第136話:頂点捕食者
「――――第十一師団【ベルヴェルク】団長、ラムダ=エンシェント、ただいま参りました、国王陛下!」
「来たか、ラムダ卿よ」
「まっとたで〜ラムダ卿!」
「…………エトセトラ卿?」
ラムダ=エンシェントの叙任式から2日後の朝、俺は国王陛下直々の招集を受けて謁見の間へと馳せ参じていた。
玉座に座す国王陛下の前に跪く俺に笑いかけるは、国王陛下の側に立つエトセトラ卿。
「陛下、私にご用命と伺いましたが……?」
「うむ、ラムダ卿……貴殿への用は他でもない――――古代文明の超兵器、『アーティファクト』についてだ……!」
「…………ッ!」
「ここから先はグランティアーゼ王国遺物研究機関【インクルシオ】の所長であるうちから説明したるわ!」
国王陛下とエトセトラ卿の用向きは『アーティファクト』について。
ツヴァイ姉さんから言われていた――――国王陛下は俺の持つアーティファクトの力を欲していると。
いつか来たであろう『その時』が遂に来てしまったのだ。
「ラムダ卿の固有スキル……新名称【ゴミ拾い】――――このスキルの効果で『アーティファクト』の使用方法を瞬時に把握し、心臓のアーティファクトから使用に必要な魔力を供給している……間違いあらへんな?」
「…………間違いありません。私の固有スキルは『ゴミ』として世界中に埋もれたアーティファクトを元の超兵器として運用する事が可能です……!」
固有スキル【ゴミ拾い】――――それが、国王陛下から与えられた俺のスキルの新しい名前。
人々から捨て去られた『ゴミ』を拾い、自らの所有物にする効果を持つ“外れスキル”。
「――――素晴らしい。やはり貴殿を【王の剣】に招いたのは正解だったな」
「あんたの持つアーティファクトを操るスキルはうちから見れば大変貴重や! ええスキルを授かったな〜ラムダ卿?」
「…………ありがたき……お言葉です……陛下……」
その言葉を言われた時、俺は察してしまった。
俺は、『ラムダ=エンシェント』として【王の剣】に迎えられたのでは無く、ただの『アーティファクト使い』として騎士団に招かれたという事実に。
薄々は分かっていた……恐らくは迷宮都市エルロルで名を挙げた時には、俺の騎士団への勧誘が決まっていたのだろう。
ただアーティファクトが扱えたから成り上がれただけに過ぎない、“俺”はアーティファクトの『おまけ』だと、改めて認識させられてしまった。
「やはりラムダ卿のスキル効果が無ければアーティファクトの使用は難しいか……エトセトラ卿よ?」
「いいえ、ラムダ卿のスキル効果で判明した使用方法を我々に伝達すれば、高い魔力量を誇る高位の術者なら扱うことも可能かと……」
「貴殿の意見を聞きたい、ラムダ卿よ。我々にもアーティファクトを扱うことは可能か?」
「――――保証は致しかねます。我が兄、ゼクス=エンシェント、及び死神メメントはアーティファクトを御しきれずに死亡ないし致命傷を負っています」
ノア曰く、現在『アーティファクト』と呼ばれる兵器群は古代文明では大容量の電力を用いて運用されていたらしい。
電気技術が廃れた現在は、“魔力”を電力の代替品としている。だが、それにも一歩間違えれば使用者の生命を喰らう“魂喰い”に発展する恐れがある。
取り扱いは慎重に行わなければならない。
「あちゃー! あの【死の商人】でもアカンかー!」
「それに、私とてアーティファクトの使用に負荷が無い訳では無く、あくまで使用方法を瞬時に理解出来るだけです。事実、アモーレムでは私もアーティファクトの過剰使用による負荷で死の一歩手前まで追い詰められました……」
「ふむ、ラムダ卿でも扱いには難儀しているか……」
「せやけど、あのリリエット=ルージュを完膚なきまでに叩きのめしたアーティファクトの性能は、是非ともグランティアーゼ王国に普及させたいんやけどなぁ……」
「アーティファクトは諸刃の剣……今の我々では文明の『レベル』が足りていないかと私は思います」
「正直だな……だが、悔しいが的を得ている。今のグランティアーゼ王国……いや、この世界は古のアーティファクトの技術水準に遠く及んではいない……」
「うち等ドワーフ族もアーティファクトの発見で己の培った技術の“誇り”を打ち砕かれてしょんぼりやで……」
幸い、国王陛下もエトセトラ卿もアーティファクトの使用を無理に進めようとはせず、熟考と議論を重ねている。
諦めろとは言えないが、せめて危険性は排除したい。
だが――――
「ではやはり、貴殿の匿っている『ノア』なる少女を招くしかあるまいな……!」
「…………ノ、ノアを……!?」
――――その慎重さはあくまでも『グランティアーゼ王国のみで』アーティファクトを運用しようと計画した場合の話。
「トリニティ卿が回収した【死の商人】の手記の中に、古代文明の舟で眠っていたと思しき少女『ノア』に関する記載があったで?」
「ラムダ卿、貴殿の侍らせたノアなる少女――――アーティファクトと同時期に生まれた古代文明の者で相違ないな?」
「そ、それは……」
その少女の名がでた時、俺の額から冷や汗が流れ始めた。
国王陛下とエトセトラ卿――――グランティアーゼ王国そのものが、ノアの事を古代文明の生き残りと認識していた。
アーティファクトを欲している者が『ノア』を古代文明の生き残りと認識したのなら、彼女を欲するのは道理。
「ノアは……冷凍睡眠で今日まで命を繋いだ古代文明の生き残りで……相違ありません……」
「ホホ〜、やっぱりそうやったか!」
「彼女は聡明叡智な者と聞き及んでいる……御前試合で奇行に走っていた気もするが……」
「ラムダ卿、そのノアっちゅう娘……アーティファクトに詳しいやろ?」
「…………はい。彼女はアーティファクトについて一家言を持っています……」
嘘偽りは背信行為と捉えられてしまう――――俺にはノアの事を正直に報告するしか選択肢は無かった。
ノアはアーティファクトについての知識がある、その事実を俺から受けた国王陛下とエトセトラ卿は口角をあげてほくそ笑む。
ふたりは欲しているのだ……俺の大切な『希望』を。
「ラムダ卿、そのノアと言う少女……余に預ける気は無いか?」
「具体的に言うと、うちの取り仕切る研究機関【インクルシオ】にそのノアはんを欲しいっちゅう話や! もちろん、待遇は破格や! 国賓級として扱ったるで〜!」
「…………」
「彼女が望むなら、余の妾として王室に迎えても良い……」
「陛下の側室なって王宮暮らしなれば一生安泰や! 居場所無いノアはんには美味い話や思うで?」
「――――っ!」
汗が止まらない、動悸がする、目眩がする――――跪いて眺めている床の赤いカーペットがぐにゃぐにゃと歪んで視えてくる。
俺からノアを召し上げるのか……国王陛下は?
「お待ち下さい、陛下! 彼女は……ノアは、私の大切な……」
「貴殿はオリビア=パルフェグラッセ嬢と婚姻を結んだのでは無いのか? 今朝方、パルフェグラッセ嬢が貴殿との婚姻を理由にアーカーシャ教団を一方的に去ったと、王都の司祭がフレイムヘイズ卿に苦情を入れていたぞ?」
「教団の【神官】を女神アーカーシャ様から寝取ったばかりか、古代文明の生き残りまで手元に囲んで独占するとか……ラムダ卿、ち~っとばかり勝手が過ぎるんとちゃうか? 世界はあんたを中心には回っとらんで?」
「申し訳……ございません……」
目の前の赤いカーペットに汗でできた染みが広がっていく。ノアとの関係も、オリビアとの関係も、全部バレている。
国王陛下とエトセトラ卿の冷ややかな視線が俺に突き刺さる。
「貴殿とパルフェグラッセ嬢が幼少からの許嫁であることは余も承知している故、教団の司祭には個々人の積み重ねた交際に口を挟むなと釘を刺しておいたが……」
「陛下が擁護せーへんかったら、ラムダ卿、あんた教団から目の敵にされとったで? 神官……それも聖女候補であるオリビアはんを娶ったなんて、女神アーカーシャ様に喧嘩を売っていると思われてもしゃあないで?」
「その擁護の引き換えに、ノアを差し出せと言うのですか……陛下?」
「それはラムダ卿の誠意に任せるよ」
「うちと国王陛下はあくまでも、ノアっちゅう娘があんたの物や無いか確認したいだけや」
「――――ッ!」
ノアは俺だけの女だ。
たとえ相手が国王陛下であっても、絶対に渡したくない。
けれど、そんな感情は俺という個人の我儘だ。
王立ダモクレス騎士団という『組織』に属した以上、組織の……グランティアーゼ王国の利になる行動を俺は取らなければならない。
けど……けど……それでも……嫌だ。
「申し訳ありません、陛下! ノアは自分が『騎士の誓い』を立てた相手――――たとえ陛下の命とあっても……私は、彼女を誰にも渡したくはありません!」
「ラムダ卿……あんた国王陛下に意見する気か!? あんたは王国に仕える王立騎士、陛下に忠誠を誓った【王の剣】や! いつまで冒険者気分でおるんや!?」
「――――よい、エトセトラ卿」
「しかし陛下! これは我ら【王の剣】の沽券に関わる事です!」
「ラムダ卿、その身勝手に『責任』は負えるな?」
「負います……騎士団を去れと言うなら、私は此処を去ります」
ノアの『夢』を終わらせない――――この『誓い』だけは譲れない。
たとえそれで俺の『夢』が潰えたとしても、後悔はしない。
「エトセトラ卿、これ以上のラムダ卿への追及は、貴殿に対するラムダ卿の信を失う事になる……もう口を慎みなさい」
「…………しかし!」
「ラムダ卿は君の子では無い。信念を持って余に意見した彼を子ども扱いするのは止めなさい、エトセトラ卿。ラムダ卿は自身の発言に『責任』を負える大人だ」
「うっ……も、申し訳ございません、陛下。ラムダ卿が私と同格の騎士である事を失念し、つい娘を叱るように詰ってしまいました……」
「ラムダ卿、余はこれ以上ノアに関しては言及せん……貴殿の『信念』を躙った非礼、許してくれ」
「いえ、私の方こそ、オリビア=パルフェグラッセとノアの事で我儘を申してしまいました。処分は如何ようにでも……!」
「構わん……アーティファクトについては従来通りに解析を続ける故、貴殿が気に負う必要は無い」
「陛下の言う通りやな……アインス卿が“光の巨人”に破壊された雪山の奥底で見つけた“巨大な方舟”の調査もあるしなぁ……」
娘を詰るように語気を荒らげたエトセトラ卿を諌め、不退転の覚悟でノアを護った俺を許した国王陛下は、玉座から立ち上がりゆっくりと俺の前へと歩み寄ると、片膝をついて姿勢を低くしてこちらに顔を近づける。
初老を感じさせる小皺のできた、しかして威厳と畏怖を感じさせる厳格な面持ちと鷹のような鋭い灰色の眼光をした、底知れぬ男――――グランティアーゼ国王・ヴィンセント。
「ノアと言う名の『人形』……しかと護るが良い――――ラムダ=エンシェント卿、我が忠実なる剣よ……」
「イエス……ユア・マジェスティ…………」
俺が忠誠を誓ったこの国の長は、囁くようにノアを『人形』だと俺に言った。
人形――――そう、国王陛下ですら、ノアを『人形』としてしか認識していない。
心臓が締め付けられるような恐怖、喉元に刃を突き付けられたような苦痛、自分の身体が石になっていくような絶望感。
ただ言の葉を発するだけで“無双の英雄”と謳われた俺を震えさせた頂点捕食者――――それこそがヴィンセント=エトワール=グランティアーゼ陛下、俺が忠誠を誓った男の奥底に潜む『闇』だった。