第135話:夢の続き
「ふんふんふーん♡ うふふ……ラムダ様との婚約指輪……綺麗♡ パッと見た感じ……お値段は20万ティアですね♡」
「…………ね、眠い」
「あぁ……これでわたしにも……憧れの“人妻属性”が付与されるのですね♡」
「…………その属性いる?」
「いります♡ オリビア=エンシェント婦人……素敵な響きでしょう?」
「…………はぁ、そう……」
王立騎士団に入団し、オリビアに婚約を申し込み、そのまま彼女と情熱的な一夜を過ごした朝――――左手の薬指に嵌めた婚約指輪をうっとりとした表情で眺めるオリビアの隣で、俺は精根尽き果ていた。
端的に言えば、夜の営みで俺はオリビアに滅多打ちにされて、枕を涙で濡らしていたのだ。
ベットの周りに散らかった衣服、ベットに付着したオリビアから流れた破瓜の血の跡とふたりの汗と体液でできた染み、寝室中に充満したむせ返るような情事の残り香――――またコレットとシリカに『鬼畜』と蔑まれてしまう。
「おかしい……ノアはあんなにひぃひぃ言っていたのに……?」
「うふふ……わたしを見くびり過ぎですよ、ラムダ様? わたしに『恋愛のいろは』を教えてくれたシー……あるメイドから、房中術もしっかりと教わっていますので♡ わたしの舌技、凄かったでしょ?」
「母さん……11歳だったオリビアに何を教えたんだ……!?」
「何って……何の扱い方ですけど♡」
「喧しいわ!」
参ったな……俺はオリビアにたっぷりと搾られてヘトヘトなのに、当の彼女は疲弊するどころか元気になっている。
悔しい――――男の尊厳が破壊された気分だ。
「元気だな、オリビア……」
「そうですか? でも〜ラムダ様も心臓のアーティファクトのお陰で絶倫だったじゃないですか♡ 夜も強いなんて素敵♡」
「その俺がオリビアに手も足も出なかったんだよなぁ……」
「ラムダ様がわたしに出せたのは子種だけでしたね♡」
「喧しいわ!!」
くすくすと悪戯に笑いながら俺の身体を指先で擽るように擦るオリビア――――俺だけに許された彼女の身体が俺の身体を愛おしいそうに撫でて、求めるように俺の唇に自分の唇を触れさせてくる。
その献身さが、堪らなく愛おしい。
俺が奪ったオリビアの純潔、俺が奪ったオリビアの『夢』――――それでも、麗しき我が聖女は奪われたものなど気にも留めずに、俺の事だけをまっすぐに見つめてくる。
「…………負けたよ。最初に惚れたのも俺、気を引こうとしたのも俺、夜の営みで良いように弄ばれたのも俺…………強いよ、オリビアは……」
「うふふ♡ 王国最強の騎士の妻になる女ですもの……暴れん坊なラムダ様の手綱ぐらい握ってみせますよ♡」
「…………」
「ねぇ、ラムダ様……ずっと見栄を張って、自分を強く見せようとしなくても良いんですよ? 少しぐらい、わたしにラムダ様の『弱い部分』を見せてください……」
そして、オリビアは俺をそっと抱き締めて、柔らかな胸に俺の顔を埋めさせて、柔らかな手で優しく頭を撫でてて俺の精神の強張りも春の雪のように溶かしていく。
頬に感じるオリビアの肌の感触、鼻腔に広がる熟したオリーブのようなまろやかな甘い匂い、肌を通して伝わってくる温かな身体の熱――――オリビア=パルフェグラッセの全てが俺を暖かく包み込んで、その心地良さに俺の身体も心も蕩けていく。
ずっと彼女の胸に包まれていたいと思う程に。
その聖女の如き抱擁力こそが、俺がオリビアに惹かれた理由なのかも知れない。
「…………ずっと無理してた。少しでも自分を強く見せたくて、言葉遣いも一人称も荒くして、みんなに頼って欲しくて……ずーっと無理をしていた……」
「知っています……わたしだけがあなたの『弱さ』を知っています……だから、ふたりっきりの時ぐらい、わたしに甘えてください……」
「ありがとう、オリビア……」
「シータさんが出来なかった分も含めて、わたしがラムダ様を包み込んであげます……」
だから、彼女にだけは弱い自分を曝け出せる。
ノア達に頼られたい『強い自分』でも、アインス兄さん見せる『昔の自分』でも、騎士として毅然としたい『凛々しい自分』でも無い……弱い自分。
「見栄っ張りで、寂しがり屋で、怖がりで、欲張りで、独占欲が強くて……優しくて強いわたしの旦那様……好きです、好きです……愛しています……」
そんな俺を愛してくれたオリビア……俺だけの聖女様。
あぁ、君を妻に迎えれた俺は幸せ者だ。
だからこそ、俺は君を幸せにしたいと思う。
選ばなかった聖女への“未来”に後ろ髪を引かれないように、選んだラムダの妻としての“未来”だけをまっすぐに見つめれるように。
君を永久に愛し続けよう。
「…………ところでラムダ様…………子作りのご予定ですが……♡」
「早い早い、気が早い! まだ式も挙げて無いし、教会で籍も入れてないでしょ!」
「でも〜……わたし、早くあなたとの子どもが欲しいなぁ〜♡」
「あのなぁ……」
「くすくす……わたし相手にも避妊しなかった獣の癖に♡」
「あれはオリビアが脚で俺を絡めたからだろ! 悪いのはオリビアだ! 第一、避妊魔法は使えるんだろ!?」
「えぇ、避妊魔法は『使えます』よ♪ だから……遠慮しなくても良いのに〜♡」
「…………なら安心…………だよな…………??」
そしてオリビアもまた、恋も愛も恐ろしく積極的だ――――恐らくはオリビアと交流を持っていたエンシェント家のあのお節介なメイドが入れ知恵したのだろう。
俺の顔を眺めて舌なめずりするオリビアの姿は、“淫魔”であるリリィよりもよほど婬靡で、蠱惑的で、でもそれがとても愛おしくて。
俺の手は自然とオリビアの身体を弄っていて、それに気付いたオリビアの手が俺の身体に優しく纏わりついてきて、いつの間にか舌を絡めて唾液を交換しあって、溶け合うように求めあってしまっていた。
「うふふ……もうあなたとの子どもの名前も考えているんですよ♡ ドライ、フィーア、フュンフ、ズィーベン、ノイン、エルフ、ツヴェルフ……最低でも7人は産みたいです♡」
「エンシェント家への理解度が高すぎる……!? 早まるな、オリビア!」
「あぁ……またムラムラしてきました♡ 今日はフレイムヘイズさんから休暇を頂いてますよね、ラムダ様?」
「ひぃ!? まだ元気なのかオリビア!?」
「はい、元気です♡ だって、やっとラムダ様と結ばれたもの……あなたと結婚出来るなんて『夢』みたい……♡」
そして、子どもをせがむオリビアがベットに横たわる俺の腹部にのしかかってくすりと笑う。
情事の後の睦言、深い情愛で結ばれた後の触れ合い、一線を越え、一度外れた理性の箍は修復不可能になってしまい、俺もオリビアも本能に身を任せて甘い快楽の海に溺れていく。
触れあえば触れあう程に、繋がれば繋がる程に、愛はその深さと濃さを増していく。
欲しくて、手放したくなくて、求めて、手を繋いで、貪って、手を絡めあって、愛して、愛される。
あぁ……俺もオリビアとの子どもが欲しい。
君との『愛の結晶』をこの世に残したい。
そう、本能が叫ぶほどに。
「待ってくれオリビア! 頼みがある……式を挙げて、教会で籍を入れるのは……ノアとの旅が終わるまで待って欲しいんだ……!」
「…………ラムダ様?」
「ごめん……オリビア……! 必ず式は挙げる……とびっきり豪華な式を挙げる! だから……俺にもう少しだけ時間を与えて欲しい……」
それでも、俺はまだ快楽に溺れる事は許されない――――俺は『ノアの騎士』として、彼女の行く末を見届けねばならないから。
きょとんとした表情で俺を見つめるオリビアを抱き締めて胸元に引き寄せて、俺は未来の妻に懺悔する。
「ノアの旅の果てに……俺の次の『夢』があるんだ……」
「ラムダ様の……次の『夢』……?」
「俺の次の『夢』は――――ノアの『夢』を終わらせない事……!」
「ラムダ様……もしかして……ノアさんの事……!?」
王立騎士団に入団して、【王の剣】に見初められて、“星騎士”の名を冠し、オリビアを伴侶に迎えたとしても――――俺はノアとの約束を果たさなければならない。
「オリビア……教えて欲しい――――ノアは……あと何年生きられる?」
「ラムダ様……気付いて……」
「知っているんだろ、オリビア? ノアの……ノア=ラストアークの抱え込んだ『秘密』を……女神アーカーシャを創った少女の罪を……」
「…………あぁ……ノアさん、あなたを愛した人は……あなたの『罪』も愛してくれるみたいですよ……」
彼女に残された時間は短い。
ノア=ラストアーク――――世界を滅ぼす『七つの大罪』を造りあげ、女神アーカーシャを創り上げて古代文明を滅ぼしてしまった少女。
ただ一人、10万年後の俺たちの時代に取り残された『遺物』、世界を滅ぼす頭脳を持って造られた“人ならざる者”。
旅の中で気付いてしまった――――ノアが“生き急いでいる”事に。
きっと、残された『寿命』が短いからだろう。
旗艦『アマテラス』で見た記録の中に、ノアの記述があった。優れた個体を生み出すために無理やり遺伝子を操作した代償として、ノアの寿命は数える程にしか残されていないと。
それが数年か十数年かは俺には分からない……けど、この先産まれるであろう俺とオリビアの子が『神授の儀』を受ける頃には、ノアは確実にこの世を去っているだろう。
「申し訳ございません、ラムダ様……わたし、ノアさんから全ての罪を聴いていました……ラピーナ城にいた時です……」
「ノアは俺との旅を『夢』だと言って、旅が終われば『夢』から覚めるって言っていた……分かってしまった、あいつは……旅が終わったら俺の前から居なくなって、何処かでひっそりと死ぬつもりなんだって……」
「何年生きられるかはわたしも教えてもらっていません……けど、そう長くは生きられないから……オリビアさんがラムダさんの伴侶になって支えてあげて欲しいって……あの子、そう言って笑ってたの……うぅ……うぅぅ……!」
「オリビア……ひとりで抱え込んでいたんだな……もう泣かないで……君の悲しみは俺のものだ……」
そして、どうやらオリビアはラピーナ城でノアから全てを聞かされていたらしい……裏切りの騎士グレイヴを倒して冒険者ギルドの回収部隊を待つ時間、ノアとオリビアが思いっきり殴り合ったあの時だろう。
ずっとノアの秘密を抱え込んでいたオリビアは俺の胸に顔を埋めて涙を流す。
生き急いで、オリビアに俺を託して、旅の終着点に座す女神を目指した少女を待つ結末――――なんの救いもない甘き“死”、朽ちて消える儚い命。
「オリビア……俺は、ノアを死なせたくない……」
「知っています……ラムダ様が夜な夜な“不老不死”に関する書物を読み漁ってるってアウラ様が言っていたから……」
「『神授の儀』の日、俺は右眼と左腕を失って死にかけて……ノアに命を救われた。今度は……俺がノアを救いたいんだ……!」
「…………」
「ノアの旅に最後まで連れ添って、ノアの命を未来に繋いで、ノアに……幸せな『夢』の続きを観ていて欲しい……それが、俺の新しい『夢』なんだ……」
俺はノアを救いたい。
彼女が救ってくれた俺の命を捧げてでも、ノアを生かしてあげたい。
全てを失って、その贖罪の為に生きて、罪と共に消えるなんて酷すぎる。
ノア……俺は君にもっと笑っていて欲しい、もっと愛して欲しい、もっと生きていて欲しい。
「オリビア……ノアを救う旅を一緒に続けて欲しい……結婚するって言ったのに、ノアにうつつを抜かしてごめん……」
「もう……馬鹿な人ですね? ノアさんはわたしの『友達』ですよ……わたしだって……ううん……みんな、ノアさんには生きて欲しいって願っています」
「ありがとう……」
「みんなでノアさんの旅を終わらせて、みんなでノアさんを救って、みんなでノアさんをいっぱい愛してあげましょう……!」
ノアの旅は、彼女に取っては『自身の罪を贖う為の旅』かもしれないけれど、俺たちにとっては『ノア=ラストアークを救う旅』に他ならない。
ノア……俺はお前の行く地獄の果てまで付いて行く。
だから、俺の行く地獄の果てまで付いて来て欲しい。
「あなたの『夢』を支えます……ラムダ様……わたしの旦那様……」
「俺の『夢』を支えてくれ……オリビア……愛しき妻よ……」
俺は諦めない――――ノアの命を繋いで、オリビアと家庭を築いて、みんなを幸せにしてみせる。
きっと、俺は正義の味方にはなれない。
どこまでも自己中心的で、どこまでも傲慢で、どこまでも我儘で、きっとこの先も多くの過ちを冒すだろう。
けれど、たとえ世界から『魔王』と罵られても、俺には護りたいものがある。
「俺が護りたいのは、君たちだ……」
「だから、わたしたちがあなたの『夢』を護ります……」
オリビアと肌を重ねて、お互いの身体を抱き締めて、激しく口づけをして、その『決意』を確固たるものにしていく。
俺にとってノアやオリビアたちは夜空に煌めく希望の“星々”――――俺はその希望を護る“騎士”になる。
俺は【勇者】にも【英雄】にも興味はない――――ただ、目の前にあるありふれた『幸せ』を護りたいだけの子どもだ。
“星々の騎士”――――それが、俺の運命の名前。
たとえ世界を敵に回してでも、愛する人を護りたい願う俺の進む路。
「ラムダ様……もう一度、わたしと繋がって……」
「甘えんぼうだな……今度は負けないからな……!」
「ラムダ様ー、起きていますかー? オリビア様が見当たらないのですが、何処に居るかご存知ありま……せん……か…………」
「「…………あっ///」」
「ふたりしてベットの上でイチャイチャ……はぁ〜……またコレットとシリカさんに汚れたベットの清掃をさせる気なんですか?」
「え、えへへ……許して、コレット……」
「わ、わたしは初犯ですよ? 許してくれますよね……ねっ?」
「情事の後の寝具の清掃がいかに億劫か……おふたりにも体験していただきましょうか……?」
「「ひぃ……!? 顔が怖い……!!」」
騎士になる『夢』の先に見つけた、俺の新たな『夢』――――“アーティファクトの少女”と征く最果てへの旅の名は『忘れじのデウス・エクス・マキナ』。
ノア=ラストアークが観る一時の『夢』の名前。




