第1052話:冒険から戦争へ
《緊急事態発生、緊急事態発生! 第四十階層にて外壁の損壊を確認! これより損壊部分の修復を開始します。当該区間にお住まいの住民はアナウンスに従って速やかに避難して下さい! 繰り返します。第四十階層にて――――》
――――周囲で警報音とアナウンスがけたたましい鳴り響く。赤いランプを灯した修理用のドローンが複数機、外壁に空いた大孔に向かって飛んでいく。
その慌ただしい光景を眺めながら、俺は肩で息をしつつも呼吸を整えていた。“異聞”ジブリールは倒しガーディアンは消え去った。もうこの階層には脅威は無いからだ。
「流石ですね、我が騎士……再現された幻影とは言え、私が開発したジブリールを倒すなんて。本音を言えば“星間兵装”を使わずに倒して欲しかったのですが……そこは私が開発した機械天使が高性能すぎたと自画自賛しておきましょう」
(壁に逆さまにめり込んだまま喋ってる……)
「それはそうと我が騎士……早く助けてくれませんか? 壁に頭を下にして、潰れたカエルみたいなポーズでシリアスな会話をしても面白いだけなんですよ。あと息もできません……早く助けてくださいお願いします」
重い身体を引き摺って歩いていき、壁になんとも情けない格好でめり込んだノアを救出した。
片足を掴んで引き抜けば、逆さま向きになったノアが仏頂面のジト目で俺を睨みつけてくる。
「やはり……“輝跡書庫”に保管されていた“星間兵装”の威力は高過ぎますね。軌道エレベーターの外壁は核兵器にも耐えられる程に頑丈な筈なんですが……」
(逆さまのまま腕を組んで喋ってる……)
「“星間兵装”……やはり私の見立て通りそれは『対人戦』ではなく『戦争』を意識して設計されていますね。味方のフォロー無しに無闇に使用するものではありません。ところでさっさと降ろしてくれませんか?」
「ああ、失礼。じゃあ、これを設計したのは……」
「貴方がスペルビアさんに殺され、死の淵にいる最中に辿り着いた空間……其処に居た“第十一使徒”を名乗る人物ですね。きっと彼でしょう……こうなると知っていて、だから私にも内緒で……」
ジブリールを消滅させたアーティファクト、“星間兵装”ホロスコープ。ノアの言うとおり、これは対人戦で使用するには威力が高過ぎる。戦場などの広範囲での使用を想定した“戦争用”の武装だ。
ノアの作製ではない。これを設計したのは以前“輝跡書庫”の内部で俺が出逢った“第十一使徒”を名乗る人物だ。
「我が王はご存知なので……第十一使徒を?」
「それは……ええ、まぁ、知っています」
その人物をノアは知っているようだが、彼女はなんとも歯切れの悪い返答をしていた。俺から目を晒し、後ろめたい事があるかのような表情で。
“第十一使徒”は古代文明でのノアを知っている。俺の知らない彼女を。それは少しだけ妬ましく、同時に羨ましい事だった。
「第十一使徒は古代文明での……まだ感情が無かった頃の私にお節介を焼いてくれた人でした。兵士としても優秀で、『神託戦争』の末期には一騎当千の活躍をしていたんですよ」
「ハッ……戦争の“英雄”って訳か……」
「彼は“英雄”と呼ばれるのを嫌がっていましたけどね。まぁ、私も彼を英雄視しているのですが……。それに……彼はアーカーシャの反乱の最中、私を置き去りにして戦場に向かって行って、それ以来再会できていないので、伝える言葉もありませんが……」
「…………」
「いけませんね、感傷に浸るのは……まずは体力を回復させましょう。階下を攻略しているグラトニスさん達の様子も確認しないと……少し休憩を取ります。貴方は少し休んでいて下さい……良いですね、我が騎士よ」
“第十一使徒”を語るノアは少し寂しそうな表情をしている。それぐらい想い入れのある人物だったのだろう。しかし、いま気に掛けるべきは俺だと思い出したノアは“第十一使徒”に関する会話を打ち切ってしまった。
そして、俺に回復用のポーションを手渡すと、ノアは近くの壁にもたれかかって通信装置を操作し始めた。同じく“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトを攻略するグラトニス達の進捗を確認するようだ。
《まったく……“無限螺旋迷宮”の外壁を壊すとは……少しは遠慮ってものが無いのかな、ラムダ=エンシェント?》
「…………トネリコ!」
《はぁ……はいはい、その通り。お待ちかねの僕だよ。ジブリールが完全消滅させられたから、代わりに僕が出てきたって訳さ》
そんな折、俺の前に立体映像で一人の少女が現れた。トネリコである。彼女は破壊された外壁を眺めてため息をつきながら俺を睨んでいた。
トネリコの出現に気が付いたのか、ノアも慌てて俺のそばに駆け寄ってきた。ノアの姿を見たトネリコは険しい表情をしている。
《驚いたよ、まさか第四のガーディアンまで倒すとは……十段飛ばしとは言え、ここまで登ってきた冒険者は君たちが始めてだよ。おめでとう、心の底からファック・ユー》
「つい最近目覚めたくせに詳しいですね」
《ふん、肉体が目覚めたのがつい最近なだけさ……意識は十万年間、この“無限螺旋迷宮”のシステムに繋がれていた。だから詳しくて当然さ》
「十万年、ずっと意識があったのか……?」
《驚くような話じゃないさ、ラムダ=エンシェント。僕たち“人形”は“夢”を観ない……僕たちは人間の姿を模したただの演算装置だからね。それはノアもホープも同じさ……君たちも十万年、ずっと意識だけが稼働し続けていたんだろ?》
「それは…………」
《ハハハッ、図星みたいだね。まったく、十万年も意識があって発狂もできないなんて、なんとも悪趣味な存在だね、僕たちは。そうさ、僕たちは所詮“AI”……狂うも何も無いのさ》
トネリコは“無限螺旋迷宮”ユグドラシル・シャフトに十万年も縛り付けられ、それでも廃人化しない自分たち“人形”の境遇を嘲笑っていた。
トネリコがそうなら、方舟や戦艦ラストアークで眠っていたノアやホープも同じく十万年もの間、意識を保ってままだった事になる。それを裏付けるように、ノアはトネリコの言葉に黙り込んでしまった。
《十万年もの間、たった一人のあいつとの再会を待ち望んで歩き続けるのかい、ノア? ハッ、健気だね……見ていて虫唾が走るよ》
「…………」
《ラムダ=エンシェントの辿る道が“運命”なのだとしても……そこに君の“運命”は関係ないからね、ノア。僕はこの軌道エレベーターで君を殺す。必ず、必ずだ……》
「…………」
《まぁ良いや……とにかく、君たちは第四十階層を攻略した。次の階層へどうぞ……ここからは難易度を少し上げさせて貰うよ。“星間兵装”をバンバン使わせて疲弊させてやろうじゃないか》
ノアに何やら意味深な嫌味を吐きつつ、トネリコは指を“パチン”と鳴らした。すると背後でエレベーターの扉が開いた。次の階層にさっさと向かえという事だろう。
少し休憩したいが、周囲では修理用ドローンがセンサーを赤く光らせて俺たちを凝視している。修理の邪魔になるから出ていけと促しているのだろう。
《ここまでは君の記憶の中にある『冒険』を再現してみたんだ。どうだい……懐かしくも楽しい思い出が蘇っただろう、ラムダ=エンシェント?》
「ああ、お陰様でな……」
《それは良かった……楽しそうだから、できれば僕もご同伴したかったぐらいだよ。そして、ここからは君の中のトラウマ……最も忌まわしい『戦争』の記憶の再現だ。せいぜい己の“罪”に苦しむと良い……》
トネリコに促され、周囲のドローンに急かされるように、俺たちはエレベーターに向かって歩き始めた。俺たちの背後でトネリコが嗤っている。
ここまでは俺の“冒険者”としての記憶の再現だった。そして、次からは俺の“王立騎士”としての記憶……今もなおトラウマとして刻まれた『戦争』の記憶を再現すると。
《この“無限螺旋迷宮”を全て登り切った時……ラムダ=エンシェントという人間は全ての“条件”を満たす。真実を知る為の条件をね……僕が君を高みに導いてあげよう》
「…………」
《死ぬならそれで結構……それだけの人間だった嗤ってやるだけさ。せいぜい楽しんでくれ給え……そして苦しむと良い。ラムダ=エンシェントという人間の愚かしさにね。ふふふっ……アッハハハハ!!》
トネリコの笑い声を聴きながら俺たちはエレベーターに乗り込み、エレベーターは静かに上層階に向けて出発し始めたのだった。
これから俺が戦うことになる記憶の再現、ラムダ=エンシェントが戦った『アーティファクト戦争』の幻影へと。




