第1060話:VS.【嫉妬の魔王】オリビア=パルフェグラッセ“異聞”② / “Chrono Phantasma”
「さて……まずはお父さんとMs.ノアの治療から始めましょうか。ミネルヴァ、おふたりに“時間逆行”の適用を……私は彼女の相手をしましょうか」
「どうして君が……!?」
「相手は見たところMs.オリビアのようですが……何やら様子がおかしいですね。さしずめ闇落ちと言ったところでしょうか? まずは対話を試みましょう」
――――本来はその時代に存在しない筈の存在“刻の幻影”。“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトに現れたアスハは機械梟ミネルヴァを俺とノアの元に飛ばしつつ、現在の状況をメガネをクイッと持ち上げながら観測し始めた。
オリビアは突然の乱入者に表情を顰めながら睨みつけている。
「誰ですか……あなた?」
「おや……私をご存知でない? 私の名前はアスハ=アウリオン、“幻影未来都市”カル・テンポリス、アウラ=アウリオン記念図書館の司書に御座います。以前お会いしたのをお忘れですか?」
「アスハ……あいつはオリビアの幻影だ」
「幻影……なるほど、何らかの再現体ですか。良かった良かった……てっきりお父さんの浮気でMs.オリビアが闇落ちしたのかと心配しました」
「お父さん……何を言っているのかしら?」
機械梟ミネルヴァがアスハの得手とする『時間魔法』を代行して魔法陣を展開、俺とノアの火傷を巻き戻して治療する中、アスハは“異聞”オリビアの分析をしていた。
俺の発言で即座にオリビアを『何らかの再現体』だと推測したアスハは杖を構えて交戦体勢を取った。そして、アスハが俺を『お父さん』と呼んだ事で、オリビアは鋭い殺気をアスハに向けはじめていた。
「ええ、私はMr.ラムダ=エンシェントとMs.アウラ=アウリオンの娘です……現在の時間軸ではまだ生まれていない、いずれ生まれる“可能性”でありますが」
「…………は?」
「本来はとある依頼主の要請で調べ物をしていたのですが……どうにも何かの因果に引き寄せられた次第で。さて、原因はあなたですか……Ms.オリビア?」
「ラムダ様の子ども……何を世迷い言を」
「私の蒼い瞳はMr.ラムダの母方の家系、カミング家特有のもの……あなたならご存知の筈では? 聖女オリビアともあろう者がどうしたのでしょうか?」
“嫉妬”の化身であるオリビアに対して、アスハは何の躊躇もなく地雷ワードを連発している。正直、見ていて肝が冷えひえになっている。
俺への独占欲と愛憎が極限状態になっているオリビアに対して『自分はラムダ=エンシェントの子どもです』なんて発言は、それこそオリビアの嫉妬心を掻き立てるには最高な言葉だった。
「アスハ、あのオリビアは相手に“嫉妬”の感情を抱いていれば、その相手を前触れなく発火させるんだ! そんな相手をわざわざ怒らせるようなことを言ったら……!」
「え? そういうのは先に言ってよ……」
「ノアさんだけでなく、アウラさんまでわたしのラムダ様に粉を掛けていたのですね……ふっ、ふふふっ! “愛憎の焔”……燃やしなさい!!」
オリビアがアスハを“嫉妬”の対象に認定した瞬間、彼女の術式【愛憎の焔】が発動条件を満たしてしまった。
そして、オリビアの瞳が禍々しく輝いた瞬間、アスハの全身に紫色に輝く焔が発火し始めた。俺とノアを灼いたものと同じ焔だ。
「これは……自然発火ですか!」
「アスハ! すぐに消化を!」
「わたしのラムダ様を誘惑する者は誰であれ許しません! あなたも燃やして差し上げます! さぁ、ラムダ様の目の間で灰になって消えなさい!!」
アスハはみるみる内に燃えていき、それをオリビアは邪悪な笑みを浮かべて見ていた。すぐに助けようとしたが、まだ火傷が癒えていなくてすぐに動けなかった。
目の間でアスハも“嫉妬”の焔に灼かれていく。ただ、俺たちと違ってアスハはまったく動じていなかった。
「わたしのラムダ様は何人にも触れさせ……」
「ふむ……指定した相手を内部から発火させる術式ですね。アルバート社が企業戦争中に開発した製品に似たような物があった筈……」
「…………なっ!? 効いていない……!?」
「術式を無効化する反転術式があれば対処は容易。そして、その術式を私は持っているので、この焔は意味を成しませんね……お値段1万ティアと割高でした」
「なっ……ど、どうなって……!?」
「あ……そう言えば“術式”はこの時代から数百年後に完成する技術ですので、まだ皆さん知らない技術なのを忘れていました」
「わたしの焔が……効いていない?」
アスハが再度メガネをクイッと持ち上げた瞬間、彼女を包んでいた焔は消滅するような形で無効化された。
どうやらアスハはオリビアの術式を無効化する『術式』なる未来の技術を持っているらしい。彼女には火傷どころか、煤すら付着してはいなかった。
「ならば……直接、質量攻撃で圧し潰して!」
アスハが無傷なのを見たオリビアは左腕を掲げると、掌に紫色に輝く焔を集束し始めた。最初に俺に向けて投げ付けてきた焔と同じ、威力だけをさらに向上させたものだ。
かざすだけで周囲の建物が炎上していく。まるで小さな太陽のように、オリビアの手の上で焔が煌々としていた。だが、アスハは冷静に佇んでいる。
「お父さん……そのままミネルヴァの展開する方陣の中に。シールドの術式を上乗せで発動させます。【シールド】――――インストール!」
「アスハ、君も防御を!」
「前回、エルフの里でお会いした時は出番を譲りましたが……今回は私の戦術を披露しましょう。あなたの娘は護られる存在ではない……幾つもの修羅場をくぐり抜けた戦士である事を証明しましょう!」
「前って……まさかあの時の事を憶えて!?」
「その事に関しては後ほど説明致します。お父さんはMs.ノアを護ってあげてください。あのMs.オリビア……おそらくは私が此処に呼ばれた原因になっている筈。それを今から暴きます」
アスハは手にした杖に装着された何かの機構に、三センチメートル程の小さなチップを二枚挿入した。すると機械梟ミネルヴァの展開する方陣が二重になり、俺とノアを護る即席の結界へと変化した。
そして、アスハの杖は先端の時計部分が液状化して変化し、またたく間にエネルギー状の光刃を形成する“剣”へと姿を変えていた。
「わたしの前から消えなさい!!」
同時に、オリビアはアスハに向かって光球と化した焔を投げ付けてきた。周囲の建物を塵にしながら、禍々しく燃える焔が隕石のように振り注いでくる。
それをアスハは身じろぎせず、手にした杖を構えて迎え撃つ姿勢を取った。まったく怖気づいていない、極めて冷静沈着だった。
「私の時代では純粋な魔導師はほぼ消え去り、かつて“魔法”や“術式”と呼ばれた力は大企業が開発したチップ状の『術式』に収められた科学技術になりました。そう、この時代よりも遥かに簡単に、誰もが同じ力を扱えるようになったのです」
「…………ッ!!」
「そして、私が振るうのは……私が独自に開発した“違法術式”! かつての英雄、ラムダ=エンシェントの術技を再現したとっておきの秘密兵器! 使っているのを企業に目撃されたら犯罪です! “幻想魔剣”ラグナロク……起動!!」
アスハが握る杖の光刃が金色に輝く。それは俺が持つ“神殺しの魔剣”ラグナロクと同じ性質を持っていた。
その杖を大きく振り被り、アスハは迫りくる焔を迎え撃つ。直感で理解した、彼女ならオリビアの“嫉妬”の焔を容易く斬れると。
そして、アスハが杖を振り下ろした瞬間、光刃はその刀身を一気に伸ばして――――
「術技再現! 斬り裂け――――“天獄”!!」
――――オリビアが放った“嫉妬”の焔を一刀両断にして斬り伏せたのだった。




