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第125話:“朱の魔女”ルチア=ヘキサグラム


「こんにちは〜♪ ラムダ=エンシェント卿♪」

「ル、ルチア=ヘキサグラム卿……!? お、おはようございます……!?」

「なに〜? そのびっくりしたような表情かお? きゃはははは、うっける〜♪」

「は、はぁ……」

「まぁ良いや♪ 此処があなたの豪邸ね……上がらせてもらうわ~」



 ある日の朝、ラムダ邸――――玄関の扉を叩いて現れたのは朱い髪の少女、王立騎士団第六師団の団長ルチア=ヘキサグラム卿だった。


 あどけない笑顔で俺を驚かせ、すぐさま小生意気な表情で俺を誂ってきた少女――――オクタビアス卿からは『メスガキ』と評されていたな。


 ツヴァイ姉さん曰く、冒険者時代から色んなパーティーに入ってはその素行の悪さから問題を起こして追放され、いつしかギルドでも“鼻つまみ者”扱いされた異端児……それがルチア=ヘキサグラムという少女らしい。


 やれパーティーのリーダーを喧嘩で負かしてその座を奪った、やれカップルから男を寝取って女を蹴落とした、やれ他のパーティーと喧嘩に明け暮れた、やれ魔物モンスター討伐の報酬を掻っ払って逃走したなど、枚挙に暇がない程に。



「ちょっと! せっかく客人が来たのにもてなさないつもり? 気が利かない貴族の子どもね!」

「はぁ〜、連絡アポ無しで来られても準備なんてすぐに出来ませんよ、ヘキサグラム卿? コレットー! 急いでお客様用のお茶とお菓子の準備をお願いー!」

「――――承知しましたー、ラムダ様ー!」

「あら? 気が利くメイドが居るのね?」

「すぐに応接室に案内しますね、ヘキサグラム卿」



 付き合ってはすぐに女性にフラれるアインス兄さんが唯一『あっ、無理』って言って2時間でフッた相手――――我儘三昧の悪辣な魔性の女、略して“魔女”。


 そんな少女がいったい俺に何のなのだろうか?


 一抹の不安を感じつつも、俺は“朱の魔女”と呼ばれた少女を応接室に案内するのだった。



 〜しばらくして〜



「ふぅん……“魔女の烙印”を押されたシスター=ラナねぇ……」

「あなたから見て彼女の解放方法はありそうですか?」

「ないない! あんたも知っての通り、そのインヴィディアって奴をぶっ殺して復讐を果たすか、あるいはそのラナ自身が惨めに死ぬかの二者択一ね♪」

「…………やっぱそうか」

「…………」



 応接室に案内したは良いものの会話が無いから、取り敢えず直近で騎士団に加わったシスター=ラナについていてみたが、さしもの“朱の魔女”もお手上げらしい。


 目の前のテーブルに置かれた紅茶を飲みながらソファーでふんぞり返ったヘキサグラム卿はラナの話を興味なさそうに流していった。



「何なら……あたしも“魔女の烙印”持ちだしな! 見てみる? あたしの胸に刻まれた烙印?」

「あっ……いや、胸に刻まれているなら無理に見せなくて結構ですから///」

「ふぅん……女遊びしている癖に童貞くせぇ反応だな、ラムダ卿?」

「…………まだ童貞だし…………」

「あっそう……! ふぅ~ん……てっきりもう愛人どもとこの家でよろしくヤってるもんだと思ってたわ……きゃははははは♪」



 俺がたじろいでいるのを見てけらけらと笑うヘキサグラム卿。


 なるほど、これは性格が悪い……通りで色んなパーティーからすぐに追放される訳だ。すぐに喧嘩を売って追い出されていたんだな。



「なぁ、ラムダ卿? あんたが囲んでいる乳くせぇ女どもなんかよりもあたしと付き合いなよ?」

「え゛っ!? いきなり何を……?」

「顔も良い、度量もある、オクタビアスのおっさんを倒す実力もある、それに……あたしの見立てじゃ夜の生活も強そうだ♡ あたしは強いおとこが好き……強いおとこがあたしに分からされてひれ伏すのを見るのが大好き♡」

「…………サディスティックなメスガキだ……!」

「ねぇ、ラムダ卿……あたしの男になってよ? あたしの“烙印”が疼くの……早くしないとあなたの愛人に八つ当たりしたくなっちゃう♡」



 ふたりを隔てていたテーブルに膝を掛けて俺の方に顔を寄せて来るヘキサグラム卿。


 なるほど、どうやら彼女の目的は俺に粉をかける事らしい。


 ノアとは違う花の蜜のような、それでいて少し毒の含まれてそうな甘美で危険な香り――――ルチア=ヘキサグラムという“魔女”が放つ妖しい色香が俺の本能を刺激する。



「悪いけど……俺は好きになった子にしか手は出さない……!」

「すげぇ下衆い台詞だぞ……今の?」

「〜〜〜〜ッ/// ともかく、今のあなたに手を出す気はありません、ヘキサグラム卿……! それと、俺の大事な人たちに手を上げる気なら――――相応の覚悟をしていただきます……!」


「ふぅ~ん……なるほど……ますます気に入ったわ♡」

「えっ!?」

「あなたは絶対に分からせてあたしの恋人どれいにしてあげる♡ 気に入ったわ、あたしに誘われて自分の意志を貫いた男……絶対にものにしてやる……!!」



 しかし、いきなり間違いを犯すほど俺も馬鹿じゃない。俺の顎に手を掛けたヘキサグラム卿の華奢な手を振り解いてキッチリと自分の意見を主張する…………逆効果だったが。


 俺に拒絶されてさらに燃え上がる魔女――――どうやら、今までそう言った経験が無かったらしい。


 という事は彼女は幾分か()()()しているのだろうか……それともただの強がりか。


 まぁ……経験豊富かどうかは俺の性癖には刺さらないし、どうでも良いが。



「ヘキサグラム卿……?」

「うふふ……まぁ、粉は掛けたし今日はここまでにしてあげる♡ 用件はまだ有るしね♪」

「――――ホッ。それで……用件とは?」

「あ~はいはい! あんたを狙ってエシャロット伯爵が良からぬ動きをしている……気を付けなさい、ラムダ卿……!」

「エシャロット伯爵……何故、彼が……?」



 ひとしきり俺を誂って満足したのか、再びソファーに深く座り直したヘキサグラム卿。


 そんな彼女がもう一つ俺に告げたのは警告――――王都に居を構えるエシャロット伯爵……シャルロットの父親が俺に対して何かを企んでいるという報せだった。



「あのいけすかねぇ豚貴族は【快楽園メル・モル】の支援者パトロンだった…………後は言わなくても分かるわよねぇ?」

「私怨……か……」

「そう言うこと♪ メメントが一手に取り仕切っていた裏市場ブラック・マーケットをあなたは壊滅させた。それが、この王都の貴族にとってどれだけ()()()()()か理解できていて?」

「………………」



 確かに違和感はあった――――オクタビアス卿との決闘に勝ち、国王陛下から賛辞を贈られたにも関わらず、その場にいた多くの貴族は俺に対して苦々しそうな表情をしていたから。


 なるほど、【快楽園メル・モル】の壊滅が絡んでいたのか……マジであの死神、余計な事態しか引き起こさないな。ムカつく。



「メメントの後ろ盾が無くなって犯罪組織はバラバラに、お陰であたし達でも楽々に雑魚ザコを狩れるようになったけど…………反面、貴族たちは奴隷や違法な魔術品の蒐集の安定した供給元が潰されて困り果ててるって訳♪」

「…………で、【死の商人】を斃した俺に八つ当たりか? いい迷惑だ……!」


「きゃははは♪ 言っておくけど……冒険者時代のあなた……貴族たちに高額な懸賞金を掛けられていたのよ?」

「…………うそ?」

「ホントよ? え~っと……『【死の商人】を殺めて裏社会の秩序を乱した偽善者』って言う触れ込みだったかしら?」

「くぅぅ…………ふざけやがって……!!」



 知らなかった……まさか、【死の商人】を倒したせいで王都の貴族によって賞金首にされていたなんて。


 吐き気がしてきた……あの死神を倒して、正義を成した筈なのに、逆に俺を恨むやからがいるなんて。



「じゃあ……俺が此処に住んでいることも……??」

「もちろん把握されているわ。あなたの彼女たちにも護衛を付けてあげるべきね……さもないと、あなたを逆恨みした貴族に拐われるかも知らないわ……!」

「…………国王陛下は何か言っている……?」

「陛下は貴族の動向なんて気にもしないわ……! あの方の今の興味は古代文明のアーティファクトのみ……自衛なら自分でするのね?」

「そんな……」



 最悪だ…………オリビア達にも危険が及ぶなんて。

 俺が【快楽園メル・モル】を壊したばかりに、こんな事になるなんて。


 けれど、なぜヘキサグラム卿はわざわざ、貴族たちに狙われていることを俺に伝えたのだろうか?



「それと……あたしは……あなたに感謝してるの……ラムダ卿……」

「ヘキサグラム卿……?」

「あたしは元々……メメントの商品だった……」

「メメントの!?」

「でも……胸の烙印を見て、『ああ汚い……呪い持ちはいりませんねぇ、適当にそこいらの木っ端な貴族にでも売り捌きましょうか』って理由であの死神に捨てるように売り飛ばされて……」


「ヘキサグラム卿! 辛いなら言わなくて良いから……!」

「烙印のお陰で隷属に染まり切らず、何とかあたしを買った貴族を出し抜いて逃げ出したけど……悔しくて……ずっと周りを信用できずに生きて来て……」

「ヘキサグラム卿……」

「実力を買われて【王の剣】になって1年がたったある日……あなたが【快楽園メル・モル】をブッ壊して、あのメメントに引導を渡してくれた……! スカッとしたわ……」



 ――――それがルチア=ヘキサグラムが俺に固執した理由だった。


 彼女もまた、【死の商人】に人生を狂わされた犠牲者のひとり。彼女が俺に抱いていた感情は、自身を辱めた【死の商人】を討ち敵を取った俺への感謝の念だったのだ。



「だ・か・ら〜、あなたの愛人たちの護衛には第六師団の部下を回してあげるわ♡」

「本当ですか、ヘキサグラム卿!?」

「ただし、主犯格がエシャロット伯爵か他にも居るのかはあたしには判別出来ない。だから、そこから先はあんたの仕事、分かったかしら、ラムダ卿?」

「ありがとうございます、ヘキサグラム卿!」

「――――チッ、調子の良い奴ね! まぁ……これでメメントを殺った『貸し』は返してもらうわ! じゃあ、あたしはそう言う事で……」



 不機嫌そうに席を立つヘキサグラム卿。


 どうやら、彼女にも今回の騒動は思うところがあったらしい。部下をオリビア達の護衛に付ける……そう約束して、彼女は立ち上がると気怠そうな足取りで応接室の扉に手を掛ける。



「あと……プライベートではあたしの事は『ルチア』って言いなさい! ヘキサグラムって名前……本当は好きじゃないから!」

「分かった! ありがとう……ルチア卿……!」

「“卿”もいらない……まぁ良いわ、またねラムダ卿〜♪」



 最後に、嬉しそうに、でもこちらを振り返らずに背中を向けたまま手を振りながら、ヘキサグラム卿……ルチアは応接室から出て行って、帰路につくのだった。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


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