第129話:動き出す第十一師団
「さて……これで動ける人員は全員集まったかな、アンジュさん?」
「――――ハッ! 第十一師団の精鋭、消息不明のシャルロット=エシャロットと作戦行動中のジブリールを除き全員揃いました!」
「……で、いきなり全員集合とか何事だし? 団長ちゃん、何があったの?」
「それは今から説明するよ、キャレット……」
第十一師団寄宿舎、作戦会議室――――ラムダ=エンシェント暗殺未遂から数分後。
俺の指示で集まった第十一師団の団員たちは寄宿舎にある作戦会議室に集結し、各々の座席に着席していた。
列になった座席から一望できるように設置された黒板前に立つのは俺と秘書官のリヴ、そして部屋の脇で機材をいじるノアとネオン。これが第十一師団の主な作戦会議の風景になるのだろう。
「まずは作戦会議室の機能開放だな……ノア、頼む!」
「はーい♡ システム起動、モニター展開、これぞ古代文明式のブリーフィングルームとなりまーす♡」
「うわわ!? 僕たちの居る部屋が真っ暗になったと思ったら、モニター状の立体映像が!?」
「驚いた……見たことのない技術体系のオンパレードだな……! これがリティアが惹かれたアーティファクトの真髄……」
そして、ノアの操作によって部屋の照明は落ち、現れる無数の立体映像――――旗艦『アマテラス』の作戦会議室を模して造られた部屋。
これ程の技術力はこの時代ではドワーフ族でも再現は不可能だろう。ノアという生きるアーティファクトを仲間にした俺にのみ許された科学の力だ。
「この地図……もしかして王都の地図、御主人様?」
「正解。ジブリールに頼んで王都を上空からスキャンしてもらった地図を立体映像で表示しているのさ」
「はぇ~……すっごいのだ〜……!」
「じゃあこの地図上を動く赤い点は何かしら、ラムダ卿?」
「その赤点が俺を襲った暗殺者の居場所だよ、レティシア……」
「この進行方向……貴族街の外れに向かっていますわね……!」
「そこにはエシャロット伯爵が管理している物件があった筈です、ラムダ卿!」
作戦会議室に大きく映し出された王都の地図、そこに映し出された暗殺者を示す赤い点――――レティシア曰く、暗殺者は貴族街の外れに向かっているらしい。
そしてシャルロットの護衛の証言から其処にエシャロット伯爵の管理する物件があることも裏が取れた。
「つまり、例の暗殺者はラムダ団長の暗殺に失敗して逃げたという事?」
「どうかしら、エリスちゃん? 暗殺の失敗なんて暗殺者には死活問題……もしかして……?」
「奴が俺を誘っていると、シエラさん?」
「ええ。わたしが暗殺者としてラムダ団長を狙うなら必ず“二の矢”を用意するわ……だって、あなた……隙が無いもの……♡」
「ともすれば……奴が向かう場所に何かありそうですね、ラムダ団長?」
「……ですね、リヴさん」
恐らくあの暗殺者は俺を貴族街の外れにある例の建物へと誘っている。そして、奴がシャルロットを拐ったとしたのなら、恐らくは其処に監禁している筈だ。
我が団の千里眼持ちがピンポイントで拐われたのは痛手だな……こういう時に彼女の“眼”が必要だと言うのに。
「いかが致しますか、ラムダ様?」
「先程も報告した通り、ラムダ団長を狙う賊は他にも複数居る。第六師団の警告が無ければ訓練中に襲われていた所だった……」
「…………」
「お兄ちゃん……真剣に考えているのだ……」
暗殺者たちの、そして背後で糸を引く連中の狙いは俺。そして、ルチアの警告が正しければノアやオリビアも対象にされている……さて、どうしようか?
敵は恐らくエシャロット伯爵や元老院の貴族たち――――【死の商人】から甘い蜜を啜っていた連中だ。
「決めた! 俺は王城にある元老院の議会へ乗り込む!」
「なぜ、元老院の議会に?」
「今は連中が会議をしている時間……だったよね、レティシア?」
「えぇ……恐らくは……? まさか……元老院の貴族があなたが暗殺されるのを高みの見物でもしてると!?」
「するな、確実に……! 醜悪な貴族のやりそうな悪趣味な宴だ……!」
「では暗殺者の追跡は?」
「考えてある……ジブリール、アーティファクトによる“同期”……準備できているか?」
《肯定――――この駆体、いつでもマスターと同期可能です!》
「了解! アンジュさん、三人一組を組んで王都に散開を! 街に紛れた刺客を炙り出して叩くよ!」
「――――心得た! チーム分けは私が責任をもってやろう……!」
暗殺者たちは言わば“駒”、倒しても倒しても次が補充されていくだろう。
俺が真に叩くべきはこの事態を引き起こし、高みの見物と洒落込んでいる腐敗した貴族たちだ。俺たちに辛酸を嘗めさせた【死の商人】を未だに狂信しているのなら、それ相応の痛い目にはあってもらわなきゃ気が済まない。
先ずはシャルロットの救出、次に王都に潜む暗殺者の排除、そして最後に元老院貴族の摘発――――既に俺たちには王立ダモクレス騎士団としての権限が与えられている。可能な筈だ。
「これより、シャルロット=エシャロット救出及び暗殺者の排除を行う! 第十一師団【ベルヴェルク】、作戦配備に就け!!」
「「「――――承知!! 我ら第十一師団【ベルヴェルク】、グランティアーゼ王国の平和を脅かす脅威をこれより排除します!!」」」
かくして、俺たち第十一師団、新生【ベルヴェルク】は動き出した。
俺たち実行部隊は王都へと散開して暗殺者たちの排除を。リヴ、ネオン、ノアの3名は寄宿舎内の司令室から作戦指揮を――――俺が見繕った精鋭たち、これが初の任務だ。
「ラムダさん……気を付けていってらっしゃい……」
「行ってくるよ、ノア……」
「はわわ……/// 私の横で堂々とキスしてる〜///」
「コホン……/// ラムダ団長……速やかに位置に就いてください……///」
白銀の鎧【GSアーマー】を身に纏い、機械天使たちとお揃いのバイザーを装着して俺は窓から王都上空へと舞い上がる。
城壁に囲まれた白亜の街を眼下に見据える――――ざわめく住民達、散開していく団員達、街の影から様子を窺う不審な影、王城から覗く視線。
ラムダ=エンシェントの戦いを王都の全てが見張っている……参ったな、どうも俺はわくわくしているらしい。
「おおーっ! その装甲、お似合いですよマスター♪」
「ありがと! さて、まずはシャルロットからだな……e.l.f.、俺がジブリールの身体を借りている間に、この身体で街中を飛行してくれないか?」
「りょーかいしましたー! ご主人様ーーッ♪」
「暗殺者を一通り釣り終えた後はアーティファクト【ミラージュ・ジャマー】で姿を消して王城に侵入。俺が戻った際にすぐに突撃できる場所で待機しといて!」
ニヤける顔をペシペシと叩いて気合を入れ直す。ここから先は大事な局面――――しくじれば俺は【王の剣】としての威厳を失うだろう。
だが、ここで功を挙げれば俺はもっと高みへと羽ばたいていける。
「始めるぞ、ジブリール!」
「了解――――同期開始。【機械天使】ジブリールの意識をラムダ=エンシェントに同期します……」
「ご主人様……?」
「同期完了……! これがジブリールの身体か……意外と胸が重いな……」
俺が手始めに行ったのはジブリールの身体を借りること。目が覚めた時、俺の意識は機械天使へと乗り移っていた。
軽い身体、細い手脚、少し重い胸元、本当なら男性の身体の方がしっくりくるが……まぁ文句は無い。
そう、俺はいまジブリールになっている。
「じゃあe.l.f.……手筈通りにお願い!」
「了解♪ 自動操縦開始!」
「さて……じゃあ俺は例の暗殺者の居る建物に向かうとするか……!」
ジブリールの身体を借りて俺が突撃するのは貴族街の外れにある暗殺者の潜伏先――――上空から一気に加速しつつ、俺は赤い屋根の邸宅へと狙いをつける。
そして――――
「荷電粒子砲【ソドム】【ゴモラ】――――発射!!」
「うわっと!? なんだなんだ……天使が天井をぶち抜いて降ってきやがった!?」
「ジ、ジブリール……さん……?」
――――荷電粒子砲で屋敷の天井を撃ち抜いて、俺は暗殺者の居る屋敷の小さな劇場へと突撃する。
そこにいたのは椅子に縛られて監禁されていたシャルロットと、短剣を片手に彼女の背後でたむろっていた暗殺者のふたり。
周囲に敵影は無し――――恐らく奴はエシャロット伯爵の雇われた単独犯なのだろう。好都合だ。
「シャルロット=エシャロット伯爵令嬢は返して貰う……!!」
「マジ!? まさかラムダ=エンシェントの部下かよ!?」
さぁ……俺の新しい英雄譚の幕開けだ。