第1057話:得たものがあったなら
「こ、これは……わ、私の完敗か……」
――――蒼き一閃にて決闘は決着した。胴を斬られ致命傷を負った事でオクタビアス卿の敗北は確定し、“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトの判断によってオクタビアス卿の身体はゆっくりと消滅を始めだした。
黄金の鎧は砕けて溶け落ち、オクタビアス卿の素顔が晒された。その表示はどこか満足気で、どうやら納得のゆく敗北だったのだろうか。
「流石はアハト卿とシータの子だ……いや、二人の血筋はもはや関係ないか。ラムダ卿……見事な戦いっぷりだった」
「オクタビアス卿……」
「貴殿はすでにあの二人を超える存在だ……私が保証しよう。私をここまでぐうの音も出ない程に撃ち破ったのは貴殿だけだ」
オクタビアス卿が敬愛した我が父アハト=エンシェント、彼がライバル視した我が母シータ=カミング。オクタビアス卿は俺がその二人を超えた事を我が事のように喜んでいる、そう俺には見えた。
「その剣に迷いは無く、たった一つの“信念”が芯を貫いていた……私とて到達できなかった境地だ。ラムダ卿……何が貴殿をそこまで突き動かす」
「生涯の主……忠義を尽くす相手を見つけました」
「一緒に居るあの少女か……なるほど、貴殿は自らの“魂”を捧げる相手を見つけたのか。そうか、どおりで王立騎士団には合わぬ訳だな……」
以前、王立騎士団の入団試験で戦った際も、俺はオクタビアス卿に勝利した。けれど、その時の俺は王立騎士団に入れる事で浮き足が立っていた。
けど、今は違う。
“ノアの騎士”として自分を定義した事をオクタビアス卿は理解してくれた。そして、王立騎士としてではなく、一個人に仕える騎士としての俺の在り方を良しとしてくれていた。
「貴殿が王立騎士団ではなく、あの少女に忠義を尽くすというのなら、私は止めはしない……その溢れんばかりの才覚で主を護るが良い」
「はい、そのつもりです」
「ラムダ卿、貴殿の“選択”は間違っていない。そして、その“選択”を『正しかった』と決めるのは……これからの貴殿の“選択”に掛かっている。それをゆめ忘れぬようにな」
オクタビアス卿の身体はほとんど消え掛かっている。下半身は完全に消滅し、上半身もノイズまみれになっている。交わせる会話もあと少しだろう。
それが分かっているのか、オクタビアス卿は少しだけ真面目な表情で俺を見つめていた。
「最後に一つだけ……ラムダ卿、王立騎士団での日々を後悔はしていないか? 組織としての柵、戦いと殺し合いの日々、未曾有の戦争への従軍、同志たちの死、そして騎士団の瓦解……それらを後悔はしていないか?」
「それは……後悔しています」
「騎士団が崩壊した事を、私を含む多くの騎士たちが亡くなった事を……自分のせいだと考えているか。確かに気負いはするかも知れぬな。なら視点を変えよう……ラムダ卿、王立騎士団で得たものはあったか?」
そして、オクタビアス卿はある質問をしてきた。それは王立ダモクレス騎士団に所属していて、何か得るものはあったかというものだった。
些か抽象的な内容だ。
だが、オクタビアス卿の言わんとする事は何となく理解できた。王立騎士団に所属していた僅かな期間、その中で俺の成長に繋がる何かがあったか、という質問だ。
「それは……ありました。自分が護りたいと思うものを自覚し、戦争で戦った魔王軍にも“義”や葛藤があった事を知り、自分ひとりでは出来る事なんてたかが知れていると……世界は自分が思っている以上に強大なのだと」
「喜ばしい事はあったか?」
「はい……多くの友と仲間を得ました。そして、オクタビアス卿をはじめとした先達の騎士たち、覇を競い合った魔王軍の強敵たちからは多くの矜持と信念を。その全てが得難い経験であり、今も彼等の生き様は私の心に息づいています」
その質問に俺は迷わずに『得るものはあった』と答えた。王立ダモクレス騎士団の先達たちの騎自然たる姿、オクタビアス卿やアインス=エンシェントが命と引き換えに見せた矜持、ルリたち魔王軍との対話、ガンドルフ卿の散りざま、全てが俺に多大な影響を与えた。
「ならば……得るものがあったのなら、貴殿が王立騎士団で剣を振るった事は決して無駄ではなかった。たとえ、その在り方が貴殿の矜持に合わなかったのだとしても……貴殿が王立騎士だった事には意味があったのだ」
「…………ッ!」
「ラムダ卿、貴殿がどう思おうと……私は貴殿を同志として認めている。そして、貴殿の未来の為に役に立てたのなら、私にとっては何よりの報酬だ……だから誇りを持って、自分の信じる道を征くがよい」
そして、得るものがあったのなら、俺が王立騎士団で剣を振るった事は意味はあったのだとオクタビアス卿は言ってくれた。
たとえ王立騎士団に馴染めなかった、その在り方と自分の矜持が合わなかったのだとしても、得るものがあったのなら無駄ではなかったのだと。それを聞いて思わず感極まってしまった。
「ラムダ卿、未来に征け……あとは頼む」
「はい、オクタビアス卿……ありがとうございます」
俺の中で後悔として残ってしまった王立ダモクレス騎士団での日々を輝かしい日々に変えて、オクタビアス卿は微笑み、そして静かに消えていった。
勝者になった俺はオクタビアス卿を見送り、その場で深く一礼した。思うに、再現されたオクタビアス卿は“異聞”だが、俺のことを深く知っていたのだろう。
「我が騎士よ、大丈夫ですか!」
戦いを最後まで見守ったノアが武舞台に走り寄ってくる。先のジブリール戦からたいして休息を挟まずに戦ったから、俺のことを心配しているのだろう。
「流石は我が騎……って、あっつぅぅ〜〜!!?」
「あっ……すみません。武舞台を溶かしたままでした」
そして、マグマ化したままだった武舞台にうっかり足を踏み込んだノアはとんでもない悲鳴とリアクションをして武舞台の外に飛び退いていった。
赤熱化した魔剣をそのままにしていた事に気が付いた俺は、突き刺さっていた魔剣と左腕を回収し、左腕を自分の身体に装着し直してノアの元に歩み寄った。
「う、うごごごご……の、のあぁぁぁ〜〜!? あ、足の裏が……ひっひっふー、ひっひっふ〜! な、なんで貴方は大丈夫なんですか、我が騎士?」
「地面からちょっと浮いていますので……」
「ず、ずるい!? まさかオクタビアスさんも同じようなことをして対策を……おのれ我が騎士、よくもこの私に不意打ちを食らわせましたね〜!」
武舞台の袖でゴロゴロと転がりながら悪態をつくノアを困惑しつつ見つめながら、俺はオクタビアス卿に心の中で感謝した。視線の先では上層階に向かうエレベーターがドアを開いて待っている。
こうして、“異聞”オクタビアス卿との戦いは幕を降ろした。そして、暫しの休息のあと、俺たちは次の階層に向けて出発しだしたのだった。




