第148話:死神は嗤い、“死神”は笑う
「ようこそ! 私が【司書】として管理する街一番の魔導図書館――――『アウラ=アウリオン記念図書館』へ♪」
「なぬーーッ!? 何でもあたしの名前が付いているのだ!?」
「それは勿論、貴女が偉大なる巫女だからですよ、Ms.アウラ?」
「――――はっ! あたしってもしかして……めっちゃ有名人……!?」
――――“幻影未来都市”【カル・テンポリス】中央区画、『アウラ=アウリオン記念図書館』、時刻は明朝。
アスハに案内されて人気の無い図書館へと案内された俺たちは、全員が倒れるようにエントランスに座り込んで張った肩の力を抜いていた。
「生憎と図書館は食料品の持ち込みを禁止していて、飲料水しかお出しできませんが……どうぞごゆるりとお寛ぎください」
「ありがとう、アスハ……!」
「ありがとなのだー、アスハー♪」
「ふふっ……ふたりともお若いですね♪ では、私は書斎で先程の出来事を纏めて、聖槍の出品準備をして来ますので、ゆっくりとおやすみなさい……ラムダさん、アウラさん……」
「…………マジで売るんだ、あの槍…………」
上階にあると思われる書斎へと向かったアスハを見送って、俺も倒れるように腰を床に下ろして纏っていた鎧を脱ぎ捨てて黒い肌着姿になって冷たい石材の床へと倒れ込んでしまった。
長時間歩き続け、寝る間もなくネクロヅマの配下と交戦して、そのまま緊張の糸を切らさずにこの図書館まで到達したのだ……疲れない方がおかしいだろう。
「ラムダ団長、第十一師団の指揮は私が纏めておきますので、団長はエントランスに設置されたソファーでお休みください」
「ありがとう、リヴさん……お言葉に甘えさせて頂きます……」
「ラムダさん……心臓の状態を検査したいのですが……」
「ごめん、ノア……少しだけ休ませて……」
「…………はい…………何か異常があったらすぐに報せてくださいね……」
休むようにリヴに諭されて、重い体を引き摺りながら俺はエントランスに備え付けられていた赤いソファーに寝そべって眠りの準備に入る。
瞳を閉じれば視界は暗やみ、そのせいで意識は明確に浮き彫りにされていく。
300年前の悲劇、ティオ=ヘキサグラムの死を巡る喪失の記憶、魔王軍最高幹部のレイズ=ネクロヅマとエイダ=ストルマリア、不可解な都市【カル・テンポリス】、“嫉妬の魔王”インヴィディアの影、謎の少女アスハ。
多くの因果が複雑に絡んだ今回の出来事に、俺は騎士団長として立ち向かえるだろうか…………そればかりが心配で仕方が無かった。
〜〜〜〜
『クフフ……如何ですか、ラムダ=エンシェント? 私を殺して手に入れた【王の剣】の責務は? 愉しいですか、やりがいはありますか、そこに……貴方の“生きる意味”はありますか?』
――――声が聴こえる。
“死”を弄んだ女の声、俺から大切な家族を奪い去った……俺がこの世でいちばん嫌いで、いちばん恐れている死神の声が。
俺の“恐怖”の具現。
『貴方が“夢”観た王立騎士団の生活……がっかりしたでしょう? 晴れやかな栄光とは程遠い、血みどろの殺し合いの世界……まったく、そんな騎士団に私の大切な愛娘が潜り込んだなんて……虫酸が走りますねぇ……』
うるさい、うるさい、うるさい……喋るな、お前の声なんて俺は聴きたくない。
頼むから消えてくれ。
その朱い瞳で俺を見ないでくれ。
『クフフフ……! 恐れていますね、大切な人の“死”を!! アッハハハハハ!! 私は“死”の擬人化、貴方の“希望”を奪い去る死神……さぞ、怖いでしょう?』
母さん……ゼクス兄さん……俺の家族は死神に弄ばれて殺された。
『ノア=ラストアーク、オリビア=パルフェグラッセ、コレット=エピファネイア、ミリアリア=リリーレッド、リリエット=ルージュ、レティシア=エトワール=グランティアーゼ、アウラ=アウリオン様、ジブリール…………次は、誰が貴方の前から消えるのでしょうね?』
「やめろ、やめろ、やめろ!! もう俺から奪うな、もう俺から取り上げるな、もう……俺から“希望”を消さないでくれ……!!」
『アハハハハ!! 嫌ですねぇ……? 私が味わった最愛の人との“離別”……貴方も味わいなさい……!! そして、嘆きの焔に灼かれて……魔王へと堕ちなさい……!!』
呵責、後悔、重責――――俺にのしかかる重荷が、俺に巻き付いた枷が、俺の精神を徐々に蝕んでいく。
ノアを護る騎士として戦えと、グランティアーゼ王国を護る騎士として戦えと、魔王グラトニスを討つ騎士として戦えと、俺を煽る。
『そうだ……奪え、壊せ、殺せ! 血に染まった“死”の路の果てにノアの未来がある!』
死神と共に俺を見下す黒い影――――黒い髪、金色の瞳、漆黒の左腕をした謎の少年。
傲慢と呼べる様な不遜な表情で俺を蔑んだ……ラムダ=エンシェントの様な人物。
『茨の道を踏みしだいて魔王へ堕ちろ――――“傲慢の魔王”よ!! それが……“俺”が征く路の結末だ……フフフ……フハハハハハハ!!』
『“ギルドの狂犬”……“アーティファクトの騎士”……“傲慢の魔王”……“星々の騎士”……ラムダ=エンシェント……! 貴方が堕ちる“未来”――――私が特等席で鑑賞して差し上げましょう……クフフフフ……アーッハッハッハッハ!!』
「やめろ……やめろーーーーッ!!」
『まったく……ラムダ卿の深層意識にこびりつくとは……相変わらずみみっちい母親ですね……』
『…………テレシア…………』
『――――その子から放れなさい、悪しき【死の商人】……!!』
――――声が聴こえた。
暗い水の底で藻掻く俺に手をさしのべんとするもう一人の死神の声が。陰気で、根暗で、人見知りで…………それでも、確固たる『信念』をその精神に宿した力強き女性の声が。
その声に導かれて、俺は『悪夢』から目覚めて。
〜〜〜〜
「――――ハッ!?」
「お、おきましたか……ラ、ラムダ卿……? う、魘されていましたので……み、水を……!」
「…………デスサイズ卿…………」
気が付いた時、俺が横たわっていたソファーの横でデスサイズ卿が水を片手に佇んでいた。
黒い喪服に身を包んだ“死神”が向ける心配そうな感情を俺へと向けた朱い瞳…………あの忌々しい死神と同じ瞳の筈なのに、何故か安堵できるような優しい瞳。
「す、すごい汗ですよ……! い、いま……パルフェグラッセ嬢が……か、替えの肌着を用意していますので……そ、その服は脱いで楽にして……ねっ?」
「…………テレシア=デスサイズ卿…………あなたは…………メメントの…………」
「…………優しかった母はとうの昔に死にました。お父様の“死”を受け入れれずに……儚い人生を全うし尽くしたお父様の……その“魂”の輝きに正気を奪われて……死にました……貴方が見たアレは……ただの醜い屍です……忘れて……」
「…………」
肌着を脱ぎ捨てて、デスサイズ卿から貰った水を口に含みながら、つい……彼女に問うてしまった。
あなたは――――あの死神の血縁者なのかと。
ただ、デスサイズ卿がそれに答えることは無かった。
いつもの辿々しい喋り方では無く、しっかりとした力強い言葉で、テレシア=デスサイズはあの死神を否定した。
忘れて…………と、小さく俺に懇願して。
「ララムダ卿……そその『恐怖』は忘れずに、大切に心に構えていてください……!」
「…………でも……それじゃ俺は……」
「“死”に怯えるからこそ……人は“生”に執着する……! その恐怖を抱き続ける限り……その恐怖に立ち向かい続ける限り……貴方は決して堕ちません……!!」
「デスサイズ卿……」
「貴方は【王の剣】である以前に、ひとりの人間です……! だから……決して人間の心は捨てないで……!」
“死”に怯える事は悪い事では無いと、彼女は俺を諭して。きっと、“死”への忌避感を無くせば、俺も冷徹な機械になってしまうのだろう。
大切な人の“死”を味わって怯えるからこそ、生きている人たちの為に懸命になれて、誰かの生命の輝きを尊べるのだろう。
「“死を想え”……大切な人の“死”を抱えて……そしてその“死”を乗り越えて生きる貴方は……誰よりも強い……それを忘れないで……!」
「デスサイズ卿……ありがとうございます……」
「…………え、えへへ……/// ら、らしくなかった……で、ですね……/// さ、さぁさぁ……ま、まだ時間に余裕は……あ、ありますので……ど、どうぞおやすみなさい……ラ、ラムダ卿……」
それだけを伝えて、空になったコップを回収してデスサイズ卿はゆらゆらとした足取りでその場を去って行った。
テレシア=デスサイズ――――謎多き第十師団の“死神”。
彼女もまた、このエルフの地の因縁に引き寄せられた一人だったと俺が知るのはもう少し後の話だった。




