幕間:“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニス
「“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニス様! 【戦闘卿】ガンドルフ=ヴォルクワーゲン……ただいま帰還致しました!」
「お帰りなさいませ、ガンドルフ様。我らが魔王……ルクスリア=グラトニス様が首を長くしてお待ちしていましたよ……」
――――“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニスによるグランティアーゼ王国への宣戦布告から7日後、魔王城【アンビチオ】。
その大広間、大人数で会食をするために設置された長いテーブルの側で、その男ガンドルフ=ヴォルクワーゲンは片膝をついて主の登場を待ち続けていた。
食卓に飾られるは豪華絢爛なディナーの数々、いずれもが名のある貴族や王族しか口にできぬ高級品。平民では見ることすら能わぬ贅の限りを尽くした至高の品々。
その全てが、魔王グラトニスのささやかな『間食』であった。
「ふふふ……愚かな獅子……片腕を落とされて……おめおめと帰ってきたの?」
「我が使命はグランティアーゼ王国の意志を伝えること……恥は承知だ、レイズ=ネクロヅマよ……!!」
そんな魔王の宴に現れるは邪悪なる配下たち。
空間は淀み、禍々しき瘴気が充満し、やがてテーブルを囲む座席に彼らは現れる。
「大罪が一つ【冒涜】……レイズ=ネクロヅマ……此処に……!」
床を腐敗させ、周囲に夥しい量の腐肉を撒き散らしながら這い出てきたのは、青い肌と白い死装束を纏った少女――――レイズ=ネクロヅマ。
「くすくす……大罪が一つ【凌辱】のエイダ=ストルマリア、此処に……!」
床と天井を消し去る光の柱が出現し、その中よりいでたるは褐色の肌をした妖艶な衣装のダークエルフ――――エイダ=ストルマリア。
「ひゃっほーーッ♪ 大罪が一つ【破壊】のルリ=ヴァナルガンド、此処に参上ーーーーッ!!」
壁を蹴り破って現れるは銀色の髪、金色の瞳、狼の耳と尻尾を生やした軽装姿の“亜人種”の少女――――ルリ=ヴァナルガンド。
「シュララララ……!! 大罪が一つ【蹂躙】……ネビュラ=リンドヴルム、此処に……!!」
暴風とともに壁に掛けられた燭台を破壊し現れるは、深い緑色の髪と金色の瞳、大きな竜の翼と尻尾を携え、側頭部から大きな角を生やした甲冑姿の“竜人”の男――――ネビュラ=リンドヴルム。
「起動、起動、起動……! 魔王軍最高幹部、大罪が一つ【堕天】――――機械天使:ルシファー……起動開始……!」
天井を打ち壊し瓦礫とともに降臨するは黒いボディースーツに身を包み、白と黒の四枚の翼で空を舞う、朱い“一つ目”を光らせたバイザーを装着した金髪の少女――――ルシファー。
「すぅ……すぅ……」
「あらら……ディアスさんったらまた魔王様の席の真上の天井に張り付いて寝ていますわ……」
「リリィ……お兄ちゃんは寂しいよぉ……Zzz」
天井に張り付いて寝息を立てながら惰眠をむさぼるは、美の極致とも言える肉体を白き衣服に隠し、雪のような美しい銀色の髪と、その白に似つかわしくない漆黒の角を額から生やした“吸血鬼”たる絶世の美青年――――【怠惰】アケディアス=ルージュ。
いずれも凶暴な魔物を力で屈服させ、意のままに従わせる生粋の強者たち。
ラムダ=エンシェントと死闘を演じたガンドルフが顔を直視できず、死の恐怖に怯える程の凶悪性をその身の隠した悪鬼たち。
「【大罪】がお揃いとは……このガンドルフ、恐悦至極……!!」
「――――戻ったか、ガンドルフ? では、グランティアーゼ王国の返答を聞こうかの?」
そして、そんな曲者達を統べ、この狂乱の宴を催した小さき魔王は現れる。
「お待ちしておりました……魔王グラトニス様!」
「よく帰って来たの、ガンドルフ。儂は嬉し……って、儂の座席が涎まみれになっておるでは無いかーーッ!?」
「グラトニス様……真上を……」
「真上……? あっ…………ル〜〜ジュ〜〜〜〜!! また貴様の仕業か……こんの阿呆タレがーーーーッ!!」
「すぅ……すぅ……」
艷やかに靡く黒き髪、気品溢れる黒装束、額から生えた漆黒の角、小さき躯体に孕んだ膨大な量の魔力、観るだけで相手を死に至らしめる絶対捕食者の如き蛇の金色の瞳――――彼女の名はルクスリア=グラトニス。
魑魅魍魎たる魔界【マルム・カイルム】を統べる幼き帝王――――“暴食”の名を冠した魔王である。
「グラトニス様、替えの椅子をご用意しています……」
「済まんのぅ……バアルにゼブルよ……できる従者を持てて儂は果報者……」
「ハイ♪ そこら辺で拾った丸太を切って造った椅子♪」
「…………こんな鋸一つで作れる椅子に、魔王たる儂を座らす気か……貴様ら?」
「「ハイ♪ 座れ!!」」
「…………はぁい(泣) うぅ……場所が動いていないから涎が降ってきおる……」
「きたな〜い♪ ねっ、バアルお姉様♪」
「ホント汚い……」
「くすん……顔で採用した儂が阿呆じゃった……でも可愛いから許す……」
メイド服を着た赤い髪の悪魔・バアルと、青い髪の悪魔・ゼブルの愛情溢れる嫌がらせに涙目になりながらグラトニスは丸太に腰掛けると、目の前に置かれていた焼き菓子を手にしながら席についた【大罪】たちに視線を向ける。
「してガンドルフ、奴らの返答は?」
「徹底抗戦の腹づもりで……!」
「“アーティファクトの騎士”を騎士団に引き込めて良い気になっていますわね、魔王様?」
「じゃな……ラムダ=エンシェント、我が取引先であるメメントを殺めた男め……!!」
「あいつ……危険……すぐにでも殺すべき……!!」
「シュララララ! 人の身であるながら翼を生やした騎士か……愉快だなァ!」
「けど所詮『人間』だろ? アタシ等が本気出せば一撃じゃん!」
「アズラエルを破り、ジブリールを引き込んだ男……そして、ノア様の騎士……忌々しい……!!」
「珍しく感情が出ておるの、ルシファーよ? そんなにも例の男が気になるか?」
「回答拒否――――勝手に想像してろ、のじゃロリ魔王」
「相変わらず口が悪いのぅ……」
ガンドルフによって伝えられたグランティアーゼ王国の意思、徹底抗戦の意思――――しかし、魔王たちの意識は『ラムダ=エンシェント』に向けられていた。
「ガンドルフよ、右腕を失ってまで“アーティファクトの騎士”と斬り結んだ武功、見事じゃ! 後で儂がより強力な腕を見繕ってやろう……」
「ありがたき幸せ……!」
「して、ルシファーよ。そちの話……真であろうな?」
「肯定――――“アーティファクトの騎士”が侍らせた銀髪の少女『ノア=ラストアーク』。彼女こそが『女神アーカーシャ』を創り上げた……この世界の真なる創造主……」
そして、魔王たちの関心はもうひとり――――『ノア=ラストアーク』にも向けられていた。
機械天使によって伝えられた世界の真実。
古代文明の滅亡の真相、女神アーカーシャの正体、そしてノアの真実――――古代文明という過去の彼岸より蘇りし史上最悪のアーティファクトに、魔王たちも息を呑んで考察を重ねる。
「まさか……神を創りし者が復活するとはのぅ……」
「わたし……直にあった……あいつ……変……」
「当機の計算が正しければ『ノア=ラストアーク』は直に死ぬ。回収するなら早い方が良い……」
「あらあら……死に掛けのお人形さんなの? ならネクロちゃんのスキルでゾンビにしちゃえば〜?」
「前に失敗した……多分……耐性を獲得されてる……」
「シュラララ……! 逆光時間神殿の差配を間違えたな……シュラララララ!!」
「クフフフフ……! 良い良い……『ノア=ラストアーク』の延命など殺してから考えれば良い! 要は……その“頭脳”さえあれば、儂は世界中のアーティファクトを手中に収める事が出来るのじゃからな♪」
「…………ノア様を殺す?」
「おぅおぅ、そうムキになるなルシファーよ。殺すのはあくまでも最終手段じゃ! 彼女が生きたまま儂の所有物になればそれに越した事は無いからのぅ……」
魔王グラトニスは『ノア=ラストアーク』を欲する。
彼女がいれば女神アーカーシャすら下す絶対の存在になれると確信したからである。幼き悪鬼の金色の瞳が見据えるのは、儚き死出の路を征く人形の姿。
自身の果て無き野望の成就の最後の“鍵”の登場に、魔王グラトニスは不敵な笑みを浮かべる。
「この戦争……ノア=ラストアーク争奪戦争……『アーティファクト戦争』で、儂は女神を討ち倒し、真なる世界の覇者となる!! 我が忠実なる【大罪】よ……心して掛かるが良い!!」
「「「仰せのままに、魔王グラトニス様!!」」」
「クフフフフ……クハーッハッハッハッハッハ!! って、大笑いしたらディアスの涎が儂の口に入ったーーーーッ!?」
「すぅ……すぅ……むにゃむにゃ……あ~……ダメ男好きな美女居ないかなぁ……Zzz」
「呆れた……まだ寝てる……」
「そんなだからグラトニス様に取って代わられたのに……くすくす……ほんとダメな吸血鬼ね……」
魔王軍と王国軍との全面戦争などただの演出に過ぎない。
この戦争の真なる目的は『ノア=ラストアーク』の奪取にある。それを各々の肝に命じさせて、魔王グラトニスは笑う。
この先に起こる凄惨なる戦争に胸を踊らせながら。
「ところで貴様等……」
「何でしょうか、魔王様?」
「なぜ貴様等は毎度毎度、普通に登場して来れんのじゃーーーーッ!! また部屋がボロボロになっておるでは無いかーーーーッ!!」
「だって……その方が幹部っぽいし……」
「シュララララ……! 当り前だよなぁ、ルリ?」
「だよな〜♪ どうせ修理するじゃん?」
「破壊とともに現れる堕天使…………フッ、格好いい♪」
「会合をする度に業者を呼ぶ儂の身にもなれ、この愚か者どもーーーーッ!!」
「毎度ー♪ オーク建設の者ですー♪ 会合があると聞いて連絡無しだけど来ちゃいましたー♪」
「ご苦労さまです。こちら、前払い金です……」
「ありがとう御座います、バアル様♪ テメェら、シャキシャキ工事っすぞーー!!」
「うぅ……唯一普通に扉から入って来たリリエットが恋しい……ラムダ=エンシェントめ……よくも儂の可愛いリリエットを寝取りおったな……許せんッ!!」
かくして、オークの業者たちによる工事の音と共に魔王グラトニスの宴は始まっていく。
グランティアーゼ王国との全面戦争、ノアを巡った戦いへの英気を養う為に。
「ねぇ、ネクロちゃん……戦争が始まったら私の里帰りに付き合ってくれないかしら?」
「里帰り……? エルフの里に行くの……ストルマリア?」
「うふふ……いよいよ『約束の時』……久々に可愛い妹のトリニティと死逢う時がやって来たわ……うっふふふふ♡」
「エルフの里【アマレ】……そこに何があるの……?」
「うふふふ……そこにあるのは焼き付いた“嫉妬の焔”……いよいよ……300年前の使命を果たす時……!!」
アーティファクトを巡る戦争が始まり、多くの血が大地に流れる。
ラムダ=エンシェントが征く茨の道――――その先に幼き悪鬼グラトニスは座して待つ。
第六章が始まりましたー(^o^)ノ
よろしくお願い致します♪




