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第150話:必定の別れ、故に男女は愛の時紡ぎ


「え~っと……【賢者の石】……精錬方法不明……駄目。次は……【ユニコーンの秘薬】……これはノアの寿命には効果薄か……? 次々……」

「お兄ちゃ〜ん、まだ眠らないの〜?」

「せっかくエルフ族の貴重な書物の納められた図書館を貸し切れているんだ……せめてノアの延命に繋がる手掛かりを見つけないと……!!」

「むぅ~……お兄ちゃんの意地っ張りめ……」



 ――――ディアナ=インヴィーズ総督との面会の日の夜、アウラ=アウリオン記念図書館の談話室。


 ノア達をインヴィーズ総督が提供してくれた宿泊施設へと送り届けた後、俺とアウラはアスハの好意で図書館の書物を読み漁っていた。


 俺が探すのは『不老不死』に関しての書物――――もちろん、ノアを不老不死にしたい訳で無く、あくまでも“寿命を伸ばす”ことができれば何でも良いのだが、とにかく望みがあるものには片っぱしから手を付けていた。



「精錬が難しいか、不老不死が叶っても人外化と引き換え……くそッ、こんなのじゃノアを救った事にはならない!」

「そもそも、『不老不死』なんてものが簡単にまかり通る話な訳無いのだ……! そんな簡単に寿命が伸ばせたら、生態系が崩壊するのだ!」

「分かっている……分かっているさ……! でも……でも……ノアを死なせたくないんだ……!!」

「………………お兄ちゃん」



 アウラの言う事は正しい。


 定められた『寿命』を越えて生きる事は不可能だ。正しい生活を心掛けて、病理に冒された際に適切な処置を施して、その種が有する限界寿命まで生命を伸ばすことは可能だ。


 だが、本来100年程しか生きれない『人間』が数千年を生きる様に寿命を引き伸ばすのは不可能に近い。


 生命の摂理せつりに反した行動だ。

 故に、俺のしている行為はこの上なく“生命”を侮辱したものなのだろう。


 けれど、それでも俺はノアの事を諦めきれない。

 だから……辛い。


 書物を読み焦れば読み漁る程に、知識を蓄えれば蓄える程に……無情な『現実』が俺に遅い掛かってくる。



「アーティファクト【時の歯車(クロノギア・)“古”(エンシェント)】で時間を常に巻き戻すか……? いや、それをしてもノアが永遠の『今日』に囚われるだけだ……!」

「お兄ちゃん……いい加減にしてったら!!」

「――――ッ!? アウラ……」

「焦らないで……! まだ時間は残されているよ! ここで焦っても、お兄ちゃんの精神が摩耗するだけだよ……?」



 焦って、焦って、焦って、生き急いでるように書物を読み耽っていた俺を諫めるように聴こえたアウラの怒号どごう


 それにビクついて彼女の顔を見れば、小さなエルフの少女は目に涙を浮かべながら俺の事を心配そうに見つめていた。



「……ごめん……俺……」

「お兄ちゃんがノアお姉ちゃんの事を大切に想っているのはあたしも知っている。でも、ノアお姉ちゃんに気を取られ過ぎて自分をないがしろにしちゃ駄目なのだ!」

「…………分かっているよ……」

「分かっていない! ノアお姉ちゃんの為にお兄ちゃんが自分の命を削ったって、お姉ちゃんはきっと喜ばないのだ!!」



 アウラの言い分は正しい――――ノアの延命にこだわり過ぎて、俺は自分の命を削っている。


 もう何時間も書物を読み漁っている。明日からはアーティファクト捜索と“嫉妬の魔王”討伐に向けて市内を探索しないといけないのに…………馬鹿な事をしていると自分でも呆れる。


 でも、ノアが急に死ぬかもと思うと……心の何処かで焦りが出てくる。既にノアには『死神』の魔の手が迫っている――――いつ、彼女に“死神の鎌(デスサイズ)”が振られてもおかしくない状況だ。


 それが俺には、たまらなく恐ろしい。

 あの死神にノアを連れ去られそうで。


 デスサイズ卿は“死”に怯えるのは正しい事だと諭してくれたが、俺にとって『ノアの死』は……自身の“死”よりも恐ろしい事で。


 彼女が死ねば、俺はきっと“魔王”へと堕ちてしまうのでは無いかと……思ってしまう程に。



「ノアお姉ちゃんはすぐに死んじゃうほど、弱い人なの?」

「それは……そうは思わないけど……」

「ならお姉ちゃんを信じてあげて? ノアお姉ちゃん、きっと辛かったらお兄ちゃんかオリビアお姉ちゃんに相談する筈だから……ねっ?」

「……そう……だな……」



 みんなを護ろうと躍起やっきになって、ノア達の『強さ』を見縊みくびっていた。彼女達は強い……自らの『意思』と『信念』を持ち合わせ、確固たる“矜持”を持って【ベルヴェルク】に名を連ねている。


 それなのに、俺は自分の『強さ』に酔いしれて彼女達を勝手に“護られるだけのヒロイン”扱いしていた……なんて恥ずかしいのだろうか。


 俺だって、ノアやオリビア達に護られている筈なのに。



「お兄ちゃんは知らないかもだけど、オリビアお姉ちゃん達もノアお姉ちゃんの為に手を尽くしているんだよ?」

「………………」

「だから……ひとりで背負い込んじゃ駄目なのだ……! お兄ちゃんの『夢』は……あたし達の『夢』でもあるんだから……!」

「…………ありがとう……アウラ……」



 アウラ達の想いを知って、彼女達が俺の背負った使命を一緒に背負ってくれている事を知って、書物のページに掛かっていた指はようやく離れて、手にしていた本がテーブルの上に寝かされた。


 そして、手すきになった俺の両手は自然とアウラの腕に伸びて、身体を手繰り寄せられた小さなエルフの巫女はそのまま俺の唇に自分の唇を重ねていく。


 暖炉で揺らめく炎の灯りに照らされて煌々と煌めく翡翠エメラルドのような髪から漂う森林のような安らぐ香りが、強張った俺の心をほぐしていく。



「アウラ……」

「お兄ちゃん……あたし……もっとお兄ちゃんと一緒に居たい……」

「…………」

「もっと……もっとたくさん……あたしにお兄ちゃんとの『思い出』を頂戴……!」



 俺が死んでも、アウラは生き続ける。それが、エルフとして生まれたアウラの背負った宿業しゅくごう


 長い長い人生のほんの数(ページ)にしか刻まれない『ラムダ=エンシェントとの思い出』を彼女は欲している。


 だから……俺はアウラのささやかな『願い』を聞き届けたかった。


 彼女の華奢な身体を座っていた長椅子に押し倒して、俺たちは場所もわきまえずにお互いを貪り合っていく。



「…………アスハに怒られるかな?」

「一緒に怒られれば良いのだ……!」

「…………悪い子だな、アウラは?」

「にひひ……悪い子も好きでしょ? 浮気者の悪〜いお兄ちゃん♡」

「…………あぁ、とても……! 悪い男にお似合いの悪い女の子だ……!」



 寝そべったアウラに覆い被さって彼女の瑞々しい唇に舌を這わせれば、両手を俺の背中に回してエルフの少女は愛しい人を逃すまいとしがみつく。


 俺がノアを手放さないと必死になるように、アウラも俺を手放さないと求めて。


 人間とエルフの逢瀬おうせ、悲恋の別れが運命づけられた儚き恋、けれど……それを承知の上で俺たちはお互いを求め合う。


 愛した人は確かに存在したのだとエルフの少女の記憶に刻みつけるように、アウラの思い出に『ラムダ=エンシェント』を刻みつけて、数百年後も覚えていれるように。



「お兄ちゃん……あたしも子どもが欲しいな~♡」

「それは……まだ早いような……///」

「オリビアお姉ちゃんの後でも良いから……お願い……///」

「…………それが…………アウラの望みなら…………!」



 俺やオリビア達が世を去って、独り残されるであろうアウラの境遇を想えば、多少の良心の呵責こそあれど……俺はもう止まれない。


 アウラの纏った神秘的な白装束に手を伸ばして、俺は彼女の『衣服ヴェール』を剝いで心を露わにさせていく。


 穢れを知らない無垢な身体、男を知らない純粋な心、その全てが俺の前に差し出され、俺は彼女の純潔に手を伸ばしていく――――アウラが望んだ『愛』を分かち合うために。



「大好きだよ……ラムダお兄ちゃん…………」

「好きだよ……アウラ…………」

「あたしに……素敵な『明日』を観せてくれて……ありがとう……」



 ――――“時紡ぎの巫女”の純潔は俺に捧げられ、俺とアウラは新しい関係を紡ぎ始めた。


 いつか来る『死別』の時まで、確かな愛を紡ぐように。愛おしく、狂しく…………長命なエルフの少女が、その『愛』を忘れる事が無いように。

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