第1058話:揺らめくは嫉妬の焔
《まもなく第六十階層、お降りの際は……お、お、お降りの……お降りの……ピッ、ピピッ、ピーーッ! 外部よりシステムへの不正アクセスを感知。管理者に対処を求めます》
「な、なんだ? 様子がおかしい?」
《なんだ……何処かから“無限螺旋迷宮”のシステムに干渉している奴が居るのか? クソ、僕のトラッキングでも補足できない……そんな凄腕のハッカーがこんなファンタジー世界に居るはずは……》
――――エレベーターが第六十階層に差し掛かった時、唐突に不穏なアナウンスとトネリコの慌てた事が響き渡った。
どうやら何者かが外部から“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトに干渉を仕掛けてきたらしい。高度な科学技術の結晶であるこの迷宮に干渉できる凄腕のハッカーとは何者なのか。
「エレベーターは到着しましたが……どうします?」
「システムに一瞬エラーが起こっただけで、ホログラムなどの主要基幹は無事なようですね。干渉してきた者が何者なのか、敵か味方か……はたまた第三勢力かは不明ですが、ここで待ちぼうけする理由にはならないでしょう……行きますよ」
「では攻略を……イエス、ユア・マジェスティ」
エレベーター自体は第六十階層に到着した。ノアは干渉してきた“正体不明”を警戒する必要はあるが、攻略の手を緩める理由にはならないと判断した。
“正体不明”にはトネリコが対処している。俺とノアはその間にも攻略を進めるべく、細心の注意を払いつつもガーディアンを打倒する為に第六十階層へと歩み始めた。
「此処は……やっぱり、この場所か……」
「エルフたちの摩天楼……幻影未来都市」
第六十階層に再現されていたのはネオン輝くサイバーパンクの摩天楼。エルフ族の聖地サン・シルヴァーエ大森林に召喚された“幻影未来都市”カル・テンポリス、その一画に在る繁華街の光景だった。
「アスハに案内されて俺たちは……」
魔王軍とのアーティファクト争奪戦『アーティファクト戦争』が開始して間もなく、王立ダモクレス騎士団は強力なアーティファクトを求めてエルフ族の聖地サン・シルヴァーエ大森林へと足を踏み入れた。
そこで出逢った不思議なハーフエルフの少女アスハに案内され俺たちが辿り着いたのが、世俗に疎い筈のエルフ族が築いたサイバーパンク摩天楼“幻影未来都市”カル・テンポリスだった。
「“嫉妬の魔王”であるディアナ=インヴィーズの所有するアーティファクト『“時の歯車:来”』の力によって、千年後の未来から召喚された幻影の都市……」
“嫉妬の魔王”としての完全覚醒を目論むディアナ=インヴィーズは未来都市に住むエルフ族の“魂”を狙って事件を引き起こし、そこに王立ダモクレス騎士団と魔王軍が介入してしまった。
王立騎士トトリ=トリニティ、魔王軍最高幹部エイダ=ストルマリア、そして魔王ディアナ=インヴィーズ。彼女たち三姉妹を取り巻く因縁が生んだ戦いだった。
「アスハ……」
“幻影未来都市”カル・テンポリスと共に召喚され、ディアナ=インヴィーズが引き起こす事件を事前に把握していた図書館司書アスハは俺たちに強力し、ディアナ=インヴィーズ打倒の為に尽力してくれた。
彼女の名前はアスハ=アウリオン。
俺とアウラの娘、未来に生まれる可能性。
未来から現代に介入してきた“刻の幻影”たるアスハの尽力でディアナ=インヴィーズは打倒された。そして、いつかの再会を約束し、アスハは在るべき時代へと帰って行った。
「ここのガーディアンは……思い当たる節は?」
「ディアナ=インヴィーズか……ネクロヅマか?」
“幻影未来都市”カル・テンポリスの街並みが再現された以上、待ち受けるガーディアンは其処で戦った強敵に限定されてくる。
事件の黒幕である“嫉妬の魔王”ディアナ=インヴィーズか、俺の首を執拗に狙った魔王最高幹部レイズ=ネクロヅマかだと考えた。しかし、俺たちの前に現れたのは予想外の人物だった。
「お待ちしていましたよ……ラムダ様」
「えっ……オリビア? な、なんで??」
俺たちの前に現れたのは純白の長髪とアメジスト色の瞳が印象的な少女、オリビア=パルフェグラッセだった。俺たちと一緒に冒険をしてきた大事な仲間で、俺と将来を誓いあった婚約者だ。
純白の修道服に身を包み込み、オリビアは屈託のない笑顔を俺に向けている。しかし、オリビアはグラトニスたちと共に“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの攻略に挑んでいる……つまり、いま目の前に居るオリビアは。
「どうしたんですか、ラムダ様?」
「オリビア、君がガーディアンなのか?」
「わたしを疑うのですか……と言いたいですが、その通りです、ラムダ様。わたしはガーディアンとして、“無限螺旋迷宮”によって再現された“異聞”……異なる運命を歩いたオリビア=パルフェグラッセです」
「オリビアさんがガーディアン……ですか」
「そうですよ、ノアさん……おかしいですか?」
オリビアは取り繕う事もなく、自身が“異聞”である事、この階層を守るガーディアンである事をあっさりと認めた。
そして、ノアに視線を向けた瞬間、身の毛もよだつような殺気を放ち、街全体を紫色に輝く焔でまたたく間に炎上させ始めた。
「これは……“嫉妬の魔王”の操る焔……!」
「“異聞”であるわたしは……愛するあなたを失いました、ラムダ様。世界に憎悪を抱くのにこれ以上の理由は要りません。わたしはラムダ様を殺した世界の全てが……妬ましいのです」
「オリビアさん……まさかあなたは!?」
「アラヤ=ミコトが言っていたな……オリビアは本来“嫉妬の魔王”の候補だったと。そうか……君は“嫉妬の魔王”をディアナ=インヴィーズから継承したオリビアなのか……!!」
「ふふっ、そうですよ……わたしは“嫉妬の魔王”」
オリビアにはある可能性があった。それは“原初の魔王”アラヤ=ミコトに選ばれた“嫉妬”の因子を持つ魔王になる可能性だ。
しかし、ディアナ=インヴィーズの生存と、オリビア自身の高潔な精神が、オリビアの魔王化を防いだ。目の前に居るオリビアは『最悪の未来』を“選択”してしまった“異聞”なのだろう。
「燃やしたい、燃やしたい、燃やしたい……ラムダ様を苦しめる世界の全てが憎い! ラムダ様の運命を変えたあなたが憎い……ノア=ラストアーク! わたしの“愛”を証明する為に……死んで下さい」
「我が王への手出しは許さない……君であっても」
「何故……妻であるわたしよりも、ノアさんの方を優先するのですか、ラムダ様? そんなの許せない……そんなのわたしのラムダ様じゃない! ああ、妬ましい……憎い、憎い、憎い!!」
オリビアの装束が紫色に燃える“嫉妬の焔”で灼かれ、漆黒の魔女の装束に変貌していく。
その手に悲鳴をあげる嘆きの女性を象った禍々しい杖を手に、オリビアは嵐のような魔力を放出して俺たちを威圧している。
「我が王、今度ばかりは自衛の準備を……」
「その必要がありそうですね……」
「ラムダ様……愛しています。だからわたしを愛してください。わたしを愛してくれないのなら、ノアさんを灼き殺して……あなたを殺します」
「オリビア、許せ……俺は君を斬る!」
戦いは避けられない。俺は“異聞”であっても婚約者であるオリビアを、愛した女性を斬らねばならない。心苦しくて胸が痛い。
だが、ノアの為にも非情にならねばならない。
明確な殺意を抱いている以上、“異聞”オリビアとの戦闘は必然だ。俺は魔剣と可変銃を手に、“嫉妬の魔王”と化したオリビアと対峙した。
「ラムダ様、愛しています……死んで下さい」
「オリビア、愛している……だから君を殺す」
そして、再現された“幻影未来都市”カル・テンポリスにて、まったく異なる運命を辿った“異聞”オリビアとの戦いが始まろうとしていたのだった。




