第1073話:晩餐会
「第八十階層……次に再現された場所は……」
「ふむ……この場所も覚えがありますね」
――――“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト第八十階層、エレベーターを降りた俺たちを出迎えたのはやはり見覚えのある場所だった。
円形状の空間になっている艦橋のような場所。中央では地球を模した立体映像が回り、周囲では様々な計器が絶え間なく働き、正面に見える窓からは青空が見える。
「空中要塞メサイヤ……」
再現されたのは古代文明で建造された超弩級空中要塞メサイヤ。全高五〇〇〇メートルにも及ぶ巨山が如きアーティファクトだ。再現されたのはその一部を切り取っただけだろうが。
鯨のようなそり立った要塞部分を、左右に伸びる浮遊機関内蔵の巨大ウィングが支える、さながら“十字架”を模したシルエットが特徴だ。
「魔王軍の切り札として使われた決戦の舞台……」
グランティアーゼ王国と“暴食の魔王”グラトニス率いる魔王軍との武力衝突『アーティファクト戦争』。その決戦の舞台となった“不毛地帯”テラ・ステリリスに突如として現れた空中要塞メサイヤは、その圧倒的な巨大さと火力で王立ダモクレス騎士団を苦しめた。
「ルシファーとアケディアスさんと連戦しましたね」
遅れて戦場に到着した俺たちは王立ダモクレス騎士団の本隊に合流、魔王軍を指揮する最高幹部の一人、機械天使ルシファーをゴルディオ=オクタビアス卿の犠牲と引き換えに撃破。
そして、攫われたノアを奪還するべく、飛行能力を持つ俺は単身で空中要塞メサイヤに突入。魔王軍のナンバー2である“怠惰の魔王”アケディアス=ルージュをなんとか撃破した。
「だけど、それは俺を疲弊させる為の罠だった」
ルシファーとアケディアスとの連戦で俺は全力を出し尽くした。魔王軍最高幹部を全員撃破すれば、あとは戦場から離れた位置に在る魔界に乗り込み、魔王グラトニスを討てばいいと思っていたからだ。
しかし、それは俺の思い違いだった。
魔王軍ナンバー3とナンバー2との連戦で疲弊しきった俺を確実に仕留めるべく、魔王グラトニスはあろうことか空中要塞メサイヤに現れたのだ。そして、俺は疲弊しきった状態で彼女と相対することになった。
「思い出しただけで頭痛がする……」
魔王グラトニスはノアを確保し、俺を討つことに全力を尽くした。この空中要塞メサイヤはそんな彼女との決戦の舞台だ。
俺たちは息を飲みながら、再現された空中要塞メサイヤの艦橋の奥に視線を向ける。
「なんじゃ……その微妙そうな表情は? この迷宮はお主の記憶を再現した場所じゃ。ならば、この空中要塞メサイヤに再現されるのは当然、この儂しかおらんじゃろう?」
視線の先、艦長席で一人の少女が座って俺たちを待ち構えていた。漆黒の装束と外套を身に纏い、額から“角”を生やした黒髪金眼の少女。
小柄な身体には似つかわしくない尊大な喋り方をし、空気がピリピリとするような威圧感を放つ魔族たちの頂点に立つカリスマ。
「ルクスリア……グラトニス……!!」
「如何にも……儂がグラトニスじゃ!」
その少女の名はルクスリア=グラトニス――――魔界を統べる“暴食の魔王”、世界征服を掲げ女神アーカーシャに反旗を翻した闇の救世主。
玉座代わりの艦長席に脚を組んで座り、手にした赤い果実を頬張りながら、グラトニスは禍々しく輝く金色の瞳で俺たちを凝視ししていた。
「さて……どうやら儂はお主を試す為に“無限螺旋迷宮”に再現された“異聞”のようじゃな? せっかくグランティアーゼ王国を攻め落とし、野望に一歩近づいたと思うて浮かれていたというに……水を差された気分じゃ」
「…………」
「まぁ良い……儂が不覚を取った世界を観測する機会じゃと思うて我慢しようかの。のう、そうじゃろう……ラムダ=エンシェント? 我が野望を阻んだ男よ……」
自分が“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトが再現した存在だと把握してため息をつきながら手にした果実を食べ切ると、グラトニスは手すりに置いてあった杯を手に取った。
そのまま杯に注がれた飲み物を口にしていく。俺たちを前に呑気に、しかし優雅に食事を堪能している様はまさしく“暴食の魔王”と呼ぶに相応しい。
「儂は女神アーカーシャを許さぬ……あやつは人類に痛みを与えることを良しとした。その痛みは儂を苦しめた……お主は儂の出生を知っておるのじゃろう?」
「ああ、知っている……」
「女神アーカーシャは万人を救わん。ならば、斯様な偽神なぞ排除して、世界を人間の手に取り戻すべきじゃ! 儂はその為に決起し、魔王軍を率いて世界征服を夢観た……理想郷を手に入れる為に」
「自分が支配者になる為ですか?」
「そうじゃ……儂が世界を統治し、女神アーカーシャよりも優れた世界を実現するのじゃ! その為の準備が儂にはある、その為の知識を儂は学んだ、何を犠牲にしてでも理想を掴む覚悟が儂にはある!」
魔王グラトニスは魔界のゴミ捨て場、“廃棄孔”ディスポネーレという劣悪な環境で生まれ育った低級魔族の雑種だ。
そんな劣悪な環境での生活からか、魔王グラトニスは救いの手を差し伸べなかった女神アーカーシャを不要と断じ、自らが新たな支配者になるべく行動を起こした……より良い世界を目指して。
「たしかに……お前の感じた憤怒は本物だ。そして、魔王軍を率いて立ち上がった事も否定はしない。だけどな……その為にグランティアーゼ王国を攻め落とそうとして、我が王を我が物にしようとしたお前を俺は認められない」
「ほう……儂を否定するか?」
「ああ、そうだ……俺はルクスリアという少女の在り方を認めても、世界征服を目論む“暴食の魔王”グラトニスは認めない。お前が変わらず世界征服を目論む魔王を名乗るなら……もう一度倒してやる!」
しかし、自身の望みを叶えるべく、魔王グラトニスは世界征服という暴力的な手段に訴えでた。そして、全てのアーティファクトを手中に収めるべく、ノアを手駒に加えようとした。
そんな魔王グラトニスの在り方を俺は認められない。如何に魔族の少女ルクスリアが悲惨な過去を送ったのだとしても、その暴力が大事な人たちに振りかかるのなら俺は許せない。
「ならば……儂を止めてみせよ。そして、儂は我が覇道を阻む敵には容赦せん。お主が邪魔立てすると言うのなら、儂が直々に喰ろうてくれよう……!!」
「我が王よ……お下がりください」
「せっかくじゃ……お主を排除して、そこな“人形”に儂を再現体ではなく実体として顕現させてもらおうかの。この窮屈な“塔”から解放され、儂はこの異聞の世界を掌握してやるのじゃ!!」
敵対の意志を示した瞬間、魔王グラトニスは威圧感だけで艦橋に暴風を巻き起こした。そして、玉座から立ち上がった彼女はゆっくりと階段を降りて俺たちに迫りくる。
魔王グラトニスの左腕、“喰魔”ベルゼブブがボコボコと音を立てて変形していく。どうやら彼女はノアの手を借りて再現体から実体になって、この世界に顕現するつもりらしい。
「我が王には触れさせん……グラトニス!」
「クハハハ! ならば護ってみせるのじゃな!」
魔王グラトニスの左手の爪は鋭利な“刃”へと変貌し、俺は魔剣と可変銃を手に取って、戦いの準備を整えた。アーティファクト戦争の時はあと一歩だけ及ばなかったが、今回こそは越えてみせる。
後ろに下がったノアが見守る中、俺と魔王グラトニスは対峙する。お互いに向かい合って、刃を交える瞬間を待った。
そして、俺と魔王グラトニスが放つ殺気の影響で、艦橋の機械が小さな火花を発した瞬間――――
「さぁ、馳走の時間じゃ! 儂を満足させてみよ!!」
「いいぜ、動けなくなるまで喰らわせてやらァァ!!」
――――俺と魔王グラトニスに一気に距離を詰めて手にした剣を振り下ろし、刃と刃を交えて“メサイアの空”の再演に興じ始めたのだった。




