第130話:旧アハト邸の戦い
「天使さーん、ラムダ=エンシェントのお使いー? てっきりあのイキった騎士様が出張ってくると思ったのに……残念だな〜」
「スキル発動【二次元の傍観者】――――名はグレイ=アルマー、職業は【暗殺者】、固有スキルは『自身の身体から実体を消失させる』スキル【姿なき殺人者】……生まれついての暗殺者か……」
「へぇ……人の個人情報を盗み見るスキルか……趣味の悪い天使ちゃんだ……♪」
――――王都貴族街の外れ、忘れ去られた古びた屋敷。
そこに居たのは寄宿舎で俺を襲撃した暗殺者と拐かされて椅子に縛り付けられたシャルロット。
「古びた劇場……大方、エシャロット伯爵が悪事を働く時に使っていた隠れ家という所か……?」
「ふふふ……大正解♪ ここはエシャロットの旦那が俺たちのような悪党の拠点に貸してくれてるボロ屋さ♪ 確か……元はアハト=エンシェントが住んでいた家だったかな?」
「なるほど……エシャロット家が管理してて、いまは手付かずな訳だ……」
「で、今は俺の隠れ家♪」
なるほど、元は現役時代の父さんが住んでいた屋敷だった訳か。
短剣をこちらにチラつかせながら楽しげに話す暗殺者――――俺の端的な感想としては『刃物を見え隠れさせながら友好を訴えてくる友人』、つまり信用ならない奴だ。
こちらの意に沿わなければ人質であるシャルロットを殺すと、奴は短剣の刃先を窓から差し込む日差しで光らせながら俺にアピールしている。
「目的は何だ、言え?」
「ラムダ=エンシェントの暗殺。あいつの愛人を殺せば追加で報酬が上乗せ……面白いでしょ?」
「それで、ラムダ=エンシェントを殺してあなたに何の益がある?」
「報酬で飯が食える! あと復讐できてスカッとする! あいつには【死の商人】って言う大口の仕事先を奪われたからね〜♪」
動機は至極単純、『仕事』と『個人的な復讐』か……まぁ、俺も人の恨みを買う事をしていたって訳だな。
もっとも俺だって『ラムダ=エンシェントは正義の味方』なんて声高に叫ぶつもりは無い。そもそも殺人鬼であるリリエット=ルージュを囲んでいる訳だしな。
だが、こいつは恐らく【死の商人】から暗殺の仕事を斡旋してもらっていた裏社会の存在に過ぎない。生憎と、同情する余地は無いな。
「さて、天使さんにお願い……ラムダ=エンシェントを連れてきて? じゃないと……このお嬢様を殺すことになっちゃうよ〜♪」
「…………ジブリールさん、私は『覚悟』をしています。どうか、お気になさらずに……!」
ラムダ=エンシェントを出せと人質の首筋に刃先を押し当てて脅迫する暗殺者と、震える身体を隠して気丈に振る舞うシャルロット。
「シャルロット=エシャロットはあなたの依頼人の娘……迂闊に手を出せばあなたの立場が危うくなるのでは?」
「あはは♪ 確かに……けど、俺みたいな馬鹿が後先を考えると思う?」
「後先も考えられない馬鹿にしては用意が周到だ。屋敷中に張り巡らせた暗殺用の罠の数々――――ラムダ=エンシェントへの強い殺意に満ちている」
「へぇ……褒めてもらえるなんて嬉しいなぁ~♪ で、罠を回避する為に上から飛び込んで来たんだ……天使さんも人が悪いな~?」
「…………ッ!」
シャルロットの瞳が虹色に輝いて、彼女はしきりに“上”を気にしている……そろそろ頃合いかな。
「最後通牒……シャルロット=エシャロットを速やかに解放して降伏を! さもなくば、痛い目を見てもらう!」
「する訳ねぇじゃん……ば~か♪」
「そう……なら――――覚悟しろ、グレイ=アルマー!!」
「きひひ! この人質がどうなって――――ぐあッ!?」
「お嬢様から離れなさい、この暗殺者め!!」
俺の怒号とともに気を大きくして短剣を大きく振りかざした暗殺者、その瞬間に俺が突撃した天井の穴から投擲されて敵の短剣を弾き飛ばしたクナイ、そして暗殺者を蹴飛ばして現れたのはシャルロットの護衛3名。
そう、俺の存在はただの時間稼ぎ――――屋敷中に仕掛けられた罠を回避するための天井の穴を通ってシャルロットの護衛が現れるまでの。
「クソっ!? お喋りし過ぎたか……!」
「申し訳ございません、お嬢様! 我々が居ながらこのような失態を……!」
「相手はお父様……此度の事は不問です! 但し、これ以上は彼奴の好きにさせてはいけません!!」
「シャルロットを連れて屋敷から脱出を! この不届き者は引き受けた!!」
「――――承知! 我々はシャルロットお嬢様を寄宿舎へと!」
一瞬の出来事だった――――暗殺者を前に『壁』のように立ち塞がるふたりの護衛、シャルロットを抱き抱え手にしたグラップリングフックを撃ち出して天井の穴から脱出するもうひとりの護衛。
隙もなくシャルロットを救出した従者達の手際の良さで暗殺者は『人質』という最大の手札を失い、俺の前にひとり残された。
「斬砲撃武装【アヴェ・マリア】転送! 武器を取れ……それとも、一方的に叩きのめされたいか?」
「クフフ……シャルロットお嬢様には逃げられたし、次はあんたに『人質』になってもらおうかな? 固有スキル発動――――【姿なき殺人者】!」
短剣を片手に固有スキルを発動させる暗殺者――――奴のスキルは『実体の消失』。ノアの言葉を借りるなら『当たり判定の消失』と言ったところか。
「光量子砲撃――――発射!!」
「へへへッ、効かないよ〜♪」
「姿は見えど、実体は無し……“中身の無い蜃気楼”……まるであなたの人生そのものね……」
「それ挑発? ちょっとイラッとしたかな?」
手にした杖から放たれた砲撃は暗殺者の身体を素通りして背後の舞台を砕くだけで、奴自身にダメージを与えた手応えは無い。
だが、精神攻撃は通用する――――やはり物理攻撃に対する透過性を獲得するだけのスキルのようだ。
「天使さん、綺麗な身体だね~? 手足の腱を切って犯しても良い〜?」
「――――下衆だな、お前。女性を抵抗できなくして嬲るのが趣味か?」
「うん、その通り♪ まだ【死の商人】が生きていた頃はご相伴に預かれていたけど、最近はご無沙汰でね~……溜まってんだよ!」
「そう……生憎とドブネズミは趣味じゃなくてね!」
「好きで溝啜ってる訳じゃないんだけど――――ねッ!!」
故に挑発は有効手段――――俺の言葉に僅かに眉間を動かして、暗殺者は袖に隠していた短剣を勢いよく投擲する。
目標は俺の胸元――――だが、そんな単調な攻撃を喰らうわけにもいかない。迫りくる短剣を杖を振って軽く弾く。
「へぇ~……すげぇな! 身動ぎ一つせずに弾いちゃうか〜!」
「…………クドい」
「お褒めの言葉、恐悦至極♪ んじゃ……直接殺らせて貰うわ!!」
俺に弾かれて床に転がった短剣を見て、目を輝かせながら隠していたもう一本の短剣を片手に突撃を開始してきた暗殺者。
固有スキルの種が分かっていなければ所謂“初見殺し”が可能だが、俺には既にスキルのネタは割れている。
だが、俺にスキルが割れている事は奴も百も承知だろう――――故に、奴には“隠し札”がある。
「固有スキル発動――――【姿なき殺人者】!」
「アーティファクト【ブラックセイバー】――――来い!」
右手に黒剣を左手に砲剣杖を――――相手は短剣片手に無謀にも突撃してくる殺人鬼。
普通なら負けない……相手も『勝てない』と分かっている筈だ。
だが、相手の表情には余裕がある。足取りもブレは無く、視線も泳がず、重心は腰にしっかりと据えられている。
「死ね、天使ちゃん♪」
「この攻撃は虚勢――――すり抜けるだろ?」
「――――へぇ」
暗殺者は短剣を突き出して俺の喉元に喰らいつく。
だが、その凶刃がジブリールの身体を斬る事は無い――――奴の初撃は透過する。
身体をすり抜ける飄々とした男の身体。まるで濃霧の中を突っ切るような湿った不快感が身体を通り抜けて、暗殺者は俺の背後に回り込む。
そして、俺をすり抜けて床を踏み抜いた暗殺者の手には初撃で弾いた筈の短剣が一振り。
「後ろ取った♪」
「残念! 後ろを取らせてあげただけだ――――【ルミナス・ウィング】!!」
「――――うわっ!?」
背後を取っての奇襲攻撃、暗殺者の“二の矢”、正面から打ち合う決闘の逆手をとった搦手。
だが、俺はそんな搦手に油断するような事はしない。
不意に広げた光の翼に面食らって足が止まる暗殺者――――さぁ、どう出る?
「クソっ……【姿なき殺人者】!!」
「クドいと言った! 漆黒剣――――喰い斬れ!!」
「――――なっ!?」
暗殺者が取った行動は回避行動――――とっさにスキルで身を守り、後ろに大きく跳躍しようと足を踏み込む。
その隙を俺は逃さない。
振り向きざまに振り抜いた漆黒剣、斬り落とされた暗殺者の右手、再び床に落ちた短剣。
「何で……俺の手が……!?」
「この剣は魔力を喰う……たとえすり抜けるとしても、貴様は其処に居るのだろう? 実体が無くとも、何らかの物質で存在しているなら……逃しはしない……!」
揺らぐ表情、崩れた体幹、焦って踏み抜いたせいで軋んだ床――――スキルを維持できなくなったな。
「そんな……馬鹿な……!?」
「必殺――――“天使拳”!!」
「――――ぐぇ!?」
隙を見逃さず、杖を手放して空いた左手の鉄拳で暗殺者の顔面を殴り抜く。
情けない断末魔をあげて床に顔面をめり込ます暗殺者、甲高い音を立てて落ちたもう一本の短剣――――これで終わりだな。
《終わりました、マスター? そろそろ駆体を返して頂けますか?》
「分かったよ、ジブリール。一応、コイツの傷の処置を施して寄宿舎に連行しといてくれ…………尋問は任せる」
《――――了解!》
さて、シャルロットを拐かした賊は排除した。
次はエシャロット伯爵含めた事態の首謀者達だ。
「この事態の結末――――付けさせて貰うぞ、エヴァンス=エシャロット伯爵!!」




