第111話:逆光
「強大な反応を検知。【時の歯車】――――【光の化身】より排出されました……!」
「ノア……!」
天を衝く光の巨人の胸元から飛び出したのは、小さな小さな白銀の歯車の時計。【時の歯車】――――世界を滅ぼす『七つの厄災』の一つ。
アウラを永遠の『今日』に縛り付け、旗艦『アマテラス』に眠る【光の化身】を封印し続けた時の歯車。
ノアが頑張ったのだろう……この【逆光時間神殿】を歪めた全ての元凶――――ラストアーク博士が造った禁忌のアーティファクトが遂に俺たちの前に姿を晒した。
「回収しないと……!」
「【光の化身】――――攻撃反応増大。弊機が回収します――――【ルミナス・ブースター】出力臨界! 【オーバードライヴ】!!」
「待て、ジブリール!!」
そんな【時の歯車】を認識した瞬間に【オーバードライヴ】を発動させて一気に加速して飛行し始めたジブリール。そして、自らの身体で起こった“異変”に気が付き、全身から光のビームを放出し始める【光の化身】。
無数の光の弾丸は【時の歯車】へと向かうジブリールを撃ち落とすように軌道を縦横無尽に曲げながら迫りくる。
敷き詰められた光の弾丸は宛ら降り注ぐ流星群のように、その光の奔流を搔い潜るジブリールは本物の天使のように――――“希望”と“絶望”は天空で美しく交錯する。
「――――ぐぅッ……!? 右腕部に被弾……腕部大破……切除……!!」
「ジブリール……待ってろ、いま俺も……!」
「来ないで! マスターは……そこで待っていてください……! 弊機が、マスターの元に“希望”を届けます!」
「…………っ! 死ぬなよ、ジブリール!!」
たとえ被弾して右腕を失おうとも、天使は空を翔ける。ノアが紡いだ“希望”を、アウラが望んだ“明日”を、俺へと届けるために。
俺が出来ることはジブリールを信じて待つこと。
天使の戦いを見守りながら、静かに自分の心臓を昂ぶらせていく。目の前で“絶望”を撒き散らす怪物に一矢報いる為に。
被弾してボロボロになっていくジブリール、降り注いだ光の雨によって崩壊していく大地、崩れ落ちる神殿――――このままでは大地が保たない。
それでも――――俺は待つしかない。
俺にしか出来ない役目があるから。
「損傷率……90%……! 【オーバードライヴ】……継続……不可……! 任務続行……不可……じゃない……!! まだ……弊機は……翔べる……!!」
そして、ジブリールは彼女にしか出来ない役目を果たすために翔ぶ。
既に右腕を失い、翼を半分失い、いつ機能停止してもおかしくない状態――――それでも、天使は翔び続けた。
微かな“希望”を求めて、天使は残された左腕を懸命に伸ばして――――
「掴んだ……! 警告無視――――【オーバードライヴ】!! 受け取って――――マスター!!」
――――その手に【時の歯車】を掴み取り、最後の力を振り絞って、“希望”を俺へと勢いよく投げ飛ばす。
「――――小癪ナ! 墜チロ、泥人形ガ!!」
「損傷率……99%……機能……維持……不可……!」
「ジブリーーーールッ!!」
「マスター……ノア様……守……って…………」
役目を果たしきり、光の雨に晒されて撃墜されるジブリール。それでも、その表情は、割れたバイザーから見えた碧い瞳は……希望に満ちて。
勝利を信じた機械天使は、安らかな笑みとともに地上へと墜ちて行った。
「ジブリール……ありがとう……! 来い――――アーティファクト【時の歯車“古”】!!」
『禁忌級遺物――――認識。時間逆行装置【時の歯車“古”】――――認識。“創造主”ノア=■■■■■■による保有権限の放棄――――認識。スキル【ゴミ拾い】効果発動―――所有者をラムダ=エンシェントに設定――――完了。スキル効果による拾得物と術者の同調率最適化――――完全適合。拾得物に記憶された技量熟練度及び技能の継承――――完了。禁忌スキル【時間逆行者】疑似覚醒――――完了』
禁忌級遺物【時の歯車“古”】――――時間を巻き戻す脅威のアーティファクト。
常人ならほんの数秒巻き戻すだけで干からびるほどの膨大な魔力を糧に動く“厄災”の遺物。世界を滅ぼせる禁断の力が、アウラからノア、ノアからジブリールを経て――――俺の左手に組み込まれる。
手首に浮かぶ時計盤、『Ⅰ~Ⅻ』までの紋章と長針と短針の紋様が刻まれた白い方陣が俺に使命を告げる。
「光の巨人の頭部にまた光が……!! ラムダ、逃げて!!」
「【時の歯車】――――起動!! さらに【オーバードライヴ】――――発動!! 時よ……我が命に従い――――逆行しろ!!」
左手を手首ごと“反時計回り”に高速で回転させる――――アーティファクトの義手【光量子展開射出式超電磁左腕部】だからこそ可能な荒業。
高速で駆動する歯車のように甲高い音を鳴らして回転する左手。その回転に呼応して反時計回りに針を逆か巻く時計盤。
「ヌゥ……!? 我ノ“光”ガ止マッタ!?」
「なに……あれ……? ラムダの目の前に……大きな方陣が……!?」
「ツヴァイ卿……! ラムダ卿が展開した方陣から、白い力場のようなもの出て……あの“光”の攻撃を止めた……!?」
「ラムダ……あなたは、まだ諦めないのね……! ツェーネル卿――――私の愛する弟を……一緒に護って……!」
「――――喜んで……!!」
「覚悟しろ、アルテマ……【永久少女・時間矛盾領域】――――展開ッ!!」
俺が展開するは『時間を巻き戻す』時間の大結界――――【永久少女・時間矛盾領域】。
あの時、【逆光時間神殿】を解放する戦いでアウラが見せた驚異の大結界を、今度は俺が使う番だ。
「ナンダ……コレハ……? 我ノ“時間”ガ……巻キ戻ッテイルノカ……??」
「そのままアウラとノアを取り込む前まで時間を巻き戻してやる……!! うぉおおおおおおお!!」
「ガァ……!? バカナ……アリエン……!? 人間ゴトキガ、我ヲ……弄ブト言ウノカ……!? オノレ……猪口才ナ……!!」
俺の目の前で静止した“絶望の光”が【光の化身】の元へと戻っていく。
それに合わせるように、俺が行う『時間逆行』の影響を受けて徐々に縮んでいく【光の化身】――――そうだ、アウラを取り込む前の、旗艦『アマテラス』の黒水晶に封じられていた奴は、まだ小さな光の塊だった。
なら、そこまで時間を巻き戻して――――とどめを刺してやる。
「死ネ――――ラムダ=エンシェントォオオオオ!!」
「光の雨が……!? 今は動けないのに……!!」
「固有スキル【抜刀術:一閃】――――奥義“ツヴァイ☆すぺしゃる”!!」
「姉さん……!!」
「戦いなさい、ラムダ!! あなたが……みんなを護りなさい!!」
俺を“脅威”と認定し、全力を出した【光の化身】の抵抗――――時間結界の範囲外から豪雨のように降り注いだ光を斬り裂くは、ツヴァイ姉さんの抜刀術。
僅かに生まれた猶予――――それこそが、決着の鐘の音。
「光の巨人が……小さく……! 居た――――ノア様とアウラ様だ!」
「ノア……! ノア!!」
「ラムダさん……【光の化身】の“核”は……私が捕らえています……さぁ、流星剣で……止めを……!!」
天を衝く巨人は『時間逆行』で消え去り、俺の目の前に現れるは小さな“光”――――そして、ノアとアウラの姿。
俺が展開した【永久少女・時間矛盾領域】の影響でおそらく傷や【光の化身】による侵食も巻き戻されたのだろう……綺麗な状態を保ったノアとアウラの姿を見て、俺の中に安堵が生まれる。
けれど、まだ終わりじゃない。
10万前の文明が滅ぼしそこねた“終末”に今こそ決着を。
「今です、ラムダさん――――結界の解除を! 完全適合者であるラムダさんなら、結界を解除しても巻き戻した時間はそのまま保持されます!!」
「分かった――――【永久少女・時間矛盾領域】……解除!!」
「アウラちゃん……先に脱出を!!」
「お姉ちゃん……! だめ、駄目なのだ!!」
「ツェーネルさん、アウラちゃんを!!」
「――――承知!!」
領域の解除と共に再び勢いを取り戻そうとする【光の化身】――――その怪物の再動よりも疾くアウラを放り投げるノア、宙に投げ出された巫女を捕らえんと伸びた“光”の触手を斬り捨ててアウラを受け止めたツェーネル。
後は……ノアを救うだけだ。
「ヤメロ……ヤメロォオオオオオオオ!!」
「いけない、ノアちゃんがまた取り込まれる……!!」
「私の量子障壁で【光の化身】の“核”を拘束してます! ラムダさん……私……待ってるから――――」
「ノア……! 待ってろ、すぐに助けてやるからな!!」
依り代だったアウラを失い、破れかぶれでノアを取り込んだ【光の化身】――――だが、ノアの策略に嵌り、奴は“核”を剥き出しの状態にされた。
今なら、俺の持つ流星剣で奴の弱点を斬れる。
もう身体が保たない……【時の歯車】と【オーバードライヴ】の併用でもう限界が近付いている。
だから――――この一撃が最後の機会だ。
「【光量子加速翼】展開! アーティファクト【残光流星撃墜剣】――――構え!!」
剣を水平に掲げて、目の前で膨張していく“光”を見据える。
見上げるほど大きかった【光の化身】はいまや人間3人分の大きさしか無い球体と化した……あの中に、俺の愛する少女が居る。
待ってて、ノア……いま迎えに行くからね。
「行くぞ! 穿て――――“流星の涙”!!」
「来ルナ……人間ンンンンン!!」
翼から光を放出させて俺は翔ぶ――――【光の化身】の最後の抵抗、光の球体から放たれた光の矢を掻い潜って剣の切っ先をアルテマの“核”に向ける。
俺には分かる――――奴の“核”が何処にあるか、俺の大切なノアが何処に居るか……分かる。
だから……俺の剣に迷いは無い。
「――――ラムダさん!」
「――――ノア!!」
流星は”光“を斬り裂き、俺の左手に握られた剣は【終末装置】の”核“を寸分違わずに両断する。
そして、俺の右腕には銀髪朱眼の少女が。
「オォ……! 我ヲ……倒スカ……! 見事ナリ……人間ヨ……!!」
「じゃあな、アルテマ……! お前の『悪い夢』もこれで終わりだ……!」
「フフフ……ソノヨウダ……! 新タナル人間ハ……マダ、“希望”ニ満チテイル……ヨウダナ――――」
“核”を斬り裂かれた【光の化身】は最期に何を思い、何を観たのだろうか。
俺に称賛の言葉を贈りつつ、最期に笑って【光の化身】は弾けて消える。
決着の瞬間――――逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】で眠り続け、アウラを永遠の『今日』に縛り付けた怪物が消えた瞬間。
それは、孤独な『今日』を生き続けたエルフの少女が――――満ち足りた『希望の明日』を迎えれる瞬間。
そしてもうすぐ、夜が明ける。




