第110話:“最後の希望”《SIDE:ノア=■■■■■■》
「ここは……何処……? ラムダさん……何処にいるの……?」
――――気が付いた時、私は真っ白な光の空間の中をふわふわと漂っていた。
そう……確か、旗艦『アマテラス』に封印されていた筈の【光の化身】が解放されて、それで私は“光”の中に取り込まれてしまったんだっけ。
「量子障壁……侵食率40%。あまり時間も掛けれない……急いでアウラちゃんを探さないと!」
侵食されて【光の化身】と同化してしまわないように身体に張り巡らせた障壁……でも、長くは保ちそうに無い。
身体を起こして周囲を見渡す――――無重力に浮かぶ感覚は懐かしい宇宙空間のよう。なら、動き方もだいたい同じ。
足下の虚空に展開した量子の足場を蹴って身体を前に進める。
「暗い宇宙空間とは真逆の真っ白な空間…………でも、寂しい所……」
あたり一面真っ白な、殺風景な世界を闇雲に進む――――私の予測が正しければ、アウラちゃんは【光の化身】が物理的に実体を保つための“核”にされているはず。
だから、必ずアウラちゃんは居る。
白い雲海を導も持たずに私は彷徨う――――諦めたくないから、もう一度……あの人に愛してもらいたいから。
《なぜ、そこまで必死になるの……『私』……?》
「――――『私』」
そんな私に語り掛ける少女がひとり――――銀色の長髪、白い素肌、虚ろな朱い瞳をした“人形”のような少女。
もう一人の『N.O.A.H.』――――本当の『私』。この『私』が今の人格を創り上げた際に精神の片隅にしまい込んだ『壊れた心』。
この空間が織り成す“幻想”だろうか…………私の行方を阻むように、そんな『私』が目の前に現れる。
《なぜ、そこまでラムダ=エンシェントに尽くすの? 分かっているでしょ? 『私』は長くは生きられない……あと2年もせずに無理やり繋げた細胞の結合が解けて死ぬ》
「識ってる……だから何……?」
《そんな『私』が……泡沫の夢のように消えて無くなる運命の『私』が……ラムダ=エンシェントの『最愛の女』になっても、彼に残るのは『私』を失った“心の傷”という『思い出』だけよ?》
「…………分かっています」
分かっている……きっとこれは【光の化身】が見せる『悪い夢』だ。
私は内に秘めた『私』と押し問答をしているに過ぎない。これはただの自問自答だ。
でも……心が痛い。
《なら何故? 贖罪の旅がしたいなら――――大枚を叩いて金で働く傭兵でも雇えばいい》
「…………黙って……」
《『私』のしている行為は、『私』を愛したラムダ=エンシェントに一生消えない“傷”を作るだけの行為……! 彼に奉仕するだけの『愛玩人形』がすることじゃ無い――――ただの無責任な自己満足》
「――――黙ってよ!!」
うるさい、うるさい、うるさい――――分かっているの、全部分かっているの。
たった2年足らずで死ぬ『私』を愛しても、彼には何も残らない、私は何も残せない……『ノアの死』という、残酷な現実をあの人の心に負わすだけだって……分かっている。
でも……あの人の側から、もう離れられない。
「私は……『夢』を観ているの……私を愛してくれた人と生きれる幸せな『夢』を観ているの……」
《『夢』はいつか醒める……『私』に待っているのは“死”という『現実』だけよ……!》
「えぇ、そうね…………だから、私が死ぬその瞬間まで……もう少しだけ『夢』を観ていたいの……!」
《人類100億人を皆殺しにした大罪人……『私』にラムダ=エンシェントは相応しくない……! ひとり虚しく、死ぬのが似合っているわ……!》
「分かっています……だから、私が死んだ後の事は……オリビアさんに託したの……! お願い……もう少しだけ……私に時間を頂戴……!」
これは私が観る一時の『夢』――――役目を終え、死を待つだけだった私に“神様”がくれた……夢想の安寧。
私を愛して、私を『人間』にしてくれた……素敵な“騎士”と征く死出の旅路。
《破滅しか齎さなかった……十番目の【終末装置】である『私』が……何を残すの?》
「私はあの人に何も残せない……だから、せめて……私が居なくなってもあの人が寂しくないように……たくさんの思い出と、大勢の絆を……残してあげたいの……! 私が死んでも、あの人の“人生”は続く――――だから!」
この幸せな『夢』を最期まで観させて欲しい。
私は、あの人の長い“人生”の1項に刻まれた『思い出』になれるだけで……幸せだから。
《愚か者……自分の『幸せ』を優先した“壊れた人形”……いつか『私』は報いを受けるわ……!》
「えぇ……覚悟しています……!」
《そう……なら、好きにしなさい……そして、『現実』を思い知ると良いわ――――『私』は結局、人間の真似事をしているだけの『人形』だって……》
そう、『私』は上辺、『私』は秘めたる本心――――本当は、私はあの人の一番にはなってはいけなかった。
将来を契り合った筈のオリビアさんから一番の座を奪い取っただけの泥棒猫……それが私。
許してください……『人形』で在ることを辞めて『人間』になろうとした私を。
許してください……『罪人』であることを忘れて『幸せ』になろうとした私を。
許してください……『女神』を創ったことを隠して『あなた』の人生を壊した私を。
それでも、私はもう引き返せない。
あなたを愛して……ごめんなさい。
「たとえ後悔したとしても……私は、ラムダさんと共に歩みます……この命が燃え尽きるまで……」
《ラムダ=エンシェント……ごめんなさい……愚かな『私』を……どうか許してください……》
懺悔の言葉を残して、『私』は煙のように霧散して消える。
きっと、これは“警告”――――私は、いつか必ずあの人を悲しませる。内心では分かっているのに……それでも私は愛されたいと願ってしまった。
虚ろな人形は愛される『夢』を観る…………その愚かな理想を、私に自覚させる為に。
「いた……アウラちゃん……!」
そして、『私』と対話を終えた私の前に見えてきたのはひとりの少女の姿。
無数の光の鎖に縛り付けられたエメラルド色の髪のエルフの少女――――アウラ=アウリオン。
「アウラちゃん! 大丈夫、アウラちゃん!!」
「――――あぅ……お姉ちゃん……?」
「酷い……身体が殆ど【光の化身】と同化している……!? 待ってて、いま助けてあげるからね!」
虚ろな瞳で私を見つめ、弱々しい声でうめき声をあげるアウラちゃん。
身体の至る部分が発光体となっている……【光の化身】による侵食がかなり進んでいる状態だ。このままでは、無理に同化を引き剥がしてもアウラちゃんの身体の大部分が失われるだけだ。
普通に考えれば即死。よしんば、生き残れたとしても“無事”とはお世辞にも言えない。
それは、助けた事にはならない。
「あたし……もう駄目……助からないよ……」
「いいえ、まだです! 諦めないで!」
「無理だよ……なんで……自分を犠牲にしてまで……助けようとするの……?」
「ラムダさんが、アウラちゃんを旅に誘っているから……」
「お兄ちゃんが……?」
「そうだよ。だから……私たちと一緒に、旅をしましょう」
アウラちゃんは必ず五体満足で助け出す。
そして、みんなで一緒に旅をするの…………私の最期の思い出の為にも、ラムダさんに素敵な伴侶を見つけてもらうために。
「でも……あたし……身体が……」
「手はあります……【時の歯車】――――あなたの心臓に組み込まれたアーティファクトを使います!」
アウラちゃんの状態は既に『手遅れ』――――普通なら救うことは叶わない。そう……普通なら。
でも、幸か不幸か、アウラちゃんの心臓には禁忌級遺物が組み込まれている。【時の歯車】――――文字通り『時間』を操る禁忌のアーティファクト。
そして、アウラちゃんに組み込まれたのは三種類ある【時の歯車】の一つ、“時を巻き戻す”事が出来る逆行の歯車――――『古』。
「先ずはアウラちゃんの心臓から【時の歯車】を分離します……!」
「む……無理だよ……あたしの心臓に組み込まれた歯車は……女神アーカーシャ様から賜ったもの……あたしでも扱えないんだよ……」
「大丈夫……だって、それを造ったのは私だもの……!」
そう……私は罪人だ。
人間たちに言われるがまま、兵器を造り、人類を滅ぼす悪魔の機巧を造り続けた人形。
私が造り出した7つの“大罪”――――その全てを解体する事こそが、私の贖罪。
「第十の【終末装置】――――『ノア=ラストアーク』が命じます……起動しなさい、“時の歯車”【クロノギア】!!」
「身体が……!? あぁ――――あぁああああああああ!!」
ノア=ラストアーク――――それが私の『名前』。
10万年前、“神”を創り、地球に住んでいた100億人の人間を死に至らしめた大罪人の名前。
あなたが愛した……女の名前。“最後の希望”の名に懸けて、必ずやアウラちゃんを救ってみせます。
「アウラちゃん……少しだけ我慢して……! さぁ、開発者命令よ……! アウラ=アウリオンの身体から分離しなさい……!!」
「痛い……痛い……痛い痛い痛い……痛いよ……」
「ごめんなさい……きっと助けます! 一緒に行きましょう――――素晴らしい『明日』に!!」
「生きたい……生きたい……生きたい……!! あたしは……生きたい!!」
「うあッ!? 私の身体も……侵食を……!? うぅ……負けない……絶対に負けない……!! うぅ……うぁあああああ!!」
アウラちゃんの胸に手を当てた瞬間に私に流れ込んでくる“光”の侵食。腕が侵され、肩が侵食され、私の命が蝕まれていく。
それでも、手を放さない。
私が造った“罪”で苦しむアウラちゃんを救うことは、私の義務……だから、諦めない。
緩みかけた両手にもう一度だけ力を込めて、アウラちゃんの胸に手を翳す。アーティファクト【時の歯車】の着脱は『管理者』か『開発者』、そして【時の歯車】と完全に適合できた『資格者』なら可能。
私ならアウラちゃんの心臓から【時の歯車】を分離させて取り出せる。
「げほっ! 痛い……痛いよ……!
「腕の感覚が……!? だめ……だめだめだめ! このままじゃ【時の歯車】を取り出す前に私の腕が使い物にならなくなる……!」
理屈的には、理論的には取り外しは可能――――けれど、【光の化身】による侵食が私の身体を喰い散らかして、私の試みを阻害する。
私の両腕は既にほぼ全てが無機質な『発光体』と化し、侵食は顔や胸、臓器にまで及んでいる。このまま【時の歯車】の摘出に失敗すれば、私も助からない。
そんなの嫌……でも、死ぬのが怖くて、手が震えてしまう――――怖い、怖い、怖い……あの人に会えなくなるのが……怖い。
「うぅ……ラムダさん……私に……もう少しだけ……『勇気』をください……!」
『ノア……頼む、返事をしてくれ……ノアーーーーッ!!』
「――――ッ!」
そんな“絶望”に染まり挫けそうな私の耳に微かに聞こえたあの人の声――――私に『愛』を教えてくれた凛々しき“騎士”の声が聴こえる。
私は此処に居ます。
まだ、諦めていません。
もう一度会いたい。
まだ――――『夢』を観ていたいから。
「うぅ……うあぁぁあああッ!!」
だから……私はこの身を捧げます。
死力を尽くして【時の歯車】に手を掛ける――――この腕がもがれても構わない。
だからお願い……私に応えて。
私が愛した人を護る力を……私にください。
「起動しなさい――――【時の歯車】!!」
光に侵された両腕が砕けて消える、私の『寿命』が燃え尽きていく……それでも、私は生きたいと願う。
アウラちゃんの胸から光とともに摘出されたのは白銀に輝く小さな“歯車時計”――――【時の歯車“古”】。
時を逆か巻く禁忌のアーティファクト。
「アウラちゃん! その歯車を思いっ切り外に吹き飛ばして!!」
「お姉……ちゃん……」
「私はもう両腕が無くなっちゃった! お願い――――その“希望”をラムダさんに届けてあげて!!」
「――――うぅ……あぁああああああ!!」
弱りきった炉心を弾かせて、アウラちゃんは全身から魔力を放出する――――私たちを取り囲む“絶望の光”にも負けないぐらいに輝く“希望の光”。
その光に乗って【時の歯車】はまっすぐに飛んでいく。
「ラムダさん! 聴こえますか、ラムダさん! 聴こえますか、ラムダさん!!」
《――――ッ! ノア……ノア!!》
私とアウラちゃんに出来ることは全てやりきった。
後は――――あなたに託します。
「使って……『時間を巻き戻す』アーティファクト――――【時の歯車“古”】を!!」
ラムダさん……私の騎士様。
私は、あなたが迎えに来てくれるのを待っています。
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