたは……()()()()その人物から目を背けていますね?」


「…………」

「アウラ=アウリオン記念図書館の司書、アスハ…………彼女もまた、女神アーカーシャ様から“時紡ぎの巫女”の使命を授かって、そして果たせないまま諦めて司書になった……“嫉妬”の化身ですよ?」



 誰かが“嘘”をついている。

 他ならぬ俺自身も。


 誰よりも怪しい筈なのに、どうしても疑うことを拒絶してしまう人物。アスハ――――謎多きハーフエルフの司書にして、アウラに使命を邪魔された“時紡ぎの巫女”。


 くすりと笑いながら放たれたインヴィーズ総督の鋭い指摘に後ろ髪を引かれながら、俺は疑念を膨らましていく。


 隠された真実、魔王は誰か、誰が偽りを述べているのか――――エルフ達の“嫉妬”の上に築かれた摩天楼【カル・テンポリス】。


 その“幻影”が孕んだ焔は、俺が思った以上に濃く。

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