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第128話:姿なき暗殺者


「オラオラーーッ! もっと気合を入れて走れ小娘どもーーッ!! そんな事では王立騎士など務まらんぞーーーーッ!!」

「ひぃ……ひぃ……! ノ、ノアさん……あと寄宿舎……何周ですか……ひぃ……ひぃ……!!」

「あと20週……です……オリビアさん……ぜぇ……ぜぇ……! うっ……ラムダさんのアレの感触がまだ股間に……!?」


「うぅぅ……わたし淑女なのに……アンジュさん、容赦無さすぎますぅ……!」

「ノアーーッ、オリビアーーッ、黙って走れーーッ!!」

「「ひぃぃぃ……鬼教官だーーーーッ!?」」



 王都市街地、第十一師団寄宿舎――――時刻は昼過ぎ。


 昼食を食べた騎士団員たちは“教官”の地位をせしめたアンジュ=バーンライトの地獄のような指導の元、肉体改造に励んでいた。


 まずは寄宿舎の周りを走り込み――――後方支援担当のノアやオリビアも例外なくアンジュのスパルタ指導に巻き込まれ、動きやすい運動着でのランニングを余儀なくされていた。



「ラナちゃん、水だして水! 私、死にそう……!」

「かひゅー……かひゅー……死ぬぅ……」

「ラナちゃんが死にそう!? アンジュさん、ラナちゃんが死にそうなんですが……」

「泣き言は後ッ!! 実戦では敵は待ってくれんぞ!! いいか、弱った女など『私のことを犯してくださーい♡』ってお尻を振る馬鹿な性奴隷としか敵は思ってくれん!!」


「き、厳しいのだ……!? そしてアンジュお姉ちゃんの女性評があまりにも辛辣なのだ……!?」

「辛辣で結構!! ひ弱な草食系男子も弱った女を前にケダモノと化す!! 男に喰われたくなければ男よりも強くなれ!!」



 大剣を地面にぶっ刺して走り込むノア達を威嚇するように大声を張り上げるアンジュ。


 男よりも強くなれ――――女性を奮い立たせる標語としてはいい響きだ。若干、女戦士アマゾネス感があるのは否めないが。


 アンジュ=バーンライト……ひ弱なリティアに良いようにもてあそばれたのを根に持っていそうだな。流れ弾を喰らわないようにしないと。



「何処を見ているのですか、ラムダ団長? あなたの仕事は窓の外でしごかれている女の子を鼻の下を伸ばしながら観察することですか?」

「い、いいえ……団員に掛かる人件費や装備等の予算の計算と報告書の作成です……ネザーランドさん……」

「ならキリキリ手を動かす!! 私も手伝っているんですから、サボタージュは許しませんよ!!」

「ひぃぃ……俺もランニングが良いよぉ〜(泣)」



 一方、俺は寄宿舎内にある執務室で秘書官であるリヴの監視の下、書類漬けにされていた。


 団員ひとりひとりに掛かる人件費の計上、寄宿舎に設置した家具や調度品の経費、部下から申請された購入希望品の審査と購入手続き、諸々の報告書の作成――――細かい部分の算出こそリヴがこなしているが、最終的な判子を捺すのは俺の仕事。


 山積みにされた書類の山に俺は頭を抱えていた。



「なんかこう……魔物モンスターを退治したり、悪党を捕まえるような仕事とばかり……」

「それも当然やっていただきます…………が、今は書類の作成が先です! コレットさんからお預かりした精力剤をお尻から飲ませましょうか?」

「ひぃぃ……!? 鬼秘書官だ……!?」



 屋内では俺の悲鳴が木霊して。



「遅いッ!! これより最後尾に爆撃を仕掛ける! 私の爆撃に追い付かれる軟弱者は死ぬと思え――――“爆撃絨毯スプレッド・バーン”!!」

「あわわわわ!? 後方から爆撃がわたし達に向かって来ますーーッ!?」

「ギャーーッ!? 殺されるーーッ!? ラムダさん、助けてーーーーッ!!」



 屋外ではノア達の悲鳴が響き渡っている。

 何だこれ、地獄か?



「ラムダ様ーー! シャルロット様のご実家から荷物を持った使いの方が来られていますー! 寄宿舎の中にご案内しても宜しいですか〜?」

「エシャロット伯爵から……?」



 そんな折にコレットから告げられた来客。


 エシャロット伯爵から俺宛に荷物が届けられたらしい。荷物を持った伯爵の使い……怪しい。


 昨日のルチアの忠告もある…………単なる杞憂で、ただのお祝いの品なら良いが。



「コレットーーッ、使いの人をご案内してーーーーッ!!」

「――――はいですーーッ!」

「リヴさん、聞き耳を立てて警戒を……」

「――――承知しました、ラムダ団長。外にいるバーンライト達にも警戒をするように伝令します」

「頼む」



 シャルロットの姿は寄宿舎には無く、彼女の従者からエシャロットの自宅内で消息を絶った旨の報告を受けている。


 いよいよ仕掛けてきたか……エヴァンス=エシャロット伯爵。



「どーもどーも! 俺はエシャロット伯爵の使いの者でーす♪ ラムダ=エンシェント様に素敵なお花の贈り物をお届けに参りましたー♪」

「ありがとうございます。お花というのはどういった種類のお花で?」

「えぇえぇ……小ぶりの可愛らしいお花ですよー♪ そちらの執務用の机に飾ると丁度良いんじゃないですかね?」



 コレットに案内されて執務室に現れたのは、黒い軽装に身を包み、首筋に刃物の入墨タトゥーを入れた黒髪の青年。


 小さな箱を抱えにこやかに彼は笑っているが……室内に殺気がピリついている。間違いない、この男はエシャロット伯爵が送り付けた刺客だ。


 リヴも表面上は歓迎している雰囲気を醸し出しているが髪の毛が僅かに逆立っている……警戒をしている証拠だ。



「いやいや、あなたが噂に名高い“アーティファクトの騎士”ですね? 中々に凛々しい顔立ちだ♪」

「ありがとうございます。エシャロット伯爵からの贈り物、早速机に飾っても良いですか?」

「えぇ、構いませんよ♪ 俺が箱から出して飾り付けてあげますね……♪」



 右眼カレイドスコープに映る贈り物の箱の中身――――何かの植物のような苗。


 そして、男の袖に隠された短剣ダガー



「じゃあ……エシャロット伯爵からの贈り物……耳を澄ませて堪能してくださいね……」

「これは……顔の付いた……植物……? まさか……!?」

「――――マンドラゴラ!?」



 男が机の上で開けた箱から取り出したのはマンドラゴラと呼ばれる植物――――魔術の材料として用いられる人面植物。


 地面から引き抜く際に凄まじい悲鳴をあげて周囲にいる者を昏睡させることがある、魔術師界隈でも危険視された一品。


 まさか、このマンドラゴラの悲鳴で俺の動きを封じるつもりか?



「――――キィィィィィィィイイイイイ!!」

「あぐ……耳が……!?」

「隙あり♡ 死ね――――ラムダ=エンシェント!!」

「くっ……見くびるな、暗殺者アサシン! スキル発動【自動操縦オート・パイロット】!!」

「あん……!? 俺の短剣ダガーを左手で鷲掴みに……!?」



 かくして賽は投げられた。


 悲鳴をあげるマンドラゴラ、大きなうさ耳に悲鳴が直撃してうずくまるリヴ、仰け反った俺の喉元に短剣ダガーを突き出した刺客、その凶刃をスキルによる自動操縦で受け止めた俺。


 これで言い訳は出来ない――――後はこの男を締め上げてエシャロット伯爵の犯行を暴いてやる。



「残念……見通しが甘かったな! このまま寝かせてやる――――リヴさん、お願い!!」

「頭痛が……!! 氷魔法【冷脚フローズン・ジャンプ】――――そのケツ、凍らせてやるッ!!」

「まずい……!? 固有ユニークスキル発動――――【姿なき殺人者シレンチウム・シカリウス】!!」

「――――なっ!? 身体が透けた……!?」



 短剣ダガー左腕アインシュタイナーで鷲掴みにして、その隙に背後からリヴが強襲して動きを止める。即席の連携にしては上手くいっていたと思うが、どうやら相手も手練の暗殺者アサシンのようだ。


 リヴの氷を纏った蹴りが炸裂する直前、固有ユニークスキルを発動させた暗殺者アサシン――――するとどうだろうか、リヴが放った右脚は暗殺者アサシンの身体を()()()()()()()()()()()()()()()そのまま俺が使っていた机の直撃したのだった。



「透過系のスキルか!?」

「――――チッ、バレちゃしょうがねぇ……!! 一旦退くか……そろそろ他の連中も此処に群がって来る頃だろうしな……!!」

「逃がすか!」

「逃げるさ――――おらよっと!!」

「――――きゃあ!?」

「リヴさん!!」



 透過系のスキルでリヴの攻撃をいなした暗殺者アサシンは俺が掴んでいた短剣ダガーから手を放すと、左袖に隠していたもう一本の短剣ダガーで近くにいたリヴの肩を斬りつけて逃走を開始。


 負傷したリヴを介抱した俺は暗殺者アサシンを追うことが出来なかった。



「も、申し訳ございません……私のせいで暗殺者アサシンを……!!」

「平気さ……()()()()()()()()()……! ジブリール、刺客に発信機を付けた……上空から索敵を!」

《既に行っています! しかし速度が速い……追いますか?》

「…………嫌な予感がする、深追いはしなくていい」

《了解しました》



 刺客はエシャロット伯爵からの差し金、恐らくは奴がシャルロットの消息に関与している。


 故に、奴が仕掛ける一瞬の隙を突いて衣服に発信機を付けておいた……万が一、逃げられても行方を追えるように。



「大丈夫か、ラムダ団長!? 今しがた寄宿舎の外でも襲撃があった! 何事だ!?」

「エシャロット伯爵による俺への暗殺計画みたいですね……! アンジュさん、至急全員を会議室に集めて下さい……シャルロットが拐われました……」

「承知した……! すぐに待機している全員を会議室に集めておく!」



 動き出す陰謀、始動する第十一師団――――これが、俺が王立ダモクレス騎士団の【王の剣】として最初に当たった『ラムダ=エンシェント暗殺事件』の発端。


 俺の新しい英雄譚の開幕となる事件だった。

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