第1059話:VS.【嫉妬の魔王】オリビア=パルフェグラッセ“異聞”① / 〜Violet Lover〜
「魔王権能【嫉妬の焔】――――発動」
――――“嫉妬の魔王”と化した“異聞”オリビアがゆっくりと空中に浮かび上がりながら、全身から紫色に禍々しく燃える焔を放出する。
魔王権能【嫉妬の焔】――――術者への感情、他者への嫉妬の感情がそのまま“熱量”と“攻撃性”に転化された超攻撃的な術式。端的に言えば、相手を妬むほどに火力が増す危険極まりない焔だ。
「この焔はあなたへの愛! 受け取って下さい!」
オリビアは左手に嫉妬の焔を集束していく。球体状に凝縮された焔は紫色に煌々と輝いている。見ているだけでピリピリと肌がひりつく感覚がした。
集束した焔をオリビアは左腕を勢いよく振ってぶん投げてきた。彼女の感情を乗せた光球が凄まじい速度で振ってくる。
「“神殺しの魔剣”……たたっ斬れ!!」
投げ付けられた焔に向かって、俺は魔剣を鋭く斬りつけた。刀身が焔に触れた瞬間、全身に重い衝撃がのしかかってきた。
足下のアスファルトが砕け、地面のヒビ割れからは嫉妬の焔が噴き上がる。すぐ後ろでバリアを張って警戒していたノアが、それでも仰け反ってしまう程の火力だ。
「重い……!? この……押し返せない……!」
「そうですよ……わたしの“愛”は重いのです」
オリビアが投げ付けた焔は魔剣で弾くことはおろか、斬ることすらままならない程に強力だった。本来の術式保有者であったディアナ=インヴィーズよりも遥かに強力な火力だ。
「マズい……“異聞”とは言え、相手はオリビアさん。誰よりもラムダさんを愛している人物……だから嫉妬の焔の威力が最大まで上がっているのです!」
「…………ッ!!」
「その知ったような口振り……本当にムカつきますね。ぽっと出のくせにわたしとラムダ様を語らないでくれますか? 妬ましくて殺したくなります」
ディアナ=インヴィーズの場合、その“嫉妬”の感情は義理の姉であるエイダ=ストルマリアとトトリ=トリニティに向いていた。せいぜい復活を阻止する程度だった俺には感情も火力も出なかったであろう。
しかし、今の相手はオリビア、ラムダ=エンシェントに並々ならぬ感情を抱いた相手だ。その分、火力が高くなる。そして、ノアが状況を分析して喋った瞬間、投げ付けられた焔の重さがより一層上がった。
「わたしはあなたに相応しい女になる為に、残りの人生を全て捧げる覚悟を決めました。なのに……あなたはわたしを置いて遠くに行ってしまった。それがどれだけ残酷なことか理解できますか?」
「まさか……君は……!?」
「そう、わたしは“異聞”……聖女になるべく聖地巡礼の旅に赴いてしまったオリビア=パルフェグラッセ。その末路です……」
受け止めた焔がどんどんと威力を増していく中で、オリビアは『自分が如何なる存在』かを語った。彼女の分岐点は聖女になるべく、巡礼の旅に出ようとした地点。
以前、アーカーシャ教団から聖女になる巡礼の旅を許可されたオリビアは俺と袂を分かろうとした。その時、オリビアを失いたくなかった俺は彼女に結婚を申し込み、そのまま身体の関係を持って彼女との関係を繋ぎ止めた。
「その分岐点で……別々の道を歩んだオリビア」
「そう……ラムダ様はわたしを引き止めることなく、わたしは巡礼の旅に出ました。そして、あなたが活躍する様を……遠いとおい異郷の地で、歯痒い想いをして眺めていました」
「なら何故、“嫉妬の魔王”なんかに……」
「結果だけ言いますね……わたしは巡礼の旅の途中で失敗しました。殺されたのです……悪意を持った魔族にね。ああ、どれだけ呼んでも……ラムダ様はわたしを助けに来てはくれなかった」
「…………ッ!!」
「そして、深いふかい“闇”に堕ちた時……誰かが語り掛けたのです。世界を憎め、お前を捨てた男を恨め、お前の愛する男を奪った泥棒猫を妬め……と。気が付いた時……わたしはすっかり魔王になっていました」
「アラヤ=ミコトか……君を堕としたのは!」
“異聞”オリビアは俺に引き止められず、そのまま巡礼の旅に出て……そして一人孤独の中で命を落とした。そこにアラヤ=ミコトが介入し、彼女を“嫉妬の魔王”にしたのだろう。
それが“嫉妬の魔王”オリビアである。
ならば、ラムダ=エンシェントに対して強力な殺意があるのも納得できる。そして、彼女の分岐点が聖地巡礼を決める時点であれば……必然的に“ある条件”も成立してしまう。
「なら、オリビアさん……貴女は私を」
「ええ、よぉく知っていますよ……ノアさん。今でも忘れません……旅立つわたしに向かってあなたが言った言葉。なにが『ラムダさんは私に任せてください』ですか……ああ、思い出しただけで頭痛がする……あぁぁ!!」
「私たち、あのオリビアさんとは相性最悪のようです」
“異聞”オリビアはノアを知っている。なら、彼女がノアに対して抱く感情は言うまでもない。
元々、オリビアはノアに対して最初から“嫉妬”の感情を抱いていた。俺が結婚を申し込んだ後もその感情自体は残ったままだった。その“嫉妬”の感情が“異聞”オリビアはより明確に噴出しているのだろう。
「ぐぅぅ……火力がさらに上がって……!!」
「あなたもノアさんも……まとめて妬き殺します」
ノアに対する抑えきれない殺意を露わにした瞬間、焔はさらに火力を上げた。もはや魔剣だけでは抑えきれない程に。
“異聞”オリビアはきっと『ラムダ=エンシェント』と『ノア=ラストアーク』に対して最大の火力を出せる存在になっているのだろう。彼女が軽く投げた焔ですら受け止められない程に重いと感じた俺は、ノアを連れて後方に距離を取ることを決めた。
「我が王よ、ちょっと退避しますよ!」
「我が騎士、何を……きゃあ!?」
ほんの一瞬、全力を出して焔を僅かに押し返し、その隙に展開した翼から魔力を噴射して加速し、ノアを脇に抱きかかえながら高速で後退を開始した。
俺が後退した直後、地面に焔が落下して広範囲を巻き込む巨大な火柱が発生した。“幻影未来都市”カル・テンポリスの市街地がまたたく間に炎上していく。そして、オリビアは俺たちを凍てつくような視線で睨んでいた。
「くすくす……逃がすとお思いですか?」
オリビアが邪悪な笑みを俺とノアに向けている。俺がノアを抱きかかえているだけでも虫唾が走るのだろう。さっきよりもさらに強い殺意が彼女からは放たれている。
「我が王よ、いったん区画の端まで……え?」
「身体から勝手に焔が……熱ッ!?」
そして、オリビアの“嫉妬”の感情はさらなる脅威になって俺たちに襲い掛かってきたのだった。何も起こっていない筈なのに、オリビアの視線が向けられた瞬間、俺とノアは同時に“嫉妬の焔”に包まれてしまったのだ。
「これはいったい……ぐぁぁッ!?」
「くすくす……これは魔王になったわたしの独自開発の術式。名を【愛憎の焔】――――わたしが“嫉妬”を抱く対象を無条件で燃やす術式。わたしが抱く感情で威力が増減する“愛”の具現……」
「焔が消えない……あ、あぁぁ!?」
全身に走る耐えがたい焔にバランスを崩して、俺もノアも地面に転がるように倒れてしまった。そして、そのまま地面でのたうち回る俺たちをオリビアが冷ややかな視線で見下している。
俺たちを襲ったのは『オリビアが対象に向ける感情を焔に変えて発火させる』という術式だった。それがオリビアが極大の感情を向ける俺とノアに炸裂してしまった。
「焔が振り払えない……我が王! ノア!!」
「ぐっ、あぁぁ……! 駄目、耐えれない……」
「うふふ……あははははは!! 燃えちゃえ燃えちゃえ! あなたもラムダ様も燃えてしまえ! わたしの前でイチャイチャするなんて許さない……!!」
「やめろ……俺だけを狙え、オリビア!!」
「嫌です♡ ノアさんも燃やします♡」
オリビアは明確にノアにまで危害を加えようとしている。そして、彼女の持つ未知の術式を見破れず、俺はノアを護りきれず負傷させてしまった。
すぐにノアだけでも助けようとした。だが、自分を灼く焔すら振り払えず、俺はノアを助けることもできず地面に倒れていた。目の前でノアが苦しんでいるのに何もできない。
そう、無力感に苛まれそうになった時だった――――
「まったく……Mr.ジョン・ドゥの為にデータベースにハッキングを仕掛けて、ようやく量子体を形成したと思えば……なんですか、この状況は?」
――――聞き覚えのある懐かしい声がしたのは。
ふと、見上げれば、俺とノアの前に一人のハーフエルフの少女が立っていた。アウラに似たエメラルド色の髪、俺と同じ蒼い瞳をした、純白のレディース・スーツを纏う少女。
その眼には朱い眼鏡を掛け、手には機械仕掛けの杖を握り、肩には機械式のフクロウ『ミネルヴァ』を乗せた図書館の司書。
「まさか……どうして……!?」
「どうやらお困りのようですね……であれば、少し寄り道ですが助太刀致しましょう。Mr.ラムダ……いいえ、お父さん」
「アスハ……アウリオン……!!」
その少女の名はアスハ=アウリオン――――消え去ったはずの“刻の幻影”が、再び俺の前に姿を現したのだった。




