第145話:刻は来たれり、幻影は光と共に現れる
「“雷蹄”ニコラス、あーしと共に戦場を駆けろ! 固有スキル発動――――【飛雷針・天輪】!!」
「我が言霊よ、炎呪を帯びよ……! 固有スキル発動――――【烙印呪・煉獄ノ魔女】!!」
「癒やしの水、清らかな聖水よ、生者を癒やし死者を浄化せよ! 固有スキル発動――――【聖なる乙女の涙】!!」
「おーっほっほっほ! 私の“眼”は欺けませんわ!! 固有スキル発動――――【万象見透す虹の瞳】!!」
「そして、私の“耳”は何者も逃しません……! 固有スキル発動――――【反響深淵世界】!!」
「駆動せよ、我が高機動戦士! 固有スキル発動――――【駆動機兵・光騎】!!」
魔王軍最高幹部【大罪】が一角、レイズ=ネクロヅマによる真夜中の襲撃。ダモクレス騎士団一行が夜営を行っていた大樹になだれ込む屍人の軍勢を前に騎士たちは武器を手に取り迎撃へと入っていた。
「さぁさぁ、あーし行くよーーっ!」
雷槍を手に、雷を纏った白馬『“雷蹄”ニコラス』に跨って先陣を切るはキャレット=テスラノーツ――――高電圧を常時発生させる白雷の光輪を自身の背部に展開する固有スキル【飛雷針・天輪】による電撃で屍人の群れを薙ぎ払いながら彼女は戦場を駆け巡る。
「烙印付与……燃え尽きなさい、屍人ちゃん♡」
「グォォ……!? 身体が急に発火し始めただと……!?」
「くすくす……私の固有スキルは言霊に“炎”の烙印を乗せるもの……我が声を聴いたものは『火炙り』にされると思いなさい♡」
杖を片手に歌うように囁きながら屍人を次々と燃やしていくはシエラ=プルガトリウム――――自身の発した『言霊』に炎属性の魔力を注ぎ、その『言霊』を聴いた者や物質に“魔女の烙印”を刻み込み発火させる固有スキル【烙印呪・煉獄ノ魔女】による火炙りで彼女は敵を灰にしていく。
「“水纏”……切り刻め、チャクラムヨーヨー!!」
「なんだ……? 水の刃を纏ったヨーヨーが……グォッ!?」
魔力の糸で両手の中指と結んだヨーヨー型のチャクラムを投擲し纏った水流の刃で群がる屍人をバラバラに切断していくのはシスター=ラナ――――魔物や魔人種に対して強い攻撃性を有し、人間種や精霊種に対して高い治癒力を発揮する“聖属性”の水『聖水』を操る固有スキル【聖なる乙女の涙】を駆使して、彼女は踊るように回りヨーヨーで敵を倒していく。
「“反響定位”……位置特定……! 詠唱破棄――――氷魔法【氷柱槍】!!」
「上から氷柱が……ギャアーーッ!?」
「ふぅ……こう次から次へと湧いて出てきてはきりがありませんね……」
氷属性の魔法を駆使して、湧いて出てくる屍人たちを現れた瞬間に倒していくのはリヴ=ネザーランド――――聴覚を極限まで研ぎ澄ましてあらゆる“音”を掌握する固有スキル【反響深淵世界】で彼女は戦場となった大樹の微細な音を感知しつつ敵を倒していく。
「12時の方角から敵影4、5時の方角より敵影6、9時の方角より敵影3! 速やかに殲滅なさい、我が親衛隊よ!!」
「「「承知しました、お嬢様!!」」」
「私の“眼”を前に『隠れんぼ』とは甘いですわ!! おーっほっほっほっほっほ!!」
20名にも及ぶ親衛隊に巧みに支持を割り振り、仲間たちの支援に努めるはシャルロット=エシャロット――――任意の場所を自在に観測する“千里眼”の固有スキル【万象見透す虹の瞳】を駆使して、彼女もまた敵の索敵を進めていく。
「さあ、行くで行くでー♪ 敵を蹴散らせ、我が機動装甲『プロスタシア』!!」
『オッケー、かしこま〜♪』
「あの重装甲の白騎士、ノリが軽いのだ!?」
方陣より大型の白い騎士甲冑姿の『使い魔』を呼び出して、その騎士を意のままに操るはネオン=エトセトラ――――彼女の意思に従い、高度な自律思考を有した“中身のない動く騎士甲冑”『プロスタシア』を召喚して操る固有スキル【駆動機兵・光騎】を発動し、ネオンは守護者たる白騎士と共に敵を蹂躙していく。
「ごめんなさい、遅くなりました! 皆さん無事ですか!?」
「エリスさん、ラムダさんは!?」
「大樹の入口付近で敵がけしかけた大型魔獣のゾンビと戦っています、ノアさん!」
「――――くそっ! 倒しても倒しても次々に新手が来やがる!?」
『あなたに復讐するために大量に魔獣のゾンビを拵えてきたわ……たっぷりと……味わいなさい……!!』
「シャルロットさん、リヴさん、レイズ=ネクロヅマの位置はまだ特定出来ませんか!?」
「さっきからやっていましてよ、オリビアさん! ですが……」
「特定を避けるために相手も随時移動していますね……! 索敵回避用の囮反応も大量に……!!」
状況は端的に言えばこちら側が不利――――閉鎖空間での戦闘、寝込みを襲われて装備もままならない状態で駆り出された騎士たち、無尽蔵に湧いてくる屍人、姿を表さずに傍観に徹するネクロヅマ。
加えてこの【サン・シルヴァーエ大森林】には彷徨い死んだ冒険者達の屍が大量に遺っている。このまま守勢に回っても敵の攻勢が衰える事はまず無い。
打開策はレイズ=ネクロヅマを排除して、屍人を操るスキルを停止させる事のみ。だが、ネクロヅマも俺を警戒してケルベロス級の魔物を際限なく仕掛けて来ている……このままではノア達が先に全滅させられてしまう。
なんとか手を打たなければ。
「風よ……わたし達を導いて……! 固有スキル発動――――【比翼の風見鳥】!!」
弓を番え、風属性の魔力で編まれた二匹の鳥を召喚するエリス――――“風”を自在に操る二匹の魔鳥を召喚して操る固有スキル【比翼の風見鳥】を発動し、彼女も戦線に加わっていく。
「――――チッ! 屍人共が……さっきから臭ぇんだよ!! 固有スキル発動――――【朱の焔光】!!」
「“来たれ、汝甘き死の時よ”……! 固有スキル発動……【死神ノ輪舞曲】……!!」
そして、ダモクレス騎士団最高戦力である【王の剣】も動き出す。
「臭ぇ屍人はあたしが滅菌してあげるわ♡ きゃっははははははは――――死ねオラァ!!」
触れた瞬間に超高温を発生させてあらゆる物質を瞬時に融解させる朱き“光”を操る、ルチア=ヘキサグラムの固有スキル【朱の焔光】――――両手に輝かせた朱き光をまるで光線のように撃ち出して、“朱の魔女”は屍人達を瞬く間に殲滅していく。
「ク、クフフ……クフフ……クフフフフフ……!! 目覚めよ……死せる巨人……!! 冥府の大剣を振るい……彷徨える亡者の魂を刈り取り給え……!!」
死せる霊魂を操り生命の“魂”を正確に射抜く、テレシア=デスサイズの固有スキル【死神ノ輪舞曲】―――――このスキルによって地面から這い出るように出現した巨剣を両手に携えし巨人の霊体を使役して、“死神”は矮小な屍人達を潰すように蹂躙していく。
『【王の剣】……ヴィンセントの狗どもが……小賢しい……!!』
「騎士たちよ、ヘキサグラム卿、デスサイズ卿、ラムダ卿には近づくなっ!! 巻き込まれますわよ!!」
「ネクロヅマ、お前の悪趣味な『お人形遊び』はいい加減うんざりだ!! 胸部装甲展開、相転移砲【アイン・ソフ・アウル】――――発射ッ!!」
『あはは……! 無駄よ……無駄無駄無〜駄♡ おかわりは幾らでもあるわ……! ラムダ=エンシェント……貴方を殺して……その屍を新しい“夫”にしてあげる……!!』
それでもネクロヅマの怨念に突き動かされた屍人たちは止まらない。
俺が纏った白銀の鎧の胸部より放たれた緋色の“相転移砲”の光が群がる魔獣の群れを瞬きよりも疾く消滅させるが、その脇から次の魔獣が投入されていく。
それだけの数の死者がこの森で彷徨っているのだろう。その夥しい量の屍人を操り、“死の冒涜者”はジリジリとこちらを追い詰めていく。
「オリビア、ラナ、負傷者の手当てを!! 援護は私に任せろ――――“流星爆撃”!!」
「ゾンビ化の症状が出てる人はノアちゃんお手製の『抗ゾンビ化回復薬』を飲んでくださーい!!」
「ノアさん、その回復薬の精製は即席の工房では限界があります……!!」
「でもこれ以上、戦線を下げられたら全滅しちゃう! くそ……ラムダさん用の大型魔獣をあそこまで揃えてくるなんて……!!」
『どう、リリエット=ルージュ? これが正しい“復讐”のやり方よ……! 徹底的に完膚無きまでに擦り潰す……手間暇もコストも惜しまない……ただ憎い相手の首を穫る事だけを考える……ただ悪戯に人を殺して回るだけの貴女の復讐は……わたしから見れば……ただのごっこ遊び……価値のない“ゴミ”ね!!』
「レイズ=ネクロヅマ……!! レイズ=ネクロヅマッ!!」
『あはは……あははははは!! 全員死んだらわたしの人形にしてあげるわ! 愛でて、愛でて、愛でて……壊れたら“ゴミ”にして捨ててあげる♡』
ネクロヅマの勝ち誇ったような高笑いが血みどろの夜営地に響き渡る。
負傷して倒れる騎士たち、魔力が枯渇して疲弊していく騎士たち、限界まで立ち上がりなおも抗い続ける騎士たち――――それでも、まだ諦める者は一人も居らず。
手を緩める屍人の姿も無く、200人の騎士たちは眼前にチラつく“死”に足下を掬われんと死力を尽くして戦い続ける。
そして――――
『さあ、ラムダ=エンシェント! わたしの復讐……身をもって……』
「――――復讐に囚われすぎて周りが観えていませんよ、Ms.ネクロヅマ」
『――――えっ? 伏兵……いつの間に!?』
――――絶望的な状況の中で足掻く騎士たちの前に救いの主は現れる。
「魔獣や屍人の動きが……止まった……? ノアこれどうなって……」
「――――――」
「ノア? ノア!? どうなって……オリビア達まで止まっている……??」
静かに響いた少女の気怠げな声と共に一帯を覆った淡い“光”を浴びてピタリと動きを止めたネクロヅマの屍人たち――――ある者は飛び掛かろうと跳躍したまま空中で、ある者はバラバラに刻まれてサイコロのように崩れ落ちる瞬間に、ある者は地面から這い出でようとした瞬間に、まるで時が止まったかのようにその動きを止めて動かなくなってしまった。
そして、その“光”の影響はノア達にも現れており、俺とアウラを除いた騎士団の全員もピタリと動きを止めて静止していた。
「これ……“時紡ぎの巫女”にだけ許された『時間魔法』なのだ!?」
「アウラ! アウラは無事なんだな!?」
「ふぅ……大森林の地質を調査していたらこんな派手な喧嘩に出くわすなんて、私もついていませんね……」
「――――誰だ!?」
突然訪れた静寂、夜営地の焚き火の炎が消えて月明かりだけが差し込んだ大樹の空間で呆然と立ち尽くす騎士たち、そして月光を後光に姿を見せたのは神秘的なオーラを纏ったひとりのエルフの少女。
夜風に靡くはやや翡翠色が混ざった淡い金色の長髪、赤い眼鏡の奥で輝く気怠そうな瞳は深く煌めく蒼玉が如く、長く尖ったエルフ族特有の耳に装着されたのはマイクを兼ねた機械式の装置、肩に乗せた機械仕掛けの梟と純白の杖、ネクタイを巻いた純白のジャケットとスリットの入った黒いスカートを身に纏った不思議な出で立ちの少女。
「君は……!?」
「始めまして、Mr.ラムダ=エンシェント、Ms.アウラ=アウリオン。私の名前はアスハ……エルフ族の摩天の地【カル・テンポリス】より来ました……ただのしがない【司書】に御座います……」
彼女の名はアスハ――――“光”と共に現れた摩訶不思議なエルフの少女。
俺たちを不思議な世界へと導く、“刻の幻影”たる水先案内人。




