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第144話:迷いの森、迷える騎士


「――――右だ! 右だったら右だ!!」

「――――左よ! 左ったら左よ!!」

「さっきそれで魔物モンスターに襲われただろ! また襲われる気か、ルチア卿!?」

「それはあたしの台詞! さっき右に行って此処に戻って来たの忘れたの、ラムダ卿!?」


「俺の【直感】は“右”を囁いている……!!」

「あたしの勘は“左”よ……!!」

「どっちも“ハズレ”なのだ……テレシアお姉さん、この阿呆あほうふたりを諌めて欲しいのだ〜」

「ふひひ……む、無理……! わたし……見学……」



 王都を出立し、グランティアーゼ王国の国境を抜けてから5日後――――エルフ族の聖地、世界七大迷宮の一角【サン・シルヴァーエ大森林】。


 森林内の何処かに存在していると噂されるエルフの里【アマレ】を目指して俺たちは森の中を右往左往していた。


 【サン・シルヴァーエ大森林】――――グランティアーゼ王国を出て北に進んだ先にある大森林地帯で、その面積はノア曰く古代文明の一地方『北海道』にも匹敵するらしい。俺は『北海道』なんて場所を知らないからよく分からないが。


 その広大な森林はまさしく天然の“迷宮ダンジョン”であり、内部には植物系や猛獣系の魔物モンスターが徘徊し、一度方角を見失えば一生出ることの出来ない“迷いの森”と称される場所。


 そこで俺たちは見事に迷子になっていた。



「エリスさん、アウラ、エルフの里への道はまだ解析できない?」

「う~ん、う~ん……おかしいなぁ……? 300年前はちゃんとアマレまでの道が分かっていたのに〜……?」

「あたしもお手上げなのだ……」

「――――チッ! 純血のエルフじゃないとエルフの里までの道が分かんないってのに、なに呑気なこと言ってんのよ!」



 広大な森林の何処かに存在すると言われているエルフ族の里【アマレ】――――同じく森林にある“世界樹”【ルタ・アムリタ】に寄り添うように生きるエルフ生誕の地にして聖地。


 迷宮のように入り組んだこの森の中でエルフだけが唯一、その聖地へと続く魔法の“しるべ”を紐解く事が出来る…………筈なのだが。


 純血のエルフであるエリス、アウラ両名とも里への“導”を何故か発見できず、適当な野営地を拠点に俺たちも当てもなく森林中を探し回る羽目になっていた。



「はぁ……はぁ……ラムダさん、もうここらで探索は打ち切りにしませんか? 私、もう限界です……」

「ジブリールは? 上空から探すって言っていただろ?」

「もう戻っていますよ、マスター。結論から言うと……この森林全域に強力な“認識阻害ジャミング”のたぐいが掛けられているので、“上空うえ”からの()()()()は出来そうにありませんね……」

「そっか……参ったなぁ……」



 王都のエトワール城よりも遥かに大きな大木たいぼく、まるで“道”のように入り組んで繋がれた枝を足場にして進む俺たちだったが既に歩き始めてまる15時間、既に各師団から疲弊者が出始めて、日もすっかり沈んでいる。


 これ以上、闇雲に歩いても危険リスクばかりを背負うことになるだろう。



「ルチア卿、デスサイズ卿、本日はこの辺りで夜営をしようと思いますが……よろしいですか?」

「さ、賛成……わたし……も、もう疲れた……」

「はぁ……また夜営かよ? お肌が荒れるから嫌なのよねぇ……」


「今さら森林の入口に構えた拠点まで引き返すのも手間だと思うけど……」

「…………ったく、あたし達はこんな所で呑気のしてられないのに!」

「気持ちは分かるけど……俺たちが疲弊してやられたら意味が無いよ、ルチア卿……」

「はいはい、分かってますよー! 第六師団、今日はここらで夜営よ! 適当に陣を敷けそうな場所を見繕いなさい……!」



 親指の爪を噛みながら苛立ちを露わにするルチアを嗜めつつ、俺たちも野営の準備を進めていく。


 この森林の夜は危険だ。


 エルフ族の聖地を目指し、道半ばで倒れた冒険者たちの怨霊が動き出すのが理由。


 幸いな事に“死霊系魔物(モンスター)”についての深い造詣ぞうけいがあるデスサイズ卿のお陰で対処自体は楽だが、もしエルフの里に辿り着けなければ此処に居る全員が死霊の仲間入りをすると思うとゾッとする。


 そうなる前に、エルフの里【アマレ】に到達できれば良いのだが。



 〜しばらくして〜



「ラムダ団長♪ 寝ずの番、代わりますよ?」

「エリスさん……! 大丈夫だよ、寝ずの番には慣れているから……!」

「まぁまぁ、そう言わずに♪ ずっと気を張ってて疲れているでしょう? アンジュさんが心配してましたよ〜?」

「アンジュさんも意外と過保護だな……」



 森林の一画にある大樹の内部に広い空間を発見した俺たちは其処に陣を敷いて夜営を行っていた。


 今の俺の役割は入口で丸太に座りながら火を焚いての“見張り番”――――アンジュ達からは『団長の仕事では無い』と止められたが、冒険者時代の癖が抜けなくてついつい役を買って出てしまっていた。


 そんな俺を案じたのか、エリスはマグカップに容れた温かいスープを手に俺の側に近寄っていた。



「夜食のスープです♪ コレットさんの手料理は美味しいですね♪」

「あぁ……彼女が同行してくれて助かったよ……」

「…………隣り…………良いですか…………」

「相談ごとでしょ? ルチアのこと……それと……トリニティ卿のこと……」

「うん……」



 俺の横に腰掛けて、エルフの弓兵アーチャーは憂いた表情でゆらゆらと踊る炎を眺めている。


 ルチアの姿に誰かの影を重ね、トリニティ卿に怯えた仕草をした彼女――――その理由わけを、俺は知らなくてはならなかった。


 エリス=コートネルの命を預かった団長として、迷宮都市エルロルで彼女の『運命』に介入した者のせきとして。



「何があったの?」

「事の始まりは……300年前に遡ります――――」



 それは、この【サン・シルヴァーエ大森林】で300年前に起きた悲劇と、そののちにエリス=コートネルが歩んだ苦難の人生だった。


 エルフの里【アマレ】で起こった悲劇――――【聖女】トトリ=トリニティによるエルフ族の大量虐殺事件。突如乱心したトリニティ卿は武器を手に里に住んでいた同胞たちの虐殺を開始、彼女が放ったと思われる大火たいかによってエルフの里は焔に包まれたと言う。


 幸いにもその地獄から逃げ延びたエリスは、生まれたばかりだったエルフの幼子の『ティオ』と共に人間界に逃げ延びて、生きる糧を得るためにギルドの冒険者になったらしい。



「トリニティ卿が……そんな凄惨な事を……!」

「あの人は……みんな斬り殺したわ……! 彼女自身の友人も家族も……わたしの友だちも家族も……みんな……殺したの……!!」

「それが……“虐殺聖女”の由来……!!」


「王立ダモクレス騎士団は……いいえ、あのヴィンセントと言う男は……トリニティの『過去』なんて興味はないのでしょうね……あんな大量殺人鬼を【王の剣】として雇い入れるなんて……!!」

「トリニティ卿……」

「仮に今は改心したとしても、わたしが受けた“苦痛”が消える訳じゃない……わたしは……あの女を許せない……でも……すごく怖い……」



 手にしたマグカップが割れそうな程に強く握り締めて、エリスはトリニティ卿への“憎悪”を露わにする――――目の前で燃え盛る焔のように、暗い感情を燻らせながら。


 普段の天真爛漫な様子からは考えられないような、まるで人が変わったような怒りの感情。それが、今のエリスからは流れていた。


 トトリ=トリニティ――――フレイムヘイズ卿から事前に聞かされていたとは言え、エリスにここまで深い“心の傷”を負わせていたなんて。



「そして冒険者になってしばらくしたある日……ティオは何者かに攫われたの……」

「人攫い……!」

「賢明に探したけど、見付からなかった……!! わたしに残された、たった一人の家族だったのに……!!」

「エリスさん……」



 そして、ティオと言うエルフの話になった途端、エリスの表情は涙ぐんでぐしゃぐしゃになっていった。


 温かいスープにぽたぽたと涙の雫を垂らしながら、彼女は失われた“絆”の悲しみに暮れる。


 ティオ=インヴィーズ――――トリニティ卿による虐殺事件の3日前に生まれたエルフの赤子。焔に包まれた故郷から共に逃げ延びたエリスの大切な人だったらしい。



「わたしが馬鹿だったの……まだ『神授の儀』を受けていなから廃教会に隠れて待っていてって言って、彼女を置き去りにしたから……うぅぅ……!」

「エリスさんの責任じゃ無いよ……! 自分を責めちゃ駄目だ!」


「ずっと探して……見つからなくて……300年も彷徨って……そしてエルロルで……」

「リティアの催眠に掛けられて……俺と戦ったのか……」

「そして……ラムダ団長に拾われたお陰で、わたしはティオの末路を知ってしまった……」

「ルチア……そのティオって女性の子どもなんだね……?」



 ティオ=インヴィーズ改め、ティオ=ヘキサグラム――――シスター=ラナから証言が正しければ、彼女はアーカーシャ教団に属していた【聖女】だった。


 その事を考慮すれば、ティオを攫ったのはアーカーシャ教団の関係者で、恐らくは彼女を【聖女】に仕立て上げたかったのだろう。オリビアを聖女候補として、無理やり俺から引き離そうとした事からもその強引さが見て取れる。


 だが、【聖女】になった筈のティオは『ヘキサグラム』なる人間と何かしらの理由で結ばれてルチアを出産し、教団から隠れるように辺境の地でラナを含めた孤児たちと暮らしていて、最期に『インヴィディア』を名乗る魔女に殺害されて世を去った。


 エリス曰く、明るくほがらかで、決して誰かを憎むような事をしなかった『慈愛の少女』――――まさしく【聖女】の“器”たる高潔な人物。



「あのルチアって子……表情以外は何もかもティオにそっくりで……それに、『ルチア』って名前はわたしが考えていた名前だったの……ティオ……子どもを欲しがっていたから……」

「だから、ルチア卿を見て……」

「死んじゃったんだね、ティオ……もう一度……会いたかったなぁ……」

「エリスさん……」



 そんな女性の死を偲び、忘れ形見であるルチアに想いを寄せるエリスの横顔はとても寂しそうで、とても悲しそうで。


 俺は団員一人ひとりにも、俺と同じかそれ以上の『人生の重み』を背負っているのだと改めて痛感させられた。



「エリスさん、話してくれてありがとう……」

「…………お人好しですね、ラムダさんは。エルロルの時も見ず知らずのわたしとシエラさんに手加減していましたし……」

「俺は()()()鹿()とは違う……! せめて、目の前の人ぐらいは救いたいと思っているだけだ……!」

「あはは……! 通りでアンジュさんが『ラムダ=エンシェントの部下になるぞ!』って張り切っていた訳だ……あなたなら……きっと、わたし達エルフに焼き付いた“因縁”に決着を付けてくれる……」

「エリスさんが望むなら、必ず……!」



 エリス=コートネル――――過去の因縁に縛り付けられたエルフの弓兵アーチャー。彼女の心に焼き付いた“焔”を払うのも団長としての俺の責務だ。


 そして、シスター=ラナとルチア=ヘキサグラム、ふたりの心の奥底の巣食った“闇”もまた、この【サン・シルヴァーエ大森林】に潜んでいるのだろう。


 必ず見つけて、その“闇”を俺が討つ。



「さっ、団長さんは寝床に戻った戻った! オリビアさんが寝袋を温めてくれてますよ〜?」

「はいはい……じゃあ寝ずの番は任せ……」

『レイズ……アレイズ……ネクロ……ネクロフォビア……ネクロヅマ……!! 迷いの森で彷徨えるむくろたち……いざや目覚めよ……生者を呪え……忌まわしき“アーティファクトの騎士”を冥府に引き摺り込みなさい……!!』

「――――今の声は!?」

「まずい……ラムダ団長……囲まれています……!!」



 エリス達の無念を晴らすと心に決めて、彼女に寝ずの番を任せて寝床へと戻ろうとした時に辺りに響いた不気味な少女の声。


 間違い無い、逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】で戦った魔王軍最高幹部のひとり『レイズ』が連れていた幼女・ネクロの声だ。



「ネクロ……! 貴様、アインス=エンシェントに倒された筈では……!?」

『くすくす……わたしがあの程度の事で()()()とでも……? このわたしを……魔王軍最高幹部がひとり……【冒涜】のレイズ=ネクロヅマを舐めないで……!!』

「レイズ=ネクロヅマ……!? お前が【大罪】の一角だったのか!?」


『我が最愛の亡骸……我が“夫”……わたしのレイズを壊した罪……あなたとあなたの仲間に支払って貰うわ……ラムダ=エンシェント……!!』

「ラムダ団長! 大量の屍人ゾンビが湧いて出てきましたよ……!?」

「第十一師団、ルチア卿、デスサイズ卿、敵襲です!! 敵は魔王軍最高幹部【大罪】の――――レイズ=ネクロヅマ!!」



 夜営地である大樹の大穴を囲むように現れた武装した屍人ゾンビの群れ。地面から這い上がってきた者、大樹の上から降って来た者、枝の道を歩いて行進してくる者、一同に生者を呪った屍人の軍勢。


 そんな死者たちが何処いずこかに隠れ潜んだネクロヅマの声に操られて俺たちを殺さんと蠢き歩く。



『エルフの里を目指して力尽きた憐れな亡霊よ……さぁ、生きとし生けるものを道連れにしなさい!』

「ウォォォ……ウォォォオオ……!!」

「何匹か()()()のが居るな……!! エリスさん、雑魚は任せる!」

「――――承知!」



 迷いの森【サン・シルヴァーエ大森林】で勃発した魔王軍との戦闘、それはまだ見ぬエルフの聖地への『招待状』。


 魔王軍最高幹部『レイズ=ネクロヅマ』による復讐が、今始まった。

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