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第138話:宣戦布告


「お初にお目にかかります、ヴィンセント国王陛下! 我が名はガンドルフ……ガンドルフ=ヴォルクワーゲン! 我が魔王、グラトニス様より遣わされた使者に御座います……」

「――――よく参った、ガンドルフ殿。余は貴殿を歓迎しよう」

「ありがたきお言葉……寛大なるお心遣い、痛み入ります……」

「魔王軍の……配下……」



 ――――エトワール城謁見の間、時刻は正午前。


 玉座に座す国王陛下と、玉座の前で列を組んだ俺たち【王の剣】とフレイムヘイズ卿の前で、ひとりのケモノが跪いていた。


 黒い燕尾服の下ではち切れんばかりに滾る屈強な肉体、雄々しく猛る赤いたてがみ、その背に担いだ人の背丈の2倍はありそうな巨大な斧、獲物を捕らえんと牙を剥く獅子の頭部――――人間の因子を獲得した獣、獅子ライオン系の獣人、名をガンドルフ=ヴォルクワーゲン。


 “暴食の魔王”グラトニスの使者を名乗った男が、俺たちの前で静かに笑っていた。



「してガンドルフ殿、魔王グラトニスの使者が我らグランティアーゼ王国の陛下に何用か? 【吸血淫魔ヴァンパイア・サキュバス】リリエット=ルージュによるラジアータ壊滅とオトゥール襲撃、【冒涜者】レイズによる【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】占拠……この2つの侵略行為に関する謝罪をしに来たのか?」

「否、燃ゆるエルフの騎士よ! 我は魔王グラトニス様の名代として――――グランティアーゼ王国への宣戦布告に参った!!」

「な、なんやて!?」



 その要件はグランティアーゼ王国への宣戦布告――――これまで2つの事件を巻き起こした魔王軍による全面戦争の開始が告げられようとしていたのだ。



「馬鹿な……今まで僕たちグランティアーゼ王国と魔族は停戦協定を結んでいた筈! それを今になって棄却する気か!?」

「2つの事件はそなた等の敗北かつ、当時は一介の冒険者だったラムダ卿が解決した事件ゆえ警告に留めたが……調子に乗りおったか、グラトニスとやらは……」

「協定を結びぬるま湯の中で怠惰を極めた先代魔王は排斥され、新たにグラトニス様が魔王となられた! そして、グラトニス様は全世界の征服をお望みだ……!」


「世界……征服……!? ハッ、流石は“暴食の魔王”ね……悪食あくじきも極まると世界を喰っちゃう訳? うっける〜♪」

「…………如何にも、グラトニス様は世界を召し上がる。その栄えある最初の“食事”がこの平和ボケした王国だ!」

「平和ボケ……? 散々侵略行為をして平和を乱した連中が何を今さら!!」


「お、落ち着いて……ラムダ卿……の、乗せられては……ダメ……」

「誰のせいで俺の腕と眼が奪われたと……! 誰のせいでアリアの故郷が焼かれたと思っているんだ……!!」

「ラムダ卿、落ち着きなさい。その感情は個人的な物だよ……」

「…………申し訳ありません、アインス卿」



 魔王グラトニスの目的は『世界征服』――――その最初の標的となったのがグランティアーゼ王国だった。


 今回の一件は魔王グラトニスによる正式な宣戦布告。


 リリエット=ルージュをけしかけて【勇者】ミリアリアの暗殺を企てた事も、レイズを派遣し【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】を占拠したことも、魔王は一切悪びれる様子もなく、遂に全面戦争の火蓋を落とそうとしていたのだ。



「ガンドルフ殿、貴殿が魔王グラトニスの言葉を代弁するのか?」

「否――――魔王グラトニス様の宣戦布告を収めた映像を用意しております……」

「映像……? 今の時代に『映像技術』がある筈は……まさか!?」



 ガンドルフが懐より取り出すは小さな機械式の球体スフィア――――間違い無い、アーティファクトだ。


 獅子の手に添えられた球体スフィアはひとりでにふわふわと浮き始め、やがて俺たちの前に巨大な立体映像ホログラムを作り出す。



『――――聴こえておるか? グランティアーゼの者どもよ』



 そして、そこに映し出されたのはひとりの少女。


 幼子と見間違うような無垢なる身体、ノアよりさらに真っ白な生気の無い肌、夜のように染まった黒き長髪、禍々しく輝く蛇のような金色こんじきの瞳、額から後頭部に伸びるように生えた漆黒の角、黒と金を基調とした王のころも、そして、全てを喰い尽くさんとする絶対捕食者としての威厳に満ちた尊大な表情。


 血塗れの玉座に足を組んで座す幼き悪鬼。



『恐れおののけ、儂の名はルクスリア=グラトニス――――魔族達を統べ、強大な軍勢を率い、堕落した女神を討ち、新たなる世界の支配者となる者じゃ!』

「ルクスリア……グラトニス……!!」



 それが、俺たちと戦う事になる魔王の名。

 “暴食”の名を冠した秩序の破壊者の姿だった。



『儂の要求は2つ――――グランティアーゼ王国の全面降伏と、所有する全てのアーティファクトの譲渡。それを履行りこう出来たのなら、儂はそなた等グランティアーゼ王国の全ての民草たみくさを愛すべき『属国』として丁重にもてなす事を約束しよう……!』

「属国だと……!? ふざけおって!」

「落ち着いてくださいにゃ、オクタビアス卿……!」

『受け入れぬのなら、そなた等の国――――その一切合切(ことごと)くを滅ぼしてくれようぞ……』



 魔王グラトニスの要求は『グランティアーゼ王国の全面降伏』と『アーティファクトの魔王への譲渡』――――そして、その見返りは魔族たちの属国となること。



「到底受け入れた内容では無いな。魔王グラトニスは余の大切な臣民しんみんを略奪する気か……?」

「軍門に下るなら丁重に饗す……それがグラトニス様の慈悲です」

「…………で、奴隷のように働かせる気やろ? 魔王に下った人間の末路はそんなもんやと聞いとるで?」


「それは貴殿ら人間も同じでは? 我が同士リリエット=ルージュはそこな“アーティファクトの騎士”の情婦にされたと聞くぞ?」

「リリエット=ルージュは私の情婦では無く、信を置く仲間だ! 二度と情婦などと彼女を侮辱するな……!」

「ラムダ卿……誠に申し訳ございません……!」

「なんでオクタビアス卿が謝っているんですか……??」



 魔族を飼われた人間は奴隷以下の存在にされると言う。


 淫魔の性処理道具、魔女の錬金素材、悪鬼どものサンドバッグ、或いは……ただの食料か。いずれにせよ碌な結末は辿れない。


 人間側も同じ、ことリリエット=ルージュに関しても、世間からの彼女の評価は『ラムダ=エンシェントの情婦』で相違ない。


 誰も彼もが、人間であれば美しき身体を持つリリィを『奴隷』として飼いたくなるのだろう……不愉快だ。


 故に、人間も魔族も『同じ穴のムジナ』なのだろう。


 自分よりも弱い者を見つけた時、強者に回った者は『弱者はいたぶっても良い、いたぶられる弱者に原因があるのだから』と勘違いをする。


 男は女を嬲り、老人は若者をやっかみ、上司は部下を怒鳴り、屈強な者はひ弱な者を殴り、知恵者は無知な者をあざける。


 人間は魔族を『モンスター』と呼び、魔族は人間を『モンスター』と呼ぶ――――そう、相手を同じ生命と認識していないのだ。


 故に、我々は分かりあえず、いつまでも争い続ける。



『――――もう良いかの? お主ら人間の事じゃ……どうせ屈服はせんじゃろ?』



 魔王グラトニスは不敵に笑う。

 俺たちグランティアーゼ王国が降伏しないと決めつけている。


 当然だ、誰が好きこのんで『奴隷』になどなるか。



「ガンドルフ殿、余は降伏は選ばん。魔王グラトニスの宣戦布告――――受けて立とう……!」

「それは僥倖ぎょうこう……魔王グラトニス様もさぞお喜びになられるだろう」



 故に、魔王軍との全面戦争は必定――――国王陛下の決定に異を唱える【王の剣】はただの一人もなく。



『――――では戦争じゃ! これより14日後、両国の境界にある中立地帯【テラ・ステリリス】より我らは進軍を開始する』



 魔王グラトニスの宣言を以て、戦争の開始は決定付けられた。



『観ておるか、“アーティファクトの騎士”ラムダ=エンシェント――――儂の野望を2度も邪魔した忌々しき男よ』

「名指し……!」

『貴様と逢う日を愉しみにしている……精々、無慈悲な現実に打ちのめされるが良いわ……クフフフフ……クハーッハッハッハッハ!!』

「臨むところだ! 首を洗って待っていろ――――ルクスリア=グラトニス!!」

『…………因みに、この映像は録画じゃ! まさか……録画に喧嘩を売っている阿呆あほうは居らんじゃろな?』

「〜〜〜〜〜〜///」



 録画越しに俺を煽った魔王グラトニス。

 いずれ決着を付けてやる。



『あぁ、最後に……ガンドルフ! 王都の三番街にある菓子店で焼菓子のお土産よろしく♪ メメントの阿呆が死んで入荷ルートが無くなったからのぅ……』

「――――御意に」

『あとリリエット=ルージュの寿退社の祝いも渡しといてくれ』

「――――御意に!」

『それから〜……』

「――――電源オフ」

「嫌そうな顔して映像を切った……そしてリリィへのお祝いが俺に送られて来た……ありがとう……」



 これより14日後、グランティアーゼ王国は魔王軍との戦争に突入する。


 殺し合い、奪い合い、壊し合い、尊厳を踏みにじり合う、不毛なる争い――――アーティファクトを巡った戦争、『アーティファクト戦争』の開幕。



「では最後に……我は貴殿に決闘を申し込む――――ラムダ=エンシェントよ」

「なっ!? なぜ、ラムダに決闘を申し込むの!? 用が済んだらすぐに帰ってよ!」

「そうはいかん、“閃刀騎”よ……何故なら、“アーティファクトの騎士”の首を持ち帰れば、我は新たなる【大罪】になれるのだからな!」

「…………」



 そして、その開戦を彩るは、新たなる【大罪】に名を連ねようと画策した魔族と、新たなる【王の剣】となりし騎士の一騎打ち。



「明日の朝、王都の正門の前で待つ。貴殿が真なる騎士ならば恐れずに来るが良い!」

「――――その挑戦、受けて立つ! 尻尾を巻いて逃げるなよ?」



 戦争の開始を告げるいくさの鐘が、高らかに鳴り響こうとしていた。

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