第1068話:VS.【憤怒の魔王】イラ“異聞”② / 〜Dies Irae〜
「さぁ、我が眷属よ、あの女を八つ裂きにしろ!」
「おっと……私を狙いますか。いやらしい……」
――――イラの命令を受けた亡獣たちが俺を飛び越えて、一斉にノアに飛び掛った。数は六匹、全員が燃え盛る爪を光らせている。
自分が狙われた事を悟ったノアは自衛の為に拳銃を取り出した。だが、拳銃だけではどうにもならない数だ。俺は即座に転移でノアの前に移動して武器を構えた。
「我が王に手を出すんじゃねぇ!!」
魔剣を素早く振り抜いて、飛び掛ってきていた亡獣を一気に斬って薙ぎ払った。斬り捨てたられた亡獣たちが焔になって霧散していく。
「我が騎士、一匹残っています!」
五匹は斬ったが、飛び掛かるタイミングをズラしていた一匹だけは魔剣から逃れていた。
そして、その一匹はそのまま俺に飛び掛り、魔剣を振り切った後の左腕に噛み付いてきたのだった。
「こいつ……!!」
亡獣が噛み付いたのは左腕の上腕部分、鋭い牙を喰い込ませてガッチリと離さないでいた。
同時に喰い込んだ牙からは高熱が注がれ、体内に燃えるような激痛が走った。ドロドロのマグマで身体の内側から灼かれる痛みに、思わず身悶えそうになる。
「邪魔だっつうの! “視閃光”!!」
俺は咄嗟に両眼からビームを放って、組み付いてきた亡獣を撃ち抜いた。ビームで胴体を撃ち抜かれた亡獣は小さな悲鳴をあげて消滅した。
これでノアに襲い掛かった亡獣は全て倒した。だが、最後に眼からビームを放って視界を塞いだのは失策だったかも知れない。
「妾を忘れておるぞ?」
「――――ッ!? しまっ……」
俺の目の前にはイラが立っていた。俺が亡獣たちを薙ぎ払ったタイミングで俺との距離を詰めてきたのだろう。
イラは九本の尻尾を束ねて一本の巨大な“鞭”を形づくり、その鞭に焔を灯して勢いよく振り下ろしてきた。
「喰らえ――――“業炎墜火葬”!!」
「我が王、離れて――――ぐあッ!?」
本能的にノアを突き飛ばして攻撃範囲から逃がした。イラの攻撃は明らかにノアも巻き込むつもりで放たれていたからだった。
その判断は誤りだったのか、イラは冷たい視線を向けたまま俺の頭部を尻尾で殴りつけ、俺は地面に頭から叩き落とされてしまった。
「愚か者め……主を優先するあまり自分を蔑ろにしおったか。其方は“盾”ではなく“剣”であろう? 其方が死ねば主も死ぬのだぞ?」
「ぐっ……クソ……!!」
「其方がするべきは妾に反撃をする事というに……それが其方の“弱点”だ、ラムダ=エンシェントよ。其方を突き動かす感情は常に“恐怖”……失いたくないという感情に支配されて、臆病な選択肢しか取れぬのだ」
地面に倒れた俺の頭部を思いっ切り踏み付けて、イラは俺に『なぜ攻めないのか』と苛立ちを露わにした。
イラの指摘通り、俺はノアを失いたくないという“恐怖”から『ノアの安全を優先する』という行動を取っていた。それをイラは臆病な“選択”だと蔑んでいる。
「其方の主は戦場に立つ事を“選択”した。自らも命を賭ける覚悟を決めておるのだ。決して最前線で其方に護ってもらうお姫様ごっこをしにきている訳ではないぞ?」
「…………ッ!」
「主の覚悟を汲まず、其方は主を甘やかすように護っておる。そんな腑抜けでは妾は倒せぬ、そしてこの迷宮の管理者にも勝てぬであろう……」
イラの言うとおり、ノアは共に戦うことを選んだ。戦場で俺の戦いを見届けると同時に、戦場で危険に巻き込まれる事も承知しているのだ。
さっきの亡獣たちの攻撃の際も、続くイラの攻撃の際も、ノアは自衛の為に動こうとしていた。割って入ったのは俺だ。
「其方がするべきは……大切な仲間を害する敵を徹底的に排除すること。自分が如何なる罪人かも、相手がどんな事情を持っているかも関係は無い……ただ、その心に湧き上がる“憤怒”を以って敵を打ちのめす事だ」
「…………ッ!!」
「追い詰められた悪党が大人しく死を受け入れるか? いいや、全力で抗うだろう……善人とて同じだ。戦場で問われるのは“善悪”ではない……勝つか負けるかだ。生きたくば戦え、護りたくば相手を喰らえ! 感情の赴くままに吼えよ!!」
戦いの場で問われるのは善悪ではなく、ただ勝つか負けるかだけだ。だから俺はノアの為にも勝たねばならない、相手を徹底的に排除せねばならない。
イラはガーディアンだ。排除せねば先には進めない、和解なんてそもそも選択肢には無い。
「さぁ、怒れ……その身体に燃え盛る“憤怒”を爆発させよ! 世界の不条理に怒れ、世界の理不尽に叫べ……その感情は決して間違っておらぬ!!」
「うぐぐ……うぉぉおおおおおおおッ!!」
「其方の敵は強大だぞ……負けたくなければ吼えよ!! 弱い犬はただ吠えるだけだが……強き狼は気高き咆哮で相手を震え上がらす! 其方は首輪をされた犬か、それとも孤高の狼か!」
イラの脚を左手で掴んで持ち上げていく。こんなにも散々に暴言を吐かれて、それに反論できなかった自分が腹立たしかった。
俺はきっと忘れていた。自分の中に燻っていた苛立ちを。振りかかる理不尽から愛する人を護りたくて、盾になる事を優先していた。けど、きっとそれだけでは駄目なのだろう。
「さっきから言いたい放題言いやがって……! テメェにそこまで言われる筋合いはないんだよ……コレット!! 俺は……俺だって……!!」
「…………っ!!」
「何もかも受け入れて、綺麗事じゃ世界は回らないなんて納得できるほど……世界に絶望しちゃいねぇんだよ、バカヤロウ!! 俺を舐めんるんじゃねぇ!!」
喉が張り裂けそうな程に叫びながら、俺はイラを強引に突き飛ばした。そして素早く起き上がり、後方に飛び退いたイラを睨みつける。
俺はきっと苛立っている。
それは不甲斐ない自分に対してだ。
“ノアの騎士”になって満足して、俺は護ることに固執していた。けど、俺だって世界にはまだまだ不満がある。それを叫ばねば、正そうと抗わねば気が済まない。
「俺は首輪の着けられた飼い犬じゃもうねぇ! 我が王、ノア=ラストアーク様の理想を叶える為に戦う忠臣だ! だが、それ以前に……俺はラムダ=エンシェントという一人の人間だ!!」
「なら問おう……其方は何者だ?」
「俺は理不尽が嫌いだ……だから吼える、それは間違っているのだと!! テメェ等に俺の大切なものは何も奪わせはしない! テメェもだ、イラ……コレットは返して貰うぞ!!」
俺の苛立った表情を見て、イラが不敵に笑った。今の俺がきっと、彼女の望んでいた“狼”の姿なのだろう。
魔剣を手に俺は吼える。愛する者の為に怒り、護る為に戦えと本能が叫ぶ。今こそ怒る時なのだと告げるように。




