第1067話:VS.【憤怒の魔王】イラ“異聞”① / 〜Collet EpiphaniaⅡ〜
「妾の憤怒にて其方を灼き尽くそう……ガルルァ!!」
「やってみろ……返り討ちにして躾してやる!」
――――地面を右脚で蹴った瞬間、凄まじい爆発を発しながらイラが急加速して俺の喉元へと喰らい掛かってきた。
初速の段階で音速を超える超速での急襲、イラは高熱で赤熱化した“牙”を光らせて俺に噛み付こうとしていた。音速を捉える強化された視力が無ければ反応すら許されないだろう。
「視えてるっての……っ!!」
俺は魔剣を構えて突撃してくるイラを待ち構えた。彼女が俺の身体に牙を突き立てるには、俺が構えた魔剣に対処しなければならない。
「視えてるのは……妾も同じよッ!!」
「――――ッ!? 魔剣に噛み付いた!?」
目の前に添えられた魔剣に対してイラはあろう事か攻撃を継続した。差し出された魔剣に噛みつき、刀身に牙を突き立てたのだ。
“神殺しの魔剣”ラグナロクの刀身は頑丈だ、簡単には砕けない。だが、頑丈ゆえに魔剣はイラが突き立てた牙にガッチリと固定されてしまっていた。
「このまま地面に叩きつけてくれるわ!!」
「な、なんだこの咬合力は……うおっ!?」
そのままイラは顎の力だけで俺を持ち上げた。そして、そのまま首を振って魔剣ごと俺を振り上げて地面に叩きつけようとしてきた。
咄嗟に魔剣に魔力を注ぎ、刀身を発熱させてイラを振り解こうとした。しかし、イラが発する熱量は魔剣の発熱を遥かに上回っていて、俺の咄嗟の反撃は彼女には通じなかった。
「愚かな……本能で戦えぬ人間風情が……!」
そのままイラは首を振って俺を地面に叩きつけようとする。このままでは俺は背中から地面に落ちる。そうなればイラに隙を突かれて滅多打ちにされるだろう。
「理性で戦うのが人間だ……覚えておけ!!」
地面に叩きつけられる直前、俺は膝を曲げて身体よりも先に両足を地面に接地した。当然、その状態から何もしなければ意味は無い、俺は両足の装甲に内蔵された推進器を稼働させた。
踵から魔力を噴射して落下の勢いを相殺し、俺はブリッジの姿勢のままイラの攻撃を受け止めた。そして、そのまま腹筋に力を込めて上半身を起こし、今度は魔剣ごとイラを持ち上げて反撃に移る。
「小癪な!! だが、しかし……!!」
そのままイラを地面に叩きつけようとしたが、持ち上げられたイラは地面に叩きつけられる直前に魔剣から牙を離して綺麗な体勢で着地をした。
同時に、両手の爪を長く伸ばし、爪に焔を灯して攻撃体勢に入っていた。
「灼き斬れ――――“灼火爪”!!」
「――――ッ! くっ……!?」
イラが両手を交差するように振り抜いた瞬間、巨大な焔の斬撃が襲い掛かってきた。摂氏数万℃にも達する焔だ、身体に触れれば『熱い』では済まされない。
俺は魔剣を振って斬撃を放って火焰を防ぎつつ後方に跳躍し、攻撃を躱しつつイラと距離を取った。後退した俺を見て、イラが冷笑するような笑みをみせている。
「妾の“憤怒”に恐れをなして逃げたか……ふふっ、意気地なしめ。焔を恐れるとは……其方は犬畜生か?」
「犬畜生はお前だろ……キツネ科」
「妾は焔なぞ恐れぬ……燃え盛る焔が如き其方も恐れぬ。焔を恐れる妾なぞ許せんからな……妾は自分すら許せん!!」
イラは焔を警戒して距離を取った俺を蔑んでいる。だが、灼かれれば普通にダメージを負うので、つい本能的に避けてしまう。
イラは焔を全身に纏わせ、自分の周囲に焔で形どったキツネの姿をした使い魔“亡獣”を召喚していく。
「“憤怒”とは七つの大罪の中で最も原動力になる感情……しかし、獣国ベスティアでの戦いで其方は“憤怒”を呑み込んでしまった……自らの保身の為に」
「…………」
「ルリ=ヴァナルガンド……魔王軍の最高幹部にして、其方の友人。あの狼娘が兄と共謀した獣国の反逆者にされた時……其方はグランティアーゼ王国の決定に口を噤んだ」
「…………ッ」
「其方は守ったのだ……王立騎士としての自分の立場を。そう、其方は自分の利益の為に友を売ったのだ……不条理に対する“憤怒”に目を背けてな」
俺はイラの“憤怒”を恐れた。それを彼女は俺が“憤怒”の感情を恐れているからだと指摘した。
彼女の言うとおり、俺は獣国ベスティアでの戦いで反逆者にされたルリを庇わなかった。そうすればルリに責任を押し付けたヴィンセント陛下に異を唱える事になると思い、恐れたからである。
「不条理、理不尽……それらに声をあげず、綺麗事では世界は回らないと言って目を背けて……其方は友を売ったのだ。その瞬間から其方はルリ=ヴァナルガンドを貶めた加害者の一人と化した」
「…………っ」
「不条理、理不尽に抗わず、目を背けるという行為は……肯定に他ならぬ。其方は“憤怒”を呑み込んで……首輪を繋がれた愚かな飼い犬になる事を選んだのだ。そうして守った王立騎士の立場は甘露だったか?」
イラの挑発は俺の中で燻る感情への残酷な回答だった。俺はあの時、ルリを見捨てて自分の地位を守り、ルリを罪人に仕立て上げる“加害者”の一員になってしまった。
自分の中で燻る不条理への“憤怒”を自覚しながら、それを呑み込んでしまった。イラが言うまでもない、そこから俺は王立騎士の立場に懐疑的になってしまった。
「あの時、其方が声をあげれば……友のちっぽけな名誉は守られ、獣国ベスティアを敵にしたヴィンセントの増長に歯止めを掛けられたやも知れぬな。其方が何もしなかった結果、ヴィンセントは味をしめて其方を骨までむしゃぶろうとした」
「…………」
「理不尽、不条理を黙認すれば……その構造がより強化されるだけ、決して良くはなりはしない。誰かがやってくれる、自分は嫌な思いをしていないから……そうやって目を背けて、自分の尻に火がつくまでみて見ぬふりをする」
「…………」
「そして、自分の尻に火がついた時、愚者は唐突に『自分は被害者だ』と喚き始める。そう、ヴィンセントに首を切られ、反逆者に仕立て上げられた其方のようになぁ! アレは“憤怒”を恐れた其方に相応しい末路だったのだ!」
最終的に、ノアを欲するヴィンセント陛下に俺は切り捨てられて反逆者にされた。“憤怒”の感情に蓋をした結果、俺は王立騎士の立場を失う羽目になってしまった。
イラの言うとおり、“憤怒”の感情は強い原動力になる。しかし、その感情的な行動の先にある結果が怖くて俺は動けなくなってしまった。
「だから俺はラストアーク騎士団で必死に戦った! 各国に蔓延る理不尽に、アーカーシャが敷いた不条理に抗い続けた! 今の俺は“憤怒”なんて……」
「今の其方は罪悪感で戦っているだけ。まだ其方は思い出せていない……その心の奥底で蓋をされてしまった、荒ぶる獣が如く“憤怒”の感情を!! だから怖いのだ……妾の“憤怒”が!!」
「…………っ!!」
「言ったであろう……其方が抱いた“憤怒”は正当なものであると! 怒れ、怒るのだ……護りたいと思う全ての者の為に! その感情は最も強い力となる! 首輪を着けられた飼い犬のままでいるつもりか……其方は?」
イラの“憤怒”を凌駕するには、俺自身が失ってしまった“憤怒”の感情を呼び起こす必要があるのだと、そうイラは言う。
俺は“ノアの騎士”として『世界』そのものに挑む。ならば、乗り越えぬばならない、無意識に恐れている“憤怒”の感情に。
「さぁ、“憤怒”を滾らせろ! 行く手を阻む全ての不条理に“牙”を突き立てよ!! そうせねば妾は倒せんぞ!! 其方が荒ぶる“狼”である事を……妾に示してみせよ!!」
「…………ッ!!」
「我が眷属よ、遠慮は要らぬぞ……ラムダ=エンシェントの主を狙え! あの腑抜けた飼い犬に“憤怒”を思い出させるのだ……行けッ!!」
そして、俺の中に眠る“憤怒”を呼び起こすべく、イラは召喚した大量の使い魔をノアに向かって突撃させてきたのだった。




