第140話:戦いの始まり、鎧を血で塗らし、騎士は覚悟を持って茨の道を征く
「これは……力が増しているのか……!?」
「ふたりの【大罪】を落としたアーティファクトの力……見せてやる!!」
ノアから贈られた白銀の鎧――――その各部から溢れる朱い光。高出力形態【オーバードライヴ】、その完成形。
心臓から供給される膨大な量のエナジーを装甲にも送ることで俺自身の身体に掛かる負荷を軽減させ、なおかつ装甲自体の出力すら引き上げる臨界状態への移行。
この真の【オーバードライヴ】で俺は世界に名だたる強者達を薙ぎ倒す。
「馬鹿な……!? この我が……力負けしているだと……!?」
「ハァァァァ……!!」
「ありえん……ありえん……ありえん!! たかが人間が獅子たる我を押し返すなど……これが……アーティファクトの性能か……!!」
「――――“衝撃鉄鎚”!!」
左手で受け止めたガンドルフの戦斧に右手で鉄拳を叩き込み、拳に備え付けた“杭”から放たれた衝撃波で斧の刃を粉砕する。
「我が斧が……いとも容易く……!! くっ、小癪――――」
「――――【行動予測】、右拳による腹部への殴打……空間跳躍……!」
「――――な……なっ!?」
粉々に砕けた鋼の刃の破片から見え隠れするガンドルフの驚愕の表情と、斧の柄から手を放して瞬時に力を込めて握りしめた右の拳。
如何なる状況にも瞬時に判断を下し、次なる一手を打つ戦士の鑑――――俺が挑むは過信なく、慢心なく、油断のない者たち。
故に、俺も慢心は出来ない。
短距離を瞬間移動する座標移動系の技術【空間跳躍】で腹部に迫ったガンドルフの拳を回避しつつ、俺は奴の背後へと回り込む。
攻撃を透かされて前のめりになる獅子、その背後で背中合わせになりながら俺は次の一手を構える。
「速……」
「巨人の左腕、光量子逆噴射――――“撃鉄猿臂”!!」
「――――ごぁ!?」
巨人の左腕の推進機を噴射させ、驚異的な加速を乗せてガンドルフの背中に肘打ちを見舞う。
筋繊維が引き千切れ、背骨が軋み、口から激しい出血を伴いながら上空へと打ち上げられたガンドルフ。
「右腕ヤマタノオロチ――――発射!」
「――――ガッ!? これは……錨……!? この……奇っ怪な武装で全身を固めおって……騎士としての矜持は無いのか!?」
「騎士としての矜持よりも、俺には優先するものがある……! 悪いが……今さら四の五の言わせないぞ!!」
宙に吹き飛んだその巨体をすかさずに右手首から撃ち出した錨【ヤマタノオロチ】で補足して、再び捉える。
騎士としての『矜持』を持てと叫ぶ獅子。
俺だって……剣を両手で握って、正々堂々戦いたい。
でも、そんな呑気な事を言っていたら、歩くような速さで成長していたら、俺はノアを護れない。
世界の支配者に挑む少女を護るためなら、俺はどんな手段を使ってでも強くあらねばならない。
卑怯と罵られようとも、アーティファクトの力で俺は世界最強の存在へと登り詰める。
護りたい少女を、絶対に護り抜くために。
「錨……抜錨……!」
「引き寄せられる……!? 良いだろう……そのままその綺麗な顔を殴ってぐちゃぐちゃにしてやろう……!!」
俺の射出した錨に足を絡められ、抜錨と共に此方に手繰り寄せられるガンドルフ。
だが、相手にも意地があるのだろう。
肘打ちの負傷をものともせず、迫りくる俺に物怖じもせず、雄々しき獅子はその右手にあらん限りの空気を圧縮していく。
「あわわわ……! まずいですよ、ご主人様! 空気が圧縮されすぎてて爆弾みたいになってます!」
「分かっているさ、e.l.f.! あんなのまともに受けたらタダじゃ済まない……! あれで【大罪】落ちとは恐れ入る……」
集束しすぎて白い球体と化した圧縮による空気の塊、過剰な圧縮による気圧の変化で発生した空気の乱流による暴風、獣の唸り声のような空気の振動の音が鳴り響く。
雌雄を決する一撃、獅子の渾身の咆哮、あらゆるものを粉砕する暴虐の拳――――されど、相対する俺の心は激しく踊る。
世界でも屈指の強者達と肉薄できること、その領域に自分が立てていること、その為の『武器』を贈ってくれたノアと出逢えたこと……その全てが嬉しくてたまらない。
「巨人の腕、高出力形態へ移行――――“光の化身”」
「ご主人様の左腕が……白く輝いている……!」
「なんという高純度の魔力! なんという禍々しき光! 恐ろしきかな“アーティファクトの騎士”!! 貴様は……ここで我が屠る!!」
「恐れ慄け……これが、貴様に贈る敗北だ!!」
巨人の腕全体が光量子を纏い白く輝く。今までの黒腕とは真逆の白き腕――――あらゆる障害を打ち砕く“光の化身”の腕。
「我が勝利を――――グラトニス様に捧げようッ!!」
「我が勝利を――――ノアに捧げるッ!!」
間もなく拳と拳がぶつかり合う。
左腕を大きく後ろに引いて、鉄拳を見舞う体勢へと移行する。“錨”に引かれ来る獅子もまた、右腕を大きく振りかぶって拳を強く握り締める。
モーターが激しく駆動して、歯車が腕の中で激しく火花を散らす。
乾坤一擲、一意専心――――目の前の敵を倒すことだけに意識を注ぎ、巨躯を大きく撓らせた獅子の後ろに輝く“勝利”を渇望し、ただ生きたいと願う。
“死を想え”――――死の覚悟を持って、生き抜け。
「吹き飛べ――――“爆裂咆哮”!!」
「包み込め――――“至天の鉄槌”!!」
そして、輝く拳と猛る拳はぶつかり合い、俺とガンドルフの間に光と風の衝撃が吹き荒ぶ。
亀裂と共に砕ける大地、暴風で吹き飛ぶ草花、衝撃波で大きくひび割れる城壁、障壁を展開して余波に備える王都の人々――――その衝撃の爆心地で、騎士と獅子は己の信念を賭けて腕に力を込め続ける。
ガンドルフの腕から吹き出る鮮血、俺の腕から弾ける火花――――獅子の拳から爆ぜた爆風が王都を吹き抜けて、やがて俺の拳から放たれた“光”が遅れて輝きを増して王都を包み込んでいく。
眩き閃光は“星”の如く、グランティアーゼ王国に希望を告げて――――
「――――我が……腕が……!!」
「――――ッ!!」
――――白き光がガンドルフの右腕を消し飛ばし、戦争開幕を告げる決闘の雌雄は決した。
「そこまで、勝負ありだ……! ふたりとも武器を収めなさい」
「アインス兄さん……」
「魔王グラトニスからの使者を無下に殺める事は許さないよ……ラムダ卿?」
「…………承知」
「…………無念……!!」
すかさず俺とガンドルフの間に割り込んだアインス兄さんの宣言をもって勝敗は付き、ガンドルフは悔しそうに地面に尻もちをついて敗北を認め、俺も全ての武器を下ろして闘争心を収める。
「我がここまで歯が立たんとは……おみそれしたよ、ラムダ=エンシェント卿……」
「ガンドルフ殿……」
「傷の手当てを、ガンドルフ殿。貴殿の使命は魔王グラトニスに我らの意志を伝えること……よろしいですかな?」
「敗者への情けは不要だ…………が、ご厚意、痛みいるよ……アインス=エンシェント卿……」
かくして、ラムダ=エンシェントとガンドルフ=ヴォルクワーゲンとの決闘は俺の勝利で幕を下ろした。
獅子が敗北を認めた瞬間、王都から湧き上がった歓声。
グランティアーゼ王国の常勝に沸く住民たち、新たなる【王の剣】の輝かしい勝利に燃える王立騎士たち、俺の健闘を称え期待に満ちた瞳を此方に向ける【王の剣】たち、そして単身戦い抜いたガンドルフに手を差し伸べたアインス兄さん。
これから始まる暗く凄惨な『戦争』を前にした僅かな安息が、王都を明るく包み込む。
「ラムダ様ーーッ!!」
「――――オリビア!」
もちろん、『戦争』の凄惨さを俺もこれから味わう事になるだろう。
「未来の『奥様』が来たよ……抱き締めてあげなさい、ラムダ」
「でも俺の鎧……返り血で汚れてて……」
「それが君の歩む道だ……! 覚悟を持ちなさい、ラムダ……」
「アインス兄さん……」
「君はこれから数多の命を奪い、多くの尊厳を踏み躙り、数え切れない数の『幸せ』を壊すだろう……それが、君が剣を捧げたダモクレス騎士団が征く道だ! その血の全てが……君の背負う“業”と知りなさい……!」
俺が大切な人を奪われたように、俺もまた誰かの大切な人を奪う。
返り血に塗れて【王の剣】となった俺は、これからも白銀の鎧を返り血で朱く塗らす。
「ラムダ様……」
「オリビア……返り血が付く……駄目だよ……」
「…………支えます。それが、わたしの『覚悟』です……!」
それでも、俺を支えてくれる人が居る。
なんて『幸せ』なんだろうか。
鎧に付着した返り血を気にも留めずに、オリビアは身体を密着させて俺の唇に優しく口付けをする。
護りたい、護られている――――故に、立ち止まる事は許されない。
ラムダ=エンシェントの身命を賭して、愛しい人を護り抜こう。
こうして、賽は投げられた。
オトゥールで起こったリリエット=ルージュ襲撃事件、【逆光時間神殿】占領事件から続く魔王軍との因縁は“火種”は、遂に戦いの“大火”となって両国に燃え広がっていく。
ヴィンセント=エトワール=グランティアーゼ陛下率いる王国軍と、“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニス率いる魔王軍との全面戦争。
古代文明の超兵器『アーティファクト』――――その全ての鍵を開ける頭脳を持ったひとりの少女、『ノア=ラストアーク』争奪戦。
――――『アーティファクト戦争』、開幕。
あと1話、幕間を挟み第五章『星々の騎士』は終了となります。
第二部に向けた準備回で、少々派手さには欠けますが如何だったでしょうか?
次々回からはエルフの里を中心とした第六章が開幕しますので、変わらずのご声援よろしくお願い致します(^o^)ノ




