第147話:幻影未来都市【カル・テンポリス】
「むふふ……“因果断の聖槍”【クー・フーリン】……早速、フリマで出品しーちゃおっと♡」
「あの……アスハさん……いくら敵から投擲されたものとは言え、素性のよく分からない武器を売りに出すのは……ってか『フリマ』って何??」
「良いんですよ~♪ 情弱に高値で売りつけるだけですから〜♡」
「割りと畜生だな……この人……」
――――迷いの森【サン・シルヴァーエ大森林】、レイズ=ネクロヅマの襲撃から暫くして。魔王軍による再びの奇襲を警戒した俺たちはアスハの案内の元、エルフ達の里へと案内して貰える事となった。
たったひとりのハーフエルフの少女に先導されてトボトボと歩く騎士たち――――オリビアとラナの治癒魔法で手当される者、ノアとネオンの抗ゾンビ化薬を必死に口に含んでいる者、ルチアに厳しく叱責される者、周囲の警戒を怠らずに緊張の糸を張り詰めた者。
多くの騎士たちがのっぴきならない状況に気も休まらずに行進を続けていた。
「ところで、アスハさんはどうして森の中を一人で?」
「――――『アスハ』と呼び捨てで結構ですよ、Mr.ラムダ。貴方に『さん』付けをされるとむず痒くなりますので……」
「何で?? まぁいいや……で、アスハ? 俺たちは何処に向かっているんだ?」
「何処って…………トラムステーションですが?」
「なんて?? トラム……ステーション……??」
行き先はエルフの里【アマレ】――――の筈なのだが、アスハの口からは出たのは『トラムステーション』なる意味深な単語の場所だった。
トラム――――古代文明の戦艦『アマテラス』内部にもあった路面電車の名称。何故、そんな機械文明の代物がこの森に、ましてや自然と調和して生きている筈のエルフ達の領域内に存在しているのか、俺は不思議でしょうが無かった。
「機械文明の交通機関がなぜエルフの里に……?」
「ハァ!? あ、あり得ないのだ! ドワーフ族の作った絡繰すら見向きもしないエルフ達が路面電車なんか走らす訳ないのだ!!」
「何を今さら……『事実は小説より奇なり』ですよ? Ms.アウラ? 世界は複雑怪奇、あらゆる“空想”はやがて“現実”へと落とし込まれ、やがて我々は『アーティファクト』が蔓延った古代文明すら飛び越えて進化していく!」
両手を目一杯に広げて、暗い森の中で『世界』を語るアスハ。その高揚した声は“期待”に満ち、その蒼い瞳は“希望”に満ち、自然との調和を是とする筈のエルフの少女は“未来”の技術に夢を観る。
あらゆる『知識』を探求するアウラのように、アスハもまた『知識』を探求する者なのだろう。
「――――チッ! さっきから煩いっての、クソ眼鏡! で、いつになったらその『ステーション』とやらに着くのよ?」
「間もなくですよ、Ms.ヘキサグラム……」
「ノア様……あの木々を縫うように走っている人工物は、懸垂式モノレールのレールでは……?」
「うげ……ホントだ……!? どうなっているの……私の識っている『エルフ』が使っていい技術じゃ無いわ……」
そして、アスハの講説に耳を傾けていた俺たちが辿り着いたのは小さな施設――――石造りの足場とその脇を通るレール状の人工物。
旗艦『アマテラス』内部にあったトラムや駅によく似た造りの施設が其処にはあった。
「さぁ! もうすぐ来ますよ、我らエルフが造りし摩天の都――――“幻影未来都市”【カル・テンポリス】への列車が!!」
『――――間もなく、正門前行きトラムが参ります。碧く発光する線の内側で列車をお待ち下さい』
「――――なっ!?」
構内に響き渡る無機質な女性の自動音声、足下で発光する碧い光の線、そして闇夜の森を白く輝く照明で照らしながら、頭上の軌条に沿って走って来たのは機械仕掛けの乗り物。
路面電車と呼ばれた、俺たちの世界にはまだ縁遠い筈の機械の荷車。
「あ……あわわ……!? なんでこんな物がエルフの里に!?」
「それは街を観て頂ければ納得できると思いますよ、Ms.ミリアリア? さぁ、さっさと乗り込みますよ! 次の便が来るのは夜明けですので……ここで魔王軍に怯えながら世を明けたくなければ、お乗りする事をオススメします♪」
「ど、どうしますか、ラムダ卿? わ、わたくし……少し不安なのですが……」
「アスハの言う通り、此処で夜を明かすのは危険だ! 乗り込むぞ……!」
『――――間もなく発車致します。お乗りの方はお急ぎください』
アスハの警告に、俺の進言に意を決したのか、開かれたドアをくぐり恐る恐るトラムへと乗り込んでいく騎士たち。
いつか乗った旗艦の小型トラムを彷彿とさせるような機械仕掛けの乗り物は、急かすような音声案内と共に警笛を鳴らして、やがて車体の側面に開かれていた搭乗口を締め切って夜の森を縫うように走り始める。
木々の間を走るトラムの窓から見えるは迷いの森の光景――――明かりを灯して走る列車を不思議そうに見つめる魔物達、機械の乗り物に怯えて木の枝から飛び立っていく夜鳥たち、こちらをジッと見つめるダークエルフのような人影を尻目に俺たちは揺られながら未知の土地への不安を募らせていく。
「丁度、このトラムなら私の管理している『図書館』の近くまで運んでくれるので、今日は特別に図書館で寝泊まりしてください」
「良いのか、こんな大所帯で泊まっても? 他のエルフの迷惑になるんじゃ……」
「残念な事にいま街は非常警戒中で、街の支配者であるディアナ=インヴィーズ総督からの指示で私の図書館も臨時閉館中なのです……」
「ディアナ……インヴィーズ……!? まさか……あたしの……!?」
「ルチア……? いや、それよりも……非常警戒って?」
「――――“嫉妬の魔王”【インヴィディア】の出現……!!」
「し、嫉妬の……ま、魔王……インヴィディア……!!」
トラムの行き先、【幻影未来都市】と呼ばれた見知らぬ土地で起きていた非常事態――――“嫉妬の魔王”【インヴィディア】の出現。
ルチア=ヘキサグラムの母、シスター=ラナの恩師、エリス=コートネルの大切な家族である【聖女】ティオ=ヘキサグラムを殺めた魔女がその街には潜んでいるとアスハは言う。
「聖女ティオ様の……仇……!!」
「ティオを殺した……魔女……!!」
「あたしのお母さんを殺した……敵……」
その事実に殺気立つエリス達、三人の鬼気迫る表情を観て僅かに口角を釣り上げたアスハ、現れたふたりの【大罪】に警戒を強めるアンジュ達、“嫉妬の魔王”の背後に見え隠れするアーティファクトの存在に懸念を抱くノア、そして失踪したトリニティの行き先に不安を抱いた俺――――交錯する騎士たちを乗せたトラムはやがて深い森を抜けて、目的の地、エルフ達の因縁の地へと俺たちを導いていく。
「――――結界を抜けましたね。着きましたよ……此処が“幻影未来都市”です……!」
「な、なんですの……此処は!? わ、私たちの王都が……霞んで観えますわ……!?」
「世界樹【ルタ・アムリタ】を中心に東西南北の五区画に区分けされた円形都市――――かつて大火で滅んだエルフの里【アマレ】の残滓の上に築かれた幻影の街!」
揺らめく膜のような障壁を抜けた先に広がっていたのは煌々とネオン輝く未来都市――――見上げる程に大きな大木、惑星を巡る魔素を吸い上げて地上へと還元する世界樹に寄り添うように築かれた大都会。
血管のように街中に張り巡らされたトラム、高速道路を走る機械の車、地上数十階はありそうな摩天楼が森のように乱立し、そのビルの上に取り付けられた液晶画面には愉快な宣伝が流れ、ノアのような近未来的な衣装で着飾ったエルフの男女が夜も気にせず街に繰り出す不夜の都市。
その名を“幻影未来都市”【カル・テンポリス】――――俺たちの想像を遥かに逸脱した高度文明の都市。十数万人のエルフ達が愉しく暮らす娯楽都市。
そこが、俺たち第十一師団【ベルヴェルク】が最初に訪れた戦争の舞台だった。




