第16話:昨日の続き
「相変わらずだね……あんまり騒ぐと部下や食堂にいる人達の迷惑だよ、ゼクス兄さん」
「あぁ? ……っと、誰かと思えばラムダちゃんじゃねーか! こんなシケた街で何してんだ? てっきりサートゥスの路地裏でゴミでも拾ってんのかと思っていたぜ」
列に並ばされ頭を下げ続けている騎士たちを押しのけて姿を現した俺に対して、ゼクス兄さんは開口一番に罵声をぶつけてくる。
座席に行儀悪く座り、テーブルに足を乗せてふてぶてしく、手にしたナイフをクルクルと放り投げてはキャッチして遊ぶ品行下劣な男・ゼクス=エンシェントはあいも変わらず見下したような表情で俺を睨みつける。
「生憎と……サートゥスは拾う価値のないゴミ未満な物しか落ちてないシケた街でね。価値のある『遺物』を求めてギルドの冒険者になったのさ」
「へー、そうかよ。まぁ……有象無象の雑魚が群がる冒険者ギルドなら今のラムダちゃんにはお似合いだな! ヒャッハハハハハ!!」
皮肉と罵倒の名刺交換――――ゼクス兄さんとの会話はだいたいこれで始まる。
傲慢な男と負けず嫌いな俺がかち合えばこうなるのは自明の理だった。
「ラムダ……? もしかしてこの子、アハト=エンシェント卿のご子息のラムダ=エンシェント様……!?」
「確か、エンシェント家の末っ子は昨日行った『神授の儀』でゴミスキルとゴミ職業を引いて追放されたって街の噂になってたぜ……!」
俺の後ろで聴こえるひそひそ話。どうやら、突然現れた俺の事を詮索しているらしい。
その声色の殆どが不満の感情を宿しているあたり、サートゥス騎士団におけるゼクス兄さんの普段の素行が窺い知れる。
「で、ゼクス兄さんはどうしてオトゥールに?」
「ハッ! 昨日の夕暮れぐれーからロクウルスの森に大型の魔物の遠吠えが聴こえたって報告があったんだよ!」
大型の魔物の咆哮。昨日、俺の右眼と左腕を奪った魔狼・ガルムの事だ。
『報告があった』と言うのはサートゥスの住人から、ゼクス兄さんが率いるサートゥス騎士団への報告という事だろう。
「で、オーキスの奴を偵察に出したら帰ってこねぇもんで、俺様が直々にロクウルスの森に行ったが……」
「例の大型の魔物の姿は無く、オトゥールまで素通りしたから食堂で部下に八つ当たりしていたと……」
「へぇ……よく分かったじゃねぇか?」
「まぁ……そうだね。そのオーキスって人は殺されていたし、例の魔物は俺が討伐したからね」
事の真相を知っている以上、ゼクス兄さんには真実を伝えるべきだと俺は考えた。これ以上、食堂で喚かれても他の人の迷惑になると思ったからだ。
「テメーがか? クッ、クックク……ヒャーハッハッハ!! 笑わせるぜぇ……【ゴミ漁り】君! テメーじゃあ、クソ雑魚スライム程度が関の山だろうが。俺をおちょくってんなら殺すぞ……!」
「残念……事実さ。それと……これ、偵察に行ったっていう『オーキス』さんの鎧にあしらわれていた隊章」
嘲笑うゼクス兄さんの傲慢な態度に呆れつつ、俺は懐に仕舞っていた血塗れの隊章をゼクス兄さんへと差し出す。
それは昨日、ロクウルスの森でガルムに喰い殺された騎士の隊章。遺体をノアとふたりで埋葬した時に、せめてもの“遺品”として回収したものだった。
「ゼクス様……これは間違いなくオーキスさんの鎧にあしらっていた隊章です」
「何だと……おいおい、まじで言ってんのか!?」
「本当だよ兄さん。昨日の夜、俺はオーキスさんの亡骸を見つけて、彼を殺した魔物――――ガルムと戦ったんだ!」
「ガルム……嘘つくなや、ガルムと言やぁ討伐推奨レベル50超えの上級魔物じゃねぇか! 昨日、『神授の儀』を受けたばかりのひよっ子のテメーがどうやったらそんな奴、相手に出来んだよ!?」
ゼクス兄さんの疑問は概ね正しい。ガルムの討伐推奨レベルは【Lv.50】、余程の実力者でなければ討伐は難しい。
事実、超性能を誇るアーティファクトの力が無ければ俺はガルムなんて討伐出来なかったし、それでも代償として右眼と左腕を失った。
「それは……偶然だよ」
「ア? 何シケた嘘吐いてんだラムダちゃんよお? その薄気味悪い“右眼”と造りもんの“左腕”を見りゃ一発で分かるっつーの! ラムダちゃん……テメェ、昨日何があった?」
「――――なっ!?」
鋭い指摘の言葉がナイフのように俺に突き刺さる。
忘れていた、ゼクス=エンシェントと言う男は素行には大きな問題を抱えているが、物事の真実を見抜く観察眼だけは俺たち兄弟の中でもずば抜けて高い。
一瞬で俺の身体の変化に気が付き、『俺がガルムを討伐した』事実を真実として認識した上で、俺の隠しごとに言及してきたのだ。
「……それを言う気は無い」
「クックック、そーかいそーかい。まっ、ラムダちゃんの変化なんてどーでも良いや。それよりも……せっかくの俺様の獲物を横取りしたのは感心しねぇな? なぁ、ゴミくずラムダちゃーん?」
「だったら、なんです? 俺から手柄を横取りする気ですか?」
「あ~、それも悪くねぇな。だがよぉ……俺様は無駄足こかされて今、気ぃ悪りぃんだわ。なぁ、折角だし……昨日の続きでもやろうか?」
ピリリとした空気が辺りに立ち込める。
昨日の続き――――即ち、エンシェント邸での決闘。
ゼクス兄さんは獲物を見つけたハイエナの様に舌舐めずりしながら、俺に対して威圧感を向けてくる。周囲にいた無関係な人々も騒ぎに気付いてざわめきだし、サートゥス騎士団の騎士達は張り詰めた空気に凍り付いて置物の様に固まってしまっている。
「あのー、ラムダさん……この頭も性格も素行も、どこにも褒めるところの無さそうな不良が本当にお兄さんなんですか? どんな設計にしたらこんな失敗作が生まれるんですか? 私の時代だったら即廃棄ですよ?」
そんな、ゼクス兄さんとの一触即発な雰囲気を呈する俺の後ろに小言を言いながら現れるノア。すごく口が悪い。
「〜〜〜〜ッ!! なにいきなり怒涛の勢いでディスりまくってんだこのクソ女ぁ!!」
「あっ……ごめんなさい! オブラートに包んで言ったんですけど、まだ言い過ぎてましたか?」
「あれでまだ『オブラート』に包んでるのか?」
「ウザってぇなぁ!! 人形みたいな容姿した小娘が――――さっさと死ねやッ!!」
「――――ノアッ!」
唐突に現れたノアの暴言がよほど気に触ったのか、目を見開いて激高したゼクス兄さんはクルクルと投げて遊んでいたナイフを手に取った瞬間、俺の背中にくっついていたノアの眉間を目掛けて勢い良くナイフを投擲してきた。
だが、俺の右側頭部を横切る様に映し出される朱い行動予測――――右眼でゼクス兄さんの蛮行を見抜いていた俺は、ナイフがノアに眉間に突き刺さるよりも疾く左腕でナイフを掴んで事なきを得た。
「な、何だとッ!? 今の投擲に反応しやがったのか!?」
「おっ……あ、ありがとうございます、ラムダさん。いや〜『口は災いの元』ですね。反省反省♡」
「まったく……お喋りが過ぎるよ、ノア。ゼクス兄さんは特に短気なんだから」
掴んだナイフをテーブルに置いて俺はゼクス兄さんに厳しい視線を向ける。
いかにノアが悪いとは言え、いきなり眉間に向かってナイフを投げるなんて常人のする行為とは思えない。
「戦いの場でもないのに、無抵抗の人(正確には挑発したけど)の眉間に向かってナイフを投げるなんて……騎士として……いや、人としてあるまじき行為だよゼクス兄さん……!」
「チッ! なんだその眼は……気に入らねぇな……! だいたい何だ、その生気のねえ色白の人形は? ゴミ捨て場から拾ってきたのか?」
「ノアはれっきとした人間だ! これ以上、俺の知り合いを侮辱するなら例え兄さんでも許さないよ」
「そうだそうだーあやまれーー! 私はちょっとDNA弄っただけでそれ以外は人間だーあやまれーツンツン頭ー!」
「そもそも、ノアが先に挑発したからでしょうが!」
「だって……あの人、ラムダさんの事を悪く言うんだもん! 私、ラムダさんを馬鹿にされるのは許せない!」
「あ~……ノア、気持ちは嬉しいけど危ないから俺の後ろに隠れてて……」
ゼクス兄さんの感情的で直情的な行為で険呑とした雰囲気になっていく食堂。
既に騒ぎを聞き付けた野次馬が俺たちを囲み、次の騒動を今か今かと黄色い野次を飛ばしながら待ちわびていた。
「アレって【黒騎士】ゼクスだろ? ほら、素行の悪さで有名なエンシェント辺境伯家の次男坊さ……!」
「あ〜やだやだ、エンシェント卿がいるサートゥスでイキっていればいいのに、オトゥールまで来てあんな風に威張るなんて何て躾のなっていない狗なんでしょうか……!」
「エンシェントの面汚しだな。まったく……以前会った事のあるツヴァイさんは規律を重んじる真の騎士だったと言うのに……あそこにいる男ときたらまるでゴロツキじゃないか!」
ザワザワと聴こえてくる野次――――俺の事を詮索していたサートゥス騎士団の面々とは打って変わり、ゼクス兄さんの事を揶揄する観客達。
そのどれもがゼクス兄さんに対する憎悪に満ちており、如何に俺の目の前にいる兄が普段から横暴で、粗暴で、乱暴な振る舞いをしていたかが如実に現れていた。
「わぁ〜お、私以上の罵詈雑言っぷりですね! まさに『身から出た錆』かと……普段の素行がしれちゃいますね〜」
「チッ! どいつもこいつも人を見下した様な眼で視てんじゃねーよッ!! 今すぐ全員、ぶっ殺してやろーか、あ゛ぁ!?」
ノアの小言にも気が回らない程に周囲の野次馬に対して激しく憤るゼクス兄さんは、大声で周囲を威嚇し、魔法で引き抜いた剣を構えて切っ先を他人へと向ける。
「ゼクス団長、これ以上は我がサートゥス騎士団の恥になります! どうかもうお止めください!」
「うるせぇぞ、クソ雑魚共がァ!! いちいち俺様に指図すんじゃねぇ!!」
「――――ヒッ!?」
野次馬に激高し、部下たちを恫喝し、剰え、ノアを“人形”と揶揄しやがった。これ以上はもう我慢出来ない。
「いい加減にしろ、兄さん! そんなんだから……いつまで経っても王立騎士団に入れないんだ!!」
「――――――――――ッ」
その言葉を発した瞬間、場の空気が凍った。
今の今まで散々騒いでいたゼクス兄さんは、俺の一言を聴いた途端、糸の切れた人形の様に俯いて沈黙した。あぁ、これは非常にまずい失言だ。
「あ~あ……特大の地雷……竜の逆鱗……精神の急所……ラムダさん、今の一言がこの人の最も言ってはいけない死の宣告ですよ」
「ノア……何を言って……?」
いつになく、柄になく、生気のない人形のような澄まし顔でゼクス兄さんを観測ながらそう呟いたノア。
出会ってからここまで、戯けた表情しかしなかったノアの見たことも無い暗い表情に、俺は自分のしたことの重大さを思い知らされる。
「ゼクス=エンシェント……あの人の言動所作に見え隠れしていた感情――――劣等感。劣っているが故に、自分より弱い相手を攻撃しなければ自尊心が保てない、自己中心的で、ひどく幼稚で、惨めな程に脆弱な精神。それが、あなたのお兄さんの正体」
「………………!」
淡々と、事務的に処理するようにノアはゼクス兄さんの“急所”を紐解く。『俺は優秀な兄や姉と違って、王立騎士団にも入れない【落ちこぼれ】だ』と、劣等感に苛まれながら、その事実を認めたく無くて弱者にイキリ散らす、哀れな男の肖像。
しかし、今さらそれを言われてもどうしようもない。俺は生まれて初めてゼクス兄さんの“弱さ”を知って、そして覚悟した。
「――――す。――――ろす。――――殺す。殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! 殺してやる――――ラムダ=エンシェントォ!!」
怒りで完全に我を忘れたゼクス兄さんに、殺されるかも知れない覚悟を。
そして、ゼクス兄さんを、実の兄を完膚なきまでに叩き潰す覚悟を。
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