第17話:ある黒騎士の無様な敗北
「死ねや、死ねや、死ねや! ゴミくずがァ!!」
「あぁもう、こうなったら……!」
獣の如き本能剥き出しの雄叫び、獲物を射殺さんと鋭く光る蛇の如き瞳、敵対者を斬り刻まんと空を斬る殲滅の剣。
“黒騎士”ゼクス=エンシェントの狂気、妄執、嫉妬、その全てが“牙”となって俺に襲い掛かる。
右眼に映るのは俺の首元を両断する朱い行動予測。それを認識した俺は上体を後ろにずらして、間一髪の所でゼクス兄さんの剣の一閃、初撃を回避する。
「――――ッ! 次元鞘――――抜刀ォ!!」
続く二撃目――――左手に召喚した短剣を逆手に持っての逆袈裟斬り。
それも予測した俺は左腕の硬度を利用して、剣を拳で弾いてゼクス兄さんの攻撃を防いで見せる。
初撃から十秒――――繰り出された剣撃は二十。俺はゼクス兄さんの攻撃の尽くを予測し、剣閃を防ぎ、躱していく。
「――――チッ! せっかく貯めた俺様の“剣”をご丁寧に折りやがって! マジでうぜぇぞテメェ!」
既に折られたゼクス兄さんの剣は十を越え、俺たちの足元には砕かれた安物のロングソードとショートソードの残骸が積もっていく。
「そんな……ゼクス様の剣撃を立て続けに!?」
「しかも二撃目は素手で防いだ……!?」
サートゥス騎士団の面々はその優れた身体能力で戦いの様子をつぶさに観察し――――
「なんだ……全然、視えなかったぞ!」
「あの“黒騎士”のヤローと張り合うなんて……あの小僧、何者だ!?」
「わー、ラムダさんすごいすごい♪ あっ、すみません、ジュースおかわりで」
――――俺たちを取り巻く野次馬は目の前で巻き起こる戦いに興奮し、益々ボルテージを上げていく…………誰だ、呑気にジュース飲んでる馬鹿は!?
「ケッ、一撃目も二撃目もその後も全部、視てからの反応じゃねぇ……! 予め、どんな攻撃が来るか判ってた避け方だ。あー、なるほどなるほど。ラムダちゃん、その右眼――――予知系統の“眼”だな?」
「流石に鋭い……! 相変わらずよく観てる……」
攻撃を視てから反射神経で躱すのと、攻撃を予知して当たらない位置取りする事の“僅かな動き・視線の差”――――それをゼクス兄さんは見逃さず、俺の右眼の有するスキル【行動予測】をピタリと言い当てた。
驚異的な観察力、圧倒的な洞察力、才智に溢れた推理力。こと、中長期戦に於いて、ゼクス=エンシェントの持つ【観察眼】は圧倒的なアドバンテージとなる。
戦えば戦うほど、手の内を晒せば晒すほど、ゼクス兄さんの眼はこちらの手札を暴いていく。
「あぁ……ウゼェ、ウゼェ、ウゼェ! まじでウゼェわ、ラムダちゃんよぉ!」
俺の手札を見破るだけの冷静さがありながら、ゼクス兄さんの感情は未だに憤怒の色は褪せることなく、見開かれた瞳孔は俺への憎悪に溢れている。
「長引かせるとこっちが不利だ……! 光量子展開――――ッ!」
俺を殺す事へと全神経を傾けた殺戮の亡者。その気迫に悪寒を覚えた俺は左腕を構えようとする。
しかし、その瞬間、全身に不意な倦怠感が襲い掛かり、俺の視界はぐにゃりと歪んだ。
「まさか…………【衰弱死針】!」
「ヒャッハッハッハ!! 大当たりだぜ、ラムダちゃーん!! 動かねぇだろ……身体?」
だらりと弛緩した身体、俯いた視界に映るのは腹部に突き刺さった極小の紫の針。
【衰弱死針】――――ゼクス=エンシェントが女神アーカーシャより授かった固有スキル。指先より射ち出し、刺さった対象の『レベル』を一時的に引き下げ弱体化させる衰弱の死針。
「いつの間に……?」
「二撃目を躱された後、連撃に隠して射たせて貰ったぜ」
「もぐもぐ……あー、なるほど、七式観測眼の【行動予測】で観測出来ないほどの極小の針による攻撃。ふむふむ、私の造った『眼』にそんな落とし穴があったなんて……これは改良の余地ありですね」
七式観測眼の【行動予測】は観測した対象の行動を予測し、その動きを朱い映像で可視化するスキル。
その行動予測で映し出される朱い映像では小さ過ぎて捉えきれない程の極小の針を、ゼクス兄さんは連撃に織り交ぜて射ち込んでいたのだ。
「剣のスキルを所望していたクソ親父には受けが悪かったがよ……獲物をいたぶって殺すには最適なスキルなんだわ!」
弱体化の毒が回り動けなくなった俺の姿を視て上機嫌になったのか、ゼクス兄さんは新たに召喚した黒い剣を構えながらゆっくりとゆっくりと、こちらへと向かってくる。
彼はいまこう思っているのだろう、既に勝敗は決した、後は動けなくなったラムダを斬り捨てて終わりだと。
勝者の余裕、勝者の慢心、勝者の油断。ゼクス兄さんは俺を仕留めることだけに頭を使っている、それが“命取り”になるとも気付かずに。
「『窮鼠猫を噛む』……まぁもっとも、ゼクスさんが相手をしているのは鼠ではなく、眠れる獅子ですけど。あっ、おかわりお願いします」
ノアは決闘の行く末を予言する、ゼクス=エンシェントは目先の勝利を確信する、俺はとっておきの“切り札”を切る。
「さぁ、とっと死ねや……ラムダ=エンシェントォ!!」
そして、掲げられた漆黒の剣は振り下ろされる。俺の頭部を目掛けて、一直線に、ゼクス=エンシェントの狂気を乗せて。
俺の身体は動かない、射ち込まれた死針にまだ順応しきれていない。だが、策はある。
「光量子展開射出式超電磁左腕部――――【自動操縦】開始!」
俺の身体をゼクス兄さんの凶剣が両断しようとしたその刹那、俺の意思を無視して左腕は動き出し、振り下ろされた剣を鷲掴みにして受け止めた。
常時発動スキル【自動操縦】――――俺の身体に組み込まれたアーティファクト【光量子展開射出式超電磁左腕部】【七式観測眼】【第十一永久機関】を自動で動かし、防衛機構に基づいて装備者を守るスキル。
万が一、俺自身が気絶、もしくは何らかの行動不能状態に陥った際の“保険”として機能する秘中の策。
「なっ、何だとッ!? なんで……俺様の【衰弱死針】を受けて動……け……r…………!?」
そして、手負いの筈だった俺の思わぬ抵抗に驚愕すると同時に、ゼクス兄さんは急激に力が抜けたようにその場に膝を着いた。
突然の出来事に戸惑いの表情を隠せない黒騎士。その胸部に突き刺さるは極小の紫の針だ。
「あ……? なんで……俺様に……【衰弱死針】が…………!?」
「仕返し……射ち反させて貰ったよ、その針」
「バカな……俺様が『神授の儀』で授かった固有スキルを……なんで……なんでテメェが使ってやがる……!!」
もう一つの“切り札”――――【衰弱死針】。
あの時、昨日のエンシェント邸での決闘の際、ゼクス兄さんが投げ捨てた“剣”を拾った時に【ゴミ拾い】の副次効果で修得した彼の固有スキル。
「覚えさせて貰ったよ。兄さんが昨日捨てたゴミからね」
「あの時の……! て、てめぇ……よくも人様のスキルを……!!」
昨日の段階――――ガルムとの戦いで肉体を損傷するまでは消費魔力の多さが問題で使用できなかったが、心臓に組み込んだ第十一永久機関による【エナジー急速回復】によって発動が容易になったことで可能になった新しい戦法。
その戦術をゼクス兄さんは見抜くことが出来ず、今こうして形勢は逆転することになった。
「常時発動スキル【状態異常耐性】による弱体化の無力化……完了。さぁ、これで喧嘩は終わりだよ、ゼクス兄さん……!」
「馬鹿な……もう弱体化から回復したのか……? 〜〜〜〜ッ、ふざけんなよ、このクソ餓鬼がぁぁ!!」
ゼクス兄さんから受けた弱体化を解除して、俺は身体の自由を取り戻す。今度こそ、この悪逆な兄へ渾身の一撃を叩き込むために。
その意思に従って、左腕に力を込め、受け止めていた黒剣を粉々に握り潰して、俺は黒い拳を構える。
「なっっっんで、テメェも姉貴も……俺様の剣を次から次にぶっ壊すんだ!? 少しは物を大事に扱えねぇのか、あぁ!?」
「それは正論過ぎるから、いま言わないで貰える?」
ギリギリと、音を立てて唸る左腕。昨日は全くもって効いていなかった右の拳によるパンチだが、今は違う。
「クソ、クソ、クソ……クソがクソがクソがクソがぁ! 俺様が、こんな……ゴミ野郎に……!!」
「覚悟しなゼクス兄さん……! これが! 今まで! 人を見下し続けた! 報いだッッ!!」
そして、光量子の噴射による加速を乗せてうち放たれた俺の拳は“ゴンッ!”という鈍い音を立ててゼクス兄さんの頭を強打し、“ガンッ!!”という強い衝撃音と共にゼクス=エンシェントの頭を食堂の床にめり込ませた。
「ガッ……ァ…………ッ!?」
「昨日の剣のお礼……気絶だけで済ませておくよ」
昨日のパンチでは身動ぎすらしなかったゼクス兄さんが、今は白目を剥いて食堂の床に突っ伏している。
完全決着、俺は兄であるゼクス=エンシェントを完膚なきまでに倒すことが出来た。その光景に俺はようやく積年の恨みを一つ晴らせ、妙な高揚感を覚えていた。
「そんな……ゼクス様が敗北した……!?」
「これが……エンシェント家の末子、ラムダ=エンシェントの実力……!?」
「すげぇ……あのいけ好かない黒騎士を完璧にのしやがった!」
「なんなんだ、アイツ? 強すぎるだろ……!?」
決着がつき、一部始終を見届けた野次馬とサートゥス騎士団から溢れ出る称賛と畏怖の声。
そのどれもが、なんだか俺を認めてくれた様な気がして、少しだけ嬉しかった。
「やっと終わりました、ラムダさん? じゃあじゃあ、お会計して早く宿屋に行きましょ〜!」
「ノア……途中から面倒くさくなって突っ込まなかったけど、ずっっと飲み食いしてたよな〜!」
「あいたたた!? ほっぺたをつねらないでくだはい〜!」
戦いの決着を見届けてひょこひょこと近付いてきたノアを問い詰めながら、俺は勝利の余韻を噛み締める。
今まで追い付きたくても追い付けなかった兄を打ち負かした、そのささやかな達成感を味わいながら。
尤も――――
「じゃあ……お会計お願いしまーす」
「はーい♡ 飲食代と〜アホな乱闘騒ぎでぶっ壊した備品と床材の修理費用、諸々込みで3000ティアになりまーす♡ ……もちろん払うよな?」
「……はい、誠に申し訳ございませんでした」
――――その後の会計でたっぷりと代金を絞られ、看板娘からきっちりと説教を受けたので、余韻はすぐに吹っ飛んだのだが。
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