幕間:陰謀渦巻く王都の市政
「ハァ!? 何だとオクタビアス男爵! 貴様、この件から手を引くと言うのか!?」
「さっきからそう言っている。しつこいぞ、エシャロット伯爵よ……!」
――――時は少々遡り、ラムダ=エンシェントとノア=ラストアークが肌を重ねて愛を貪り合ってた頃。王都貴族街エシャロット伯爵邸、時刻は深い夜。
燭台の灯りに照らされた応接室でふたりの男が密会していた。
ひとりはエヴァンス=エシャロット伯爵――――シャルロット=エシャロットの実の父親にして、グランティアーゼ王国元老院の若き政治家。地方に重い税を課し、民草から巻き上げた血税で私腹を肥やし丸々と太った悪徳政治家。
シャルロットが謂れなき“悪役令嬢”の汚名を被る事になった元凶たる人物。
もうひとりは王立ダモクレス騎士団第八師団団長であるゴルディオ=オクタビアス。数日に前にラムダ=エンシェントの入団を賭けた一騎打ちで敗北し、自身の名声の泥を塗ってしまった黄金の騎士。
「何故だ!? ラムダ=エンシェント……いたずらにグランティアーゼ王国の秩序を掻き乱すあの“アーティファクトの騎士”を貴殿も危険視していただろう!? 今さら考えを改めたとでも言うのか!?」
「その通りだ、我が友エヴァンスよ……! ラムダ卿は私にその『覚悟』と『実力』を示した……! これ以上、私は彼の騎士団入りに是非を問うことはしない!」
「馬鹿が……!! あの小僧のせいで【快楽園】は壊滅し、犯罪者共を一手に管理していた【死の商人】……“必要悪”が倒されたのだぞ!? お陰でどうなった!? グランティアーゼ中で小悪党が日常的に犯罪を起こし、中には魔王軍に媚びを売る者まで現れた!」
「…………」
「そんな混乱を招いた国賊を【王の剣】に加えるつもりか、貴様らは!?」
ふたりの密会の内容は他ならぬラムダ=エンシェントへの対応について。
エシャロット伯爵はラムダ=エンシェントを『国賊』と見なしていた。それは、元老院に居る多くの上級貴族たちも同じ。
王都に住む多くの貴族は【死の商人】メメントの支援者であった。理由は至極単純――――その見返りとして多くの“快楽”を【死の商人】から享受していたからだ。
美術品、骨董品、魔術品、違法薬物、奴隷――――そして、その見返りとして貴族たちは【死の商人】の安全を守り、あの死神がグランティアーゼ王国で手広く商いを営む手筈を整えていた。
事実、エシャロット伯爵の邸宅に飾られた多くの美術品や、シャルロットを護る護衛の従者たちの大半が【快楽園】で売られていた商品だ。
そんな貴族たちの快楽の園を潰したラムダ=エンシェントが王都の貴族に目障りな“障害”と認識されるのは明白。そして、彼らはラムダ=エンシェントを『王国の秩序を乱した偽善者』として告発しようと目論んでいた。
「あやつは『災いを引き起こす者』――――いずれは王立ダモクレス騎士団にも良からぬ災いを持ち込む! そうなる前に、【王の剣】として迎え入れられる前に、罪人として告発する手筈だっただろう!? 乱心したのか、オクタビアス卿!?」
「――――黙ってろ、この豚ァッ!!」
「――――ヒッ!?」
「言っただろう、あの少年は私に『覚悟』を示した! 元より『国賊』と罵られる事も承知のうえだろう……! 故に私は――――彼の名誉を護るために行動させてもらう!」
「う、裏切る気か!?」
「長い付き合いだ……元老院への告発は待ってやる。ラムダ=エンシェントからは手を引け……さもなくば、私が貴殿を裁くことになるだろう、我が友エヴァンス卿?」
だが事態はエシャロット伯爵の思わぬ方向へと進んでいく。唯一、ダモクレス騎士団内で自分の息がかかっていた騎士・オクタビアスがラムダ=エンシェントの擁護側に回ったからである。
ゴルディオ=オクタビアスは規律と伝統を重んじる保守の貴族――――故に秩序の破壊者たるラムダ=エンシェントにそれなりの嫌悪感を抱いていた。
しかし、例の決闘でその覚悟……グランティアーゼ王国に真に忠誠を誓うラムダの覚悟を見届けたオクタビアスにとって、ラムダ=エンシェントは迎え入れるべき『同士』になっていた。
「ぐぬぬ……手のひらを返しおって……この成金が……!!」
「如何にも、手のひらは返させて貰った! では失礼する……ラムダ卿の就任式の準備があるのでな……」
「裏切り者がぁ……!」
手のひらを返して自身を裏切りその場を立ち去ったオクタビアスを、エシャロット伯爵は震える瞳で睨みつけるしか出来なかった。
絶たれた王立騎士団との繋がり、ラムダ=エンシェントを【王の剣】の庇護下に置かれてしまったと言う屈辱。
「おのれ……ラムダ=エンシェント……アハトとツェーンの息子の分際で生意気な……! 奴のせいで【死の商人】から買える筈だった珍しい竜人の奴隷も行方不明……まったくもって忌々しい!!」
その事実に、エシャロット伯爵はラムダへの憎悪をさらに強めていく。
八つ当たり、ただの嫉妬、見当違いの私怨――――ラムダの行い、【快楽園】壊滅と言う偉業を妬む者の醜き怨嗟が、未来の英雄の『現在』に暗雲を立ち込めさせようとしていた。
「どうもオクタビアス卿は若い英雄に心惹かれてるみたいですね……ねぇ、エシャロットの旦那?」
「あの成り上がりの堅物が……! 誰のお陰で【王の剣】にのし上がれたと思っているんだ……恩を忘れおって!!」
「そりゃ、【王の剣】になった以上、あんたという“汚点”とは縁も切りたくなるんじゃ無いですか? むしろ、よく今日まで関係を保ってくれていたと感心するぐらいだ!」
「…………何だと?」
客人が消え、ひとり残されたエシャロット伯爵に語り掛ける謎の人物。
飄々として、人を小馬鹿にしたのような青年の声。
「貴様は裏切らんだろうな……暗殺者?」
「安心してくださいよ、旦那。俺もラムダ=エンシェントには恨みがあるんだ! あいつのせいで俺も【死の商人】っていう大口の依頼人を失って食い扶持に困っててね……あいつの首に掛かった賞金で賄ってやらぁ!!」
「クフフ……フハハハハハッ!! その息だ……あの生意気な小僧の首を獲れば、私が上乗せで報酬をくれてやろう……!!」
「おっし、来た!! 任せな旦那! あの騎士モドキと愛人共の首――――全部掻っ捌いて、露天に並べといてやるぜ!!」
「既に王都には奴に恨みを抱いた貴族が雇った【賞金稼ぎ】が大量に潜り込んでいる……宴に遅れるなよ?」
「――――了解♪」
エシャロット伯爵がラムダ=エンシェント暗殺の為に雇った暗殺者――――“アーティファクトの騎士”に恨みを抱く刺客。
宴――――貴族たちによる“狩り”、ラムダ=エンシェントの排除。悪党たちによる血の晩餐に暗殺者は舌なめずりの音を響かせて夜の王都へと姿を暗ます。
「マ……マズイですわ……! 急いでラムダ卿に報せなくては……!!」
「おおっと、そうはいかないぜ――――シャルロットお嬢様?」
「――――しまっ……!?」
ふたりの密談に耳を澄ませていたシャルロットを拐かしながら。
かくして、ラムダ=エンシェントの預かり知らぬ所で貴族たちの陰謀は渦巻き始める。
これはラムダ=エンシェントの夢――――第十一師団の発足に課せられた最後の試練。
ラムダ=エンシェント暗殺事件――――シャルロット=エシャロット伯爵令嬢の失踪と共に開幕。




