第146話:“幻影の少女”アスハ
「アスハさん……君は一体……?」
「詳しい話は後ほどでお願いします、Mr.ラムダ。この『時間結界』内で動く存在が我々以外にも……」
「レイズが【逆光時間神殿】で回収した歴代の“時紡ぎの巫女”の屍人なのだ……!」
「ふむ……なるほど。歴代の“時紡ぎの巫女”ですか……これは納得……また一つ賢くなれましたね……」
時間が停止したネクロヅマの屍人達と、王立騎士団の騎士たち――――動かぬ彫像と化した者達の間を縫って姿を見せたのは不思議な出で立ちのエルフ・アスハ。
彼女が放ったと思われる『時間停止』の影響を受けずに呆然と立ち尽くす俺とアウラの前に立った【司書】は、手にした杖を構えると周囲に警戒の意識を向ける。
そして地面から這い出るように現れたのは純白の衣装に身を包んだ青い肌のエルフの屍人たち――――逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】で女神アーカーシャに酷使されて息絶えた歴代の巫女達の怨霊。
「おぉぉ……おぉぉぉおおお!!」
「“時紡ぎの巫女”に『時間魔法』は無効……と、言う事で宜しいでしょうか、Ms.アウラ?」
「多分そうなのだ……! でも、数はそんなに多く無いはず……」
「ネクロヅマの悪足掻きか! なら、全員倒して解放してあげよう!」
「それが良いかと……ミネルヴァ、仕事ですよ……!」
アスハの肩に乗っていた機械仕掛けの梟『ミネルヴァ』が翼を広げて舞い上がり、それに併せて俺とアウラも再び武器を構える。
アスハの真意は分からないが、今の彼女が俺たちの味方をしてくれているのは間違いない。なら、こんな戦場に勇気を出して踏み込んだ彼女に傷を負わせる訳には絶対にいかない。
右手に漆黒剣を握り、左腕を【巨人の腕】に換装して俺はふたりのエルフの前へと躍り出る。
「援護致します、Mr.ラムダ。巫女を撃破した後、時間停止した敵兵も速やかに討ちましょう!」
「お兄ちゃん、アスハお姉ちゃんの援護はあたしに任せのだ!」
「分かった、こっちは任せて!」
「お兄ちゃん……? うわ……そんな変態プレイしてたんだ……」
「アスハさんが怪訝な表現で俺を見てドン引きしてる……!?」
『くそっ……たかがハーフエルフ一匹に……わたしの復讐を……邪魔されてたまるもんですか! 殺しなさい……“時紡ぎの巫女”たちよ!!』
ネクロヅマの怨嗟に満ちた声と共に杖を構えて魔法発動の準備に取り掛かった巫女の屍人たち。それに併せて魔法の準備に取り掛かったアウラとアスハ、翼を展開して宙を舞う俺――――アスハの登場によってガラリと変わった戦局は次の段階へと移行していた。
「ミネルヴァ、領域展開――――起動しなさい、“永劫時間神殿”【エテルニタス・ファミリア】!!」
「うわわ!? 変な梟から魔法結界が展開されたのだ!?」
「時間停止による防御結界です! Mr.ラムダ、私たちとあなたのお仲間は万全の体制で守護しますので、あなたは遠慮なく最大火力で敵の殲滅を!!」
「承知した、来い――――e.l.f.!」
「はーい♪ 全武装開放、一斉掃射形態へ移行します……!」
「Ms.アウラ、申し訳ありませんが、この結界の維持に費やす魔力の負担を折半して頂けますか……?」
「わかったのだ!」
「それと、あなたの“時間逆行”で巫女ゾンビの時間を常に巻き戻し続けてください……」
「…………うん!」
アウラとアスハの援護を受けつつ、俺はe.l.f.と共に敵の迎撃準備へと入る。
胸部相転移砲、腰部可変銃、翼部実弾砲、光の羽根、セイバービット、左腕部高出力砲、右腕部対艦砲、そして固有スキル【煌めきの魂剣】――――ありったけのアーティファクトとスキルを盛り込んだ殲滅用の必殺技。
味方を巻き込む恐れがある為、集団戦では迂闊に使えないが、アスハの『時間停止』による援護がある今なら使える。
「敵性個体……目標捕捉……!! 魔力充填……120%……!! 行けます、ご主人様!!」
「時間魔法……!? 術が……出ない……?? 発動が……巻き戻って……?」
「時間逆行による魔法発動の阻害……! ごめんだけど、お兄ちゃんの邪魔はさせないのだ……!」
「行くぞ、ネクロヅマ!! ブッ放せ――――“星々の輝き”!!」
「あぁ…………星の輝き…………なんて綺麗な――――」
白銀の鎧を纏った事で強化された一斉射撃攻撃“星々の輝き”――――夜空に輝く星が如き煌めきと共に撃ち出された色鮮やかな“光”が死にきれずに現世を彷徨う捨てられた巫女達を包み込んで、彼女たちを“刻紡ぎの巫女”の呪縛から解放していく。
「さようならなのだ、歴代の巫女達よ……もう、祈らなくても大丈夫だよ……おやすみなさい……」
『そんな……せっかく手に入れた……“刻紡ぎの巫女”の屍人が……!!』
「せめて、安らかな眠りを……」
救いを求めて、迫りくる“光”に手をかざしながら消えていく巫女達――――彼女たちの表情は、漸く観えた“結末”に安堵したように綻んで、涙を流しながら“死”に手を伸ばして。
死は救済であると、そうであって欲しいと願いながら、俺は巫女達の宿命に終止符を打った。
『ぐっ……ラムダ=エンシェントめ……! 以前に戦っていたときよりも更に強く……』
『退きなさい、ネクロちゃん! これ以上、此処で殺り合ってもこちらが押し切られるわ!』
『黙りなさい……わたしには……“夫”が居ないと……!』
『“ノア=ラストアーク”は確認したわ……! 続きはエルフの里で……無駄な消耗は避けなさい……!』
『…………おのれ……おのれ……おのれぇ……!! ラムダ=エンシェント……次こそは……必ず……!!』
そして、負け犬のように吠えるネクロヅマを窘めるように妖艶な女性の声が響き渡り――――
『うふふ……近い内にまたお会いしましょう、ラムダ=エンシェント……! 次は、貴方の首を頂く――――わッ!!』
「――――槍の投擲!? アスハ!!」
「くっ――――“時の壁”!」
――――遠方から猛スピードで飛来し、俺の脇を掠めてアスハの心臓目掛けた双頭の槍が彼女の作り出した障壁に阻まれると共に、全ての時間の停止は解除されてネクロヅマの屍人の軍勢も姿を忽然と消したのだった。
「えっ……屍人軍団が消えた……? ラムダさん……いったい何が……??」
「敵性個体……反応消失……? マスター……何が起こったのでしょうか??」
「…………はっ! いつの間にか女の子が増えている……!? ラムダ様……遂に女の子を召喚し始めたのね……オリビアはショックですぅ……うぅぅ……」
「違うから……」
槍を防いだ拍子にアスハの『時間停止』は解除され、いきなり敵が消えて見知らぬエルフ族の少女が増えた事に困惑するノア達。
中でも大きく狼狽えていたリリィは空中に浮かんでいた俺に抱きつくと大慌てで泣き付いてきた。
「ご、ごめんなさい御主人様! まさか……あの幼女の方が本当のレイズ=ネクロヅマだったなんて知らなかったの〜〜!!」
「本当の事を聞かされて無かったんだな……俺は怒ってないから大丈夫だよ?」
「うぇ~ん(泣) 私、とんでもない失態をしちゃった〜〜!!」
「ふむ……天然ジゴロ……流石はMr.ラムダ……」
どうやらリリィはレイズ=ネクロヅマの正体を知らなかった、彼女が連れていた髑髏の老父を幹部だと思っていたみたいだった。
恐らくはネクロヅマが意図的に情報を伏せていたのだろう。
だから、俺は優しくリリィを慰めて彼女を安心させる事に注力した――――下の方でまたもや怪訝な表情をしているアスハに気まずそうにはにかみながら。
「…………で、貴女は誰ですの? 見た感じアウラさんの親戚感がありますが……?」
「あたしに『アスハ』って名前の親戚は居ないのだ!」
「これは失礼しました、プリンセス・レティシア。私の名前はアスハ……通りすがりのハーフエルフの【司書】です……」
「何故、わたくしの名前と身分を知っているのですか……?」
「まぁ……それはスキルでゴニョゴニョっと……」
「はぁ……」
「んっ……ねぇ、あなた……その槍、もしかして聖槍【クー・フーリン】じゃ無い!?」
そして、突如現れたアスハにレティシア達が困惑する中で、“何か”に気付いたリリィは声を荒らげてアスハが手にした槍の所在を問い掛ける。
「先ほど何者かが私に投擲した槍ですが何か、Ms.リリエット=ルージュ?」
「それは“因果断の聖槍”【クー・フーリン】……魔王軍最高幹部【大罪】がひとり――――【凌辱】のエイダ=ストルマリアの武器よ!!」
「な、何だと!? まさか……【大罪】がもうひとり此処に居るのか!?」
「それはそれは……じゃあこの槍、フリマで高く売れそう♡ うふふ……臨時収入ゲット♡」
「あぁ!? アスハ様の表情が欲に塗れたはしたない顔になっているです~!?」
その槍の名は“因果断の聖槍”【クー・フーリン】――――魔王軍最高幹部がひとり、妖艶なるダークエルフ『エイダ=ストルマリア』が操る双頭の槍。
「エイダ=ストルマリア……様……!」
「知っているの、エリスさん?」
「300年前……里を滅ぼしたトリニティと最後まで戦った……勇者の名前です……」
「勇者……だって……!?」
かつて虐殺者と化したトトリ=トリニティと戦い、悲しみの慟哭と共にダークエルフへと失墜した高潔なるエルフの【勇者】。
その者が手にした聖なる槍がアスハに向かって投擲された。その事実に、俺は一抹の不安を覚える。
300年前の悲劇、聖女トリニティと勇者ストルマリアの因縁、聖女ヘキサグラムの死と残された少女達の復讐、そして……この【サン・シルヴァーエ大森林】から発せられたアーティファクトの反応。
「何やら……不穏な雰囲気のようですね、Mr.ラムダ?」
「申し訳ございません……巻き込んでしまいました、アスハさん……」
鍵を握るは不思議な少女『アスハ』――――幻影のように微睡むエルフの少女。
ここはエルフ族の聖地【サン・シルヴァーエ大森林】――――女たちの“嫉妬”の焔が今なお燻り続けるエルフ達の因縁の地。
これは300年止まったままになった“運命の歯車”が再び揺れ動き、完全に壊れるまでの鎮魂歌、“刻の幻影”が観せる夢幻。
――――“嫉妬”に狂った女たちの、ある嘆きの物語。




