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第143話:出立


「アインス兄さん――――覚悟っ!!」

「ん〜……上段右袈裟斬り……と見せ掛けて刺突かな?」

「――――んなっ!? 俺の剣の軌道が読まれた!?」

「脇が甘い! それっ♡」



 第十一師団のエルフ族の里【アマレ】への遠征が決まった翌日の朝、ラムダ邸の庭園にて。


 遠征を前にした俺は、ノア達が見守る中でアインス兄さんに剣の稽古を付けて貰っていた。


 今の自分の『実力レベル』をアインス兄さんに見定めて貰う為に。



「あっ! ラムダさんの剣を横にかわしたアインスお義兄さんが……」

「そのまま左脇でお兄ちゃんの剣を挟み込んだのだ!?」

「――――しまった!?」



 一進一退の打ち合いの中でアインス兄さんが見せた“隙”を突いた俺の攻撃――――手にした模擬剣を大きく振りかぶっての袈裟斬り、と見せ掛けたフェイント攻撃。


 剣が水平まで振られた瞬間に上体を後ろに反らせ、僅かに先行して下ろした左腕アインシュタイナーの腕力で柄を受け止めて無理やり止めた剣をそのまま相手の胴に刺し込む搦手からめて


 アーティファクトまで使った意表を突く一撃と自負していたが、どうやら俺の思い上がりだったらしい。


 俺の思考を完璧に読み取ったアインス兄さんは袈裟斬りに対して“後方”への回避ではなく“横”への回避を選択。俺の突きを脇の間でいなしたアインス兄さんはそのまま俺の模擬剣を脇で挟んでこちらの武器を封じ込めてしまった。



 そして――――


「首取った♡」

「そこまで! 勝者、アインス兄様!」

「…………くそ…………また負けた…………」


 ――――そのままアインス兄さんが右手で握った模擬剣を首根っこに当てられて、俺は敗北してしまった。



「嘘……ラムダさんが負けた……!?」

「くぅ~……今度こそ勝てると思ったのに〜……!!」

「あっはっは♪ 前に手合わせした時よりも剣筋が良くなったね、ラムダ♪」



 尻もちをついて負け犬の遠吠えのように愚痴る俺に、笑いながら手を差し伸ばしたアインス兄さん。それを間近で微笑みながら見守る審判役のツヴァイ姉さん。


 穏やかな兄弟の時間。


 此処に居ないゼクス兄さんを想うと胸が痛くなるが、きっとアインス兄さんとツヴァイ姉さんも同じ気持ちだろう。


 だから、ゼクス兄さんの事は触れないでおこう。



「剣のキレは確かに上がったが……まだ剣を振るうよりも疾く、思考と目線が切っ先を描いてしまっている。それでは『袈裟斬りから刺突に移行しますー』と合図してしまっているようなものだ……!」

「目線で……行動を予測したんですか……!?」

「その通り♪ まだまだ思考優先のようだね、ラムダ?」

「参った……通りで剣が当たらない訳だ……」


「だが、さっきも言った通り剣筋は格段に良くなっている……! そこにアーティファクトの性能ちからを足せば、十分な実力を出せるだろう……」

「それじゃダメなんだ! 僕は……自分の実力でアインス兄さんを超えるんだ!」

「その割りにはさっきも左腕の性能に頼ったよね?」

「はい……まだまだ鍛錬が足りません……」



 アインス=エンシェント、俺が目指す騎士――――どうやら、その背中はまだ遠いらしい。


 

「ふふっ……私はラムダが乗り越えるべき“壁”――――次の手合わせを楽しみにしているよ……我が弟よ……」

「ありがとうございます、兄さん……! 戦線でのご武運を祈っています!」

「ラムダこそ……アーティファクトの捜索、任せたよ♪」

「…………ラムダ、アインス兄様、そろそろ出立の時間だわ……!」



 右の拳と右の拳を打ち合わせて俺とアインス兄さんは互いの無事を祈り合い、それぞれの道へと赴く。


 戦争を前にしたささやかな平穏、忘れかけていた家族との時間、それらを胸に秘めて俺はノアが用意してくれた白銀の鎧を手に取る。



「お屋敷はわたしが護ります……行ってらっしゃいませ……旦那様……!」

「留守は任せるよ、シリカ……!」

「帰りを待っています……ラムダ様……」

「お土産買って来るからね〜♡」



 ひとり屋敷に残り『帰る場所』を護らんとするシリカの頭を優しく撫でて彼女を安心させ、白銀の鎧を纏いグランティアーゼ王国の紋章エンブレムが入れられた蒼いマントを羽織った俺は【王の剣】として歩き始める。


 いよいよ、王都を離れ遠征に赴く時。



 〜しばらくして〜



「アンジュさん、全員揃っている?」

「ハッ! 第十一師団【ベルヴェルク】――――総勢35名、出立準備整っております!」

「遅いっての、ラムダ卿! いつまであたしを待たせんのよ!」

「え、えへへ……だ、第十師団……す、既に出立準備完了しています……」



 王都【シェルス・ポエナ】正門前、其処そこで俺を待っていたのは第十一師団【ベルヴェルク】の騎士たち――――36名。


 グランティアーゼ王国の紋章エンブレムの刻まれた朱い外套がいとうの魔女の装束に身を包んだルチア率いる第六師団【魔女の夜会(ワルプルギス)】の魔導師たち――――70名。


 同じく王国の紋章エンブレムを刻んだ黒いマントを羽織ったゴシック調の喪服を纏ったデスサイズ卿率いる第十師団【死せる巨人】の騎士たち――――100名。


 総勢200名以上にも及ぶ騎士たちの部隊が隊列を成した壮観な光景だった。


 そして、これより死地へと赴く騎士たち前に立つは3名の【王の剣】。



「こ、これより我らは……ア、アーティファクト捜索の任に就き……エ、エルフ族の聖域……【サン・シルヴァーエ大森林】を目指す……」

「そこで我々は魔王軍とアーティファクトを巡り熾烈な戦いに臨むわ!!」

「勇敢なる騎士たちよ……今こそ我らが『勇気』を示す時である!!」



 ルチア=ヘキサグラム、テレシア=デスサイズ、そしてラムダ=エンシェント。


 いずれも他の追随を許さぬ戦闘能力を有し、ヴィンセント国王陛下に見初められた者たち。


 俺たちの放つ言葉は強い『責任』と『矜持』を帯びて、騎士たちの『覚悟』を揺るぎないものにしていく。



「お、恐れるな……わ、我々には“アーティファクトの騎士”と“勇者”が付いている……!」

「あたし達は誇り高きダモクレス騎士団……その『矜持』を持って魔王軍を打ち砕きなさい!!」

「決して諦めるな! 決して逃げるな! 決して死ぬな! その手で、その剣で、愛する人を最後まで護り抜けッ!!」



 俺たちの眼前に並ぶ騎士たちの顔に緊張と覚悟が備わってくる。


 これより先は“死”が蔓延る戦地――――祖国の為に、愛する人の為に賢明に戦う『名もなき英雄』たちがゴミくずのように命を落としていく無慈悲な世界。


 正直に言えば俺も怖い。


 けれど、オリビア達を護り抜く為にも、ノアの『夢』を護る為にも、俺は此処で臆する事は出来ない。



「第六師団【魔女の夜会(ワルプルギス)】――――」

「だ、第十師団【死せる巨人】――――」

「第十一師団【ベルヴェルク】――――」


「「「――――出陣っ!!」」」



 俺たちのごうと共に騎士たちの雄々しき叫びが響き渡り、王都の空気がビリビリと震える。


 のどかな王都に似つかわしくない騎士たちの喧騒、それこそが来たる戦乱を予期させる鐘の音だった。



「あの……ルチア=ヘキサグラム卿……わたし、第十一師団のエリス=コートネルと言います!」

「エリス……? あっそ、あたしに何か用?」

「…………『ティオ』って言うエルフ…………知っている?」



 そして、出陣の号は出され、各師団が各々の隊列を組み、目的地【サン・シルヴァーエ大森林】へと向かい始める最中、俺はある光景を目撃していた。


 ルチアに駆け寄ったエリスの姿。


 ティオ――――俺の知らない誰かの名前を出して、エリスは恐る恐るルチアへと声を掛ける。



「知っている……ティオ=ヘキサグラム……あたしの母親……」

「やっぱり……! ねぇ、ティオはどうしているの!? あの子は……」

「――――死んだ。4年前に燃える魔女に殺されて死んだわ……諦めなさい……」


「あっ……そんな……!」

「死んで当然よ、あんな酷い母親! いちいち癪に障ること思い出せるな!!」

「ティオ……うぅ……ごめんね……守れなくて……」

「…………ウザい…………思い出せないでよ…………」



 つい出来心で聞き耳を立てて、俺は言葉を失ってしまった。


 4年前、シータ=カミングが亡くなったのと同時期にルチアも母親を殺されたらしい。そして、その人物はエリスの大切な人でもあったことも。



「あの人は……聖女ティオ様は酷い人じゃありません! 撤回して……ルチアちゃん……!!」

「ラナ……この陰キャが……!! あたしの気持ちも知らない癖に粋がらないで!!」

「教会にいた頃から何も変わっていないのね……ルチアちゃん……」

「ハッ! そりゃあたしの台詞……! 自分じゃ何にも出来ない弱虫修道女(シスター)が……いつまで『友達ヅラ』してんのよ!?」



 そして、シスター=ラナの言っていた殺された聖女こそが『ティオ=ヘキサグラム』なる人物であり、ラナとルチアが顔見知り出会ったことも。


 エリスとルチアの間に割って入ったシスター=ラナ。


 その烙印の刻まれた右眼が“朱の魔女”たるかつての友人を怒りの感情で睨みつけて、魔女はかつての友人たる修道女シスターを蔑んだ眼で睨みつけて、相容れないふたりの感情は悲しくすれ違う。


 俺の知らない所で渦巻く因縁、愛情、憎悪、嫉妬――――それこそがエルフの里に焼き付いた“焔”だとも気付かずに、騎士たちはグランティアーゼ王国を抜けて北の聖地へと進んでいく。


 そして、しばらくして俺はシリカから送られたふみで知った――――王都で待機していた筈のトトリ=トリニティが失踪したと言う事実を。

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