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回想:虐殺聖女


「はぁ……はぁ……はぁ……! どうして……こんな事に……!?」

「早く逃げなさい、エリス……! 早く……その子を連れて逃げなさい……!!」

「いや……いや……いや……!! 里が……世界樹が……燃えていく……!!」

「早く……――――」

「あぁ……お母さん……お母さん!!」



 ――――これはわたしの記憶。ラムダ団長と出会う300年前の事。


 まだ幼かったわたしが目にしたのは、愛すべき故郷、エルフの里【アマレ】が燃える凄惨な光景。


 グランティアーゼ王国を北に抜けた先にある【サン・シルヴァーエ大森林】の中で静かに暮らすエルフ達を襲った惨劇。



「お父さん……お母さん……みんな……死んじゃった……!!」



 紫色の禍々しいほむらに焼かれる家屋、焼け落ちる木々、血塗れで死に絶えたエルフたち、わたしの目の前で息絶えた母。


 わたしの両手に包まれて泣くは生まれたばかりの朱い髪のエルフの赤子。



 生き残ったのは僅かなエルフたちと――――


「なぜ……なぜ同胞を殺した!? 答えろ……トリニティーーーーッ!!」

「それが……我が使命……!! 諦めて、ストルマリア……お姉様……」


 ――――大太刀を振りかざして惨劇を引き起こした堕ちたエルフの聖女と、その聖女に聖槍を振るって抗うエルフの勇者。



「ディアナを……私たちの大事な妹を殺す気か……貴様!!」

「殺すわ……殺すわ……殺すわ!! エルフは……ひとりたりとも生かしてはおかない……!!」

「この……!! アウラ様の後継者たるディアナまで手に掛けるつもりか……どこまで堕ちる気だ……トトリ……」

「堕ちれるなら何処どこまでも……さぁ、そこのふたりにも死んで貰うわ……! 覚悟なさい……!!」



 大太刀を構え、頬に付着した返り血を舐め取りながら鬼神が如き視線でわたしを見据えるのはトトリ=トリニティ――――厳しい巡礼の果てに【聖女】となり、エルフの里に女神アーカーシャ様の慈愛を届けてくださった筈の聖女様。


 そして、わたし達の盾となりて堕ちた聖女と相対するは、輝く双頭の聖槍を手に、邪悪なる魔王【インヴィディア】を討つべく立ち上がった【勇者】エイダ=ストルマリア。


 エイダ=ストルマリア、トトリ=トリニティ、そしてディアナ=インヴィーズ――――稀代の天才と謳われた【巫女】アウラ=アウリオン様の再来と期待された三姉妹は、血みどろの殺し合いの果てにその愛情を終わらせた。



「さようなら、お姉様――――“天城越え”!!」

「この……大馬鹿がーーーーッ!!」



 トリニティが大太刀を振るってわたしに向けて放った白い斬撃を槍で受け止めて、悲しみの慟哭を漏らすストルマリア。


 昨日まで仲睦まじく、寄り添い合っていた姉妹は決裂し、気高き勇者だったストルマリアの白い肌は徐々に褐色へと変貌していく。


 落ちる、墜ちる、堕ちる――――悲しみを背負ってどこまでも、哀しみを抱えてどこまでも、優しきエルフの勇者は血の涙と共にダークエルフへと失墜していく。


 エルフのまま虐殺者となった聖女に、嫉妬の焔を燃やしながら。



「そんな……ストルマリア様が……ダークエルフに……!!」

「エリス……早く逃げなさい!!」

「でも……ディアナ様が……!!」

「あの子は私が護る!! あなたはその子を連れて里の外へ!!」


「でも……人間の世界でなんか生きれないよ……!!」

「いいから行きなさい!! 希望を信じて……強く生きなさい……!!」

「くだらない……くだらない……くだらない……!! どうせ皆んな、惨たらしく死ぬのに……せっかくわたしが、苦しまないように楽に殺しているのに……どうして逃げるの?」



 トリニティの大太刀から夥しい量の血が流れ落ちる。


 どれほどの同胞を斬り捨てたのだろうか?


 刀身は真っ赤に染まり、纏った純白の聖衣は朱く染まり、トリニティの瞳からは血の涙が溢れては焔の風に乗って里へと飛んでいく。


 怖い、怖い、怖い――――立ち尽くすエルフの聖女は身動ぎ一つせずに笑っている。


 昨日まで優しく頭を撫でていた少女を斬り殺し、昨日まで勉学を教えていた少年を斬り殺し、昨日まで一緒に花を育てていた親友を斬り殺し、それでもまだ……聖母が如き笑顔を見せている。



「行きなさい、エリス=コートネル!!」

「うぅ……うぅぅ……うわぁぁぁぁあああ!!」



 その笑顔が怖くて、ストルマリア様の悲しい表情かおがわたしも悲しくて、逃げたくて……幼い赤子を抱えたまま、わたしは走り出した。



「ストルマリアお姉様……覚悟!!」

「お前はここで殺す……トリニティ!!」



 わたしの背後で、燃え盛るエルフの里で切り結んだふたりのエルフの悲しき斬撃の音に涙を流しながら、わたしは駆ける。



「クフフ……ざまぁ見なさい……価値なき魂のエルフども……! わたくしの愛する夫を救わなかった報い……受けると良いわ……!! クフフ……アーッハッハッハッハ!! 見ている、あなた!? メメント=デスサイズは三千年前の復讐を果たしたわ!! アハハ……アハハハハ……アッハハハハハハハ!!」



 木の上でその惨劇を観てわらう黒いローブ姿の死神を尻目に、わたしは里を抜けて人間の世界へと紛れ込む。


 その先は地獄――――穏やかなエルフの里とは真逆の喧騒たる欲望の世界。



 そこでわたしはギルドの冒険者となり、ひっそりと生き続けて、


『リティア=ヒュプノスが命ずる……僕の下僕となれ!!』


 ある冒険者に催眠を掛けられて、


『何だ、私と組みたいだと? まったく……物好きな奴ばかり来て迷惑な話だ……』


 同じ悲劇に見舞われた女戦士とパーティーを組んで、


『もちろん! ふたりなら大歓迎さ! よろしくお願いします……エリスさんに、シエラさん!』


 そして、凛々しき騎士の仲間になった。



 ねぇ、ティオ――――人間に拐かされて消えた小さな子。


 あなたは何処に居ますか?

 家庭を築いて幸せになりましたか?


 あなたを守れなくてごめんなさい。

 一緒に居てあげられなくてごめんなさい。


 あぁ……あなたに子どもが出来たら、わたしが名前を付ける約束をしていたよね?


 ――――『ルチア』って、素敵な名前を。

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