幕間:人の悪性、底知れず
「ガンドルフ=ヴォルクワーゲンはラムダ卿に敗北して引き上げたか……」
「はい、陛下。流石は陛下が選定された“アーティファクトの騎士”……その強さはアインス卿にも肉薄するかと……」
――――ラムダ=エンシェントとガンドルフ=ヴォルクワーゲンとの決闘から時間が経ち、場所はエトワール城王の執務室、時刻は夜。
此処でふたりの男女が密会をしていた。
ひとりはヴィンセント=エトワール=グランティアーゼ――――王として国を統べる頂点捕食者たる男。
もうひとりはテトラ=エトセトラ――――王立ダモクレス騎士団の第四師団を指揮するドワーフ族の女性。
「ふふふ……アーティファクト、太古の時代に猛威を振るった兵器群……素晴らしい性能だ……」
「ええ……たかが【ゴミ漁り】風情が【王の剣】にまで登り詰めれるのですもの……その性能……魔法やスキルを大きく凌駕しています……」
「フフッ……随分な物言いだな、エトセトラ卿? ラムダ卿が泣くぞ?」
「自身が『アーティファクト』の“おまけ”である事はラムダ卿本人も元より承知……当然の評価では?」
アーティファクトの性能に心酔する為政者と技術者。
デスクに座り先の決闘に関する報告書に目を通す王と、デスクの前で陛下に忠誠を誓うテトラ。
ふたりの目には『ラムダ=エンシェント』は映っておらず、彼が手にした“物”にのみ関心が向けられていた。
「そのアーティファクトの全ての謎を解き明かせる存在……ノア……」
「娘のネオンから“感想”と言う形で彼女に関しての情報を集めております。未知の技術を容易く扱う頭脳、ラムダ卿の白銀の鎧を造る開発力……いずれも世界最高水準……」
「やはり『ノア』の存在こそが、余の『夢』を叶える“鍵”となるか……」
ノア=ラストアーク――――古代文明の技術で創り上げられた人形。
【死の商人】の手記からその少女の存在を重要視したふたりは策謀を練っていく。
「ラムダ卿が『ノア』を余に献上しなかったのは予想外だったな……何故か分かるか、エトセトラ卿?」
「恋ですね。ラムダ卿はノアという少女に恋をしています……陛下……」
「恋……とな? しかし、ラムダ卿はパルフェグラッセと婚姻を結んだのでは無いのか? 我が娘レティシアにも粉を掛けていると聞き及んで……あぁ、やはりアハトの子か……」
「ですね……アハト卿も女遊びが難でしたね……私と仲が良かったカミング卿も彼を狙っていましたし……」
ふたりは『ノア』を重要視している。
故に、そのノアを好意から手籠めにしている『ラムダ=エンシェント』には良からぬ感情を抱いていた。
「余の命にも歯向かって『ノア』を手放さぬとは……恋とは恐ろしいものよな……」
「私にも主人がいるので分かりますが……『恋』、そしてそこから芽生える『愛』とは恐ろしき力ですよ……陛下?」
「むぅ……余は世継ぎの為に妻たちと婚姻を結んだ故、恋にも愛には頓着が無いな……」
「いけませんよ陛下? 愛着は持たないと……そのままではレティシア様にも愛想をつかされてしまいますよ?」
「…………下らんな。ラムダ卿はせっかくの【王の剣】の名誉を『愛』の為に手放す『覚悟』でもしておるのか……?」
ノアを手中に収める為にラムダ卿に選択を迫った国王陛下だったが、結果はラムダの拒絶によって終わった。
それが彼には不愉快だったのだ。
王たる自身が望んだものを差し出さない臣下――――その存在は彼にとっては“悪”そのもの。
「無理やりにでも『ノア』を召し上げようか? 代わりにレティシアをあてがえば良かろう……アレはラムダ卿に好意を抱いているからな……」
「くすくす……愛娘の恋心を政治に使うとは……陛下も容赦ありませんね?」
「それが為政者の務めだ」
「だから【姫騎士】になられたレティシア様に一度逃げられたのですよ? あの方は『政略結婚』を嫌がっておられましたので……」
ラムダ=エンシェント、愛深き男――――その秘めたる恋心に目を付けて、彼等は謀略の蜘蛛糸を張り巡らせていく。
「それに……直に戦争が始まります。ラムダ卿に関しては現状維持で泳がせて、『ノア』の護衛に努めさせても良いかと……どうせ手元に侍らせて遠征に赴くでしょうし……」
「ふむ……しかし彼女が居ないと例の『方舟』には入れないのでは無いか?」
「あの方舟……【ラストアーク】については一旦保留にするしか無いですね……」
「例の防衛機構か……音声は残っているな……?」
「えぇ、アインス卿から預かっております……」
ふたりがノアを欲した理由――――それはアインス卿が【光の化身】によって破壊された氷雪地帯で発見したとある方舟に由来する。
ラムダ達を温泉街に停泊させてアインス率いる第一師団が向かった破壊の跡地、そこで見つけたのは巨大な舟。しかし、そこで第一師団は敗走の憂き目にあっていた。
エトセトラが懐から取り出した小さな白い魔石。
音声を録音するその魔石から再生される音声に、その理由が隠されていた。
『ハァ……ハァ……アインス卿! 撤退命令を……あの防衛機構は我々には手に負えません!!』
『くっ……! 私の聖剣ですら、あの障壁を突破しきれないのか……!?』
『オラオラ、雑魚はとっとと帰りな!! この機動戦艦【ラストアーク】を動かせるのは同じ名を冠した女のみ……そいつを連れて来ない限り、このオレ――――ホープ=エンゲージが何人たりとも此処は通さねぇ!! アッハハハハハハ!!』
『仕方ない……第一師団、徹底ッ!! 負傷者を連れて至急、この格納庫より退避せよ!!』
『アッハハハハ!! 一昨日来やがれ、雑魚どもが!! アーッハッハッハッハ!!』
魔石から聞こえたのは疲弊した第一師団の騎士たちの声、困惑の色を隠せないアインスの声、そして第一師団に威嚇を行うがさつな少女の怒号。
その録音の内容から第一師団が手も足も出ずに敗走したのは容易に想像できた。
「ラストアーク……エトセトラ卿は誰と考える?」
「まぁ……私の所感では、あのノアこそが『ラストアーク』かと……」
「根拠は……?」
「動乱の時代に現れた“アーティファクトの少女”……私なら“運命”を感じますね……」
「なるほど……女の勘か……」
ノアと『ラストアーク』を結び付ける確たる証拠は無い。だが、エトセトラ卿は『女の勘』をもってノアの正体を見抜いていた。
現れた勇者、胎動する魔王、【死の商人】の陥落、始まる戦争、目覚め始めたアーティファクト――――その全てに関与したふたり、『ラムダ=エンシェント』と『ノア=ラストアーク』。
「彼女は間違い無く史上最悪の『アーティファクト』!」
「ノアを手中に収めた者は全てのアーティファクトを手にできる……」
「今はラムダ卿に任せましょう……! ですが……時が来れば、彼女は陛下が運用なさってください……」
「先ずは戦争の終結を……! 然る後、ラムダ卿にはノアを手放して貰うとするか……」
そんなノアを狙い、ラムダ=エンシェントの足下で編まれていくは蜘蛛糸が如き神算鬼謀。
ノア=ラストアークを絡め取らんとする頂点捕食者の謀。
「期待しているぞ、ラムダ=エンシェント……余の剣として魔王グラトニスを討ち、王国が望む『英雄』となるが良い……!」
「そして、英雄としての湯水が如き栄光と引き換えに……ノア=ラストアークとのささやかな『愛』は終わり……」
「余が……アーティファクトの軍勢と共に世界を獲る! ふふふ……ふははははは!!」
そこに正義は無く、そこに愛は無く、捕食者たちの『野望』の元に戦争は燃え広がっていく。
その中で、小さな『愛』を護る為に剣を振るう少年の英雄譚。
――――ラムダ=エンシェントの征く茨の道は、果てしなく険しく。
これにて五章完結しましたー(^o^)
次回から第六章が始まりますのでよろしくお願い致します!
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