第1064話:VS.【嫉妬の魔王】オリビア=パルフェグラッセ“異聞”⑥ / “I Love You Too”
「Ms.オリビア……まさか自害を……!?」
「オリビア……どうして……!?」
――――その行動に、その場に居た全員が驚愕していた。オリビアはあろう事か自分の胸を短剣で突き刺したのだ。
その刃は心臓に届いている。オリビアは傷口と口から血を流してその場に両膝を突いてしまった。明らかに致命傷である。
「どうやらわたしは……何処まで堕ちても“愛”の重い女のようですね。うっ、ゲホッ……あ、あなたを困らせてしまったのは……わたしの矜持に反するようです……」
「オリビア……」
「ラ、ラムダ様……本当のわたしが最後の一線を踏み越えなかったのは……きっと、あなたを困らせたくなかったからです。わたし……きっとあなたが居なかったから……」
自分がディアナ=インヴィーズの誘惑に負けて“嫉妬の魔王”になってしまったのは、愛する人を失ったからだとオリビアは懺悔するように言った。
きっとオリビア=パルフェグラッセという人物にとっては『ラムダ=エンシェントを困らせたくない』という感情が何よりも大切だったのだろう。
「ば、馬鹿なの……あなた!? じ、自分で自分を刺すなんて……それも男に絆されて!! それでも私の後継者、“嫉妬の魔王”なの!? 役に立たない……男に媚を売る淫売がァァ!!」
「Ms.インヴィーズ……その口を閉じなさい!」
「そうやって男に媚を売って、良いように利用されて、お前は“女”の価値を搾取されているのよ!! それが理解できないの……オリビア=パルフェグラッセ!!」
オリビアの行動にディアナ=インヴィーズが激昂している。オリビアと“魂”を共有している彼女にとって、依り代である“器”の自害は想定外の事態なのだろう。
痛みに悶えるような悲痛な声を上げつつも、ディアナ=インヴィーズはオリビアを罵倒していた。それで今さらオリビアが心変わりをする筈もないのに。
「わ、わたしの人生は……ラムダ様に捧げたもの。あなたの復讐よりも……ラムダ様に尽くす事を優先するのは当然です。罵りたくば……いくらでも罵りなさい、ディアナさん……!!」
「お前ェェ……お前ェェえええええ!!」
「娘である聖女ティオも、孫であるルチアも利用しようとしたテメェにゃ理解できねぇよ……オリビアは!! ディアナ=インヴィーズ……テメェに引導を渡してやる!!」
「ほざけ……身勝手な男風情がァァ!!」
「“愛”とは献身……施しを与える行為を指します! “ギバー”ではなく、“テイカー”である事を当たり前だと錯覚するあなたに“愛”を批難する資格はありません、Ms.インヴィーズ!!」
アスハの時間魔法に拘束されたディアナ=インヴィーズは暴走状態になりながら抗おうとした。だがアスハの展開する魔法陣を破れずにいた。
そればかりか魔法陣はどんどんと高速回転してディアナ=インヴィーズの動きを鈍らせていく。時間魔法によって彼女の『時間』が静止していっているのだ。
「ならば“時の歯車”で……うっ!?」
「アーティファクト【時の歯車“来”】……権限支配、完了。オリビアさんの献身に動揺して制御を疎かにしましたね、ディアナさん。もうアーティファクトは使えませんよ!」
「“時の歯車”が……反応しない!?」
ディアナ=インヴィーズは慌てて“時の歯車”を使おうとしたが時すでに遅し、ノアによって“時の歯車”の権限は掌握されてしまっていた。
オリビアの行動に激昂した彼女は“時の歯車”の制御を疎かにしてしまった。その隙にノアにしてやられるのは当然だった。もう彼女には抵抗の余地は無い。
「我が騎士よ、ディアナさんにトドメを!」
「――――イエス、ユア・マジェスティ!!」
あとはディアナ=インヴィーズにトドメを刺すだけである。俺は魔剣と可変銃を一つに束ね、ディアナ=インヴィーズに必殺の一撃を加える準備を整えた。
可変銃を融合させた“神殺しの魔剣”ラグナロクはその刀身を縦に真っ二つにして展開し、割れた刀身の間から大口径の砲身を出現させた。その砲身に金色に輝く魔力が集束していく。
「この私が……“愛”如きに遅れをォォ!!」
「“愛”があるからこそ……我々は現世に存在できるのですよ、Ms.インヴィーズ。それを忘れたあなたに……未来はありません」
「お前たちが……私の未来を奪ったくせにィィ!!」
アスハに諭されて、ディアナ=インヴィーズは叫んだ。“愛”を忘れた故に、ディアナ=インヴィーズは“愛”に負けるのだと。
竜の咆哮のような轟音を響かせて魔力を過剰に集束させる魔剣を目の当たりにして、ディアナ=インヴィーズは恐怖に引き攣った叫び声を上げていた。
そして、魔剣に光が集束しきった瞬間に砲撃は放たれ――――
「終わりだ、消し飛べ――――“竜刃灼光”!!」
「この私が……こんな所でェェ……あぁぁ!!?」
――――金色に輝く魔砲は竜の咆哮を響かせながらディアナ=インヴィーズを呑み込んだのだった。
凄まじい衝撃を発し、周囲に燃えていた紫色の焔を全てかき消しながら、ディアナ=インヴィーズの霊体は魔砲に呑まれて完全に消滅した。
攻撃が収束した跡にはディアナ=インヴィーズの姿は無かった。“時の歯車”ごと消え去っていた。同時に、オリビアの身体も光になって消滅を始めていた。
「どうやら……わたしの負けですね。お見事です、ラムダ様……さぁ、どうか先にお進み下さい。あなたはわたしに……変わらぬ“愛”を証明しました……」
「…………」
「ラムダ様……見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。わたしの事……嫌いになっちゃいましたか? こんなめんどくさい女……嫌ですよね?」
オリビアは最期の力を振り絞って俺に微笑んでいる。その表情からはすでに狂気は消え去って、いつもの穏和なオリビアに戻っていた。
“嫉妬の魔王”になってしまった自分を恥じるようにオリビアは自虐気味に笑っている。けれど、彼女が自分を卑下しようとも、俺の答えは最初から決まっていた。
「俺は……君を愛している。どんな姿になったとしても、君を永遠に愛し続けている。だからオリビア……俺の為に怒ってくれてありがとう」
「ラムダ……様…………」
俺はオリビア=パルフェグラッセという女性を愛している。たとえ彼女がどんな姿になったとしてもそれは変わらない。
それが俺の“選択”なのだと胸を張って伝えれば、オリビアは少し驚いた表情をして、そしてにっこりと微笑んだ。
そして、頬に涙を伝わせながら――――
「本当に……不器用な方ですね、ラムダ様」
「ああ、お互いにな……オリビア」
――――“異聞”オリビアは消えていったのだった。




