閑話②:【ベルヴェルク】の乙女たち Part.1
「さあさあ、ラムダ様ー! 次のお店に向かいますよ―!」
「待て待て、コレット! そろそろ俺の両手が買い物袋で塞がる! 先に旅館に荷物を置かせてくれ!」
「何を言っているのですかー!? この後はオリビア様とデートの時間でしょう? ラムダ様とご一緒できる時間は有限ですのでしっかりと付き合ってくださいませー!」
湯煙温泉街【ムラクモ】、土産通り――――時刻は昼過ぎ。
昼食を食べた俺は【ベルヴェルク】の女性陣の『ラムダ様と二人っきりのデート』を8名分こなすために奔走する憂き目に遇っていた。
そして、現在はコレットに付き合って買い物の真っ最中。
「え~っと……王立ダモクレス騎士団への手土産と……シャルロット様へのお土産と……後は式典用の礼服の調達ですね!」
「礼服は王都にある仕立て屋でも良いんじゃない?」
「いいえ、いいえ! ラムダ様は各地で武勇を馳せた冒険者……地方で仕立てた礼服の方が王都の貴族たちに『只者じゃ無い』と思わせる事が出来ますよー!」
「う~ん……田舎っぺ扱いされるだけのような……」
俺の前を忙しなく動き回る、ぴくぴく動く狐耳と大きな狐尾が特徴的なメイド服の少女――――彼女の名はコレット=エピファネイア。
半年前、とある任務に赴いたツヴァイ姉さんがサートゥスにあるエンシェント邸に連れて来た狐系亜人種の少女。狐色の髪と金色の瞳が印象的な働き者だ。
姉さんが連れて来た当初は虚ろな瞳と希薄な感情のせいで意思疎通には苦労したが、今では立派なメイドとして俺の世話を焼いている。
姉さんに拾われる以前の『記憶』が無いらしいが、本人はあまり気にしては無いようだ――――むしろ、だからこそ『今』に熱心になっているのかも知れない。
「ふふふ……まさかラムダ様が【王の剣】に任命されるとは……! あぁ、ラムダ様の旅に付いて来て正解でしたね〜♪」
「姉さんに脅されて来てたじゃん……」
始まりの日、『神授の儀』のせいでエンシェント家から追放された俺を案じたツヴァイ姉さんが脅してまで同行させたメイドの少女。
俺の側から居なくなった黒髪蒼眼のメイドの代わりに、側に居続けてくれる頼れる従者。
それが……コレットだ。
「う~ん……式典には、この『サムライ』の衣装で出席しようかな……?」
「そこはグランティアーゼ王国の様式に合わせてくださいませ、ラムダ様〜……!」
〜しばらくして〜
「はぁ~い、ラムダ様……あ~ん♡」
「あ~ん……あ、ありがとう……オリビア……」
「うふふ……」
湯煙温泉街【ムラクモ】、小さな茶店――――そこで俺はオリビアとムラクモ名物の『グランティアーゼ団子』なる“蜂蜜”をかけた菓子を食べて寛いでいた。
「このお団子美味しいですね、ラムダ様」
「確かに……ノアとジブリールは『お団子にハチミツゥ〜!? 普通、みたらしタレとか胡麻とかでしょ〜!?』……みたいな怪訝な顔をしていたけど……」
「うふふ……きっと古代文明人には現代の味は分からないんですよ、ラムダ様……!」
「そうかな……? そうかも……」
俺の隣でにこやかに笑いかける雪色の長髪と紫色の瞳が印象的な【神官】の少女――――名をオリビア=パルフェグラッセ。
四年前に当時の俺の『婚約者』としてあの冬の日を共にした……俺の初恋の女性。
女神に純潔を捧げる【神官】となった為に婚約は破棄されて離れ離れになったが、奇妙な縁の巡り合わせで共に旅をすることになった腹黒系淑女。
「今、凄く失礼なこと考えませんでしたか……ラムダ様?」
「い、いいえ……! 思っておりません!」
正直に言えば、オリビアが居なかったら俺はもっと早くに挫折していただろう。俺が挫けそうになる度に、オリビアは俺を励まし、慰め、そして許してくれた。
迷える子羊である俺の懺悔を聞き届けて、俺を導く女神……それがオリビアなのかも知れない。
「やっと……『立派な騎士』になれそうですね、ラムダ様?」
「ありがとう、オリビア…………君が俺を支えてくれたお陰だよ……」
「あら……! わたしのお陰って認識して頂けるなんて、ラムダ様もお世辞がお上手ですね♪」
「お世辞じゃ無いよ……オリビア……」
「なら……近いうちに“お礼”を頂かないといけませんね……♡」
人差し指を瑞々しいピンク色の唇に当てて小悪魔の微笑むオリビア。
俺を翻弄する奔放な彼女――――あぁ、それはそれで……きっと幸せななんだろうな思う。
「うふふ……! 温泉と言えば混浴だそうですよ、ラムダ様……! 今から一緒に入りませんか♡」
「残念……次はアリアとデートの約束だ! 一緒にお風呂に入るのは、また今度な……」
「――――よしっ! 言質頂きました〜!」
「あぅ……抜け目ねぇ……」
〜しばらくして〜
「うーん、お饅頭美味しい〜♡」
「歩きながら食べるな、はしたないだろ……アリア!」
「えー、いいじゃん別にー! 僕はラムダさんと違って礼儀作法に疎い村娘だからね〜♪」
「やれやれ……困った勇者様だ……」
湯煙温泉街【ムラクモ】、川沿いの道――――俺はミリアリアと共に街の散策を行っていた。
「アリアも【勇者】なんだから、それなりの礼儀作法は習っておいたほうが良いぞ〜! 今度、コレットかレティシアに教えてもらったらどうだ?」
「むぅ……ラムダさんってばいじわるだ……! 僕がそういうの苦手なの知ってて言ってるでしょ?」
「まぁね♪ まぁ……俺も多少は厳しく躾けられてるから、こんど手取り足取り教えてあげるよ?」
「えぇ……/// それは……困るかな……///」
首に巻いた赤いマフラーで口元を隠して顔を赤らめる桃髪碧眼の少女――――【勇者】ミリアリア=リリーレッド。
俺の故郷・サートゥスの近くにある小さな農村【ラジアータ】で生まれた少女にして、『災いを引き起こす者』と怖れられた【勇者】の職業を授けられた者。
俺とノアの出会いは、そんなミリアリアを狙った魔王軍が差し向けた刺客・リリエット=ルージュとの戦いに端を発する。
出会いのきっかけ、ラムダ=エンシェントの物語の始まりの契機となった“彼岸の勇者”。
「僕……ずっとラジアータで平凡な【農民】として一生を過ごすんだって思ってた……こんな遠くまで旅をするなんて思ってなかったなぁ……」
「今でも故郷のこと……後悔している……?」
「多少はね……? でも、リリィが頑張っているなら、僕はもうグチグチは言わないよ!」
平凡を望み、でも叶わなく、激動の時代の中で藻掻き続ける“未来の英雄”――――それがミリアリアだ。
俺からは『アリア』、ノアからは『ミリア』と呼ばれて親しまれる天真爛漫な駆け出しの勇者様。
「それに……ラムダさんと一緒に居る時だけは……自分が【勇者】だってこと、忘れられるから……」
「どう言う意味……?」
「え~っと……/// ラムダさんが強すぎて僕が目立たないって意味だよ……あはは……」
「あ~……うん……でも、【ベルヴェルク】はアリアが名付けた“勇者パーティー”なんだから、もっと自信を持って……なっ?」
「え〜……なら、こんど僕に剣技を教えてね、ラムダさん! 僕も騎士の剣術を知りたいからさ!」
ミリアリアに手を引かれて俺は街を練り歩く。
彼女が目にする感動を共に分かち合いながら、彼女の行く末を支えれるように……その健気に前を向く君の手をしっかりと握りながら。
〜しばらくして〜
「う〜ん……あそこで手を繋いでるカップル……血と精を啜ると美味しそうかも〜♡ つまみ食いしたいな〜♡」
「だめ! オリビアから毎朝啜ってるんだろ? 我慢しなさい、リリィ……!」
「もぉ~、御主人様のいけずぅ……! なら早く私と交あいましょう♡ そうしたら、私も他の人を襲わなくて済むから……早くしないとオリビアの純潔も私が貰っちゃうよ〜♡」
「うぎぎ……! 淫魔相手に貞操を守るの難しすぎる……!!」
湯煙温泉街【ムラクモ】、夕暮れの展望台――――街を一望できるその場所で、俺はリリィと街を眺めていた。
尻尾と左半身に生えた2枚の翼をパタパタさせながら景観や道行く人を興味深そうに眺める薄紫の長髪と魔性を帯びた金色の瞳をした褐色肌の魔族の少女――――名をリリエット=ルージュ。
ノアと出逢い、冒険者となった俺が最初に戦った強敵。魔王軍最高幹部【大罪】の一角にして、吸血鬼と淫魔の混血“吸血淫魔”たる……人間への憎悪に燃えた復讐者。
「……で、こんな人気の無い場所に来てどうしたんだ? せっかくふたりっきりなのに……」
「え~っと……その……謝りたくって……」
「何を……?」
「御主人様の左腕のこと……私が連れて来た魔狼に斬り落とされたって聞いたから……!」
ラジアータ村に現れた【勇者】を暗殺するべく魔物の軍勢を率いて現れたリリィ。その配下の一匹と戦い、俺は左腕と右眼を失った。
幸い、その後すぐにノアによって代替となるアーティファクトを組み込まれて事なきを得たが、今も俺の左腕と右眼は人工物のままだ。
それをリリィは憂いているのだろう。
「俺もリリィの右の翼と左の“角”を折ったんだ……お互い様さ……」
「御主人様……」
「それに、この『左腕』と『右眼』のお陰であの時にリリィに勝てたんだ……だから、気にしなくて良いよ……」
「……ありがとう」
今でも思い出す、あの時の死闘――――ロクウルスの森で戦った魔狼、ノアと初めて一緒に行ったゴブリン討伐、コレットと合流して決行したオークの軍勢からのラジアータ解放とオリビアの救出、そして……オトゥールの街でのリリエット=ルージュとの決戦。
そして、享楽の都【アモーレム】で俺は【死の商人】に囚えられたリリエット=ルージュと再会し、隷属の契約をもって彼女を仲間にした。
「はぁ~……御主人様は腕と眼をアーティファクトにしてパワーアップしたのに、私はしっかり弱体化しているのショックだなぁ〜」
「あはは……やっぱり全盛期の頃が恋しい?」
「そりゃね……でも、元はと言えばメメントの『契約』に甘えたツケみたいなものだから、ちゃんと受け入れないと……!」
「でも、姉さんは残念そうにしていたよ? 『せっかくリリエット=ルージュを仕留めるために技を磨いていたのに〜』って!」
「ふんっ! 遭遇する度に馬鹿みたいに“手札”を晒したツヴァイがおマヌケなだけよ! 次、戦っても私は負けないわ!」
「勝つことは?」
「む~り〜(泣) まぁ……御主人様と交あって“精”を貰えれば……私も“切り札”が切れるんだけど……♡」
「あ~、この話は終わり! このままだと変な話になりそうだ……!」
俺の『下僕』を自称し、隙あらば色仕掛けをする色香の化生――――リリィは悪戯な笑顔を俺に向ける。
俺たちと出会い、救いを求める彼女の手を取ったことでリリエット=ルージュの運命は変わった。
「うふふ……御主人様を誂うのって楽しいね♡ オリビアが癖になる訳だわ♪」
「お前なぁ……」
「人間って……面白いんだね……私、復讐に拘りすぎてて『人間』をちゃんと観ていなかった……」
「それは俺も同じだよ。魔物だ、魔族だ、言葉は通じても理解しあえないって……ずっと信じ込んでた……! だから、君に逢えて良かったと思っているよ、リリィ……」
「私も……貴方に逢えて良かった……御主人様……!」
両親を人間に殺され、報復に人間を殺し続けた哀しき復讐者。
そんなかつての大罪人は、俺の顔を見て穏やかに笑う。
たとえ、その罪が永遠に許される事が無くとも……俺は彼女の贖罪に付き合い続けよう。
「ところで……血を啜り過ぎて流石のオリビアも眷属化しそうなんだけど……どうしたら良いかな?」
「元に戻してあげて……」
「はぁ~い♡ ちょっとエッチな荒療治になるけど良いかな〜♡」
「ごめん……オリビア……」
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