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第155話:“嫉妬の魔王”インヴィディア、炎上


「…………」

「凄い禍々しい魔力……! あれが世界最悪の厄災の一角……魔王……!! Mr.ラムダ、私が時間結界を発動します……その隙に撤退を!!」



 遥か頭上、燃え盛るタワーの頂点で静かに佇むインヴィディア。しかし、ローブで隠れた身体から溢れる禍々しい魔力の噴出は俺たちにその『異常性』を伝えるには十分だった。


 火山の噴火のように噴き出す紫色の焔、周囲の建物が高熱で溶けていく中で涼しげに立ち尽くすさま、蒐集したエルフの“魂”をなんの呵責かしゃくも無く喰らう冷淡さ、どれをとっても“不気味”としか言いようの無い程の“悪”の具現。


 それが“嫉妬の魔王”と呼ばれた魔女に俺が抱いた感想だった。



「あの魔力、クラヴィスの姐さんが捨て身で倒した“強欲の魔王”アワリティアの比じゃ無い……!? あれが当代の魔王の実力レベルなの……!?」

「みたいだな……! アワリティアが可愛く見えるなんて、ゾッとする……!!」



 見ただけで背筋が凍って、冷や汗が止まらない。


 すぐさま撤退しないとマズい…………魔王軍と戦いながら、あの“嫉妬の魔王”を上手くあしらうなんて器用な真似は出来ない。


 アスハの言う通り、彼女の『時間結界』に乗じて撤退する方が無難だ。



 だが――――


「ミネルヴァ、あの燃え盛る魔女に向けて結界を!!」

「――――起動、【時の歯車“来”(クロノギア・カミング)】」

「クロノギア……カミング……!?」


 ――――事態は更に悪い方へと転がっていく。



 アスハの愛梟あいきょう・ミネルヴァが展開した『時間停止』の光を浴びて停止したと思われたインヴィディアだったが、直後に胸元から放たれた強烈な光によってアスハの結界は破壊されてしまったのだ。



「ノア様……あの正体不明のエネミーが所有しているのは……!?」

禁忌級遺物カラミティ・アーティファクト時の歯車“来”(クロノギア・カミング)】――――“未来”を観測し、時の針を進める機巧……! なるほど……この街の正体は……!!」



 ノアによって明かされたそのアーティファクトの名は【時の歯車“来”(クロノギア・カミング)】――――ノアが【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】でアウラから摘出した【時の歯車“古”クロノギア・エンシェント】の対となる“未来”を司る禁忌のアーティファクト。


 それを事もあろうに“嫉妬の魔王”インヴィディアが所有していたのだ…………マズいどころの話では無い。



「ノア!! アーティファクト【時の歯車“古”クロノギア・エンシェント】を俺に!!」

「あっ……でも……あれは危険な……」

「ここで全力を出さなきゃ全滅だ!!」

「……………くっ、分かりました…………すぐに準備を!」



 禁忌級遺物カラミティ・アーティファクト時の歯車“古”クロノギア・エンシェント】の使用は俺とノアの取り決めで制限している。


 理由は単純、()()()()()()()()()()


 アウラの人生をグチャグチャにして、あの【光の化身】すら十万年の歳月に渡って封じ込め続けた代物だ。うっかりで発動させても周囲に甚大な被害が及ぶ。


 故に、普段はノアに管理して貰い、いざという時は俺が受け取って行使する事になっている――――そして、今がその時だ。



「――――高純度の魔力保有者……エルフ……ハーフエルフ……どちらも“時紡ぎの巫女”……あぁ、怨めしい……!!」

「…………えっ?」

「しまったのだ!? アスハが……駄目なのだ、その子を傷付けちゃ駄目なのだーーッ!!」



 だが、相手の方が動きが速かった。


 かき消された蝋燭ろうそくの炎のようにフッと消えた瞬間、アスハの目の前に炎上しながら現れたインヴィディア。


 瞬間移動ワープによる強襲に為すすべなく立ち尽くすしか無いアスハに向けられたのは、禍々しく燃え盛った“嫉妬の焔”。



「燃え尽きて私の“糧”になりなさい……!!」

「…………お父さん……お母さん……助けて……!」

「アスハーーーーッ!!」

「アスハから離れるのだーーッ!!」



 咄嗟に放った俺の左腕セファール、無我夢中で撃ち出されたアウラの魔法がアスハを狙ったインヴィディアへと向かって勢いよく飛んでいく。


 しかし、それでも僅かに“嫉妬の魔王”の魔の手の方がアスハを焼き殺してしまうだろう。


 父と母に助けを懇願して目を瞑ったアスハ、彼女を助けようと躍起になった俺とアウラ、それを嘲笑うように焔を燃え上がらせたインヴィディア――――それぞれの想いが炎上する戦場で激しく燃え上がり、誰もが『最悪の結末』に固唾かたずを呑む。



「因果切断――――穿て“影の女王(スカアハ)”!!」

「悪鬼滅殺――――断て“天命てんめい”!!」


 ――――彼女たち以外は。



 俺の左腕とアウラの魔法が到達するよりも疾く、インヴィディアを狙った二つの斬撃、トリニティ卿とストルマリアの攻撃。


 背後から迫った鋭く殺意を剥き出した攻撃に反応し、振り向きざまに禍々しい焔を薙ぎ払って盾を形成したインヴィディア。


 そのインヴィディアの動きに合わせて、俺は左腕セファールの軌道を逸してアスハの身体を掴んでこちら側に手繰り寄せて彼女を魔女の攻撃範囲から逃すことに成功できた。



「アスハ、大丈夫!?」

「…………死ぬかと思いました…………」

「もう大丈夫だから……」



 震えるアスハを抱えながらインヴィディアを睨み付ける。


 狩りを邪魔された“嫉妬の魔王”が視界に捉えるのはふたりのエルフ。そして、魔王に対峙するのは先程まで殺し合っていた勇者と聖女。



「魔王インヴィディア……!! ようやく逢えたわね……殺す!!」

「エルフ族に巣食った嫉妬の権化……殺します……!!」

「愚か……愚か……愚かなり……ストルマリア……トリニティ……!! 未だに『過去』に縋っているのか……?」



 ケタケタと嗤うインヴィディアに向けて武器を向けるふたり――――その目に宿るは強い“殺意”。その険しい表情からは『刺し違えてもお前を殺す』と言う執念にも似た感情しか読み取れない。


 殺し合いをしていた筈のふたりが殺し合いなどそっちのけで敵対する相手、インヴィディア。


 アーティファクトを有していた奴が今回の騒動の黒幕であることはもはや明白だ。



「くっ……わたしの屍人ゾンビがどんどん焼かれている……!?」

「リヴさん、ラナの様子は!?」

「駄目です、意識を失いました! このままでは我々もあの焔の餌食です……!」

「分かっている――――アンジュさん、作戦名“爆ぜる涙”発動ッ!!」

「――――承知!!」



 だが、此処での戦闘はこれ以上は出来ない。


 烙印を刺激されて意識を失ったシスター=ラナ、戦意を喪失したミリアリア、周囲から噴き上がった焔の高熱で身動きの取れなくなったノア達…………全員を五体満足で生還させる為には、ここで退くしか無い。


 俺の合図と共に右腕を天へと掲げたアンジュ、その手のひらに集束していくしずくのような小さな光。



「この爆撃と共に総員、指定の方法で戦線を離脱せよ!! 私の訓練は身体で覚えているな!?」

「お前たち、シスター=ラナの運搬を任せますわよ!!」

「承知しました、お嬢様!!」


「あいつがティオを!!」

「退きなさい、エリスちゃん! ラムダ団長の命令に従うのよ!!」

「お母さんの仇が……ティオの仇が……目の前に居るのに!! くっそーーッ!!」


「せめて……アーティファクトの少女だけでも……」

「させるか、ネクロヅマ! 喰らえ、“エンジェル・パンチ”!!」

「グエッ!? また顔面を殴られた……!?」



 集束しきって眩く輝く光、それをアンジュは右手で力強く握り締める。


 そして――――


「最終奥義――――吹き飛べ“爆ぜる涙(リティア・バーン)”!!」


 ――――アンジュが下手投げ(アンダースロー)で投擲した光はインヴィディアの手前で一際強く発光し、次の瞬間には周囲一帯を巻き込む大爆発へと変化して爆ぜた。



 周囲の建物を吹き飛ばす程の爆風が辺りを包み、同時に走った眩い光に紛れて撤退を始める第十一師団。


 爆発による視界の遮断を利用した緊急離脱――――アンジュの提案で急遽組み込んだ策だったが上手く機能しそうだ。



「今だ、総員撤退!!」

「くっ……逃がすか……ラムダ=エンシェント……!!」

「ネクロヅマ……!! お前にノアは渡さない……必ず護り切ってみせる……!!」

「ラムダ……エンシェントォォォオオ……!!」



 白く霞む視界に僅かに映ったネクロヅマを威嚇しつつ、アスハを抱えて俺も戦場から後退していく。


 眼下に映るは燃え盛った歓楽街の惨状、爆撃をものともせずに立つインヴィディア、眼前の魔王へと刃を向けたトリニティ卿とストルマリアの姿――――そして、俺に抱えられたまま言葉を失ったアスハの怯えた姿。



 その後、アスハやノア達を安全な場所に避難させすぐさま歓楽街へと戻った俺が見たのは――――焼け落ちた街、青い遺体袋に入れられて並べられたエルフ達の亡骸とそれに縋って涙する人々、そして何処かへと消えたトリニティ達の激しい戦闘の爪跡だけだった。

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