第1080話:VS.【暴食の魔王】ルクスリア=グラトニス“異聞”⑦/ “Thank you for the meal”
「ぐ……あっ! うぅ……うぅぅ……」
「ハァ、ハァ……ハァ……これでどうだ!」
――――左腕の“喰魔”ベルゼブブを斬り落とされ、心臓を純白の剣で貫かれて、“暴食の魔王”グラトニスは敗北を喫した。
落下したグラトニスはそのまま地面に“大”の字になって倒れた。彼女の真横では身体から切り離された“喰魔”ベルゼブブがビクビクと痙攣しながら蠢いている。
「魔族は再生能力が高く、心臓と脳みそを、高位の存在はさらに“魂”まで同時に潰さなきゃ死なないって習ったが……改めてテメェのタフさには驚かされるよ」
「くっ……!!」
「けど、“喰魔”を斬り落とした以上、テメェには勝ち目は無いぞ、ルクスリア。それとも……“色欲”の権能を使うか? 効くとは思わないけど……」
“星間兵装”ヘラクレスは稲妻をそのまま剣にした特殊なビームソードだ。これに貫かれた対象は内部を超高圧電流で灼き尽くされる。
グラトニスはまだ息をしているが、体組織は電撃でズタボロになっている。加えて“喰魔”ベルゼブブを無力化され、もう一つの“権能”も無力化されていては勝ち目も無いだろう。
「私の“色欲”の権能、どうして効かないかと思えば……私に流し込んだ情報の集積体、それがあなたの身体を根本から変質させているのね……!」
「ああ、そうだ……解析できないだろ?」
「あ、あはは……見た目はただの若造なのに、中身はとんだ化け物ね。何を犠牲にすれば、そこまで醜悪な姿になれるの? なにがそこまであなたを駆り立てるの?」
「ただ捧げただけだ……我が王に俺の全てを」
「くっ、ふふふっ……そう、捧げたねぇ。うっ、ゲホッ……ゲホッ……それを私は『犠牲』と呼ぶのだけど……あなたはまだ、信じているものがあるのね。そう、羨ましいわ……」
俺の身体に融合した“輝跡書庫”の情報集積体は、ラムダ=エンシェントという人間の構造をまるで迷宮のように複雑化させた。魔力を帯びさせたグラトニスの“魅力”が効きづらかったのもそれが理由だろう。
故に俺はグラトニスに勝てた。だけど、彼女の言うとおり、俺は人間を辞めてしまった。それを我が王であるノアに“捧げた”ととるか“犠牲にした”と捉えるかは俺次第だ。
「さっさと負けを認めて、“神殺しの魔剣”を返してくれるか? あれは大事な物なんだ……」
「なら、“喰魔”から回収すれば良いじゃない」
「いや、お前の左腕、さっきから揚げられた魚みたいにビチビチしてて気持ち悪いんだよ。触りたくない……」
負けを認めたのか、グラトニスは不貞腐れたように寝転んだままだった。しかし、彼女からは喰われた“神殺しの魔剣”ラグナロクを回収しなければならない。
ふと、視線を脇の振れば、“喰魔”ベルゼブブがまだビチビチと痙攣している。その光景に一瞬鳥肌が立った。そして、同時に嫌な予感が本能に語り掛けた。
次の瞬間だった――――
「ギ、ギギ……ギギギ……キシャーーッ!!」
「うわ、なんだ!? 左腕が……ぐあッ!?」
――――“喰魔”ベルゼブブが襲い掛かってきたのは。
グラトニスの左腕だった“喰魔”ベルゼブブはその姿を真っ黒な“蛇”に変貌させ、朱い眼を光らせて俺に飛び掛ってきた。
咄嗟に振り払おうとしたが、グラトニスとの死闘で疲弊していて反応が遅れてしまった。そして、“喰魔”ベルゼブブは俺の首に噛み付いてきた。
「“喰魔”……何をしているの!? 私の言うことを……駄目、勝手に動いてる!? な、なんで言うことが聞けないの!」
「放せ、この……ぐぅぅ……!!」
「ひ、左腕を切り落とされたことなんてなかったから……こんな事象は知らない。元々、独立した思考が在ったと言うの……」
噛み付いた“喰魔”ベルゼブブは突き立てた牙から俺の体力を吸い始めていた。それを使って自力で動こうとしているのだろう。
グラトニスですら知らなかった能力なのか、彼女は焦っている様子だ。このままではせっかくグラトニスに勝ったのに、“喰魔”ベルゼブブに喰い殺されかねない。
「ベルゼブブ――――『大人しくしなさい』!」
「――――ッ!? ギ、ギギギ……!?」
そう思った時だった、グラトニスが瞳をピンク色に輝かせて“喰魔”ベルゼブブに大人しくするように声を荒げた。彼女の持つ“色欲”の権能を用いた魅力である。
グラトニスの強力な魅力に縛られたのか、“喰魔”ベルゼブブは竦んで動かなくなった。まるで蛇に睨まれた蛙のように。
「この……離れろってんだ!!」
「――――ッ!? ギギ……キシャ!?」
グラトニスの魅力で怯んだ隙に俺は左腕の腕力で“喰魔”ベルゼブブを無理やり引き剥がし、そのまま勢いよく地面に叩き付けた。
そして、渾身の力で“喰魔”ベルゼブブの頭部を踏み潰して粉砕してトドメを刺した。頭部を失った蛇は耳を劈くような断末魔をあげてビチビチと痙攣し、数秒後には完全に動かなくなった。
「ルクスリア……なんで助けたんだ……?」
「はぁ……さぁ、なんでかしら? あのまま“喰魔”にあなたを噛ませれば、もしかしたら魔力を還元して復活できたかも知れないね」
「なら、なんで……」
「けど、それは“喰魔”が勝手にした事……私の意思じゃないわ。だから気に食わないの……それだけ。これで満足?」
「ルクスリア……お前……」
あのまま“喰魔”ベルゼブブが噛み付けば、吸収した体力はグラトニスに還元されていただろう。だが、グラトニスはそれを良しとせず、自らの手で“喰魔”ベルゼブブを諌めた。
それは“喰魔”ベルゼブブの行動はグラトニスの“選択”ではない、という極めてシンプルな理由だった。『グラトニス』なら利用しただろうが、『ルクスリア』はそうはしなかった。
「こう言ったわね、あなたは……私の痛みも絶望も知っていると。そして、それをアーカーシャに叩き付けたと。いまは全てに決着をつける為に……この“無限螺旋迷宮”を登っているの?」
「あ、ああ……そうだけど……」
「なら、ここであなたを邪魔するより……先に行かせた方が面白いじゃない。そう、これは合理的選択よ。ええ、きっと……だから問題ないわ。私は正しい“選択”をしたのよ……」
グラトニスの目的は女神アーカーシャの排除だ。そして、この世界ではすでにそれは半分果たされている。女神アーカーシャは“神”の座を追われ、いまはノアがその座に就いた。
それをグラトニスは良しとしたのだろう。だから“喰魔”ベルゼブブの攻撃を無効化したのだ。
「そ、そんな事は許されない……ルクスリアが負けるなんて許されない。この世界の王になるべきはルクスリアよ!!」
「ルシファー……なッ!? お前ぇ……!!」
「動くな、ラムダ=エンシェント! 動けばお前の大事な主様の頭を吹っ飛ばすわよ!! 武装解除してその場に跪きなさい!!」
だが、そんなグラトニスの決定に納得しない者が一人いた、ルシファーである。
ルシファーはノアを背後から拘束して、ノアから奪い取ったであろう拳銃を彼女のこめかみに突きつけていた。そして、俺にその場に跪くように命令してきたのだ。
「さぁ、ルクスリア……そいつを殺して勝利を掴むのよ。一緒にこの世界で完全顕現を果たし、世界征服の続きを始めましょう。大丈夫、あなたなら出来るわ……」
「ルシファー、お前……自分の創造主に!」
「ふん……ノア様はただの設計者、当機に対する命令権は持たないわ! 当機のマスターはルクスリアだけ、当機はルクスリアを王にする為に存在しているのよ!」
「ルシファー、止めて……私たちの負けよ」
「いいえ、違うわ! こんな事でルクスリアの願いは終わらない! 惑わされないで、ルクスリア……あなたの味方は当機だけよ!!」
ルシファーはあくまでもグラトニスを勝利させるべく動いている。設計者であるノアに対する配慮はまるでない。
グラトニスが窘めても、俺が制止しても、ルシファーは聞く耳を持たなかった。だが、その状況でもノアは澄ました表情をしていた。
「ルシファー……貴女はどうやら設計者である私を甘く見ていますね。貴女の設計図は今もこの頭脳に記録されている……それが理解できないの?」
「我が王……」
「はっ、そんな脅しは効きません、ノア様。あなたが当機に行使できる緊急停止コードはとっくに自力解除しました! 今さら古びたコードで当機をなんとかできるとでも?」
ルシファーの設計者であるノアは、彼女を緊急停止に追い込めるコードを持っている。だが、そのコードはとっくの昔に無効化したのだと、ルシファーは得意げに語った。
しかし、それを聞いても尚、ノアの表情は変わらない。そればかりか、彼女はため息を一つつくと、ジト〜っとした眼でルシファーを睨みつけた。
「あのね……貴女とグラトニスさんが我が騎士と戦っている間、私が何もせずに棒立ちしていたと思っているの? 貴女がこんな事をするのは想定済みよ」
「…………ッ!? な、なんですって……」
「機械天使ルシファーに対する緊急停止プロトコル……確立。貴女がするべきは、問答無用で私の頭をぶち抜く事だった……グラトニスさんに固執した結果、最適解を見誤ったのよ。設計者の私としては嬉しい限りだけどね……」
ノアは右手の親指をルシファーのバイザーに押し当てた。そう、ノアは戦闘中、ずっとルシファーを停止させるコードは一から構築していたのだ。
ノアもじっと戦っていたのだ。この一瞬、戦いに決着を着ける為に。そして、ルシファーが抵抗するよりも疾く、ノアは親指をバイザーに強く押し当てた。
次の瞬間、ノアの指から小さな放電が起き――――
「緊急停止プロトコル……作動!」
「んぎ……ぎゃぁぁあああああ!?」
――――ルシファーは激しいエラーを引き起こした。
立ったままガクガクと激しく痙攣してルシファーは苦しみだした。ノアへの拘束は解除され、手にしていた拳銃もその場に落としてしまった。
拘束を解かれたノアは静かに拳銃を拾い直すと、ゆっくりと俺に向かって歩き始めた。もの静かに、落ち着いた表情で歩くノアの姿は神秘的で、まさに“王”に相応しい厳格な雰囲気を纏っていた。
「これで完全決着。私たちの勝ちですよ、我が騎士」
「あ、あがが……き、機能……停止…………」
そして、ノアが微笑む背後でルシファーは音を立てて倒れて、“暴食の魔王”グラトニスとの戦いは幕を降ろしたのだった。




