第131話:ようこそ、王立ダモクレス騎士団へ
「同期解除――――e.l.f.、此処は?」
「おかえりなさい、ご主人様! 此処はエトワール城内の倉庫です♪ 元老院の議事堂はすぐそばですよー♪」
旧アハト邸でのシャルロット救出と暗殺者の撃退を終えた俺はジブリールの駆体から意識を切り離し、再び自分の身体に戻っていた。
目が覚めた時、俺が居たのは埃を被った王城の倉庫の一室。使い古された槍、箱に積められた大砲の弾、湿気ってそうな火薬の袋、窓から差し込んだ陽光に照らされた埃がこの部屋が長く手入れされていない事を雄弁に物語っていた。
此処なら気取られる事は無いだろう……e.l.f.の配慮には感謝しないとな。
「リヴさん、状況は?」
《ラムダ団長の陽動のお陰で暗殺者たちの炙り出しはほぼ完了しています。そして、アンジュさんの手厳しい尋問で白状した暗殺者の証言から、元老院貴族の関与も裏付けが取れました》
「上出来! 他の師団にも一報を」
《承知しました。ラムダ団長……ご帰還をお待ちしています……!》
事態はこちらが優勢――――暗殺者たちはアンジュ率いる第十一師団の騎士たちに次々と囚えられ、その内の数名から元老院貴族の『ラムダ=エンシェント暗殺』への関与を決定付ける証言が飛び出した。
状況は既に“王手”、後は俺直々に“詰み”を掛けるだけだ。
「e.l.f.――――議事堂に貴族は居るかい?」
「索敵済みです♪ 議事堂に生体反応は20名――――恐らくはエシャロット一派かと」
「だね……行くよ、e.l.f.!」
甲冑を動かし兜で頭部を覆い、翼を広げて議事堂を目掛けて城内の廊下を滑空する。
俺は第十一師団の長、『災いを引き起こす者』を体現した者――――故に、弱者を喰い物にし、私腹を肥やした者たちに相応しい“厄災”を贈ってやろう。
「な、何じゃ!? 議事堂に誰か突っ込んできたぞ!?」
「不届き者! 我らグランティアーゼ元老院に楯突くは何者か!?」
「――――我、“アーティファクトの騎士”」
「アーティファクトの……騎士……まさか!?」
議事堂の扉を打ち壊し、ワイン片手に談笑をしていた貴族たちの前に姿を晒す。
私腹を肥やして太った貴族たち――――苦労を知らず、挫折を知らず、特権階級に胡座をかき、【死の商人】から甘い汁を啜り続けた者たち。
「ラムダ=エンシェント……この無礼者めがッ!! 一介の騎士――――いやさ、ゴミ漁りの分際で神聖な元老院の議論の場を穢しおって!! 恥を知れッ!!」
「神聖な王都に血生臭い暗殺者を呼び込んだ貴殿等が吠えても……私の耳には届きません……!!」
「暗殺者……なんの事だ? 我々には預かり知らぬ話だ……なぁ、エシャロット伯爵よ?」
「その通りだ! 秩序の破壊者たる貴殿に恨みを持つ輩など王国中に居る……見当違いな言い掛かりは止めて貰えるかな、ラムダ卿?」
「――――弱者を喰い物にし、豚のように醜く肥える貴殿等が私を“秩序の破壊者”と罵るか……?」
「…………口を慎め、童! それ以上の暴言はグランティアーゼ元老院への反乱とみなす!」
口もとをニヤつかせて俺をあざ笑う元老院貴族たち。
自分たちは危害の及ばない『絶対に安全な領域』に居ると慢心している。自分たちは“特権階級”――――決して冒されること無き安全圏に居ると確信している。
だが、逃しはしない。
「失礼します、ラムダ団長――――用意周到に契約書を元老院貴族に書かせていた暗殺者より証拠を押収し、証言を取りましたので此方に持参致しました!」
「ありがとうございます、アンジュさん……って、右手に首根っこを掴まれたボロボロの暗殺者が!?」
「ごめんなさい……何でも言うこと聞きますので、もう殴らないでくだはい……契約書も此処に……!」
「…………前歯が欠けてる……」
「これぞバーンライト流“催眠術”……! どうだ、私の催眠も様になっているだろう?」
「これ催眠じゃなくて脅迫……」
「…………あぁん?」
「すみません……何でも無いです…………エルロルのこと根に持ってる……」
遅れて議事堂に現れたのはアンジュ=バーンライト。戦闘で打ち負かし尋問をしたのだろう、暗殺者と思われる男の首を掴んで引き摺りながら参上した彼女は、得意気な顔で俺に捕らえた獲物を見せびらかす。
思いっきり顔面を殴られたのか、前歯が欠けて血まみれの状態でアンジュに許しを請う暗殺者。
その手には一枚の契約書と思しき紙が握られていた。
「…………契約書……だと……? そんな馬鹿な物……ある筈が……いや、そんな証拠を残す阿呆がいる訳……」
「そ、それは……」
「…………居るのか……!?」
「よほどお高くついた暗殺者か、ぼったくりに気付かずに必死で雇ったか……いずれにせよ、ご丁寧に血判付きだ――――言い逃れは出来んぞ!!」
「――――と、言う訳です。残念ながら……あなた達の愉しい“宴”はこれにて終いです!」
血判付きの契約書――――貴族たちと暗殺者を結び付ける決定的な証拠。
俺が倒した暗殺者も金で雇われた謂わば使い捨ての駒だった。
故に、『雇い主』と『雇用者』の脆弱な関係を繋ぎ止める為に念入りな証拠を残させる者がいると踏んでいたが……読みは当たったみたいだな。
僅かに晒された“綻び”、破綻した殺戮の宴、『元老院貴族が暗殺者を雇い入れ、王立騎士の暗殺を試みた』という確たる証拠を突き出され、薄ら笑いを浮かべていた貴族たちから余裕の笑みは消えた。
「は、話が違うでは無いか!? ラムダ=エンシェントはイカサマで成り上がったペテン師では無かったのか!? エシャロット伯爵……何だこの状況は!?」
「わ、私は知らん! 言い掛かりも大概にしたまえ!!」
「グレイ=アルマーは貴方に雇われたと言っていたぞ、エシャロット伯爵……! 俺の仲間の首に追加の賞金を掛けてある事までご丁寧に自白してな……!!」
「おのれ……口の軽い暗殺者め……しまった!?」
「今のは自白だな――――エヴァンス=エシャロット伯爵、王立ダモクレス騎士団として貴殿を殺人教唆の疑いで拘束させてもらう!」
「あ……あぐぐ……き、緊急事態だ! 我々を守れ、【王宮守護像】!!」
追い詰められ焦って自己保身に走った結果、自身の犯行への関与を認めてしまったエシャロット伯爵。
そして、自棄になった彼は物理的な“口封じ”を図り議事堂を守護する守護像を動かす。
「部屋の入り口に備えられていた巨兵の像が動き出した!?」
「レティシアから聞いたな……エトワール城の至る所に配備された守護兵【王宮守護像】か……! アンジュさん、少し離れて!」
天井ギリギリ、高さにして5メートルはありそうな石の巨人が2体、手にした石の大剣を振りかざして俺を狙う。
動きは単調だが閉所空間で巨体に暴れられては回避も一苦労だろう。
「わははははは! 擦り潰せ、ゴーレム!!」
「左腕アーティファクト【セファール】装着――――超電磁左腕部、射出ッ!!」
「なっ……左腕が分離して飛んだ!? ば、化け物だ……!?」
振り向きざまにゴーレムの内の一体に狙いを定めて左腕を分離して飛ばす。
光量子展開射出式超電磁左腕部追加装甲【セファール】――――古き神話の巨人の名を冠した新しい武装、大きく、禍々しい悪魔の腕と化した左腕は勢いよく射出されて迫りくる巨人の胴体を荒々しく掴む。
そして――――
「――――光量子波動砲!!」
「何だと……【王宮守護像】が……一瞬で塵に……!?」
――――左手から放たれた高出力砲を喰らい、巨大なゴーレムは瞬きよりも疾く塵と化した。
「右腕電撃杭砲【GSステークキャノン】発射――――電撃杭、爆鎚!!」
「おわッ!? 残ったゴーレムも破壊されたのか!?」
残ったもう一体のゴーレムも右腕から射出して胴体に埋め込んだ“電撃杭”の高電圧放電で内部を焼け焦げさせて沈黙させた。
これで貴族たちの武器も奪った。
「馬鹿な……【王宮守護像】が一瞬で……片付けられた……!?」
「ゴミ掃除は第十一師団が請け負います……私はゴミ拾いのプロですので……!」
「それは自虐か……ラムダ団長……?」
「アンジュさん……俺だって自分の職業のこと気にしてるんですぅ……」
「す、済まない……デリケートな内容だったか……」
打ち上げられた魚のように口をパクパクさせるだけしか出来なくなったエシャロット伯爵たち。
せっかく掴んだ王立騎士団で活躍する俺の『夢』――――お前たちに邪魔はされたくない。
「何故……我々が狩られる側になっている!? 腕利きの暗殺者が揃いも揃って……小僧ひとり殺せないのか!?」
「グランティアーゼ王国に災いを引き起した逆賊――――この“魔王”めが!!」
「我々こそがグランティアーゼ王国の守護者だ! 世の中の現実も知らん夢見がちな小僧が粋がるな!!」
「――――言いたいことはそれだけか……【死の商人】の顧客ども?」
「――――ッ! オクタビアス卿!?」
そして、悪しき政治家たちに裁きの時は訪れる。
議事堂の扉を潜り現れたのは黄金の鎧を纏った男・オクタビアスと彼が率いる第八師団の騎士たち。
「シャルロット=エシャロット令嬢から通報があった……エヴァンス=エシャロット伯爵、及び元老院貴族の皆様――――我らが同士、ラムダ=エンシェント暗殺の嫌疑で拘束させていただく! 第八師団よ、遠慮は要らん……全員ひっ捕らえよ!!」
「「「――――承知!!」」」
「馬鹿な……ゴルディオ……この裏切り者がぁーーーーッ!!」
かくして、グランティアーゼ元老院貴族達によるラムダ=エンシェント暗殺事件は幕切れとなった。
拘束された元老院貴族達――――多くの者が後に嫌疑不十分での釈放となったが、用心深い貴族又は暗殺者による密約の証拠が発見されたことから一部の貴族は罪に問われ、罪状の重い者は爵位の剥奪の憂き目にあったと言う。
首謀者のエヴァンス=エシャロット伯爵についても、暗殺者を招いた確たる証拠こそ無かったものの、実子であるシャルロットに被害が及んでいた事を知り後悔から罪を自白。王立ダモクレス騎士団の保護観察処分と言う形で監視下に置かれることとなった。
「ラムダ=エンシェント卿……私は貴殿に詫びねばならん……!」
「オクタビアス卿……」
「私は貴殿を【ゴミ漁り】だと嘲り、エシャロット伯爵の甘言に乗せられて貴殿を“秩序の破壊者”だと排斥しようとしてしまった……誠に申し訳ございませんでした!」
「それは……グランティアーゼ王国を想っての行動ですよね?」
「そう……想っていた……国を護るのは私の責務だと……思い上がっていたのだ……済まない……」
「なら……私もう何も言いません、オクタビアス卿」
「ラムダ卿……」
「あなたは私への疑念を払拭してくれた……それだけで、私は満足です……! 改めて……私を同士として迎えてくれますか、ゴルディオ=オクタビアス卿?」
「…………無論だ、ようこそラムダ=エンシェント卿――――我らが王立ダモクレス騎士団へ!」
事件が終わり、騎士団がそれぞれの持ち場へと引き上げている最中、オクタビアスは俺に深い謝罪をして和解を申し出た。
雨降って地固まる――――ノアの教えてくれた諺、まさしく今の俺とオクタビアス卿の関係を表した言葉だろう。
彼が俺を排斥しようとしたのは、俺に真に王立騎士としての資質があるかを問う為――――そして、俺が騎士としての『覚悟』を示した事で、オクタビアスは俺への認識を改めてくれた。
「“災いを引き起こす者”ラムダ=エンシェントよ……貴殿がグランティアーゼ王国に何を齎すか、私は見定めさせて貰う……! もし、貴殿が王国に災いを齎すのなら……私が貴殿を戒めるので、そのつもりで……安心して進みたまえ!」
「ありがとうございます……オクタビアス卿!」
夕暮れの議事堂、差し込む夕日に祝福されながら、俺とオクタビアスは固い握手を結ぶ――――王都での陰謀を経て、ラムダ=エンシェントの名は王都に響き渡り、住民たちは王都に巣食った暗部を祓った新たなる【王の剣】の誕生に湧き立った。
「ラムダ=エンシェント団長……後片付けはキビキビとする!」
「貴殿はなぜ議事堂の扉を破壊して入場したのだ……? 片付けを考えなかったのか……この阿呆が……!」
「申し訳ございません〜……アンジュさん、オクタビアス卿〜(泣)」
そして、破壊した議事堂の扉やゴーレムの残骸の後始末に追われる俺の姿は、騎士団の笑い草になったと後になって聞いたのだった。