第1066話:憤怒 〜ケモノの唄〜
「此処が第七十階層か……」
――――“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフト第七十階層。エレベーターを降りた俺たちを待っていたのは、やはりと言うか当然と言うか、またしても見覚えのある場所だった。
広がっていたのは殺風景な荒野に建つ祭壇。乾燥した貧しい大地、弱肉強食を是とする獣たちの王国、その一画に築かれた神聖な場所だ。
「獣国ベスティア……」
獣人種、獣系亜人種が住む国、獣国ベスティア。そこが次の戦いの舞台だった。かつてアーティファクト戦争の最中に訪れた場所だ。
戦争の最中、俺の姉であるツヴァイ=エンシェントは魔王軍に捕縛され、弟である俺を誘きよせる“餌”として獣国ベスティアに人質として連れ去られた。
「獣国ベスティアは魔王軍に協力していましたね」
そして、ツヴァイ姉さんを取り戻すべく王立ダモクレス騎士団は俺たちを派遣、当時の王だった“狼王”ルル=フェンリルとの交渉に臨む事になった。
しかし、俺たちの訪問は“暴食の魔王”グラトニスと“狼王”フェンリルの仕組んだ罠であった。二人は共謀してあるものを狙っていたのだ。
「グラトニスさんは私と貴方の引き抜き、獣国の宝であるアーティファクト“獣の心臓”を狙った。そしてフェンリルさんは……」
「“憤怒の魔王”の覚醒を目論んだ……」
「獣国ベスティアを列強国にするべく、“憤怒の魔王”を覚醒させる儀式『獣国の公現祭』を執り行なった。その結果、彼女は……」
“狼王”フェンリルの狙いは俺の仲間の内に居た“憤怒の魔王”の幼体を目覚めさせる事にあった。以前に王立騎士団と魔王軍が獣国ベスティアで小競り合いを起こした際に、ツヴァイ姉さんが知らずに保護した少女こそが“憤怒の魔王”の幼体だった。
それを知った“狼王”フェンリルは彼女を獣国の王として覚醒させ、封印されていたアーティファクト『黙示録の獣』を起動させるべく、覚醒の大儀式『獣国の公現祭』を催したのだ。
「ルリと共闘して俺たちは……」
“狼王”フェンリルの異母妹である魔王軍最高幹部ルリ=ヴァナルガンドと図らずも友人となった俺は、ルリの兄を止めたいという願いを組んで共闘する事になった。
そして、獣国ベスティアに潜り込んだ魔王軍の刺客ネビュラ=リンドヴルム、ガンドルフ=ヴォルクワーゲンを撃ち破り、“狼王”フェンリルの企みを阻止する事は成功した。
「俺は獣国での一件で王立騎士団の在り方に疑問を抱いてしまった。行方不明になったルリに全ての責任を押し付けて、グランティアーゼ王国と獣国ベスティアの関係悪化を防ぐやり方が“外交”なのかって……」
「…………」
「世の中は綺麗事じゃ回らない……そうは言うけどさ、じゃあその現実的な“汚い手段”の犠牲にされた人達は『そういう運命だった』で済ませるのか? 自分たちは被害を被ってないから、そうやって無関心を貫いて、誰かに痛みを押し付けて……それが世界だって主張するのかって」
けれど、グランティアーゼ王国は獣国ベスティアでの戦いを穏便に済ませるべく、行方不明になったルリが兄である“狼王”に謀反を企てたとでっち上げてルリに責任を押し付けたのだ。
たとえ敵だったとしての、ルリは友だちだ。
だから彼女が悪にされたのが許せなかった。
自分の中に湧いた理不尽に対する憤り、綺麗事では済まないと誰かに痛みを押し付ける事の不条理に対する疑念、それらがまだ若造だった俺の中で“憤怒”になって渦巻いた。それは今でも変わっていない。
「そう……世界はかくも理不尽なのです、ラムダ様。自分が不利益を被らない為に、人々は誰かに痛みを押し付ける。そして、それを『世の中は綺麗事じゃ回らない』ともっともらしい“嘘”をついて口にして正当化しているのです」
「…………っ! やっぱり……君か……」
「ラムダ様が抱いた“憤怒”は正当な感情……あなたは腐敗した人間に対して怒っているのです。そして、それは私も同じ……私こそが虐げられた“獣たちの憤怒”の象徴だったのです」
そして、俺たちの前に現れた少女も“憤怒”の感情を肯定する言葉を吐いた。“憤怒の魔王”として生を受け、獣国ベスティアでの戦いで覚醒して俺たりの前に立ち塞がった強敵。
狐色の髪を靡かせ、金色の瞳を輝かせたメイド姿の、狐耳と尻尾が印象的な狐系亜人種。記憶を失っていた事で、図らずもエンシェント家のメイドとして生活していた少女。
「コレット……君がガーディアンか」
「はい、ラムダ様……その通りです〜」
コレット=エピファネイア――――俺の旅を旅立ちから支えてくれた女性だ。コレットはにっこりと笑顔を向けて、しかし“憤怒”の感情を僅かに放ちながら俺たちに前に立っていた。
言うまでもなく、彼女がこの階層のガーディアンだ。気が引けたが、コレットの姿を視認した俺は魔剣と可変銃を手に戦闘態勢に入った。それを見たコレットはピリピリとした殺気を放ち出す。
「ラムダ様も世界の“仕組み”に順応なされるおつもりですか? 世の中に蔓延る欺瞞をみて見ぬふりをして、責任を誰かに押し付けるつもりですか?」
「いいや、抗う為に俺は“ノアの騎士”を選んだ」
「同じこと……結局、それは自分の“独善”を他人に押し付ける事に他ならぬぞ。その傲慢を妾は赦さぬ……我が“憤怒”にて世界の不条理を全て焼き払い、獣の如き世界に変えてやろうぞ……!!」
穏和なコレットが荒々しい“獣”へと姿を変えていく。頭部に生えた角は赤熱化し、その見た目は獣たちを統べる女王へと変わっていく。
“憤怒の魔王”イラ、それがコレット=エピファネイアの本来の姿だ。焔のように荒ぶる“憤怒”の感情に身を包んだ魔王イラは俺を睨みつけていた。
「其方が征くのは修羅の道……悪鬼羅刹になってでも、己のが信念に殉じると言うか? ならば、妾の“憤怒”を乗り越えてみせよ……」
「言われずとも……!!」
「妾はお前たちが積み重ねてきた偽善への復讐者……犠牲になった全ての敗者たちの“憤怒”の代弁者だと知れ!! ガルル……!!」
量子にて再現された獣国ベスティアの乾いた大地に熱風が吹き荒れる。魔王イラが放つ“憤怒”が身を焦がす程の怒りになって吹き荒れている。
魔王イラを倒せねば俺たちは先には進めない。俺は意を決して魔王イラに、コレットと戦うことを決意した。
「妾の焔にて其方を灼き尽くしてやるわ!!」
「その焔を乗り越えて、俺は“憤怒”を調伏する!」
これは“憤怒の魔王”イラとの戦いを通じて、自分の中に渦巻く獣が如き“憤怒”の感情を調伏する戦いである。
かつて抱いてしまった、今なお精神の内側で燻る感情と向き合うべく、俺は魔王イラとの死闘に臨むのであった。




