第115話:ラムダ邸のメイドドラゴン
「えっ……なに、この大きな屋敷が……俺の家……??」
「はぇ~……エンシェント邸並みに大きいですね……」
「こんな豪邸を幾つも管理してるなんて、流石はエシャロット伯爵家……! 辺境伯であるエンシェント家の方が爵位は高い筈なのに……!」
「まぁ、エンシェント家は騎士一筋で『土地転がし』みたいな事はしてませんからね~」
王都【シェルス・ポエナ】貴族街――――シャルロットに渡された鍵の使える家を探し求めた俺とコレットが発見したのは、赤い屋根が印象的な四階建ての大きな庭付きの屋敷だった。
美しく手入れされた花壇、来訪者を出迎える白い噴水、近くに見える王城を水面に写す池――――サートゥスのエンシェント邸にも負けない豪華絢爛なその屋敷が、王都での俺の住まいだった。
「うわわわ〜! 内装も豪華ですよ、ラムダ様〜!?」
「驚いた……家財道具も一式揃っているじゃないか……!? シャルロット……いつか恩返しをしないとな……」
「これは……地下室もありますよ、ラムダ様ー!」
鍵を使い屋敷の中に入れば其処もまた絢爛華美な装飾と家具に彩られた空間――――赤い絨毯、高級木材で作られた家具、何十人も座って食事が出来るような大きな食事室、まさしく貴族の館に相応しい住まい。
まさか、これほどの邸宅を労せずに贈与されるとは、我ながらシャルロットには頭が上がらなさそうだ。
「気に入って貰えた……あなたのお家……?」
「君は……まさかその“翼”と“角”――――【竜人】!?」
そして、二階のリビングに足を踏み入れた俺を待ち構えていたのは、シャルロットの手紙にあった『屋敷専属のメイド』と思しき少女。
少し外側にはねた紅い長髪、“魔性”を示す金色の瞳、側頭部から生えた黒い角、背中から生えた紅い翼と腰部より生えた紅い尻尾――――竜の因子をその身に宿す希少種族【竜人】。
「わたしの名前は……シリカ……シリカ=アルテリオン……」
「シリカか……! 分かった……よろしく、シリカ!」
「よ、よろしくお願い致します……旦那様……///」
シリカ=アルテリオン、それが彼女の名前。恐らくはその珍しい容姿から【快楽園】に囚えられ、何処かに売り飛ばされる前に俺が【死の商人】を討ち取った事で難を逃れたのだろう。
シリカは俺を崇拝の眼差しで見つめている……きっと、【快楽園】で戦う俺の姿に惹かれ、捕まっていた人たちを解放したシャルロットに懇願したのだろう。
表情の変化こそ乏しいが、シリカの顔はようやく安息の地を得たという安堵に満ちていると俺には感じ取れた。
「ちょーっと待ったーーーーッ!!」
「どした、コレット!?」
そんな俺に仕える新しいメイドに何やらご不満な様子のコレット。
声を荒らげてシリカに『待った』を掛けて、狐の従者はドラゴンメイドの前に立ち塞がる。
「狐……」
「そこの新入り……ラムダ様の一番のメイドはこの私……コレット=エピファネイアです! そのあたり、しっかりと弁えていただきますよ……!」
どうやら、先輩メイドとしての矜持があるらしい。
シリカを『新入り』呼ばわりし、急に先輩風を吹かせ始めるコレット…………いや、君もメイドになったのたかが半年前の話でしょ。
「狐より……竜の方が強い……あなた……わたしの子分……」
「ムキーーッ!! コレットよりおっぱいが大きいからって調子に乗って〜〜!! こうなれば拳で分からせてやるですーーーーッ!!」
そして、コレットの策略は見事玉砕、シリカは自分の方が『強い』と断言し、コレットに配下になるように進言してきたのだ。別にメイドに『強さ』の指標なんて必要ないのだけどね。
そんなシリカの態度に怒りを露わにしたコレットは右の拳をぐるぐると回しながら突撃を開始、ラムダ=エンシェントの一番のメイドの座を賭けた女の決闘が始まろうとしていた。
〜10秒後〜
「参りました~~」
「弱い……」
「わたしの……勝ち……!」
そして、一瞬で決着は付いた。
コレットの渾身の右ストレートを身体を前に屈めて最小限の動きで躱したシリカは、そのまま身を翻しつつ自慢の紅い尻尾をコレットの腹部に鞭のようにぶつけ尻尾を巧みに操って激痛に悶えるコレットを軽々と持ち上げて……勢いよく彼女を床に背中から叩きつけたのだ。
腹部と背中に走る激痛に耐えきれずコレットは完敗。目をぐるぐると回しながら情けない声で敗北宣言をしてシリカに白星を送るのだった。
「大丈夫か……コレット?」
「うっぷ……竜の尻尾、痛すぎぃ……! 朝食べたのが逆流しそう……」
「はぁ〜……喧嘩を売るから……しばらく横になって楽にしとき……」
「も、申し訳ございません〜ラムダ様〜……」
「わたし……旦那様の荷物……お部屋に持って行く……! 旦那様は、わたしが淹れた紅茶を飲んで……此処で待ってて……ください……」
「ありがとう、シリカ」
俺がコレットを介抱している間に紅茶を淹れて、俺の荷物をそそくさと運んで行ったシリカ。
その後ろ姿、紅い翼と尻尾に目をやりながら俺はいかにも高級そうなソファーに座って紅茶を啜る。
「ふぅ……にしても、俺には勿体ないぐらい豪華な家だな……」
天井には人の背丈ぐらいありそうな巨大なシャンデリア、部屋の隅にはこれ見よがしに飾られた白銀の騎士甲冑、手にしたティーカップも恐らくは高級品。
ギルドの冒険者を続けていたら、ましてやノアと出逢えず、うだつの上がらない【ゴミ漁り】のままだったら、一生住むことの出来なかったであろう場所に俺は居る。
まだ実感が湧かない――――これまでの激闘の報酬なのだろうけど、別に見返りが欲しくて戦った訳じゃ無かった。ただ、流されるまま、巻き込まれるままに戦ってきただけだったから、その戦いにこれ程の価値が付くとは思ってもいなかった。
俺を慕って付いて来てくれた女性たち、受け継がれた聖剣、用意された王立騎士団の席、贈られた豪邸、そして……勝ち取った愛。
まだ実感はないけれど、手にした報酬を思い浮かべて俺はひとりほくそ笑む。あの時、『戻って来い』と言った父さんの顔面をぶん殴って旅に出て、本当に良かった。
「わぁーお! 此処がラムダさんの自宅ね!」
「この豪邸が……わたしとラムダ様の……愛の巣♡」
「すっごーい! 僕の実家とは大違いだ……自分で言ってて悲しくなってくる……(泣)」
「うっそ……超豪邸じゃない……! グラトニス様がくれた私の家より豪華じゃない……!?」
「うぉーーっ! 此処に住んで良いのか!? やったのだ、エルフの里のくっそ貧相な家に比べたら天国なのだーーーーッ♡」
「わぉ……! めちゃくちゃ凝った内装ですね……! これ程に大きなお屋敷なら、弊機のメンテナンスルームも造れそうですね♪」
「ブーーーーッ!? な……なんだ!? お前らどうやって入って来た!?」
紅茶を啜りながら新しい生活に想いを馳せていた最中に唐突に現れたノアたち……紅茶を吹いてしまったじゃないか。
「どうやってって……私たちもシャルロットさんからこの家の鍵を貰いましたもんね〜♡」
「「「ねー♡」」」
「な、何だと!? ひとつ屋根の下で男と同棲する気かお前ら!?」
「そのつもりですけど……ラムダ様、何か問題ありますか?」
「あっさり即答された……」
どうやらノア達もシャルロットからこの邸宅の鍵を貰っていたらしい。
そして、王都で買い込んだであろう大量の荷物を一箇所の纏めると、ノア達は一斉に屋敷へと散らばって行く。
「あーーっ! ノア様、地下室がありますよ、地下室が!」
「本当……!? よ~し……早速、其処をノアちゃんの研究所に改造しちゃいましょーーーーッ♪」
「おーーっ♪」
ノアとジブリールは目を輝かせながら地下室へと。
「あたしは王都の書店で買ってきた本を書斎に持っていくのだ!」
「私は……適当な空き部屋をエッチな部屋に改造して来ようっと♡」
アウラとリリィは荷物を抱えて三階にある住人用の部屋へと……リリィが聞き捨てならない事を言ったような気がするぞ。
「僕は早速、シャワーを浴びて来よっと♪」
「うふふ……わたしはラムダ様の私室でも下見にしに行きましょうか……♡」
ミリアリアは浴室に、オリビアは四階にある当主(※俺)の部屋へ……オリビアの顔が下心に塗れている、絶対に聖職者のする顔じゃ無かった。
「えっ……?? 人が増えてる……なんで……??」
「あぁ……シリカ……」
「あの人たち……みんな、旦那様の……愛人……??」
「え゛っ/// え、え~っと……///」
「あっ、あなたがシャルロットさんの言っていたメイドさんですね? わたしはオリビア=パルフェグラッセ――――ラムダ様の……妻です♡ 他の方は……愛人です♡」
「ギャーーッ!? 話が拗れる、やめろオリビアーーッ!!」
「愛人……確定……! 節操なしの……旦那様……」
「あぁ……シリカがゴミを見るようなジト目で俺を見つめている……」
自業自得、身から出た錆、自分で蒔いた種――――俺自身の手癖の悪さが原因なのだが、シリカには間違いなく『複数人の愛人を家に囲むクズ男』と認識されてしまったみたいだ。
王都での新生活――――少々、前途多難なスタートになりそうだ。
「もしかして……わたしも……狙われている……///」
「え゛っ!? だ、大丈夫なのだ……多分……」
「アウラ化してますし、無理そうですね〜ラムダ様……」
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