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第127話:ノアの決意《Side:ノア》


「…………お股が痛い(泣)」

「すぅ~すぅ~……Zzz」



 ――――ラムダさんの寝室、時刻は明朝。


 寝息をたてて眠るラムダさんの横で、私は服も着ないまま呆然としていた。


 私は、ラムダさんと一線を越えてしまった。男女の関係を持ってしまったのだ。



「どうしよう……? つい勢いのまま抱かれちゃったけど……まずいよね……?」



 脱ぎ散らかされた衣服、ベット中に飛び散った情事の跡、部屋中に充満したむせ返るような体液の匂い、私の内側に感じるラムダさんの精――――コレットちゃんとシリカちゃんになんて言い訳すれば?


 いつかはこうなると覚悟はしていたが、いざそういう行為に及んだとなると、気持ちの整理が追い付かない。


 私はただの『開発者』で、決して殿方を喜ばせる『性処理用人形セクサロイド』では無い――――淡白な反応でラムダさんをガッカリさせてないか、そればかりが気掛かりで仕方がなかった。



「はぁ……でもやっちゃったものは仕方ないし……」

「…………う~ん……ノア……Zzz」

「それに……なんだろう、この気持ち? ラムダさんの身体が……まるで自分の一部のような感覚が……?」



 隣で毛布を被って眠る裸の少年、そんな赤の他人のはずの彼が『自分の一部』のように思えてくる錯覚。


 知識として有している……性交渉をした女性は、時に関係を持った男性に強い愛着心を抱くと。私もそうなのだろうか?


 この人は私の伴侶だと、私の本能が強く叫んでいるような感覚――――でも、駄目。私は長く生きられない、我儘だ、これ以上の関係を望んでは駄目。



「ノア……好きだよ……ずっと……一緒に居ようね……Zzz」

「ラムダさん……ごめんなさい……私、貴方とは長く居られません……遠くない内に……私は死にます……」



 彼の寝言は、叶えたくても叶えられない泡沫の夢――――既に、私の身体には“綻び”が出始めている。


 視覚は落ち、聴覚は衰え、味覚はにぶり、触覚はなまり、嗅覚はかげり…………もはや、補助器具が無ければ私は『人間』の真似事が出来ない程に衰弱を始めている。


 直に、動けなくなって寝たきりに生活になって、やがて臓器不全で死に至る。


 それが、ノア=ラストアークの辿る結末。

 私の罪に相応しい罰。



「ノア……俺の側から……居なくならないで……Zzz」

「………………」



 でも、愛しい人との別れを思うと……怖い。


 居なくならないでと、寝惚けた彼に言われて、私は我慢できなくなって、寝ている彼の頬にキスをしようとした。せめて、私が動けるうちは、彼に快楽を味わって欲しくて、彼の情動を目一杯に感じたくて。



「………………血?」



 そして、そっと彼の頬に顔を近付けた時、私はベットの上に垂れた小さな血痕に気が付いた。


 破瓜はかの血…………いいえ、破瓜の血なら私の股ぐらに垂れている。


 この血は、私の口からいま垂れた血だ。

 私は……吐血している。



「そう……冒険で寿命を削り過ぎたのね……もう臓器にまで影響が……!」



 そんな血まみれの口でラムダさんの頬を汚せない。


 掛けてあったシーツを素肌に纏い、私は朝日に照らされた室内を弱々しく歩きながら、隣接するバスルームに駆け込む。


 そして、洗面台の鏡に映っていたのは、口から血を垂らしながら鏡に写った鏡像を睨むシーツに包まれた私と、私の背後に静かに立つ天使の姿。



「趣味が悪いわね、ジブリール。私とラムダさんの行為をずっと録画していたの?」

肯定イエス――――あなたの身体に掛かる負担を考慮すれば、性交渉の記録もやむ無し。ご了承くださいませ、ノア様……」

「最悪……! オリビアさんやリリィさんに絶対に売らないでよね……恥ずかしい……」



 悪びれもせず、自身の行為を『私のため』だと淡々と答えるジブリール。


 呆れた……造った自分が言うのも何だが、羞恥心の欠片も無いのかしら?



「それで、ジブリール……教えて? 私はあと……どれだけ生きれるの……?」

「このままマスターと身体の関係を持つのなら、保って一年強。絶対安静の環境を整えれば、長くて二年弱は延命できるかと……」

「絶対安静? 愚問ね……“割れ物扱い”なんて趣味じゃ無いわ……!」


「なら、せめてマスターとの性行為は控えるべきです! あなたの身体は行為に耐えれるような頑丈なものではありません……もっと繊細な……」

「いや……そんなの嫌よ……! せっかく繋がれたのに、『私が壊れるからもう性交渉は持たない』なんて今さら言える?」

「言えます。なぜ、あなたは言えないのですか、ノア様?」



 ラムダさんと身体の関係を持つな――――そう、天使は無機質に答える。


 ジブリールは機械天使ティタノマキナ……ある程度、自立した思考こそあれど、基本は『効率』を重視して動く存在だ。


 おかしいのは私……『愛情』だなんて不確定な感情に揺れ動かされて、非効率的な生き方をしているのは……他でもない私。



「共に生きて、共に旅をして、世界の何処かに居るアーカーシャを解体して、人知れず最期を迎える……それがあなたの生き様では?」

「そう……そう思っていた……ラムダさんと繋がるまでは……」



 私には何も残せない、ただ彼の人生の思い出の1ページになれれば良いと思っていた。


 けど、彼と繋がって、精を注がれて、私の中に『違う感情』が湧いて来てしまった。



「ノア様……何故、下腹部を撫でて……まさか!?」

「ええ……そのまさかよ、ジブリール。やっと分かったの……私が、ラムダさんに『残せるもの』が……!」

「お止めを! それをすればあなたの寿命はさらに削れる! 試みが上手くいくかも分からないのですよ!?」



 欲しくなったものがある。


 それは、女の私が、男性に残せる『愛の結晶』――――私が『生きた証』と言うべき存在。


 それさえ残せれれば、私が居なく無くなってもラムダさんはきっと寂しくないだろう。



「動きなさい……我が生殖器……我が子宮……!!」

「駄目です、ノア様! 考え直して!!」



 私は、少しでも長く生きる為に様々な身体の機関を停止させている。無駄なエネルギーの消費を抑えて、少しでも身体活動の維持を手助けする為だ。


 けれど、そんなものを、自分の寿命を投げ売ってでも残したいと思えるものが私にもあった。


 身体に残るラムダさんの精……その精の行き着く先。それこそが、ノア=ラストアークが愛しきラムダ=エンシェントに残せるもの。



「うぅ……うぐぅ……!! はぁ……はぁ……はぁ……!!」

「ノア様!? いけません、すぐに安静に……」

「お願い、止めないで! 止めないで……」

「ノア様……」



 再び目覚める生殖器、拒絶反応で引き裂かれるような痛みを引き起こす身体、けれど……あぁ、私の何かが満たされていく。


 きっと、これをすれば私の寿命はさらに削れるだろう。


 1分1秒でもあなたと長く一緒に居たい。そんな自分の『願い』に反した行為だ。


 それでも、自分の『幸せ』を投げ捨ててでも、私は……愛しい貴方に残したい。



「今、私に注がれた精はきっと実を結ばない……けど、いつか必ず、あなたの子を……宿してみせます……!!」



 それが私の見つけた『幸せ』――――ラムダさん、私はあなたに子どもを残します。


 たとえこの身が神に召し上げられようとも、たとえこの身が朽ちて無くなろうとも…………私はあなたに、『愛』を残します。



「………………ラムダ……さん…………」

「ノア様……ノア様ーーーーッ!!」



 きっとそれは、私にとっては茨の道で、『人間ヒト』の真似事をするだけの人形には過酷なものになるだろう。


 激痛の中で私は『生』を感じる。

 儚い命がみせる強烈な魂の輝き、あの死神が“美しい”と感じた生命の煌めき。


 あなたと繋がって、私の魂はより強く躍動を始める。

 この痛みを私は忘れない……この満ち足りた痛みをきっと忘れないだろう。


 そして、痛みの耐えきれず私はバスルームで意識を失い、次に目覚めた時、ベットの上でラムダと寄り添って眠っていた。



「すぅ……すぅ……すぅ……Zzz」

「ラムダさん……」



 ラムダさん……許してください。

 私の……生命いのちを賭けた我儘を。

本日中にもう一話、投稿しますのでよろしくお願いします♪

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